第22話 口内ショックと関節ロック
岩トカゲの咆哮が、部屋の壁を震わせた。
痙攣で揺れる首。
無茶苦茶に振り回される尾。
石片が跳ね、砂埃が舞う。
だが、その動きは――どこか“ぎこちない”。
痛みで正確さを失い、力任せに暴れているだけ。
つまり、隙が生まれている。
「リアナ!」
セレスの声が鋭く飛ぶ。
「距離を保って、正面に立つな。尻尾の軌道に入るな!」
「分かってる!」
リアナは短剣を構えたまま、半身で間合いを測る。
足の運びは軽い。だが、視線だけは岩トカゲの眼と口の動きを捉え続けていた。
ハヤトは、さっき自分が起こした“尖端の火花”をもう一度思い出す。
短剣の刃先。
そこに電気を“溜める”のではなく、“流して集中させる”。
集中させた電気を、鱗ではなく柔らかい場所へ通す。
眼、口内、関節。
硬い殻の外ではなく、内側の筋肉へ。
『急ぐな』
教授の声が落ち着いて響く。
『“一点の火花”は強いが、扱いを誤れば味方も巻き込む。距離を測れ』
ハヤトは息を整え、指先から短剣へ電気を滑らせる。
バチッ、と小さく乾いた音。
刃先が青白く瞬いて、すぐ消える。
「乗った!」
リアナが短く言った。
「次、どこ狙う?」
ハヤトは岩トカゲの動きを見る。
尾を振る→体が傾く→口を開けて息を吸う。
その“吸う瞬間”は、顎が一番開く。
「口です!」
ハヤトは叫ぶ。
「噛みつきに来る瞬間、口内に当ててください!」
「了解!」
リアナが一歩――いや、半歩だけ踏み込む。
ギリギリで届く距離。
“近づきすぎない一歩”を意識した動きだ。
岩トカゲが、低く唸り、体を沈める。
その口が開いた。
「今だっ!」
リアナの短剣が、喉の奥へ突き込まれる――直前。
バチンッ!!
刃先の火花が口内で弾け、湿った肉に吸い込まれるように消えた。
岩トカゲの首が、びくん、と折れた。
噛みつく動作が途中で止まり、顎が空を切る。
前脚がわずかに滑り、重たい胴体が床へ擦れる。
「効いてる!」
ミナが息を呑む。
「ハヤト君の電気、今度はちゃんと中に通ってます!」
「よし!」
セレスが杖を振り上げる。
「今の痙攣で動きが鈍ってる! 関節よ、関節の隙間を焼く!」
セレスの火が、点ではなく“細い槍”みたいに伸びた。
「《フレア・ランス》!」
火の槍が、岩トカゲの前脚の付け根――鱗の継ぎ目へ突き刺さる。
ジュッ、と生臭い音。
皮膚が焦げ、鱗の隙間から白い煙が上がる。
岩トカゲが喉の奥で呻き、反射的に脚を引こうとする。
だが、電撃で痙攣した筋肉が言うことをきかず、動きが遅れる。
「ハヤト!」
セレスが叫ぶ。
「もう一回、リアナの刃に乗せて! 今度は“関節”に刺させる!」
「はい!」
ハヤトは指先を短剣へ。
バチッ。
刃先に青白い火花がまとわりつく。
リアナは、低い姿勢のまま横へ回り込む。
尾の軌道を避け、胴体の側面へ。
狙いは、後脚の関節。
岩トカゲが尾を振り上げようとする――が、関節の痛みで体が遅れる。
「もらった!」
リアナの短剣が、鱗の継ぎ目に突き立つ。
バチンッ!!
火花が関節の隙間で爆ぜ、筋肉が痙攣した。
岩トカゲの後脚が、ガクンと折れる。
体重を支えきれず、巨体が片側に傾いた。
「倒れる!」
ハヤトが叫ぶ。
「下敷きになるな!」
リアナは即座に跳び退き、セレスも杖を引く。
ミナが前衛二人へ防護の膜を重ねる。
ドンッ!!
