第5話 最弱適性と静電拘束《エレキ・バインド》
「じゃ、これが試験の概要ね」
ギルドの一角、簡素な木の机の上に、紙束がドサリと置かれた。
説明役はエリナ。
その隣では、オズが腕を組んで壁にもたれている。
机の向こうには、ハヤトと──さっきから当然のような顔で椅子に座っている少女がひとり。
「で、なんでリアナさんがここにいるんですか」
「“さん”付けやめて。リアナでいいよ。それとね──」
リアナはにやりと笑い、親指で自分の胸を指した。
「私も、ついでに一緒に受けるから」
「……試験、ですか?」
「うん。実技評価のほう。ちょうどパーティ申請したかったし、あんたがどれくらい戦えるのか、この目で見たいし」
「勝手に決めるな」
オズが低く唸る。
「まあいい。どうせ実技試験は相手がいたほうがやりやすい」
「でしょ?」
リアナは勝ち誇ったように笑った。
エリナは苦笑しながら、紙束の一枚を取り出す。
「はい、ざっくり言うと──」
指で項目を追いながら、読み上げる。
「一つ、基礎体力の確認。
一つ、魔力の適性検査。
一つ、簡単な模擬戦。
それに加えてハヤト君の場合は、“特殊魔力”の確認試験があるわ」
「特殊魔力……」
「普通の火とか水とかと違う、変わり種ってことね」
リアナが肩をすくめる。
「でも、実際変わってるよ。静電気であそこまでできるやつ、見たことないし」
『ふむ、“変わり種”とな。悪くない評価じゃ』
『当然じゃ。変わり者でなければ、世界は変えられん』
教授の声を聞き流しながら、ハヤトは紙に目を落とした。
文字の列を追うだけで、喉が乾く。
基礎体力。模擬戦。
人前で、自分の弱さを丸裸にされる場だ。
「……大丈夫かな、俺」
「大丈夫大丈夫。基礎体力なんて、私みたいに走り回ってるやつらと比べたらそりゃ劣るけど」
「フォローになってません」
「でもさ──」
リアナは椅子の背にもたれ、足を組んだ。
「昨日ちょっと動かしただけで、脚がこんだけ軽くなったんだから。
“戦いながらメンテできる”って、普通にチートだよ?」
「ち、チートって……」
「問題は、“それをちゃんと見せられるかどうか”だね」
リアナの言う通りだった。
どれだけ使える技でも、誰にも伝わらなければ意味がない。
その場で
「弱そう」
に見えたら、そこで終わる。
『よい機会じゃ、ハヤト』
教授の声が、静かに響いた。
『クーロンの法則は理解した。
あとはそれを、“分かる形”にして見せるのじゃ』
頭の中に、昨夜の実験が浮かぶ。
石と石が引き合った感触。
紙切れがふわりと浮き上がった瞬間。
人の筋肉の中を、“押し引き”する見えない糸。
ハヤトは、そっと右手を見つめた。
指先から地面へ。
地面から、相手の足へ。
見えない電気の糸を繋ぐイメージ。
その瞬間だけ、相手の足を“地面に貼りつける”。
イメージは、もう頭の中にあった。
◇
その日の午後。
ギルド裏手の訓練場。
土の地面が均され、木製人形や標的が点々と立っている。
周囲には、木柵と簡易観覧席。
模擬戦や訓練に使われる場所だ。
「じゃあ、基礎体力検査はまあ、そこそこってことで」
「ひどくないですか? そこそこって」
「実際そこそこなんだからしょうがないだろ」
オズの容赦ない評価が飛ぶ。
走り込み、跳躍、簡単な筋力テスト。
ハヤトは死にそうな顔で座り込み、ゼエゼエと肩で息をしていた。
「普段マッサージしかしてない割には動けるほうだよ」
リアナが肩を叩いてくれるが、それが慰めになっているのかどうかは微妙だ。
「さて、本題はここからだ」
オズが訓練場の中央に立ち、周囲を見渡した。
「これから模擬戦を行う。
ハヤトは“自分の魔力でできること”を見せろ。
攻撃でも、防御でも、支援でもいい」
「相手は──」
「私だよ」
リアナが一歩前に出て、短剣の柄に手を添えた。
「殺しはしないから安心しなよ」
「その言い方が一番不安です」
『よい。素早い相手のほうが、クーロンの感覚を試しやすい』
ハヤトは立ち上がり、訓練場の中央へ歩み出た。
対峙するのは、軽装の短剣少女。
俊敏さを信条とするタイプだ。
「ルールは簡単だ」
オズが説明する。
「攻撃魔法や剣技は、訓練用の威力に抑えること。
致命傷はなし。
観察のため、俺が途中で止めることもある」
「了解」
「は、はい」
「じゃあ──始め!」
オズの合図と同時に、リアナの姿がかき消えた。
「はやっ──!?」
走る音すらほとんど聞こえない。
砂埃が脇を抜け、次の瞬間には目の前に影が迫っていた。
「いてっ!」
木剣の先で、軽く脇腹を小突かれる。
軽い一撃だが、それでも衝撃ははっきりと伝わった。
「今のが本気だったら、お腹に穴空いてるね」
「いきなりそれ言います?」
「ほらほら、よそ見してると──」
リアナが再び視界から消え、背後から気配が迫る。
目で追おうとした瞬間、教授の声が鋭く割り込んだ。
