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第41話 残党掃討




 ギルドの依頼票の文字は短かった。



「ゴブリン小隊・残党掃討(第一階層浅部/広間接近禁止)」

「条件:群れ化前に間引き。撤退判断最優先」



 ギルドの受付は、いつもより声を低くした。



「……石喰いの件で奥は封鎖寄りになった。だから浅部の“残り火”を消したい。

 小隊の残党が、浅い通路に出て新人を刈ってる」



 セレスが依頼票を剥がし、頷く。



「やる。今日は“掃除”よ」



 リアナが短剣を鳴らした。



「掃除は得意。ゴミは片付けないと増える」



 ミナは祈りの紐を指で撫で、静かに息を整える。



「……誰も死なせないために」



 ハヤトは指輪の尖端を親指で撫で、頭の中で“手順”を並べた。



『よし』



 教授の声は、短く背中を押す。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。



『今日の戦いは“理屈の確認”じゃ。勝ち方を固定せい』



















第一階層の浅部は、見た目だけなら昨日と変わらない。

 だが違う。

 ×印と△印が増え、壁に書かれた短いルールが“文字”として残っている。


「中央一列」

「壁禁止」

「糸=△」


 リアナが小声で笑う。



「これ、もう教科書だよね」



「教科書は読むだけじゃ役に立たない」



 セレスが淡々と返す。

「今日は“使えるか”を確認する」



 通路の先で、気配が揺れた。

 足音。複数。

 石を擦るような粗い呼吸。



「……来る」



 ハヤトの足裏が拾う。

 そして指輪の尖端が、金属の“尖り”に引かれる。

 セレスが手を上げて止めた。



「ここで当たる。狭い通路、隊形が崩れやすい。こちらの得意な場所」



 リアナが短剣を低く構える。



「やる?」



「やる。ただし、深追いしない」



 セレスは一瞬だけハヤトを見る。



「あなたの“止め”が要よ。先に崩せる?」



「できます。導電ライン、あります」



 壁の割れ目から落ちた水が、床に細い筋を作っている。

 視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。

 そこが“道”になる。

 ミナが後ろで、祈りの準備を整える。



「必要なら、治癒魔法を前へ投げます」



「頼む」



 セレスは短く頷いた。



















角の向こうから、ゴブリンが現れた。

 槍持ち二。

 投げ槍一。

 短剣のような刃物持ち一。

 そして後ろに、石を持ったやつ。

 五。



「小隊の残りだね」



 リアナの声が低い。

 ゴブリンが気づく。

 目が光る。

 数を見て、笑った。



「ギィ!」



 先頭の槍が伸びる。

 ハヤトは、火花を出さない。

 導電ラインへごく薄い流れを作り、槍先へ“引っかける”。

 じわり。

 槍持ちの握りが一瞬だけ緩む。



「ギッ!?」



 その瞬間を、リアナが切り取った。

 短剣が閃く。

 狙うのは喉じゃない。手首。

 ザン、と短い音。

 槍が落ちる。


 投げ槍が飛ぶ。

 セレスが杖を振る――が、火で弾くほどの余裕を見せない。

 代わりに声が落ちる。

 汗が手袋の内側で冷える。滑れば終わりだ。



「ハヤト」



「分かってます」



 ハヤトは指輪の尖端にほんの少しだけ意識を寄せ、投げ槍の穂先を“尖端”として使う。

 流れを当てるのではない。軌道の外側に“押す”。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。

 コツ、と槍の線がずれる。

 槍はミナの前を外れて壁に刺さった。

 笑い声が混じる。遊びのつもりで、首を狙ってくる。



「っ……」



 ミナが息を呑むが、すぐ姿勢を戻す。



「大丈夫です!」



 狙いはハヤトの横――リアナの死角。


 ハヤトは一歩引くのではなく、



「《エレキ・バインド》!」



床へ“帯”を敷く。

 薄い流れ。足首に引っかかる程度。

 刃物持ちの足が、ほんの一拍遅れる。



「今」



 リアナが半歩だけ横へ滑って、短剣の柄で顎を打つ。

 刃物持ちが転がる。

 セレスがそこへ粉塵を落とす。



「《フレア・ダスト》」



 視界が白む。

 残りのゴブリンが互いの肩をぶつけ、隊形が崩れる。

 隊形が崩れた瞬間、数は武器じゃなくなる。



「押す!」



 セレスが命じる。

 リアナが前へ。

 ハヤトが横から“止め”。

 ミナは後ろで、必要なときだけ最小の治癒を投げる。

 流れができた。

 ゴブリンは逃げに転じる。

 だが狭い通路で逃げれば背中がさらけ出る。



「逃がす?」



 リアナが息を切らして言う。



「追わない」



 セレスが即答する。



「浅部の安全化が目的。奥へ誘われる。ここで終わり」



 リアナが舌打ちしつつも、止まる。



「了解。撤退判断、優先」



 倒れて呻くゴブリンが二体。武器を失って壁にもたれている。


 ハヤトは“流れ”を止め、息を整えた。

 血が熱い。


 でも、頭は冷たいまま。



















帰路、リアナがやけに黙っていた。

 通路の印を見て、足元を確認し、短剣を拭って――それでも口数が少ない。

 ギルドへ戻って報告を済ませ、外に出たとき、リアナが急に言った。



「……ねぇ」



「はい」



 ハヤトが振り返ると、リアナは視線を逸らしながら言う。



「今日さ、私が前に出ても……怖くなかった」



「それは、リアナさんが強いからです」



「違う」



 リアナの声が少しだけ強くなる。



「私が強いからじゃなくて……

 後ろに“止めてくれる人”がいるって分かったから」



 言ってしまってから、リアナが自分で驚いたように口を閉じる。

 頬が赤い。

 ミナが少し離れたところで、布袋を抱えたまま静かに視線を落とした。

 セレスは何も言わず、だけどその沈黙が“聞いている”ことを示していた。

 リアナは早口で続ける。



「べ、別に頼ってるって意味じゃないから!

 ただ、連携が良くなったっていうか!」



「頼ってください」



 ハヤトがまっすぐ言うと、リアナが固まる。



「……は?」



「俺も頼ってます。リアナさんが前で斬ってくれるから、俺は止められる」



 リアナは一瞬だけ黙ってから、ぷいっと横を向いた。



「……ずるい。そういう言い方」



「ずるいですか」



「うん。腹立つ」



 腹立つと言いながら、口角がほんの少し上がっている。

 セレスが淡々と割り込んだ。



「仲がいいのは結構。だが仕事の後にやりなさい」



「セレス!今それ言う!?」



 リアナが慌てて抗議し、ミナが小さく笑った。

 ハヤトはそのやり取りを見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

 今日の戦いは、勝った。

 倒した数じゃなく、生きて帰れた人数で。

 そして、戻ったあとに交わされる言葉が、少しずつ変わっていくのを――

 ハヤトはまだ“変化”としてしか認識していなかった。



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