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第17話 落とし穴の検証と「役職:静電センサー」

 どれくらい歩いただろうか。

 一本道の単調さに、時間の感覚がだんだん怪しくなってきたころ――

 通路の右側の壁に、ちょっと濃いチョーク印が現れた。



「……あった」



 ミナが足を止める。

 白い×印と、その横に小さく



「足元注意」



と書かれている。



「これが、ギルドが言ってた“落とし穴ポイント”のひとつだね」



 リアナが壁に寄りながら、床を覗き込む。

 見た目は、さっきの場所と同じように、ただの岩の床だ。

 色も形も、他と特に変わったところはない。



「ハヤト」



 セレスが短く呼ぶ。



「ここでも、さっきと同じように感じてみて」



「はい」



 ハヤトは×印のあたりに、そっと足を近づけた。

 床に触れるか触れないかのところで、静電気を薄く流し込む。

 さっき見つけた、ギルド印のない落とし穴と、よく似た感触。

 床の下に“空白”があるような、スカスカした軽さ。

 念のため、×印から半歩離れた場所にも意識を伸ばす。

(ここは重い。詰まってる。

 でも、印の真上はやっぱり“抜けそう”な軽さ)



「やっぱり軽いです。

 さっきのところと同じくらい、下が空洞っぽい」



「じゃ、確認」



 リアナが拾った石を、印から少し手前に落とした。

 コツ、コツ――と転がる。

 ×印を越えた瞬間――

 バキンッ。

 床板が割れて、石と一緒に落ちていった。

 少し遅れて、下からカランカランと反響するような音が返ってくる。



「結構深そうですね……」



 ミナが、縁からそっと覗き込む。



「十メートルはありそう。落ちたらただでは済みません」



「十メートル落下してそのまま動く魔物もいるから、落ちたあともヤバいけどね」



 リアナが、半分冗談、半分本気で言った。



「とりあえず、“ギルド情報通りの落とし穴”はここ確定、と」



「問題は――」



 セレスが、落ちた床板の縁をじっと観察する。



「さっきの、“印がなくて落ちた場所”とどう違うか、ね」



 ハヤトは、二つの感触を頭の中で並べた。

 さっきの“印のない落とし穴”。

 今の“印つきの落とし穴”。

(軽さは同じくらい。

 肌に返ってくる“空洞感”も、ほぼ同じ)

