第28話 針の指輪
翌朝、宿の食堂はまだ眠たそうだった。
木のテーブルに、湯気の立つ粥と黒パン。
リアナは頬杖をついたまま
「昨日の夜はずるい」
とか意味不明なことを呟き、
ミナはそれを聞こえないふりでスプーンを動かし、セレスは淡々と紅茶を飲んでいる。
ハヤトは、指先を見つめていた。
昨日、短剣の先で火花が弾けた。
矢の先をわずかに逸らせた。
そして、気づいた。
言葉にした瞬間、ただの現象じゃなくなる。
“使える”気がしてしまう。
『ふむ』
教授の声が、いつも通り頭の中で響いた。
『今日は良い。食事のあと、少しだけ練習をせい』
『行く前にじゃ。戦場で試すのは危険じゃろうが』
セレスが紅茶のカップを置く。
「ハヤト。今日は軽めの依頼にする。罠と地図の報告で、ギルドが少し騒いでる」
「騒いでる?」
「あなたたちが持ち帰った“ゴブリン小隊”の情報が、他の新人パーティに刺さったのよ。遭遇報告が増えた」
リアナが口を尖らせた。
「うちらだけじゃなかったんだ。やっぱり」
「ええ。だから、今日は“確認とマーキング”が優先。討伐は無理に狙わない」
ミナが頷く。
「救助の件もありますし、慎重にいきましょう」
ハヤトはスプーンを置いて言った。
「その前に、少しだけ……尖端のやつ、練習したいです」
リアナが目を輝かせる。
「いいね! あれ、派手じゃないのにカッコよかった!」
セレスは短く頷いた。
「宿の裏庭で。火事は起こすな」
「起こしません」
◇
宿の裏庭は、洗濯紐と薪置き場しかない小さな空間だった。
壁際に古いブリキ缶が転がっていて、釘や針金の切れ端が入っている。
「これ、使っていいですか?」
ハヤトが針金を一本つまむと、宿の主人が肩をすくめた。
「どうせ捨てるやつだ。怪我すんなよ」
ハヤトは針金を曲げ、指にはまる小さな輪にした。
そして、先端をほんの少し尖らせる。爪でこすって、針みたいに。
「……指輪?」
ミナが首を傾げる。
「“尖った場所”を、自分の手元に作ります」
リアナが笑う。
「職人みたい」
セレスは腕を組んで見守っている。
ハヤトはその指輪を人差し指にはめ、ブリキ缶の縁に近づけた。
距離は指一本分。
指先に静電気を溜め、尖端へ意識を寄せる。
……ぱち。
小さな火花が飛んで、缶が
「チン」
と鳴った。
「おおっ」
リアナが身を乗り出す。
「今の、触ってないよね?」
「触ってません」
ハヤトは息を整えて、もう一度。
今度は距離を少し離す。指二本分。
頭の中で式を回しながら、静電気を溜め直す。
……バチッ。
さっきより鋭い音。
火花が線になって伸び、空気が一瞬だけ焦げた匂いを出した。
ミナが思わず胸元を押さえる。
足元の湿りが、判断を一拍遅らせる。
「びっくりしました……」
「大丈夫です、痛くないです」
「分かってます。でも音が……心臓に来ますね」
セレスが静かに言った。
「“距離”を意識して強さを変えたのね」
「はい。近いと危ないので」
『よいぞ』
教授が満足そうに唸る。
『尖端放電じゃ。尖った先は電界が集中する。空気が破れやすくなる』
『今は“先に集まる”で十分じゃ。だが覚えろ。
これは攻撃だけじゃない。“測る”のにも使える』
「測る?」
ハヤトはすぐに聞き返した。
『金属が近いか、湿っているか、尖っているか。放電の起き方が変わる。
罠の針、ワイヤー、金属板……近くにあれば、火花がそこへ飛びたがる』
ハヤトの背中に、ぞくりとした感覚が走った。
床を撫でる静電センサーだけじゃない。
空中で、金属に引き寄せられる“火花の癖”を見れば、見えない罠に気づける。
リアナが指輪をじっと見つめる。
「それ、ダンジョンで使ったらさ……投げ槍とか矢の先も、もっと逸らせたりする?」
「できるかもしれません。尖ってるほど、そこに集まるので」
「じゃあ私の短剣にも付けたい」
「リアナは付けなくていい。短剣そのものが尖ってる」
セレスが即答して、リアナがむっとした。
「えー、装備カスタムはロマンだよ?」
「ロマンより生存」
セレスは揺るがない。
ミナが、ハヤトの指を見て小さく言った。
「……その指輪、危なくないですか? いつでも火花が出たら……」
「普段は溜めないので大丈夫です。必要なときだけ」
「必要なときだけ、ですね」
ミナは少し安心したように頷いたが、それでも視線は指輪から離れなかった。
◇
練習を終えたあと、ギルドへ向かう道すがら、ハヤトはずっと指輪をいじっていた。
指輪の尖端は小さい。
でも、そこで火花が“選ばれる”感覚は、昨日の短剣と同じだった。
『よいか』
教授の声が、いつもより真面目になる。
『尖端放電は“強い点”を作れる。だが同時に“危険な点”でもある。
勝手に火花が飛べば、位置がバレる。可燃物があれば燃える。味方が近ければ痺れる』
『距離は命じゃ』
ギルドに着くと、掲示板の前に人だかりができていた。
紙が何枚も追加され、赤い印が目立つ。
「……増えてる」
リアナが眉を上げる。
セレスが目を走らせ、短く息を吐いた。
「“第一階層・ゴブリン小隊注意”。“投げ槍あり”。“負傷者多数”。
あなたたちの報告が、役に立った代わりに……状況が悪化してる」
ミナが唇を噛む。
距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。
「また、誰かが……」
「だからこそ、今日の確認が大事よ」
セレスは掲示板から依頼票を一枚剥がした。
「“落とし穴・射出矢の追加マーキング”。“生存者救助の可能性あり”。
報酬は地味。でも必要な仕事」
ハヤトは頷いた。
「……行きます」
リアナが短剣を鳴らす。
「地味な仕事ほど、うちのパーティ向きだしね。静電制御士さん」
ハヤトは指輪に触れ、尖端を確かめた。
派手じゃない。
でも、“帰ってくるための武器”がまた一つ増えた気がした。




