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第39話 薬草採取と夜襲




 依頼は簡単なはずだった・・・。



「薬草採取:薄青のミズナギ草(第一階層・外縁)」



 浅い場所。罠も少ない。魔物も弱い。――そういう“はず”。

 だが、ギルドの受付が依頼票を渡すとき、声を落としてこう言った。



「最近、外縁の出口付近で“襲われた”って報告が増えてるらしいです。

 魔物じゃなくて……何か、影みたいだってみんな言っています。」



 セレスは表情を変えずに頷いた。



「分かった。採取は短時間。長居しない」



 リアナが笑って見せる。



「影ねぇ。斬れば消えるなら助かるんだけど」



 ミナは依頼票の端を指で押さえた。

「……油断しないで行きましょう」



 ハヤトは、指輪の尖端を触った。

 影。出口付近。湿り気。――嫌な単語が揃っている。



















第一階層の外縁は、岩肌が薄く苔が生えており、長らく人の手が入っていないことを示している。

 天井の裂け目から落ちる水が、細い筋を作っている。

 視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。

 ミズナギ草はその湿った筋の近くに生える。

 薄青い葉が、微かな光を受けて浮かび上がる。

 汗が手袋の内側で冷える。滑れば終わりだ。



「これだ」



 ミナがしゃがんで、根元から丁寧に摘む。

 採取袋に入れ、葉が傷まないように布で包む。

 リアナは周囲を見張りながら、ぼそっと言った。



「こういうの、ミナがいると安心だよね。雑にやると台無しだし」



「植物も命です。……雑に扱うと怒ります」



 ミナが真面目な顔で言い、リアナが吹き出す。



「怒るのはミナだけだろ」



 セレスは一切笑わず、地面と壁を淡々と見ていた。



「採取は二束で十分。予定より早く切り上げる」



「了解」



 ハヤトは足裏の感覚を薄く広げ、導電ラインの位置を頭に入れていく。

 水の筋は“道”になる。

 電気の道にも、敵の足取りの道にも。

 採取が終わった頃、空気が変わった。

 冷たい。

 そして、音が減った。

 洞の出口――地上への分岐が見えるあたりで、気配が一段重くなる。

 ハヤトは立ち止まり、指輪の尖端をほんの少しだけ前に出した。

 火花は出さない。吸われ方だけ見る。

 空中の一点が、じわ、と引っ張る。



「止まってください」



 ハヤトの声が低い。

 リアナが即座に止まる。



「罠?」



「罠じゃない。……生き物。小さい。複数」



 セレスが無言で隊列を整えた。

 リアナが前、セレスが二番、ハヤトが三番、ミナが最後。



「出口まで走る準備」



 セレスが短く言う。



「出る直前に襲ってくる。そういう間合いの取り方をしてる」



 その言葉が終わるより先に――暗闇が動いた。

 壁と床の境目から、黒い影が滑り出す。

 獣。だが毛並みは濡れた墨のようで、光を吸う。

 四体。

 目だけが、赤い。



「来た!」



 リアナが短剣を抜く。

 影獣は吠えない。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。

 音を立てずに跳ぶ。

 最初の一体がリアナへ。

 同時に二体が左右へ散り、後衛のミナを狙う角度に入る。

 ハヤトは一瞬で導電ラインを見つけた。

 床の細い水の筋。出口へ伸びる道。



「ミナさん、下がって! 水の筋、踏まないで!」



「えっ?」



 ミナが反射で足を引く。

 その瞬間、影獣の爪がミナのいた場所を薙いだ。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。

 風だけが通る。



「っ……!」



 ミナの息が止まる。

 ハヤトは“音を立てない流れ”を、導電ラインへ落とした。

 電気は水に吸われる。道ができる。

 影獣が水の筋を踏んだ瞬間――

 視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。

 じわり。



「ギッ……!」



 声にならない痙攣。

 影獣の脚が一瞬もつれる。



「今!」



 リアナが短剣を振る。

 斬るのは首じゃない。胴でもない。

 短剣の返しが、粘液や皮膜を裂く感触を拾う。

 肩口――前脚の付け根。

 ザク、と短い音。

 影獣が着地に失敗し、床を滑る。

