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第25話 帰還報告と「静電制御士」の名



 地上の光は、ダンジョンの闇より刺さった。

 笑い声が混じる。遊びのつもりで、首を狙ってくる。

 灰石の穴から出た瞬間、冬の空気が肺の奥に突き刺さる。

 ゴブリンの刃は軽い。だから速い。だから数で来る。

 冷たいのに、妙に甘い。生きてる匂いがする。



「……帰ってきたぁ……」



 リアナが両腕を上げて伸びをした。汗で張りついた前髪が、風に揺れる。

 ミナは、負傷した新人を支えたまま、静かに息を吐いた。

 外套の裂けた端が、歩くたびに揺れる。



「ミナさん、交代します」



 ハヤトが言うと、ミナは首を振った。



「いえ……ここまで来たら私が。治癒の具合も見たいので」



 その声は疲れているのに、芯が折れていない。

 さっきの小隊戦で、彼女は“後ろにいるだけ”じゃなかった。

 ハヤトは歩幅を合わせ、負傷者の反対側に寄った。

 いざというときに支えられる距離で、でも、無理に触れない距離で。



「さっき、怖かったですか」



 小さな声で聞くと、ミナは一瞬だけ視線を落として――すぐに前を見た。



「怖かったです」



 正直すぎる答え。



「でも、怖いって言って足を止めたら、あの人が……」



 負傷者の顔をちらりと見る。



「命を落とします。だから……動きました」



 ハヤトは頷いた。言葉が見つからなくて、代わりに足音を揃えた。



















ギルドの受付は、夕方でも混んでいた。

 装備の汚れた冒険者が列を作り、討伐証明の耳や牙、採取物の袋を次々に出している。

 呼吸が浅くなる。怖さは、速さに変わる。

 その喧騒の中で、《エレキ・ストライド》の一行は目立った。

 担がれている新人がいるからだ。



「医務室へ!」



 受付の職員がすぐに動いた。

 慣れた手つきで担架が運ばれ、負傷者は奥へ連れて行かれる。



「報告は……あなたたちね」



 受付の女性職員が、目だけで四人を測った。

 血の跡、裂けた外套、焦げた布、痺れで硬直した指――全部、見られている。

 汗が手袋の内側で冷える。滑れば終わりだ。



「ダンジョン名。階層。交戦内容。負傷者の状況。簡潔に」



「灰石の穴、第一階層」



 セレスが前に出る。声が落ち着いていて、無駄がない。

 距離が詰まる。次の一手を迷う暇はない。



「罠:射出矢を一件確認。位置は通路、北側分岐手前。×印つけ済み。

 魔物:ゴブリン小隊(推定八体、指揮役含む)と交戦。指揮役を討伐、残党は撤退。

 呼吸が浅くなる。怖さは、速さに変わる。

 救助者:新人冒険者一名。脚部損傷と失血。搬送済み」



「……指揮役を落とした?」



 職員の目が細くなる。



「新人で?」



「はい」



 セレスは淡々と頷いた。



「こちらは四名、全員無事。軽傷一名は現地で治癒済み」



 職員は短く息を吐き、記録に書き込んだ。



「……いい判断ね。全滅狙いをしなかったのは正しい。

 その小隊の情報、もう少し詳しく。隊形、投げ槍の有無、回り込み」



 ハヤトが口を開いた。



「前列は槍三、後列に投げ槍二、左右に回り込みが二、指揮役が一です。

 通路に引き込めば崩せる形でした。広間で当たると危険です」



「広間の位置は?」



「第一階層、分岐から右へ。スライム溜まりを抜けた先の下り通路の奥です」



 職員が顔を上げる。



「地図、描ける?」



「はい」



 ミナがメモ用紙に簡略図を描き始め、セレスが罠の位置と印の意味を添える。

 リアナは腕を組んで、たまに



「あそこ曲がると天井低い」



とか



「滑る床のラインはここ」



と口で補足した。

 ハヤトは最後に、静電センサーで感じた“危険度”の区分を短く説明した。

 レベル5=踏むな、レベル3=注意、など。

 足元の湿りが、判断を一拍遅らせる。

 職員はしばらく黙って聞いていたが、やがてペンを置いた。



「……あなたたち、ちゃんと“持ち帰った”わね」



