第48話 静かな研究、静かな武器
宿に戻っても、ハヤトの頭は落ち着かなかった。
今日は“勝った”。
報告書が残り、署名が入った。誰にも消せない形で、仕事が残った。
なのに胸の奥がざわつくのは――ルーベンの影が、まだ背中に貼りついているからだ。
あの男の使いが言っていた。
「口の利き方を覚えろ」
あれは忠告じゃない。処分の予告だ。
ハヤトは、自分の指輪の尖端を見つめた。
戦場で役に立つ。
でも“貴族の戦い”の中で役に立つには、派手に燃やす技じゃない。
必要なのは――証拠が残り、誰かの命が助かり、なおかつ政治の火種にならない技。
『焦るな』
教授の声が、いつもの調子で響く。
『派手な大電流はまだ早い。いま必要なのは“安全と実績”じゃ。
静電気は小さい。だから小さい仕事を、確実に勝ち取れ』
「小さい仕事……」
『そうじゃ。電気は“便利”として認識されて初めて武器になる。
まずは道具。次に技。順番を間違えるな』
ハヤトは息を吐き、机の上に今日の報告書の控えを置いた。
紙の端に、セレスの手で書き込まれた追記がある。
「荷車金具:布覆い有効/影獣接触阻止:静電制御」
記録。
それが、今の自分の盾になる。
ハヤトは立ち上がった。
◇
街の端に、古い道具屋がある。
鍛冶屋ほど大きくないが、釘、針金、布、樹脂の塊、ガラス片――そういう雑多なものが揃っている店だ。
「……何を探してるんだい、坊主」
店主が眉を上げた。
「細い金属の針。できれば、先が鋭いやつ。あと、薄い木板と、樹脂の板」
「妙なもんを欲しがるな」
店主は笑いながら、ガラクタ箱をひっくり返した。
ハヤトが欲しいのは武器じゃない。
“尖った一点”と“溜める器”と“漏れを抑える壁”。
静電気は、溜められる。
けれど勝手に逃げていく。
逃げないように囲えば、弱い魔力でも“使える量”になる。
父の言葉の正体には触れない。
でも教授は、いつも一章ずつ“形”にして教えてくれる。
道具を抱えて宿へ戻ると、セレスが廊下で待っていた。
紅茶の香りがする。
戦いの匂いではなく、戦いを飲み込むための香り。
「何をしているの」
声は淡々としている。だが目は鋭い。
「……新技を考えます。ただし、邪魔はしません」
セレスは一拍だけハヤトの荷物を見た。
「派手に燃やす技ならやめなさい。噂が増える」
「燃やしません。むしろ逆です」
「逆?」
「守るための道具にします。救助班とか新人向けに。記録に残る形で」
セレスのまつげがわずかに動いた。
「……それなら許す。むしろ、助かる」
言ってから、セレスは少しだけ声を落とす。
「でも、無理はしないで。あなたが倒れたら――」
「分かってます」
ハヤトは短く頷いた。
セレスはそれ以上言わず、廊下の奥へ消えた。
その背中が、昨日より少しだけ軽く見えたのは気のせいじゃない。
◇
夜。
ハヤトは部屋の机を片付け、材料を並べた。
木板。
薄い樹脂板。
針金。
細い針。
布。
まず針を、木板の端に固定する。先端が外を向くように。
『尖ったところに電気は集まる』
教授の声が言う。
『一点に集めれば、小さい量でも“感じる”し“弾ける”。
だが弾けるのは最後でよい。まずは“感じろ”』
「感じる……」
『罠がある場所、金属がある場所、湿りがある場所。
それらは電気の流れ方で差が出る。
お前の静電気は弱い。だが弱いからこそ、微妙な差を壊さずに拾える』
ハヤトは針先にほんの少しだけ溜め、布に触れさせた。
火花は出ない。
だが――針先が、妙に“引かれる”方向がある。
部屋の窓を開けると、夜風が入り、針先の引かれ方が変わった。
湿り気。風。温度。
電気の道が、目に見えない形で揺れる。
「……これ、使える」
ハヤトは針をもう一本増やし、二本を並べた。
左右で引かれ方が違う。
違いが分かれば、方向が分かる。
罠のワイヤー。
透明糸。
金属の刃。
湿った床。
そういうものに近づいたとき、針先が“吸われる”感覚が強くなるなら――
戦う前に気づける。
新人を死なせない。
救助班を通す。
そして報告書に書ける。
『よし。名前をつけるか』
教授が楽しそうに言う。
「……名前?」
『道具には名がいる。名があれば、人に渡せる。記録に残る。
お前一人の才能ではなく、皆の技術になる』
ハヤトは少し考えて、言った。
「……《針電探》」
『地味じゃのう』
「地味でいいです。地味が強いって、セレスが言ったから」
教授が、くっくっと笑った気配がした。
『なら、次は“溜める器”じゃ。お前の静電気はその場で消える。
溜めて、必要なときに放つ。その一歩が、技になる』
ハヤトは樹脂板を重ね、布で挟み、簡単な“溜め板”を作った。
指輪の尖端で少しずつ溜める。
そして針先へ流す。
火花は出さない。
でも針先の感度が、明らかに上がる。
さらにもう一段。
針先の周囲に小さな輪を作り、空気の流れを“狭める”ように設計する。
狭めれば、集中する。
集中すれば、弱くても変化が分かる。
ハヤトは息を吐き、机の上の紙に書き始めた。
・用途:罠の事前検知
・対象:壁面ワイヤー/金属罠/導電ライン/透明糸(要照明補助)
・安全:火花は基本出さない(必要時のみ)
・手順:隊列停止→針電探で方向確認→印の追加→通行ルール徹底
“手順”として書く。
これが、セレスの戦いの邪魔をしないやり方だ。
◇
翌朝、ハヤトはギルドへ向かう前に、セレスへ紙を一枚渡した。
「……提案書です。救助班向け。罠検知の補助道具」
セレスは受け取り、ざっと目を通した。
そして、目だけでハヤトを見る。
「……賢いわね、あなた」
「必要だからです」
「これなら、ルーベンの盤でも攻められる。
“冒険者が無茶をした”じゃなく、“安全手順を整備した”になる」
セレスは紙を折り、胸元にしまった。
「ギルド長に渡す。署名を取って、記録に残す。
あなたの名も、ここに残る」
ハヤトは頷いた。
自分の武器は、まだ雷じゃない。
小さな静電気と、小さな針と、小さな紙。
でも――小さいものを積み上げれば、崩せない塔になる。
ハヤトは指輪の尖端をそっと握り、心の中で繰り返した。
今はまだ、燃やさない。
まずは“残す”。
それが、セレスを邪魔しない最短の強さだった。




