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第48話 静かな研究、静かな武器



 宿に戻っても、ハヤトの頭は落ち着かなかった。

 今日は“勝った”。

 報告書が残り、署名が入った。誰にも消せない形で、仕事が残った。

 なのに胸の奥がざわつくのは――ルーベンの影が、まだ背中に貼りついているからだ。

 あの男の使いが言っていた。

 



「口の利き方を覚えろ」



 あれは忠告じゃない。処分の予告だ。

 ハヤトは、自分の指輪の尖端を見つめた。

 戦場で役に立つ。

 でも“貴族の戦い”の中で役に立つには、派手に燃やす技じゃない。

 必要なのは――証拠が残り、誰かの命が助かり、なおかつ政治の火種にならない技。



『焦るな』



 教授の声が、いつもの調子で響く。



『派手な大電流はまだ早い。いま必要なのは“安全と実績”じゃ。

 静電気は小さい。だから小さい仕事を、確実に勝ち取れ』



「小さい仕事……」



『そうじゃ。電気は“便利”として認識されて初めて武器になる。

 まずは道具。次に技。順番を間違えるな』



 ハヤトは息を吐き、机の上に今日の報告書の控えを置いた。

 紙の端に、セレスの手で書き込まれた追記がある。

 



「荷車金具:布覆い有効/影獣接触阻止:静電制御」



 記録。

 それが、今の自分の盾になる。

 ハヤトは立ち上がった。













街の端に、古い道具屋がある。

 鍛冶屋ほど大きくないが、釘、針金、布、樹脂の塊、ガラス片――そういう雑多なものが揃っている店だ。



「……何を探してるんだい、坊主」



 店主が眉を上げた。



「細い金属の針。できれば、先が鋭いやつ。あと、薄い木板と、樹脂の板」



「妙なもんを欲しがるな」



 店主は笑いながら、ガラクタ箱をひっくり返した。

 ハヤトが欲しいのは武器じゃない。

 “尖った一点”と“溜める器”と“漏れを抑える壁”。

 静電気は、溜められる。

 けれど勝手に逃げていく。

 逃げないように囲えば、弱い魔力でも“使える量”になる。

 父の言葉の正体には触れない。

 でも教授は、いつも一章ずつ“形”にして教えてくれる。

 道具を抱えて宿へ戻ると、セレスが廊下で待っていた。

 紅茶の香りがする。

 戦いの匂いではなく、戦いを飲み込むための香り。



「何をしているの」



 声は淡々としている。だが目は鋭い。



「……新技を考えます。ただし、邪魔はしません」



 セレスは一拍だけハヤトの荷物を見た。



「派手に燃やす技ならやめなさい。噂が増える」



「燃やしません。むしろ逆です」



「逆?」



「守るための道具にします。救助班とか新人向けに。記録に残る形で」



 セレスのまつげがわずかに動いた。



「……それなら許す。むしろ、助かる」



 言ってから、セレスは少しだけ声を落とす。



「でも、無理はしないで。あなたが倒れたら――」



「分かってます」



 ハヤトは短く頷いた。

 セレスはそれ以上言わず、廊下の奥へ消えた。

 その背中が、昨日より少しだけ軽く見えたのは気のせいじゃない。










夜。

 ハヤトは部屋の机を片付け、材料を並べた。

 木板。

 薄い樹脂板。

 針金。

 細い針。

 布。

 まず針を、木板の端に固定する。先端が外を向くように。



『尖ったところに電気は集まる』



 教授の声が言う。



『一点に集めれば、小さい量でも“感じる”し“弾ける”。

 だが弾けるのは最後でよい。まずは“感じろ”』



「感じる……」



『罠がある場所、金属がある場所、湿りがある場所。

 それらは電気の流れ方で差が出る。

 お前の静電気は弱い。だが弱いからこそ、微妙な差を壊さずに拾える』



 ハヤトは針先にほんの少しだけ溜め、布に触れさせた。

 火花は出ない。

 だが――針先が、妙に“引かれる”方向がある。

 部屋の窓を開けると、夜風が入り、針先の引かれ方が変わった。

 湿り気。風。温度。

 電気の道が、目に見えない形で揺れる。



「……これ、使える」



 ハヤトは針をもう一本増やし、二本を並べた。

 左右で引かれ方が違う。

 違いが分かれば、方向が分かる。

 罠のワイヤー。

 透明糸。

 金属の刃。

 湿った床。

 そういうものに近づいたとき、針先が“吸われる”感覚が強くなるなら――

 戦う前に気づける。

 新人を死なせない。

 救助班を通す。

 そして報告書に書ける。



『よし。名前をつけるか』



 教授が楽しそうに言う。



「……名前?」



『道具には名がいる。名があれば、人に渡せる。記録に残る。

 お前一人の才能ではなく、皆の技術になる』



 ハヤトは少し考えて、言った。



「……《針電探》」



『地味じゃのう』



「地味でいいです。地味が強いって、セレスが言ったから」



 教授が、くっくっと笑った気配がした。



『なら、次は“溜める器”じゃ。お前の静電気はその場で消える。

 溜めて、必要なときに放つ。その一歩が、技になる』



 ハヤトは樹脂板を重ね、布で挟み、簡単な“溜め板”を作った。

 指輪の尖端で少しずつ溜める。

 そして針先へ流す。

 火花は出さない。

 でも針先の感度が、明らかに上がる。

 さらにもう一段。

 針先の周囲に小さな輪を作り、空気の流れを“狭める”ように設計する。

 狭めれば、集中する。

 集中すれば、弱くても変化が分かる。

 ハヤトは息を吐き、机の上の紙に書き始めた。

 ・用途:罠の事前検知

 ・対象:壁面ワイヤー/金属罠/導電ライン/透明糸(要照明補助)

 ・安全:火花は基本出さない(必要時のみ)

 ・手順:隊列停止→針電探で方向確認→印の追加→通行ルール徹底

 “手順”として書く。

 これが、セレスの戦いの邪魔をしないやり方だ。



















翌朝、ハヤトはギルドへ向かう前に、セレスへ紙を一枚渡した。



「……提案書です。救助班向け。罠検知の補助道具」



 セレスは受け取り、ざっと目を通した。

 そして、目だけでハヤトを見る。



「……賢いわね、あなた」



「必要だからです」



「これなら、ルーベンの盤でも攻められる。

 “冒険者が無茶をした”じゃなく、“安全手順を整備した”になる」



 セレスは紙を折り、胸元にしまった。



「ギルド長に渡す。署名を取って、記録に残す。

 あなたの名も、ここに残る」



 ハヤトは頷いた。

 自分の武器は、まだ雷じゃない。

 小さな静電気と、小さな針と、小さな紙。

 でも――小さいものを積み上げれば、崩せない塔になる。

 ハヤトは指輪の尖端をそっと握り、心の中で繰り返した。

 今はまだ、燃やさない。

 まずは“残す”。

 それが、セレスを邪魔しない最短の強さだった。




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