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第19話 死角と側面、ゴブリンの「ちいさな戦術」




 ゴブリン三体との初戦を終えたあと、通路はしばらく静かだった。

 血の匂いが薄れていくにつれ、さっきまでの緊張も少しずつほどけていく。

 それでも、《エレキ・ストライド》の四人は、誰も武器を収めようとはしなかった。



「……今の、ゴブリンたちさ」



 前を歩くリアナが、不意に口を開いた。



「なんか、“たまたま三体固まってた”って感じじゃなかったよね」



「というと?」



 セレスが問い返す。



「あの角の手前で、一回足音止めてた。

 あれ、多分“先頭だけ出て様子を見る”って動きだよ」



「言われてみれば」



 ミナが小さく頷く。



「角の前で、少しだけ気配が止まってました。

 それから、順番に動き出した感じでしたね」



「だから、先頭を倒した瞬間、二体目と三体目が“角から飛び出してきた”んじゃないかな」



 リアナは、さっきの曲がり角を振り返るように、空中を指でなぞった。



「合図出してたか、最初からそういう隊形だったか」



『あり得る話じゃな』



 教授の声が、ハヤトの頭の中に響く。



『ゴブリン程度でも、“見張り役”と“突撃役”の区別くらいはつける』



『言い方は悪いが、人間の悪知恵を“縮小して歪めたようなもの”じゃな』



 ハヤトは、静電センサーを床から少し引き上げ、

 代わりに、前方の空気のざわつきに意識を向けてみた。

 角の向こうで止まっていた足音。

 鼻を鳴らす音。

 わずかな息遣い。

 その中に、一体だけ“呼吸のリズムが違うやつ”がいた。

 後ろ二体が、せかせかと落ち着きなく動いていたのに対して、

 先頭の一体は、一度深く息を吸うようにして――それから角に出てきた。



『そういうのを、“指揮役”と呼ぶ』



『おるとも。

 それを最初に落とせたのは、運もあるが……お前たちの判断も悪くなかった』



「でさ」



 リアナが振り返る。



「もし、さっきのが単なる三体じゃなくて、“見張り+奥の群れ”だったら、どうなってたと思う?」



「……面倒なことになってたでしょうね」



 セレスの声は、少し低い。



「見張り役を一撃で落とし損ねたら、奥のゴブリンたちに声が届く。

 そうなったら、“角の向こうから次々出てくる”形になる」



「静電気で声、止められますか?」



 ミナが、少しだけ期待を込めてハヤトを見る。



「……やってみる価値はありそうです」



 ハヤトは、さっきの戦闘を頭の中で巻き戻した。

 突っ込んでくる足と、振りかざされた腕を止めるのは、もう経験した。

 なら、次は――



「喉を狙う感じで、静電気をかけてみます。

 声を出そうとした瞬間にショックを入れれば、一瞬は潰せるかもしれません」



『よい発想じゃ』



 教授がうなずく気配を送ってくる。



『声帯も筋肉じゃ。

 収縮のタイミングで電気をかければ、“声にならない声”にできる』



「じゃあ、次に見張りっぽいのが出てきたら、一回試してみよっか」



 リアナが、短剣の刃を布で軽く拭う。



「“角の向こうで何か叫ぼうとしたらすぐ電撃”」



「物騒な合言葉ですね……」



 ミナが苦笑する。













通路は、ゆるやかな上下を繰り返しながら続いた。

 時々、天井が低くなり、逆に広い場所に出たりもする。

 湿気は増したり減ったりしながら、一定以上の“地下っぽさ”を保ち続けている。



「ハヤト君」



 後ろから、ミナがそっと声をかけた。



「さっきの戦いで、“空気のざわざわ”とかも感じてましたよね?」



「え?」



「なんとなくですけど、足音だけじゃなくて、空気の変化も見てた気がして」



「……少しだけ、意識してみました」



 ハヤトは正直に答えた。



「壁と床だけだと、どうしても“止まったもの”ばかりなので。

 動いてるものも見たほうがいいかなって」



「いいと思います」



 ミナが微笑む。



「私の治癒も、“傷口”だけじゃなくて、“皮膚全体の温度の変化”とか見るようにすると、ずっと精度が上がりましたし」



「温度の変化」



「はい。

 “ここが痛い”って言われても、実際にどこまでダメージが広がってるかは、外から見ただけじゃ分からないんです。

 だから、少し離れたところの“皮膚の冷え方/熱の溜まり方”を見るようにしました」



「……なるほど」



『同じじゃな』



 教授の声がする。



『電気も、傷も、目に見える部分だけで判断してはならん。

 その外側や周りの“変化”を見るのが、本当の観察じゃ』



