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第4話 ギルドの試験台と短剣少女

 翌朝。


 まだ日が高くなる前、ハヤトは冒険者ギルドの前で足を止めていた。


 石造りの堂々とした建物。

 貧民街の木造長屋とは比べ物にならない重厚感。

 出入り口からは、剣や槍を背負った冒険者たちが次々に出入りしている。


(うわぁ……やっぱり、でかいな)


 何度か店の用事で来たことはある。

 だが今日は「客」ではなく、「呼び出された側」だ。


 そう思うだけで、足の裏がじんと重くなる。


『固くなるでない。ほれ、指先に意識を向けい』


「ここでですか、教授……」


『どこであろうと同じじゃ。お前の静電気は、逃げたりせん』


 教授の声に、ハヤトは小さく深呼吸した。


 右手の指先に、じんわりと魔力を集める。

 押す力と、引く力。

 今はただ、そこに「ある」ことを確かめるだけ。


(……よし)


 ハヤトは扉を押し開けた。


 中は、人と声と匂いでむせ返りそうだった。


 依頼の内容を確認する冒険者。

 報酬を受け取りに来た者。

 酒と汗と革の匂い。


 その奥、受付カウンターの一角で、見慣れた金髪の女性が手を振った。


「ハヤト君、こっちよ」


「エリナさん」


 ギルドの受付嬢エリナ。

 以前から店のマッサージを勧めてくれたり、雑用を回してくれたりした、数少ない味方の一人だ。


「来てくれてよかったわ。治療部門の人たち、ちょっと頭が固いからね。怖がらなくて大丈夫よ?」


「……怖がってるように見えます?」


「見える」


 ぴしゃりと言われて、ハヤトは苦笑した。


「さ、こっち。診察室、案内するから」


 カウンター横の扉を抜けると、外の喧騒が嘘のように静かな廊下が続いていた。


 いくつかの部屋の扉には「治癒室」「魔力測定室」といった札がかかっている。




 その一番奥。




 エリナが「コンコン」とノックし、中から返事を待ってから扉を開けた。


「連れてきましたよー、“静電気マッサージ”の子」


「やかましいな、その言い方はやめろ」



 低い声が返ってくる。



 部屋の中には、白衣を羽織った男が一人。

 年の頃は三十代半ば。

 乱暴にまとめた黒髪と、疲れたような目つき。


 だが、机の上に並ぶ薬瓶や魔石の整理は、きっちり行き届いている。



「治療部門責任者のオズさんよ。腕は確かだけど、口はちょっと悪いわ」



「いらんことを付け足すんじゃない」



 オズは溜息をつき、ハヤトをじろりと見た。


「お前がハヤトか。マッサージ屋で妙な魔力を使っているという噂の」


「は、はい。マッサージは、真面目にやってます」


「詐術じゃないかどうか確かめる、という建前だが……」


 オズは椅子から立ち上がり、自分の肩を軽く回した。


「単純に興味もある。静電気で凝りをほぐす、だと? 聞いたことがない」


『ほう、こやつは話が早そうじゃな』


(教授、静かに……!)


 ハヤトは内心で突っ込みながら、荷物を隅に置いた。


「じゃあ、そこに横になってください」


「ほう、なかなか手際がいいな」


 オズは診察台にうつ伏せになり、上衣を少しだけまくり上げる。


 背中には、筋肉の流れに沿っていくつもの固い線が走っている。


「だいぶ、固まってますね」


「こちとら治療部門だ。自分の体を診る余裕なんぞない」


 口ではそう言うが、どこか楽しげだ。


 ハヤトは、そっと両手を肩甲骨のあたりに当てた。


 固い筋肉の感触。

 その奥で、血の流れが滞っている場所。


 ──そこへ“押し出す”力を。


 深く息を吸い、静かに吐く。

 指先に魔力を集め、その一部をオズの背中へと染み込ませていくイメージ。


 片側に同じ性質の電気を、反対側に逆の性質を。

 筋肉の中で、目に見えない「押し引き」が働くように。


 ぱち、ぱち、と小さな火花が散るような感覚が、掌を伝う。


「……ん」


 オズの肩が、ぴくりと動いた。


 魔力の通り道が、心地よいところと、わずかに痛みを伴うところ。

 それを確かめながら、ハヤトは圧を調整する。


「どうですか?」


「……妙な感覚だな。冷たくも熱くもないのに、内側から押されてる感じがする」


 オズが、ぼそりと言う。


「筋肉の片側から、何かが抜けていく感覚……いや、違う。詰まってたものが流れていく、か」


『悪くない観察じゃな』


 教授も満足そうだ。


「少し強くしますね」


「やれるものならやってみろ」


 強がる声に、ハヤトの口元がわずかに上がる。


(じゃあ、もう少し“押し引き”をはっきりさせて……)


