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第21話 尖端の火花、気づきの瞬間



 スライムの巣を抜けた先は、空気が少し乾いていた。

 べたつく匂いが薄れ、代わりに岩粉と冷たい土の匂いが鼻の奥に残る。

 ミナはセレスから借りた外套をしっかり締め、足取りもだいぶ落ち着いてきていた。



「さっきより歩きやすいね」



 リアナが肩を回しながら言う。



「床も滑らないし、精神的に助かる」



「でも油断は禁物よ」



 セレスが前方の闇を見据える。



「この階層は“嫌なもの”の種類が多い。滑る床の次は、硬い敵が来るかもしれない」



 硬い敵。

 その言葉に、ハヤトは指先をぎゅっと握った。

 静電気は、柔らかい相手にはよく効く。

 筋肉を一瞬痙攣させたり、踏み込みをずらしたり――“動き”を奪うのが得意だ。

 さっきまでのスライム相手でも、膜の厚いところは電気が鈍った。

 もし鎧みたいな硬さの魔物が来たら、自分のビリビリは散ってしまうかもしれない。

 そんなことを考えていたときだった。

 通路が小さな部屋に繋がり、天井が一段高くなる。

 その天井から、細い石の突起がいくつも垂れていた。

 鍾乳石――というほど立派ではないが、槍の穂先みたいに尖った石が、闇の中で白っぽく光っている。



「……静かだね」



 リアナが小声で言った。

 静かすぎる。

 こういう場所は、だいたい“何か”がいる。

 ハヤトは、足裏の静電センサーを床に薄く広げながら、空気にも意識を伸ばした。

 低い位置。

 床を這うような、重たい呼吸。

 湿り気よりも、体温のある気配。



「来ます」



 ハヤトが言った瞬間、岩陰から影が飛び出した。

 灰色の鱗。

 太い胴体。

 短い脚で地面を掻き、岩肌を滑るように走る――トカゲだ。

 ただのトカゲじゃない。

 岩を削ったみたいに硬そうな鱗が、体全体を覆っている。



「岩トカゲか!」



 リアナが短剣を構え、前へ出た。

 トカゲは低い唸り声を上げ、口を開けて噛みつこうとする。

 その口の奥は暗く、歯だけが不規則に白い。



「《フレア・ショット》!」



 セレスの火球が飛ぶ。

 だが――

 ぼっ、と小さく当たっただけで、岩トカゲはほとんど怯まない。

 鱗が熱を弾き、表面を黒く焦がすだけで終わった。



「硬っ!」



 リアナの短剣が胴体を斬る。

 しかし刃は鱗に吸われず、キン、と金属音だけが響く。



「歯が立たない……!」



「関節か、目よ!」



 セレスが叫ぶ。



「鱗の継ぎ目、柔らかいところを狙って!」



 ミナは後ろで祈りの姿勢を取り、薄い防護の膜を前衛へ送る。

 ハヤトは迷っていた。

 足止めならできる。

 踏み込みをずらす《エレキ・バインド》。

 でも“止めたところで倒せない”なら、意味が薄い。

 その瞬間、岩トカゲがリアナの足元へ体当たりするように突っ込んだ。

 リアナが横へ跳ぶ。

 跳んだ先の床が、細かい砂利で少し滑る。



「っ!」



 足が一瞬流れた。

 まずい――と思った瞬間、ハヤトは反射的に電気を放った。



「《エレキ・バインド》!」



 ぱちっ。

 狙いは岩トカゲの足。

 ……のつもりだった。

 だが火花は、岩トカゲではなく――天井から垂れた、一本の尖った石へ飛んだ。

 バチンッ!

 さっきまでの小さな火花とは違う。

 乾いた空気を裂いて、鋭い音が部屋に響いた。

 尖った石の先端で、青白い火花が一瞬だけ膨らんだ。



「……え?」



 ハヤトは目を見開いた。

 自分の指先から出た電気が、“一番行きやすい場所”を選んだ?

