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第46話 対等の言葉



 礼拝堂から少し離れた路地で、リアナが最初に口を開いた。



「……どうだった」



 セレスは歩きながら、息を整える。

 外気が冷たいのに、胸の内側だけ熱い。



「“保護”の文書は引っ込めた。代わりに裁定の場を用意すると言った」



 ミナの顔がこわばる。



「裁定……」



「相手の盤の上で戦うってことだ」



 ハヤトが短く言った。

 セレスは頷く。



「そう。だから準備がいる。私の言葉が、私の武器になる」



 リアナが苛立ちを噛み殺すみたいに舌打ちする。



「……でもさ、あいつ。絶対、正面からだけじゃ来ないよね」



 セレスは答えなかった。

 答えなくても、全員分かっている。

 貴族の戦いは、正面だけじゃない。



















宿に戻る途中、街の空気がさらに変わった。

 道端で噂話をしていた人々が、セレスを見ると急に声を落とす。

 露骨に距離を取る者もいる。

 逆に、興味本位で目を輝かせる者もいる。



「……早いな」



 ハヤトが呟いた。

 情報が回る速度が、ダンジョンの足音より速い。

 宿の前には、見覚えのある男が立っていた。

 昨日の伝言役。あの冷たい目。



「セレス様」



 男は丁寧に頭を下げた。



「ルーベン様より。裁定の場は七日後。司政官立会い。

 そして――本日より、貴族位階者の“危険区域立入”に関する注意喚起が出ます」



 リアナが一歩前に出る。



「は? 何それ」



 男は笑わないまま言った。



「冒険者ギルドへの通達です。

 “貴族位階者がダンジョンで負傷・死亡した場合、監督責任を問う”――そういう内容です」



 ミナが息を呑んだ。



「……それって」



「セレスさんを、ダンジョンに行かせないための……」



 ハヤトの声が低くなる。

 男はゆっくり頷く。



「理解が早い。

 セレス様が危険に身を置けば、ギルドが困ります。街が困ります。

 だから――安全にお戻りください、という“親切”です」



 “親切”。

 その言葉が一番汚い。

 リアナの拳が震えた。



「ふざけんな。こっちは命張って街を守ってんだよ」



「守っている?」



 男が首を傾げる。



「それは“あなた方”の自己満足でしょう。

 秩序は、上が守るものです」



 セレスが一歩前に出た。



「伝言はそれだけ?」



「ええ。――ああ、もう一つ」



 男の視線が、ハヤトに止まる。



「静電制御士。

 あなたは“無能枠”のはずだが、最近名が出る。妙だ」



 その言い方が、見下しではなく“処理対象”としての確認だった。



「才能は、誰が与えた? 誰が雇った?

