第43話② ルーベン来訪
「――失礼する。
冒険者ギルドの責任者はどこだ」
声は静かで、しかし拒否の余地がない。
受付の職員が慌てて頭を下げる。
「は、はい!
ギルド長をお呼びします!」
男は頷きもせず、視線だけを掲示板の奥へ流した。
まるで、ここに“探し物”があるのを知っているように。
ギルド長が現れた。
白髪の男。
普段は豪快に笑うのに、今日は顔が固い。
「おお……ルーベン様。
ここへ何のご用で」
“様”の一言で、周囲の背筋が揃う。
ルーベンは口角だけを上げた。
「用件は簡単だ。
この街に滞在している“セレス”を探している」
空気が凍った。
リアナは反射でセレスを見る。
ミナの指先が震える。
ハヤトは、セレスの呼吸が一拍だけ浅くなるのを感じた。
セレスは一歩前に出た。
まっすぐ、氷みたいな目でルーベンを見返す。
「ここはギルドよ。
私用で騒ぎを起こすなら帰って」
ルーベンは楽しむように微笑んだ。
「君の言う“私用”は、街の秩序に直結する。
君は“ヴァルディオル家”の名を背負っている。
勝手に泥の中で剣を振るうのは、家の恥だ」
リアナが前へ出かけた。
だがセレスが指先だけで止める。
その制止が、逆にリアナを熱くさせた。
「恥だと?
今、街で人が怪我してんだぞ」
ルーベンは視線をリアナへ移し、値踏みする。
次にミナ。
最後にハヤトへ。
人じゃない。
駒を見る目だ。
「感情で秩序は動かない。
だが、金でなら動く」
ルーベンはギルド長へ視線を戻す。
「救助班の装備。
治療薬。
それらが誰の金で回っているか、君も知っているだろう」
ギルド長の喉が動いた。
「……支援の話は、奥で」
「奥でいい。
君は賢い。
だから理解できるはずだ。
セレスがこの街で“自由”を続けるなら、家として責任を取る。
責任とは、管理だ」
護衛の一人が半歩前へ出た。
手がセレスの腕に伸びる。
“連れていく”ための動き。
リアナが盾をずらし、斜めに割り込んだ。
金属が擦れる音。
足が踏み替わる音。
距離が詰まる。
ハヤトは指輪の尖端を握り、息を止めた。
放電はしない。
させない。
だが、止める必要がある。
『一点。
強く、短く。
火花は要らん』
ハヤトは指先を護衛の手首へ向け、瞬きほどの刺電を流した。
音は小さい。
だが痺れは確実だ。
護衛の指が反射で開き、腕が引っ込む。
「……っ」
護衛の目が吊り上がる。
リアナの盾が、さらに一寸だけ前へ出る。
押すのではない。
踏み込ませない。
壁を作る。
ミナが祈りかけて、すぐに止めた。
ここで光れば、相手の口実になる。
セレスが低く言う。
「触らないで」
ルーベンは肩をすくめた。
「理解した。
君には、まだ“自由”の危険が分からない」
その声は優しい。
優しいのに、喉を締める。
ルーベンは一拍置き、セレスだけを見た。
「帰れとは言わない。
君が“正しい場所”に戻ればいいだけだ。
奥へ来い。
ギルド長の前で、君の立場を整理しよう
そしてこの問題が片付けば、私の許嫁となれ。」
セレスの指先が、ほんの僅か震えた。
震えを隠すように、背筋がさらに真っ直ぐになる。
リアナは言いたい言葉を噛み殺し、盾を下げない。
ハヤトは、電気より冷たい汗を掌に感じた。
ルーベンは護衛を伴い、ギルド長の執務室へ向かった。
セレスも無言で続く。
リアナがその背中を追おうとした瞬間、セレスが振り返り、目だけで止めた。
「来ないで」
短い命令。
拒絶じゃない。
“巻き込むな”という保護だ。
それが逆に、リアナの胸を焼いた。
「ふざけんな。
仲間だろ」
セレスは答えない。
答えられない。
貴族の戦いに仲間を入れれば、仲間が燃料にされる。
それを知っている目だった。
ミナが一歩前へ出て、柔らかく言う。
「セレスさん。
ひとりで抱えないでください」
セレスは一度だけ目を閉じ、すぐに開く。
「……ありがとう。
でも、これは私の問題」
扉が閉まる音が、やけに大きかった。
◇
残された三人の周囲で、ギルドの空気が少しずつ戻り始めた。
戻ったように見えるだけだ。
皆、聞いてしまった。
“金で秩序が動く”という言葉を。
その言葉が、掲示板の赤印よりも生々しく、喉に刺さる。
リアナは盾の縁を握り締めた。
金属が軋む。
自分の中の怒りが、形を探している。
ハヤトは指輪の尖端を見つめた。
刺せば止められる相手はいる。
刺しても止まらない相手もいる。
今、目の前の扉の向こうにいるのは、後者だ。
『焦るな。
短絡は焼ける。
焼けたら戻らん』
(分かってます)。
ミナが小さく息を吐く。
「支援が切れたら……治療薬が減ります。
救助班も……」
リアナが唇を噛む。
「だからって、セレスを売るのかよ」
ハヤトは掲示板を見た。
赤印。
負傷者。
撤退者。
この街の“浅層”が、もう浅層じゃなくなりかけている。
支援が切れれば、弱い人から落ちる。
それがルーベンの狙いだ。
その時、壁際に立つ大柄な男が目に入った。
傷の多い盾を背負い、腕を組んでいる。
誰とも話さず、ただ“配置”だけを見ている目。
戦場の匂いがする。
男はハヤトの視線に気づくと、顎を少しだけ上げた。
挨拶でも脅しでもない。
確認だ。
お前は盾を持つのか、と。
ハヤトは無言で頷いた。
男も無言で頷き返す。
リアナが小声で尋ねる。
「……誰だよ、あれ」
ハヤトは答えられなかった。
名前を知らない。
でも、分かる。
あの男は、盾の使い方を知っている。
そして今、セレスの扉の前に立つ“戦場”を、同じ目で見ている。
扉の向こうで、低い声が動いた。
ルーベンの声。
ギルド長の声。
そして、セレスの声が、氷のように響く。
戦いが始まっている。
剣も魔法も要らない戦いが。
ハヤトは指輪を握り直し、ゆっくり息を吸った。
距離は命。
なら、距離を守るための道を作る。
今できるのは、それだけだ。
受付の若い職員が、男の横を通り過ぎる時、思わず声を漏らした。
「ガルドさん……今日は早いんですね」
男は視線を掲示板に投げたまま、短く返す。
「赤が多い。
放っときゃ新人が死ぬ」
それだけ言うと、ガルドは壁から離れ、執務室の扉へ近づいた。
扉の前で立ち止まり、耳を澄ます。
中に割って入る気配はない。
ただ、状況を計る。
救える瞬間を探す。
リアナが息を飲む。
ミナが小さく頷く。
ハヤトは思った。
この男は、俺と同じ“守り”の側だ。
守り方が、違うだけで。