岩トカゲが床へ倒れ込み、石が割れた。
衝撃で埃が舞い、空気が一瞬重くなる。
倒れた岩トカゲは、まだ終わっていない。
巨体を揺すりながら起き上がろうとする。
だが、前脚の関節は焼け、後脚は痙攣で動かない。
起き上がる動作が“途中で止まる”。
その止まった瞬間――背中が露出する。
「セレス様!」
「分かってる!」
セレスの火が、背中の鱗と鱗の境目へ滑り込む。
「《フレア・カット》!」
火が刃のように走り、焦げた筋が一本伸びる。
鱗が割れ、内側の肉が覗く。
岩トカゲが叫び、尾を振る。
だが、倒れた姿勢では尾の振りが浅い。
軌道も読みやすい。
「ミナ!」
リアナが叫ぶ。
「こっちの足、少し痺れてる! 回復いける!?」
「はい!」
ミナの光がリアナの足へ届く。
「《ヒール・スレッド》!」
暖かい糸のような光が筋肉を包み、動きが戻る。
その間にハヤトは、岩トカゲの“首の付け根”を見ていた。
鱗の境目。
さっき口内に通した電気が効いた場所。
なら、次は――
尖端に集中させた電気を、首の根元の隙間へ通す。
動きの要となるところを痙攣させれば、起き上がる動作が完全に止まる。
「リアナさん!」
ハヤトが叫ぶ。
「首の付け根! ここに刺してください、少しだけでいい!」
「了解!」
リアナが走る。
危険な距離。
だが今は、尾の軌道が浅い。
胴体もまだ起き上がれていない。
リアナは滑り込むように近づき、短剣の刃先を首の根元へ当てる。
ハヤトは、その刃先に“押し込む”ように電気を流した。
バチンッ!!
火花が、鱗の隙間の奥へ沈む。
岩トカゲの首が、ぶるりと震えた。
顎が開き、舌がだらりと垂れる。
呻き声が、喉の奥で潰れた。
そして――動かなくなる。
完全に、力が抜けた。
リアナはすぐに跳び退き、距離を取ったまま様子を見る。
「……止まった?」
「止まってます」
ミナが、息を詰めて観察する。
「呼吸が、浅いです。動きも……」
セレスが杖を下ろし、冷静に言った。
「終わりね。安全確認。頭部の反射がないか見る」
リアナが短剣で石を一つ弾き、岩トカゲの鼻先へ転がす。
反応はない。
尾も動かない。
「よし、撃破」
リアナが、ようやく息を吐いた。
「硬すぎて、絶対ヤバいと思った……」
「本当によ」
セレスは額の汗を拭う。
「鱗が硬い相手は、下手に火力を上げられないのが厄介。狭所で焼きすぎたら自分たちが蒸し焼きになる」
「ミナさん、怪我は?」
「私は大丈夫です。さっきの冷えも、外套のおかげで落ち着いてます」
ミナがほっとしたように微笑む。
ハヤトは、倒れた岩トカゲを見つめていた。
自分が気づいたこと。
“尖ったところに電気が集まる”という現象。
それがなければ、あの硬い鱗に勝てなかった。
「……ハヤト」
リアナが、少し照れたように言う。
「さっきのやつ、すごかったよ。短剣の先が光って、刺した瞬間だけビリッていく感じ」
「俺も、びっくりしました」
ハヤトは正直に言った。
「狙ってやったというより……最初に天井の尖った石に電気が飛んだのを見て、思いついただけで」
「思いついただけで、あれを実戦でやる?」
セレスが眉を上げる。
「普通は無理よ。怖くて手が止まる」
「怖かったです」
ハヤトは笑ってごまかさず、はっきり言った。
「でも、止めるだけじゃ勝てないって、目の前で分かったので」
セレスは小さく頷いた。
「それが判断できたなら十分。
あなたの静電気は“止める”だけじゃない。“通す場所を選べる”のね」
『よい気づきじゃ』
教授の声が、少しだけ誇らしげに響く。
『尖端集中は、単なる小技ではない。
“弱い力を、強い一点に変える”という思想じゃ』
『戦いで生き残る者は、皆“重い思想”を持つものじゃよ』
ハヤトは、短剣の刃先を見た。
火花はもう出ていない。
ただの鉄の先端。
でも確かに、そこに電気が集まって、硬い敵の中へ通った。
最弱魔力の静電気が、
硬い鱗を越える“道”になった。
「……次からは、これを“技”として再現できるようにしないと」
ハヤトが言うと、リアナがにっと笑った。
「名前つける?」
「今はまだいいです」
ハヤトは首を振った。
「ちゃんと安定してから。
じゃないと、また味方をしびれさせます」
ミナがくすっと笑う。
「その慎重さ、私は好きです」
セレスは周囲を警戒しながら言った。
「休憩は短く。血の匂いで、別の魔物が寄る可能性がある。
ここを通るなら、壁に目印を残しておきましょう」
ミナがチョークで、壁に小さく印をつける。
リアナは呼吸を整え、短剣の血を拭う。
ハヤトは足裏の静電センサーを戻し、床の感触をもう一度確かめた。
黙々と、次に進むための準備だけが行われた。




