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第26話 ご褒美会は手のひらで




 宿の共同風呂から戻った夜。

 《エレキ・ストライド》の部屋には、薬草の匂いと、戦いの疲れがまだ残っていた。

 リアナはベッドにうつ伏せになって、枕に顔を埋めている。

 セレスは椅子に腰かけ、杖を壁に立てかけたまま目を閉じていた。

 ミナは借りた外套を畳み、丁寧に膝の上に置いている。



「……はぁ。今日、肩が石みたい」



 リアナが、ぐでんと声を漏らした。



「槍の衝撃とか、尻尾の風圧とか、変に力入ってた」



 ハヤトは自分の手を見た。

 指先は、いつもの仕事のときと同じだ。

 人の筋肉の癖、張り、呼吸の乱れ――それを“読む”手。



「……じゃあ」



 ハヤトはぽつりと言った。



「今日のお礼に、サービスでマッサージします」



 リアナが勢いよく顔を上げた。



「え、いいの!?」



「本職ですし。

 それに、みんな今日がんばったので」



 セレスが目を開け、静かにこちらを見る。



「……副作用はないの?」



「あるとしたら、眠くなります」



「それはむしろ歓迎ね」



 ミナが控えめに頷く。



「もちろん」



 ハヤトは笑い、部屋の隅から薄い布を一枚取ってきた。

 手の汗を拭うためのものだ。



「じゃあ、まずリアナさんから。うつ伏せのままで」



「ういっ」



 リアナは素直にうつ伏せに戻り、両腕を枕の横に投げ出した。

 背中の筋肉が、布越しでも分かるくらい固く盛り上がっている。



「……ここ、石です」



 ハヤトが肩甲骨の内側に手を置くと、リアナが小さく笑った。



「でしょ? 今日、そこばっか使った気がする」



 ハヤトは、まず“触れて覚える”。

 力を入れずに、皮膚の下の筋の向きと張りを確かめる。

 それから、息を吐くタイミングに合わせて、ゆっくり押した。



「……っ」



 リアナの背中が、ぴくりと跳ねる。



「痛いですか?」



「痛くない。……なんか、急にそこ“当たった”感じ」



 ハヤトは押し方を変える。

 同じ場所でも、角度をほんの少し変えるだけで、筋肉のほどけ方が違う。

 ぐ、と沈めて、すっと逃がす。

 押し切らずに、戻していく。



「うわ……それ、ずるい」



 リアナの声が、さっきより小さくなった。



「ずるい、とは」



「だって……気持ちいいのに、逃げるじゃん。

 もう一回そこ、って思ったら、次は別のとこ来る」



 ハヤトは思わず笑いそうになって、真面目に答えた。



「同じ場所ばかりやると、逆に固まるんです。

 流れを作る感じで、少しずつ外側からほどきます」



「流れ……」



 リアナは枕に頬を押しつけたまま、ふにゃっと声を漏らす。



「……なんか、頭までふわってする」



 ハヤトは肩から首筋へ、手のひらを滑らせた。

 首の付け根、熱が溜まっている。

 戦闘中に視線を固定していた証拠だ。

 そこを、指の腹で小さく円を描く。



「……っ、やば」



 リアナの声が、一瞬だけ甘くなる。

 本人も気づいたのか、次の瞬間、咳払いで誤魔化した。



「いや、やばいって意味は、ほんとにやばいって意味で」



「分かってます」



 ハヤトは淡々と続ける。

 淡々と、が一番効く。相手が変に意識しないように。

 だが、リアナは妙に正直だった。



「……ねえ、ハヤト」



「はい」



「手、あったかいね」



「静電気で温めてるわけじゃないです」



「分かってる。でも、あったかい」



 それきり、リアナは言葉を失った。

 呼吸がゆっくりになり、背中の力が少しずつ抜けていく。

 ハヤトは肩甲骨の縁を押し、筋を追い、背骨の脇を流した。

 人を壊さない強さで、でも“深いところ”に届く強さで。



「……ん」



 小さく、喉が鳴る。

 リアナが慌てて言い訳のように言った。



「今の声は、私じゃない」



「今の声は、リアナさんです」



「違うってば!」



 セレスが静かに息を吐く気配がした。

 笑っているのか、呆れているのか分からない。

 ハヤトは、背中の最後を整えるように、両肩を軽く包んでから離した。



「はい。上半身、だいぶほぐれました」



「……」



 リアナは、しばらく動かなかった。



「リアナさん?」



「……動きたくない」



 その声が、あまりにも素直で、ミナがくすっと笑ってしまう。



「癖になりますね、これは」



 リアナが枕に顔を埋めたまま、悔しそうに言う。



「……なる。

 明日も戦って、またこれやってもらうために頑張れる」



「目的が逆です」



「逆じゃない。ご褒美は大事」



 リアナはようやく顔を上げ、頬が少し赤いまま、横目でハヤトを見た。



「……ねえ。これ、他のパーティにバレたら、引っ張りだこじゃない?」



「バレません。言わないでください」



「言わない言わない」



 リアナは、口では軽く答えたのに、どこか嬉しそうだった。

 さっきまでの荒い息が落ち着き、目つきが柔らかくなっている。

 ハヤトは手を拭きながら言った。



「次は、セレス様かミナさん、どちらからにします?」



 セレスが、静かに指を立てた。



「……先に私にして。

 このままだと、リアナが“もう一回”ってうるさくなる」



「うるさくならない!」



 リアナが即座に反論したが、声の勢いがない。

 完全に、溶けていた。

 ミナは外套を抱えたまま、少しだけ目を伏せて微笑んだ。

 その視線が、ハヤトの手に止まって、ほんの少しだけ頬が熱くなる。

 ハヤトは気づかないふりをして、姿勢を正した。



「では、セレス様。椅子の背に寄りかかってください。首と肩をやります」


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