『目で追うな。感じろ』
『お前には、目に見えん“電気の偏り”が分かる感覚があるじゃろう。
それを使え』
──荷電感知。
教授と共に練習した、あの感覚。
ハヤトは一瞬だけ目を閉じた。
指先から、極めて薄い静電気を訓練場一帯に散らすイメージ。
空気の中に、細かい粒をばらまくように。
その粒が、何かに触れれば、わずかに反応が返ってくる。
土。木製人形。柵。観客席。
そして──動く何か。
砂埃を巻き上げて駆ける、軽い足音。
そこだけ、粒の動きが違う。
ハヤトは、視線を向けるより先に、右手を地面へ向けた。
リアナの足元にある“何か”へ向かって、
地面と足裏に違う極性の電気を押し込む。
「──静電拘束!」
ぱちん、と乾いた音がした。
「うわっ!?」
リアナの足が、一瞬地面に貼りついたかのように止まる。
ほんの一瞬。
だが、疾走していた体には致命的なブレーキだ。
前につんのめったリアナが態勢を崩す。
木剣の先が地面に突き刺さり、砂がはねた。
「今だ!」
エリナの声が聞こえたが、ハヤトに攻める手立てはない。
とりあえず、距離を取るように後ろへ跳ぶ。
リアナは一回転して転がりつつも、猫のように受け身を取り、そのまま体勢を立て直した。
「……今の、何?」
短剣の切っ先が、ハヤトの胸元を向く。
「足が、一瞬床にくっついたみたいだったんだけど」
「す、すみません! 痛くなかったですか!?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
リアナは、じりじりと距離を詰めながら笑った。
「今の、あんたの魔術でしょ。名前、ある?」
「えっと……今、つけました。静電拘束、です」
「いいじゃん。名前負けしてないよ」
リアナの目が、さっきよりもわずかに真剣味を増す。
「もう一回、やってみなよ」
「……え?」
「今度はこっちも、“そういう技がある”って分かったうえで動くから。
それでも足を止められたら、本物だと思う」
『面白い娘じゃのう』
教授がくくっと笑うのを聞きながら、ハヤトは息を整えた。
再び、薄い電気の粒を空気中に散らすイメージ。
訓練場を覆う、見えない網。
リアナが地面を蹴る。
細かな粒が、一方向へと流れる。
リアナは、まっすぐには来ない。
ジグザグに蛇行し、フェイントを混ぜてくる。
だが、そのたびに足裏と地面の“接点”は生まれる。
ハヤトは、次に足を置きそうな地点へ、先に“極”を仕込むイメージをした。
そこに逆極性を重ねるようにして──
「静電拘束!」
ぱちっ。
今度は、さっきよりも弱い音だった。
リアナの足が、地面を蹴ろうとした瞬間、わずかにズレる。
踏み込みが半歩分浅くなり、加速が鈍った。
「ちっ……!」
リアナが舌打ちする。
完全に止めることはできなかった。
だが、勢いは削れた。
「今の、“踏み込み”だけ邪魔したな」
オズが感心したように呟く。
「完璧に拘束するんじゃなく、動きを“ずらす”方向に働かせたか」
「そんな高度なこと考えてません。必死でした」
『だが、無意識にやれたのなら十分じゃ。
クーロンの押し引きが、身体に染み始めておる』
リアナが距離を取り、木剣をくるりと回した。
「……参った」
「えっ」
「いや、まだ全然負けてないけどさ。
“昨日冒険者になりたてのマッサージ坊主”に、ここまでやられたって事実が、ちょっと効く」
肩をすくめつつ、リアナは笑った。
「これ、実戦なら。
今の“半歩のズレ”で、こっちが致命傷もらってる可能性だってある」
ハヤトは、じわじわと実感が追いついてくるのを感じた。
静電気で、足を止める。
踏み込みをずらす。
たったそれだけで、戦いの流れは大きく変わる。
『見たか、ハヤト』
教授の声が、誇らしげに響いた。
『力そのものは小さくとも、“使い所”さえ間違えなければ、戦場で十分な意味を持つ』
「……ハヤト」
オズが手を叩いて、模擬戦を終了させる。
「基礎体力は平均以下。武器技能は皆無。
だが、魔力制御と応用力は、評価に値する」
「えっと、それって──」
「冒険者として登録するに足る素質がある、ということだ」
オズは短く告げた。
「静電気という特殊な系統ゆえ、最初はFランクからのスタートになるが、“後方支援要員”としての価値は十分高い。
正式に冒険者登録、認めよう」
その言葉を聞いた瞬間、ハヤトの膝から力が抜けた。
「……本当に、俺が」
冒険者に。
ずっと遠いものだと思っていた肩書き。
眩しい世界の話だと諦めていた場所。
そこへ、自分が足を踏み入れた。
『これが、第一歩じゃ』
教授の声が、静かに言う。
『クーロンの法則を、世界に刻む第一歩でもある』
胸の奥で、何かがじんと熱くなった。
マッサージ師としての静電気ではなく。
戦うための静電気。
最弱と笑われた魔力が、武器になった瞬間だった。