 それは分かる。だが、なぜあんなに強く弾けたのか。

 岩トカゲが再び突っ込んでくる。

 リアナが後退しながら叫ぶ。



「ハヤト! 足、止められる!?」



「止めます!」



 ハヤトは床に電気を走らせた。

 今度は狙い通り、岩トカゲの前脚がビクンと跳ね、突進が少しだけ鈍る。

 その一瞬を、リアナが逃さない。



「はっ!」



 短剣が関節の隙間を刺しにいく。

 しかし、角度が悪い。

 刃は鱗の縁に弾かれ、浅い傷で終わった。

 岩トカゲは反撃の尾を振る。

 ゴン、と鈍い音。

 岩みたいな尾が、リアナの脇腹をかすめ、彼女の体が半歩ずれる。



「ぐっ……!」



「リアナさん!」



 ミナが治癒の光を飛ばす。

 リアナは踏ん張るが、ジワッと痛みが滲む顔だ。

 ハヤトの視線が、さっき火花が弾けた尖った石へ吸い寄せられる。

 あの火花。

 “尖った先”で、やけに強く弾けた。

 ハヤトは、短剣の刃先を見た。

 リアナの短剣は細い。

 先端は鋭く尖っている。

 確証はない。

 でも、今の現象は説明がつく。

 尖った石の先に電気が集中して、空気を破った。

 なら、尖った刃先に電気を集めれば――“一点”に強い衝撃を作れるかもしれない。



「リアナさん!」



 ハヤトは叫んだ。



「短剣の先、こっちに向けてください! 一瞬だけ、止まって!」



「なに!?」



 リアナは反射的に半身になり、短剣の切っ先をハヤトへ向けた。

 その動作自体が危険だ。

 岩トカゲが狙ってくる。

 セレスが即座に火球を床へ落として牽制する。



「《フレア・ダスト》!」



 砂埃が舞い、岩トカゲの視界が一瞬曇る。

 その隙に、ハヤトは指先の電気を“短剣の尖端”へ滑らせた。

 金属は通りやすい。

 ただ流すだけなら、刃全体へ散る。

 ハヤトは、意識を一点に縛った。

 刃の“いちばん尖ったところ”。

 そこに、押し込む。

 ぱち……ではない。

 バチッ!

 短剣の先端で、青白い火花が膨らんだ。

 さっきの鍾乳石の尖端と同じ音。



「……やっぱり!」



 リアナが目を丸くした。



「なにそれ、短剣がビリビリしてる!」



「そのまま――目、狙ってください!」



 岩トカゲが砂埃の中から突っ込んでくる。

 リアナは一歩踏み込み、短剣を“刺す”形に変えた。

 狙うのは鱗じゃない。

 一瞬見えた、黒い眼球。



「うおおっ!」



 短剣の先端が、眼の縁を掠めた瞬間――

 バチンッ!!

 火花が跳ねた。

 岩トカゲの頭がびくんと反り返る。

 口が開き、咆哮が潰れた声になる。

 脚がもつれ、重たい胴体が床に擦れる。



「効いた!」



 セレスが息を呑む。

 リアナが追撃に入ろうとするが、ハヤトは急いで叫んだ。



「今、無理に近づかないで! 暴れる!」



 岩トカゲは痛みと痙攣で、尾を無茶苦茶に振り回し始めた。

 床の石片が飛び、壁が削れる。

 リアナは歯を食いしばって後退する。



「くっ……当たり前だけど、まだ倒れてない!」



「でも、“通る道”はできたわ」



 セレスが杖を構え直す。



「ハヤト、もう一度。今度は私の火も合わせる。

 痙攣して動きが鈍ってる“今だけ”が勝負よ」



 ハヤトは、短剣の尖端を見つめた。

 尖った先に電気が集まる。

 それは、教わった知識じゃない。

 今、目の前で起きた現象だ。

 最弱魔力の静電気が、硬い鱗に弾かれても――

 “尖端”を使えば、通せる。

 ハヤトは息を吸い、指先の震えを抑えた。



「……分かりました。

 もう一回、尖端に乗せます」



 リアナは短剣を握り直し、切っ先を構える。

 ミナは後ろで、治癒の光を絶やさずに支え続ける。

 四人の呼吸が揃う。

 硬い敵に対して、初めて“勝てる形”が見えた。




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