 右手側から同じ性質を押し込み、左手側から逆の性質で引き抜く。

 筋肉の中を、「押す力」と「引く力」が行ったり来たりするイメージ。


 ──ビリッ。


「っ……!」


 オズの指先がぴくりと痙攣した。


「痛かったですか!?」


「いや……」


 オズはしばし黙り込んだあと、ゆっくりと息を吐いた。


「……久しぶりに、肩が軽い」


 その言葉に、ハヤトの心臓がどくんと跳ねる。


「本当ですか?」


「ああ。魔力の残り香もある。紛れもなく“魔術”だ。詐術ではない」


 オズは診察台から起き上がり、肩をぐるりと回した。


 ごき、ごき、と音が鳴り──それから、驚いたように目を見開く。


「おお……本当に軽いな」


 エリナがくすくすと笑う。


「ね? だから言ったでしょ。面白い子だって」


「面白い、どころの話ではないぞ」


 オズは真顔で言い直した。


「静電気をここまで制御して“治療”に使うなど、聞いたことがない。

 少なくとも、従来の治癒魔術とはまったく違う系統だ」


「そ、そうなんでしょうか……」


『胸を張れ。これはお前の努力の成果じゃ』


 教授の声に、ハヤトは小さく笑う。


「……で?」


 そのとき、部屋の扉がノックもなく開いた。


「エリナさーん、今日の報酬、ちょっとだけ前倒しで──って、なにこれ」


 軽い調子の声。


 振り向くと、短剣を二本腰に下げた少女が立っていた。

 茶色のポニーテール。

 日焼けした肌に、動きやすそうな軽装の鎧。


 ハヤトは、どこかで見覚えがあると思った。


(そうだ……ギルド前で一度だけ)


 掲示板の前で、依頼の紙とにらめっこしていた少女。

 その目つきの鋭さと、飾らない物言いが印象に残っている。


「リアナ、ノックしなさいっていつも言ってるでしょ」


「エリナさん、今さらだよ。で、その子なに? 診察中?」


 リアナと呼ばれた少女は、じろりとハヤトを見る。


「噂の“静電気マッサージ坊主”よ」


「うわ、ギルド内でそんな呼び方されてたんですか俺」


「分かりやすいじゃない」


 エリナが悪びれもなく言うと、リアナはにやっと口角を上げた。


「静電気で肩こり治すってやつ? へぇ……」


 その目は、どこか獲物を品定めするようだった。


「オズさん、私も試していい?」


「お前はいつでも勝手だな」


「ほらほら、身体使う仕事だし。ちゃんとメンテナンスしないと、治療部門の手間も増えるよ?」


「口だけは一人前だな」


 オズは溜息をつきつつも、診察台を指さした。


「ハヤト、やってみるか。冒険者相手に」


「い、いいんですか?」


「こういうのは多く試すほど、傾向が見える。行け」


『良い機会じゃ。冒険者の筋肉は、荷車引きとはまた違うぞ』


 教授もノリノリだ。


 リアナは素早く診察台に飛び乗り、うつ伏せになった。


「腰から下、全部ガチガチだからよろしくー」


「軽いな……」


 ハヤトは思わず苦笑しつつ、リアナの腰と太ももに手を当てた。


 瞬間、指先に伝わる感触が違う。


(固いけど、力の入り方がバラバラだ……)