 ……セレス様の遊びか?」



 リアナが怒鳴りそうになった。

 でも、その前に。

 ハヤトが一歩、前に出た。

 セレスの横ではない。

 ほんの半歩前。

 守る位置ではなく、同じ線に立つ位置。

 セレスの目が一瞬だけ揺れる。

 と言っている。

 でも同時に、止められない何かも見える。

 ハヤトは男をまっすぐ見た。



「遊びじゃない」



 男が薄く笑う。



「なら何だ」



「必要な仕事だ」



 ハヤトの声は大きくない。

 でも、逃げない硬さがあった。



「この街で、死なないために。

 俺は俺のやり方で戦ってる。セレスも、セレスのやり方で戦ってる」



 男の眉が微かに動く。



「貴族の名を、呼び捨てにするのか」



「ここでは“冒険者”だ」



 ハヤトは言い切った。



「俺たちは対等に命を預け合ってる。

 あなたの主人の“都合”で、その関係を壊させない」



 リアナが目を丸くした。

 ミナが胸元を押さえる。

 セレスは、ほんの少しだけ息を止めた。

 男は一瞬だけ沈黙し、すぐ薄笑いを戻した。



「……面白い。田舎の無能が、よく吠える」



 その言葉に、ハヤトは表情を変えなかった。



「吠えてない。宣言してる」



 男の笑みが消える。

 セレスが、ようやく口を挟んだ。



「伝言役がこれ以上居座るのは迷惑よ。帰りなさい」



 男はセレスに一礼し、最後にハヤトを見て言った。



「……裁定の場までに、口の利き方を覚えることだ」



 そう言い残して、男は去った。



















宿の扉が閉まると同時に、リアナが爆発した。



「ハヤト!! 今の――」



「リアナ」



 セレスが短く遮る。

 怒っている声じゃない。

 むしろ、心を落ち着かせるための声。

 リアナが口を閉じる。

 ミナも黙った。

 セレスはハヤトを見た。

 睨むようで、違う。



「……私、言ったわよね。余計なことはしないで」



 ハヤトは目を逸らさない。



「分かってる。でも、あれを許したら、俺たち全員が小さくなる」



 セレスの指先が、机の端を軽く掴む。

 怒りじゃない。震えだ。

 ミナが恐る恐る言った。



「セレスさん……大丈夫ですか」



「……大丈夫」



 セレスは言いながら、息を一度吐いた。

 そして、ハヤトへ視線を戻す。



「あなたの言葉で、ギルドが困る可能性もある」



「ある」



 ハヤトは認めた。



「でも、俺は“対等”でいたい。

 あなたが一人で戦って、俺たちが後ろで縮こまるのは違う」



 リアナが小さく頷く。



「……それ、私も思う」



 ミナも、ゆっくり頷いた。



「巻き込まない優しさは分かります。

 でも、信じてもらえないと、寂しいです」



 セレスは、一瞬だけ表情を崩した。

 ほんの僅かに、弱い顔。

 それをすぐ戻して、淡々と言う。



「……信じてないわけじゃない」



 言葉が、少しだけ不器用だった。



「ただ、私が“貴族として戦う”と決めた瞬間に、あなたたちは盾にされる。

 それが怖い」



 リアナが歯を見せて笑った。



「盾なら慣れてる。むしろ盾のほうが得意」



「リアナ……」



「冗談」



 リアナは真面目な目で続ける。



「でもさ。こっちは仲間なんだよ。

 セレスが怖いなら、怖いまま一緒に立ってやるよ」



 ミナも小さな声で言った。



「……私も」



 セレスは目を伏せた。

 頬の奥が、じんと疼いた気がした。

 あのときの音。

 戻ってきた世界。

 頼れる背中。

 セレスは目を上げた。



「裁定の場までに、準備することがある」



 空気が引き締まる。



「一つ。ギルドの支援金の流れを洗う。誰が誰に首輪をつけているのか確認する。

 二つ。私の後見の空白を“正しく繋ぐ”証拠を固める。

 三つ。噂対策。――私を“軽い女”に仕立てる話も来る」



 リアナが顔をしかめる。



「うわ、ほんと汚い」



「汚いのが貴族の戦い」



 セレスは淡々と言って、ハヤトを見る。



「四つ」



 そこで少しだけ間が空いた。



「……あなたの立場を固める」



「俺の?」



「静電気が“無能枠”なら、あなたは切り捨てられる。

 だから、“役に立つ”ことを公的に残す。記録に。依頼の実績に。

 誰かの気分で消せない形にする」



 ハヤトが頷く。



「分かった。地味な仕事でもやる」



「地味が強いのよ」



 セレスはそう言って、ほんの少しだけ口角を上げた。

 そして、最後に言った。



「……私は戦う。ルーベンと。逃げない」



 宣言。

 それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。

 ハヤトは短く答えた。



「俺たちも逃げない」



 セレスは一瞬だけ目を細めて、視線を逸らした。

 頬が熱いのをごまかすみたいに。



「……勝手に決めないで」



「勝手に決めます」



 ハヤトが真面目に言うと、リアナが吹き出した。



「はは、強いじゃんそれ」



 ミナも小さく笑った。

 セレスは紅茶を一口飲み、静かに言った。



「……じゃあ、対等に。

 私も、あなたたちを信じる」



 その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が少しだけ軽くなった。

 剣も魔法も出ていないのに、

 確かに――戦いが始まっている。




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