 褒め言葉だった。



「報酬は通常分+救助加算。

 あと、救助者の身元確認が取れたら、追加で謝礼が出る」



 そこで、横から鼻で笑う声がした。



「へぇ。静電気坊主が救助ねぇ」



 Eランクの三人組だ。

 カウンター近くで腕を組み、露骨にこちらを見ている。



「運が良かったんじゃねぇの? たまたま指揮役が倒れただけだろ」



 リアナが一歩前に出かけたが、セレスが軽く手で制した。

 代わりに、セレスが淡い笑みで言う。



「運も実力のうちよ。知らない?」



 三人組の顔が引きつる。

 その空気を切るように、職員が事務的に言った。



「登録情報、更新する?」



「はい」



 セレスが頷き、迷いなく言う。



「役割欄に追記を。ハヤトは――」



 リアナが横から、にやっと笑って口を挟む。



「静電センサー兼、静電制御士!」



「……静電制御士」



 職員がその言葉を復唱し、ハヤトを見る。



「自己申告?」



 ハヤトは一瞬だけ照れたが、目を逸らさずに頷いた。



「はい。罠探知と、足止めと、電気の偏位で隊形を崩す役です」



「分かった。記録に残す」



 ペン先が紙を走る音が、妙に大きく聞こえた。



















ギルドを出たころには、空が赤かった。

 医務室の前で、ミナが足を止める。



「……ハヤト君」



「はい」



「さっきの人、命は助かるって言われました」



 ミナの声が、少しだけ緩む。



「よかったですね」



「はい……」



 それから、ミナは外套の裂けた端を指でつまみ、困ったように笑った。



「……これ、弁償になりますよね」



「俺が直します」



 ハヤトは即答した。



「え?」



「縫うくらいならできます。マッサージ師やってると、服の補修も覚えます」



 ミナが目を丸くして、それから頬を赤くした。



「……そんなことまで」



「守ってもらったので」



 言ってから、ハヤトは自分の言葉の意味に気づいて、少しだけ言い直す。



「さっき、ミナさんが踏ん張ってくれたから撤退できました。

 だから……その、お礼です」



 ミナは一瞬言葉を失い、やがて小さく頷いた。



「……ありがとうございます」



 その“ありがとうございます”は、治癒の礼でも、外套の礼でもなく、もっと別の何かに聞こえた。



















夜。

 宿の小さな部屋で、ハヤトは椅子に座り、指先を眺めていた。

 今日、何度も火花が跳ねた。

 詠唱の間は無防備だ。短く切って、確実に当てる。

 床、槍、短剣の尖端。

 押し引き、偏位、壁押し。

 汗が手袋の内側で冷える。滑れば終わりだ。

 そして――守るために弾いた一本の矢。



『……よく生き残ったの』



 教授の声が、いつもより静かだった。



『運だけではない。今日お前は、“距離”を見た。

 味方を痺れさせた失敗を覚えておったから、無茶な近さを避けた。

 小隊戦で押し固めたのも、力任せではなく“隊形”を見たからじゃ』

 足元の湿りが、判断を一拍遅らせる。



『足りぬから学ぶ。

 だが一つ、確かめておけ』



『クーロンの法則は、“敵を倒す式”ではない。

 お前にとっては、“どこまで近づけば危ないか”“どこまで離れれば届かないか”を決める、命綱の物差しじゃ』



 ハヤトは、ゆっくり息を吐いた。

 今日の戦いを思い出す。

 半歩で味方が痺れた失敗。

 半歩で矢が逸れた成功。

 同じ半歩でも、結果が違う。



『お前はもう、“静電気しかできない少年”ではない』



 教授の声が、少しだけ柔らかくなる。



『静電気を、考えて使う者になり始めておる。

 それだけで、十分に武器じゃ』



 ハヤトは頷いた。

 机の上に置いたチョークの粉が、指に少し付く。

 今日、壁に残した×印や△印が脳裏に浮かぶ。

 危険を見つけて、仲間を通して、帰ってくる。

 その積み重ねが、きっと“成り上がり”の第一歩になる。


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