 違うとしたら――



「こっちのほうが、少しだけ“硬い板”が厚かった気がします」



「硬い?」



「さっきのは、電気を流したときに、もう少し薄い板越しに空洞を感じたというか……

 こっちは、板の向こうが空洞っていうより、“板ごと落ちる”感じでした」



「なるほどね」



 セレスの目がわずかに細くなる。



「さっきのは、“新しく仕掛けられた罠”か、“板を取り替えたあとの薄い状態”かもしれない」



『ふむ。

 ギルド印があるのは“前回落ちた場所”。

 さっきのは、その近くに“追加された”場所じゃろうな』



『そうじゃ。

 あれは、

「ここに危険があった」

という痕跡であって、

「ここにしか危険はない」

という保証ではない』



「にしても、ハヤトの“静電センサー”、ちゃんと働いてるね」



 リアナが、落とし穴の縁を回り込んでニッと笑った。



「ギルド印の有無に関係なく、“ヤバい軽さ”をちゃんと拾えてる」



「たまたまですよ、多分」



「たまたまが二回続いたら、もう実力でしょ」



 軽く肩を叩かれ、ハヤトは苦笑した。













慎重に落とし穴を迂回し、さらに奥へ進む。

 しばらくは特に変わったところもなく、淡々とした岩の通路が続いた。

 静電センサーで床と壁を撫でながら、歩きやすい場所と、少し嫌な場所を頭の中でマッピングしていく。

 十数分ほど進んだところで――

 今度は、チョークの×印すらない場所で、強い違和感が飛び込んできた。

 ハヤトは慌てて足を止める。



「どうした?」



「ここ、かなり軽いです。

 さっきの落とし穴と同じくらい……いや、ちょっと薄いかも」



 足裏から静電気を流し込むと、まるで紙を一枚挟んだだけで空洞に触れているような感覚が返ってくる。



「印は……ないわね」



 セレスが壁を確認する。



「ミナ、周囲でチョーク跡は?」



「薄い線はありますけど……ここに×はありません」



 ミナが首を振った。



「たぶん、最近できたか、薄くてまだ落ちてないか」



「また石」



 リアナが、さっきよりも少し大きめの石を拾ってきた。



「今度はちょっと勢いつけて投げるよ」



 コツ、コツ、コツ――

 石が床の上を跳ねながら進み――

 バキィッ。

 今度は、さっきのものよりも乾いた嫌な音がした。

 板が四枚ほどまとめて割れ、その下から冷たい風が吹き上がる。



「音、さっきより軽いですね……」



 ミナが顔をしかめる。



「板が薄いか、材質が違うか」



「どっちにしても、ギリギリまで踏まれ続けてたんだろうね」



 リアナが落ちた板の残骸を見下ろした。



「ここ通ってた人、よく抜けなかったなぁ」



「……ハヤト」



 セレスが、少しだけ真面目な声になる。



「さっきの印あり落とし穴と、今の印なし落とし穴。

 あなたの感覚では、どれくらい違った?」



「軽さは……正直、ほとんど同じです。

 でも――板の“厚み”は違う気がしました」



「厚み?」



「同じ力を流しても、“中にどれくらい貯めてから抜けるか”が違うというか……

 さっきの印つきのほうは、“少し溜まってから抜ける”、今のは“すぐ抜ける”感じです」



『良い表現じゃ』



 教授が満足そうに唸る。



『それを数値にできれば理想じゃが……まあ、今はそこまで求めんでよい』



『例えば、“違和感レベル1〜5”みたいにな』



「じゃあ、こうしようか」



 セレスが提案した。



「ハヤトが“違和感の強さ”を一〜五までで言う。

 一なら“ちょっと嫌”。

 三なら“かなり危険かも”。

 五なら“絶対踏むな”。」



「分かりやすいです」



 ミナがパッとメモ帳を開いた。



「“静電センサー違和感レベル表”作っておきますね」



「なんか本格的になってきた……」



 ハヤトは苦笑した。



「じゃあさっきの二つは?」



 リアナが面白そうに聞いてくる。



「ギルド印の落とし穴と、今の“印なし”の落とし穴」



「両方、レベル5です。

 違和感の種類は違っても、“絶対踏みたくない”って意味では同じなので」



「OK。じゃあ、レベル5は“問答無用で回避”ね」



 ミナが、さらさらと書き込んでいく。



「レベル4は?」



「……落とし穴じゃないけど、床が危うい場所。

 さっきの“下に水が流れてたところ”は、レベル3か4くらいですね」



「3にしておきましょうか」



 セレスが決める。



「“今は大丈夫そうだけど、将来危険になりそう”くらいの場所は」



「了解です。

 レベル2は、“ちょっと嫌だけど、注意して通れば大丈夫そう”な場所。