 だが二体目がセレスへ跳んだ。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。

 セレスの杖へ噛みつく角度。

 セレスは一歩も引かず、杖を横へ流す。



「《フレア・ダスト》」



 火ではなく、粉塵。

 乾いた光の粒が舞い、影獣の視界が白む。

 影獣が一瞬ためらった。その一瞬を、ハヤトが拾う。

 指輪の尖端に意識を寄せ、影獣の爪先に“跳ねる量だけ”押す。


 バチンッ。


 小さな火花が一瞬だけ弾ける。

 影獣の脚が外へ流れ、攻撃の線が逸れた。

 セレスの杖が影獣の顎を打つ。

 ゴン、と鈍い音。影獣が転がる。

 残る二体が、完全にミナへ向いた。

 後衛の柔らかい場所を知っている動き。

 真っ直ぐじゃない。左右に揺れ、間合いをずらしてから飛ぶ。



「ミナ!」



 リアナが叫ぶが、距離がある。

 ハヤトは息を吸った。

 ミナの足元。

 導電ラインを避けて立っている。

 なら、逆に――影獣が踏む“水”を作る。


 ハヤトは腰の水袋を掴み、床へ少しだけ水を垂らした。

 細い線。ミナの前、影獣が踏み込む場所に。

 視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。

 その水の線へ、静電気を“流し込む”。

 影獣が踏む。

 足元の湿りが、判断を一拍遅らせる。

 じわり。



「ギッ!」



 脚が止まる。

 もう一体が飛ぶ――が、同じ水線に前脚が触れた瞬間、動きが鈍った。

 ミナが咄嗟に祈りを投げる。



「《ブレス・シールド》!」



 薄い光の膜が一瞬だけ張り、爪が弾かれる。

 その反動で影獣が体勢を崩す。



「そこ!」



 リアナが一気に距離を詰めた。

 短剣が閃き、二体の“背中の筋”を最小で断つ。

 血の色は暗い。影がほどけるように崩れていく。

 視界が狭くなる。耳だけが、風切り音を拾う。

 残った一体は、傷を負いながら壁際へ滑り、闇に溶けた。

 静寂が戻る。

 呼吸だけが、荒い。



















しばらく誰も動けなかった。

 セレスが最初に口を開く。



「追うな。出口へ。今のは“誘い”だ」



 リアナが舌打ちしながら頷く。



「分かってる。奥で待ってるやつがいる、って感じがした」



 ミナは胸に手を当て、ゆっくり息を吐いた。



「……ありがとうございます。守ってもらいました」



 言いながら、ミナはハヤトの足元を見る。

 床の細い水線。そこに残った僅かな湿り。



「今の……水を使ったんですね」



「はい。道があると、流れが作れるので」



 セレスが短く言った。



「合理的。静電気を“戦術”にした」



 褒め言葉。

 それなのに、ハヤトの胸は少しだけ締まった。

 影獣の動きは、魔物のそれじゃない。

 人間の狙い方だ。

 出口付近まで戻ると、空気が軽くなる。

 地上の風が混ざる。

 リアナが、歩きながらぽつりと言った。



「……あんたさ」



「はい」



「さっき、ミナが狙われたとき」



 リアナは短剣を鞘に戻し、視線を前に固定したまま続ける。



「私、間に合わなかった。

 でもあんたは、音も出さずに止めた」



 その言い方は、怒っているみたいで、でも違った。



「守るって、こういうことなんだなって思った」



 ハヤトは言葉を探して、結局短く答えた。



「……生きて帰るためです」



 リアナは鼻で笑う。



「それ。そういうところが腹立つ」



「え?」



「自覚ないところ」



 リアナは一瞬だけハヤトの手を見る。

 血もついていない手。けれど、さっき確かに命を守った手。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。



「その手、守るためにあるんだな」



 また同じ言葉が落ちた。

 今度は、前より静かに。

 言ってしまったあと、リアナは自分でも驚いたように口を閉じた。

 頬が少し赤い。

 ミナはそれを横目で見て、何も言わずに視線を落とす。

 セレスは淡々と前を歩きながら、ほんの一瞬だけ振り返った。

 その目が、鋭いのに、どこか複雑だった。

 ハヤトは指輪の尖端に触れ、湿り気の残る床を見下ろした。

 電気は見えない。

 でも、見えないものほど、誰かを守れる。

 そして――見えない感情も、少しずつ形を持ち始めていた。





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