第41話 残党掃討
ギルドの依頼票の文字は短かった。
「ゴブリン小隊・残党掃討(第一階層浅部/広間接近禁止)」
「条件:群れ化前に間引き。撤退判断最優先」
ギルドの受付は、いつもより声を低くした。
「……石喰いの件で奥は封鎖寄りになった。だから浅部の“残り火”を消したい。
小隊の残党が、浅い通路に出て新人を刈ってる」
セレスが依頼票を剥がし、頷く。
「やる。今日は“掃除”よ」
リアナが短剣を鳴らした。
「掃除は得意。ゴミは片付けないと増える」
ミナは祈りの紐を指で撫で、静かに息を整える。
「……誰も死なせないために」
ハヤトは指輪の尖端を親指で撫で、頭の中で“手順”を並べた。
『よし』
教授の声は、短く背中を押す。
距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。
『今日の戦いは“理屈の確認”じゃ。勝ち方を固定せい』
◇
第一階層の浅部は、見た目だけなら昨日と変わらない。
だが違う。
×印と△印が増え、壁に書かれた短いルールが“文字”として残っている。
「中央一列」
「壁禁止」
「糸=△」
リアナが小声で笑う。
「これ、もう教科書だよね」
「教科書は読むだけじゃ役に立たない」
セレスが淡々と返す。
「今日は“使えるか”を確認する」
通路の先で、気配が揺れた。
足音。複数。
石を擦るような粗い呼吸。
「……来る」
ハヤトの足裏が拾う。
そして指輪の尖端が、金属の“尖り”に引かれる。
セレスが手を上げて止めた。
「ここで当たる。狭い通路、隊形が崩れやすい。こちらの得意な場所」
リアナが短剣を低く構える。
「やる?」
「やる。ただし、深追いしない」
セレスは一瞬だけハヤトを見る。
「あなたの“止め”が要よ。先に崩せる?」
「できます。導電ライン、あります」
壁の割れ目から落ちた水が、床に細い筋を作っている。
視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。
そこが“道”になる。
ミナが後ろで、祈りの準備を整える。
「必要なら、治癒魔法を前へ投げます」
「頼む」
セレスは短く頷いた。
◇
角の向こうから、ゴブリンが現れた。
槍持ち二。
投げ槍一。
短剣のような刃物持ち一。
そして後ろに、石を持ったやつ。
五。
「小隊の残りだね」
リアナの声が低い。
ゴブリンが気づく。
目が光る。
数を見て、笑った。
「ギィ!」
先頭の槍が伸びる。
ハヤトは、火花を出さない。
導電ラインへごく薄い流れを作り、槍先へ“引っかける”。
じわり。
槍持ちの握りが一瞬だけ緩む。
「ギッ!?」
その瞬間を、リアナが切り取った。
短剣が閃く。
狙うのは喉じゃない。手首。
ザン、と短い音。
槍が落ちる。
投げ槍が飛ぶ。
セレスが杖を振る――が、火で弾くほどの余裕を見せない。
代わりに声が落ちる。
汗が手袋の内側で冷える。滑れば終わりだ。
「ハヤト」
「分かってます」
ハヤトは指輪の尖端にほんの少しだけ意識を寄せ、投げ槍の穂先を“尖端”として使う。
流れを当てるのではない。軌道の外側に“押す”。
距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。
コツ、と槍の線がずれる。
槍はミナの前を外れて壁に刺さった。
笑い声が混じる。遊びのつもりで、首を狙ってくる。
「っ……」
ミナが息を呑むが、すぐ姿勢を戻す。
「大丈夫です!」
狙いはハヤトの横――リアナの死角。
ハヤトは一歩引くのではなく、
「《エレキ・バインド》!」
床へ“帯”を敷く。
薄い流れ。足首に引っかかる程度。
刃物持ちの足が、ほんの一拍遅れる。
「今」
リアナが半歩だけ横へ滑って、短剣の柄で顎を打つ。
刃物持ちが転がる。
セレスがそこへ粉塵を落とす。
「《フレア・ダスト》」
視界が白む。
残りのゴブリンが互いの肩をぶつけ、隊形が崩れる。
隊形が崩れた瞬間、数は武器じゃなくなる。
「押す!」
セレスが命じる。
リアナが前へ。
ハヤトが横から“止め”。
ミナは後ろで、必要なときだけ最小の治癒を投げる。
流れができた。
ゴブリンは逃げに転じる。
だが狭い通路で逃げれば背中がさらけ出る。
「逃がす?」
リアナが息を切らして言う。
「追わない」
セレスが即答する。
「浅部の安全化が目的。奥へ誘われる。ここで終わり」
リアナが舌打ちしつつも、止まる。
「了解。撤退判断、優先」
倒れて呻くゴブリンが二体。武器を失って壁にもたれている。
ハヤトは“流れ”を止め、息を整えた。
血が熱い。
でも、頭は冷たいまま。
◇
帰路、リアナがやけに黙っていた。
通路の印を見て、足元を確認し、短剣を拭って――それでも口数が少ない。
ギルドへ戻って報告を済ませ、外に出たとき、リアナが急に言った。
「……ねぇ」
「はい」
ハヤトが振り返ると、リアナは視線を逸らしながら言う。
「今日さ、私が前に出ても……怖くなかった」
「それは、リアナさんが強いからです」
「違う」
リアナの声が少しだけ強くなる。
「私が強いからじゃなくて……
後ろに“止めてくれる人”がいるって分かったから」
言ってしまってから、リアナが自分で驚いたように口を閉じる。
頬が赤い。
ミナが少し離れたところで、布袋を抱えたまま静かに視線を落とした。
セレスは何も言わず、だけどその沈黙が“聞いている”ことを示していた。
リアナは早口で続ける。
「べ、別に頼ってるって意味じゃないから!
ただ、連携が良くなったっていうか!」
「頼ってください」
ハヤトがまっすぐ言うと、リアナが固まる。
「……は?」
「俺も頼ってます。リアナさんが前で斬ってくれるから、俺は止められる」
リアナは一瞬だけ黙ってから、ぷいっと横を向いた。
「……ずるい。そういう言い方」
「ずるいですか」
「うん。腹立つ」
腹立つと言いながら、口角がほんの少し上がっている。
セレスが淡々と割り込んだ。
「仲がいいのは結構。だが仕事の後にやりなさい」
「セレス!今それ言う!?」
リアナが慌てて抗議し、ミナが小さく笑った。
ハヤトはそのやり取りを見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
今日の戦いは、勝った。
倒した数じゃなく、生きて帰れた人数で。
そして、戻ったあとに交わされる言葉が、少しずつ変わっていくのを――
ハヤトはまだ“変化”としてしか認識していなかった。