 レベル1は、“あまり気にしなくていいけど覚えておきたい違和感”」



『完璧じゃな』



『最初は大雑把でいい。

 歩いた数だけ、判定も洗練されていく』













落とし穴の検証を終えたあと、通路は少し広がり、天井も高くなった。

 ところどころ、岩の隙間から細い水の流れが滴り落ちている。

 湿気は増したが、その分、空気がわずかに涼しい。



「ねえ、セレス様」



 歩きながら、ミナがふと口を開いた。



「“静電センサー”って、ギルド登録の役職欄に書いてもいいんでしょうか?」



「役職欄?」



 ハヤトが思わず振り向く。



「ギルドの書類で、“前衛”“後衛”“支援”くらいしか書いたことないですけど」



「あれ、本当はもっと細かく書いていいのよ」



 セレスが言う。



「“斥候”“罠解除”“支援術士”“盾役”とか。

 あくまで自己申告だけど、そのまま評価欄にも残る」



「静電センサー、って書いておいたら――」



 リアナがニヤニヤしながら続ける。



「“あのパーティ、なんかよく分かんないけど罠避けるのうまいぞ”って噂になったりしない?」



「よく分からない、は余計です」



「でも、ちゃんとした名前つけておくのは大事よ」



 セレスは真面目な顔だ。



「“なんか勘がいい人”と、“明確に役割を持っている人”では、

 ギルドの見方も、他パーティからの扱いも変わる」



「……」



 ハヤトは、ギルドカウンターの光景を思い出した。

 低賃金のマッサージ係として、いつも端のほうに名前だけ載っていた自分。

 “特記事項なし”と扱われてきた自分。



「静電センサー担当」



 リアナが、わざとらしく肩を叩いてくる。



「私は前衛突撃。

 セレス様は中距離火力。

 ミナは回復・補助。

 で、ハヤトは“静電センサー兼コントロール”。」



「兼、ですか」



「だって、足止めとか《エレキ・ウォールプレス》とかもやるじゃん」



 たしかに。

 罠探知だけでなく、電気による“押し引き”は、すでにパーティの戦術の一部になりつつある。



「……じゃあ」



 ハヤトは、少しだけ照れながらも言った。



「“静電センサー兼静電制御士”とか、どうでしょう」



「静電制御士」



 セレスが、その言葉を口の中で転がす。



「悪くないわね。

 “ただの雷術士”じゃなく、“電気の動きを理解して制御する人”というニュアンスが出る」



「長いけど格好いい!」



 リアナが笑う。



「そのうち“エレキ・ストライド所属:静電制御士”とか言われちゃうかもね」



「噛みそうですね、それ」



「噛んでもカッコよければいいの」



 ミナがくすくすと笑いながら、メモ帳に書き込む。



「役職案:“静電センサー/静電制御士”。

 あとでギルドの登録情報、更新してもらいましょう」



『よかったのう』



 教授の声は、どこか満足げだった。



『お前の力が、“職業”と呼べる形になり始めた』



『ただビリビリさせておる者が、落とし穴の位置を言い当てたりはせん』



 言われてみれば、その通りだ。

 落とし穴の上に立つ前に、“ここは嫌だ”と分かること。

 印のない罠を、事前に避けられること。

 それはすでに、“誰にでもできること”ではない。













「よし」



 リアナが前を向き直る。



「落とし穴ゾーンも一段落したし、そろそろ“最初のゴブリン”が出てきてもおかしくないころだと思う」



「そうね」



 セレスが、杖の先を軽く握り直す。



「通路の幅も、少し広がってきた。

 遭遇したときのために、距離と役割をもう一度確認しておきましょう」



「私が前で受けて、ハヤトがそのすぐ後ろで足止め。

 セレス様が中距離から火。

 ミナが後ろから支援と治癒」



 リアナは短剣を抜き、腰を落とした。

 ハヤトも、指先に静電気を集める。

 床の感覚は、さっきまでよりも“重い岩”が増えている。

 落とし穴の気配は、今のところない。

 その代わり――

 前方の空気に、微かな“生き物の気配”が混じり始めていた。



『さあ、静電センサーよ』



 教授の声が、淡く響く。



『今度は罠だけでなく、“動くもの”も相手じゃ。

 足裏だけでなく、指先と、空気のざわめきにも気を配れ』



 ハヤトは、深く息を吸い込んだ。

 静電センサーとしての、最初の検証は終わった。

 今度は、“罠を避けながら戦う”番だ。

 指先に集めた微かな電気が、じり、と疼く。

 その小さなビリビリが、

 罠と敵と味方の位置を結んでいくのを、ハヤトははっきりと感じていた。


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