『今褒めたじゃろうが!』



 少し笑いそうになるのを、ハヤトはこらえた。













その少しあと、通路の構造が変わった。

 まっすぐだった道が、低い岩柱を挟んで左右に分かれる。

 右はゆるく下り坂。

 左は、ほぼ水平のまま続いている。



「さて」



 リアナが立ち止まり、腰に手を当てた。



「ここで問題です。どっち行く?」



「ギルドの簡易地図では――」



 セレスが腰のポーチから紙を取り出す。



「右が“スライム多発エリア”、左が“ゴブリン主体”。

 どちらも第一階層のうちに収まる範囲だけれど……」



「ゴブリンはさっき戦ったし、スライムも外でやりましたし」



 ミナが、控えめに手を挙げる。



「どっちでもいい気はします」



「じゃあ――」



 リアナの視線が、自然とハヤトに向いた。



「静電センサー君。この場所で感じる“イヤな方向”は?」



「えっ、選択肢の聞き方が雑じゃないですか?」



「だって、“どっちも危険”なんでしょ?」



 まあ、それはその通りだ。

 ハヤトは、右と左、それぞれに足裏の感覚を伸ばした。

 右――

 湿気が強い。

 床の一部が、ぬるりとした感触を返してくる。

 石の上に“何か柔らかいもの”が薄く膜のように広がっているところもある。

 左――

 床は乾いている。

 岩の硬さもしっかりしている。

 でも、その先の空気に、複数の“小さな塊”が動いている気配。

(ゴブリン。

 しかも、単体じゃなくて、少し固まってる)



『右は“足場の滑り”。

 左は“数の問題”じゃな』



「右は、スライムで床が滑りそうです。

 左は、ゴブリンが小隊で動いてる可能性が高い気がします」



「どっちがいい?」



 リアナが、半ば楽しそうに聞く。



「今の私たちで、まだ“まとまった数”はキツい気がする」



 セレスが言う。



「体力も魔力も、まだ余裕はあるけど、慣れてないうちに集団戦は避けるべきよ」



「じゃあ、右ですかね」



「そうね。

 スライムなら、“滑る床”に注意していれば、数が多くてもまだ対応しやすい」



「じゃあ右」



 リアナが、右の通路に足を向ける。



「“滑る床+静電センサー”の練習もできそうだし」



「練習って言わないでくださいよ……」



 ハヤトは苦笑しながらも、右へ足を踏み出した。

 床に静電気を薄く流す。

 ぬるぬるしたものが付着している場所と、乾いている場所。

 今まで以上に、足裏の違和感がはっきりしていた。



「おお、なんか嫌な感じ」



 リアナの足音が、わずかに慎重になる。



「滑りそうなところ、すぐ分かる?」



「分かります。

 乾いているところは、電気が“ざらざら”返ってくる感じ。

 滑るところは、“ぬるっ”とした抵抗があります」



『よいぞ』



 教授が頷く。



『電気は、液体やぬるぬるしたものの上では、“拡散”の仕方が変わるからの』













滑りやすい床を慎重に避けながら進むと、

 やがて、小さな空洞のような場所に出た。

 壁と床が、薄い膜のようなスライムで覆われている。

 青く透き通った滴が、ときおり天井から落ちてきて、床でぷるんと揺れた。



「いっぱいいますね……」



 ミナが、少し後ずさる。



「スライムは、数そのものより、“どれだけ足場を奪われるか”が問題ね」



 セレスが呟く。



「燃やすにしても、床ごと焼くのは危険。

「はい」



 ハヤトは、指先と足裏を使って、スライムの薄膜が少ない場所を探した。

(ここは石の感触が強い。

 ここは表面だけヌルヌル。

 ここは完全にスライムの上)

 その違いを、頭の中で簡単な図にしていく。



「リアナさん。

 このライン上なら、ギリギリ走れそうです」



「おっけ。

 じゃ、そのラインを走りながら、“踏まないスライム”だけ斬る感じで動くよ」



「そんなことできるんですか」



「できるかどうかは――やってみてから!」



 リアナが笑い、軽く構えた。



『……あの娘、やっぱり前向きすぎんかの』





 ハヤトは、リアナの足元に合わせて静電気を走らせた。

 滑りやすい部分に近づいたら、微かに強める。

 滑りにくい部分では、あえて力を弱める。

 それだけでも、リアナの足の運びは変わるはずだ。

 その先には、まだゴブリンとの本格的な“小隊戦”が待っている。

 角の向こうで合図を出す見張り役もいるだろう。

 今は、その前段階。

 足場と死角と、“ちいさな戦術”の練習の時間だった。

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