 駆け出しとはいえ、冒険者として日々動いている筋肉。

 荷車引きの「重い負荷」とは違う、「瞬発力」の蓄積。


 右足の付け根と、左足のふくらはぎ。

 一箇所ずつ、押し引きすればいい。


『クーロンの法則は同じじゃ。

 ただ、“どこからどこへ押すか”を、より細かく意識せい』


「……分かりました」


 ハヤトは静かに目を閉じた。


 右手から、同じ性質の電気を押し込む。

 左手から、逆の性質で引き出す。


 リアナの筋肉の中で、“流れ”のようなものが生まれる。


「ん、あ……」


 リアナが小さく声を漏らす。


「どうですか?」


「……気持ち悪いくらい、効いてる」


「気持ち悪いって」


「いや、いい意味で。なんか、今まで自分の脚じゃなかったみたいなとこに、急に血が通い始めた感じ」


 リアナの言葉に、オズが感心したように頷いた。


「こいつはやはり本物だな」


 数分後。

 施術を終えたリアナは診察台から飛び降り、その場で何度かジャンプしてみせた。


「うわ、やば。脚が軽い。マジで軽い」


「よかったです」


「ねえ、あんた」


 リアナがぐいっと距離を詰めてくる。


「冒険者、やる気ない?」


「えっ」


「こんだけ身体のメンテできるなら、パーティに一人欲しいよ。

 私、まだFランクだけどさ、こういう“支え役”がいると全然違うんだよね」


「ちょっと、リアナ。いきなりスカウトしないの」


「だってエリナさん、もったいないじゃん。静電気マッサージで終わらせるの」


「静電気マッサージで終わらせるってなんですか」


 ハヤトは慌てて手を振った。


「俺、剣もまともに振れないし、静電気だって、まだちょっと使えるくらいで……」


「“ちょっと使える”でここまでやるやつ、見たことないけど?」


 リアナはまっすぐにハヤトを見た。


「魔物相手に戦えとは言わないよ。

 でもさ、後ろから私たちの足を軽くしてくれるだけで、どれだけ助かるか分かる?」


「それは……」


 そんなふうに考えたことはなかった。


 自分の静電気は、“せいぜいマッサージに使える程度”だと、ずっと思っていた。

 だが今、目の前の短剣少女は、それを「戦いの役に立つ」と言い切った。


『よく聞け、ハヤト』


 教授の声が、静かに響く。


『力を持つ者は、多くおる。

 だが、“どう使えば誰の役に立つか”まで考えられる者は、そう多くない』


 ハヤトは唇を噛んだ。


 静電気しかない、自分。

 最弱魔力と笑われ、マッサージ屋でしか生きる道がないと思っていた自分。


 けれど今、目の前に新しい道が差し出されている。


 冒険者として戦う道。

 前線ではなく、後ろから支える形かもしれないけれど。


「……俺に、できるでしょうか」


 気づけば、口が勝手に動いていた。


「できるかどうかは、やってみなきゃ分からないよ」


 リアナは、あっさりと言う。


「でもさ、あんたの“静電気”は少なくとも、私の脚には効いてる。

 だったら──魔物の脚だって、止められるかもしれないでしょ?」


 その言葉に、胸が大きく鳴った。


 足を止める。

 動きを鈍らせる。

 その一瞬で、仲間が攻撃を叩き込める。


 自分が前に出て斬り結ばなくても、戦いには参加できる。


『クーロンの法則は、何にでも働く。

 人だろうと、魔物だろうと、地面だろうと、空気だろうと──な』


 教授の声が、背中を押すように響いた。


「……ハヤト」


 オズが口を開く。


「ギルドとして、お前の“魔力による施術”を公式に認める。

 少なくとも詐術ではないし、治療効果もある」


「ほ、本当ですか?」


「ああ。そのうえで、ひとつ提案がある」


 オズは机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。


 それは、冒険者登録申請書だった。


「お前の魔力は、後方支援としてなら十分に価値がある。

 希望するなら、ギルドで正式に“冒険者兼治療士”として登録してもいい」


「……冒険者」


 その言葉を、ハヤトは呑み込むように心の中で繰り返した。


 ずっと、諦めていた言葉。

 自分には縁のないものだと思っていた肩書き。


 それが今、手を伸ばせば届くところにある。


『さあ、どうする?』


 教授の声が、静かに問いかける。


『ただ揉むだけの静電気マッサージ師でいるか。

 一歩踏み出して、“戦う静電気使い”になるか』


 ハヤトは拳を握った。


 父の言葉が、胸の奥で小さく響く。


 ──知は力なり。


 ならば、力を使う場所に、行かなくてどうする。


「……その申請書、もらってもいいですか」


 ハヤトは震える声で言った。


「俺、冒険者になりたいです」


 オズの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「よし。なら、一度きちんと試験を受けてもらう。

 静電気坊主──いや、ハヤト。覚悟しておけ」


 こうして。


 最弱魔力「静電気」の少年は、

 ギルドに正式な一歩を踏み出すことになった。

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