表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/48

第16話 足元の罠と静電の違和感

ダンジョン入口の手前には、すでに何組かの新人パーティが集まっていた。

 五人組の重装戦士パーティ。

 ローブ姿の魔術師を中心にした小規模パーティ。

 どこか余裕のあるEランクパーティも混じっている。



「お、あいつらも来てるじゃん」



 リアナが目線で示した先には──

 ギルドで一度絡んできた、あのEランク三人組の姿があった。



「今日は絡みに来ないといいんですが……」



「さすがにダンジョン前で喧嘩売るほど馬鹿じゃないでしょ」



 ミナが苦笑する。



「命がかかってますし」



「まあ、もし絡んできたら、またちょっとビリッとやってもらえば」



「リアナさん、すぐそれ言う……」



 そんな話をしていると、ギルド職員が前に出てきた。

 説明会でも前に立っていた、背筋の伸びた男だ。



「静粛に!」



 短い一言で、ざわついていた周囲の空気が引き締まる。



「これより、“灰石の穴”新人調査依頼の開始前説明を行う。

 各パーティ、代表者を前へ」



「ええ」



 セレスが前へ出ていき、他の代表者と一緒に話を聞きに行く。

 残された三人は、少し緊張気味にその背中を見守った。



『さて、入口の“空気”を感じてみるかの』



 ハヤトは、そっと指先をダンジョン入り口のほうへ向けた。

 穴の縁の岩肌に、静電気を薄く触れさせる。

 空気中にも、ごくわずかに広げてみる。

 街道沿いの風は、乾いた土と草の匂いが混じっている。

 ここから吹き出す空気は、湿り気が強く、ひんやりとしているうえに──

 どこか、“重い”。



『そうじゃろう』



 教授の声が、静かに響く。



『閉じた空間は、外よりも空気が滞りやすい。

 湿り気と、岩肌から染み出すわずかな成分。

 それが、電気の通り方にも影響する』



『ダンジョンの岩は、“生きておる”ことが多いからのう。

 中で魔力や瘴気が循環しておると、電気も妙な流れ方をする』



 ハヤトは、指先のビリビリをじっと観察する。

 いつもの石壁と違って、微かな“ざわつき”がある。

 空気の層が、ところどころで粘るような抵抗を見せる。



『あるじゃろうな。

 今はまだ“気持ち悪い”くらいの観察でいい。

 何度か出入りするうちに、その“気持ち悪さ”の種類も区別がつく』













「説明終わったわ」



 セレスが戻ってきた。



「基本ルールはギルドで聞いたものと同じ。

 ただ、細かい撤退条件が追加されてるわ」



「撤退条件?」



「パーティメンバーのうち、一人でも“もう無理だ”と判断したら、

 “無理と言った本人の意見を優先して帰還すること”」



「……それ、いいルールですね」



 ミナが小さく頷く。



「無理して奥に行って、戻れなくなったら意味ないですし」



「そうね」



 セレスは真剣な顔になる。



「ダンジョンで一番怖いのは、“引き返す勇気がなくなること”。

 だから、あえてルールにしてある」



「分かりました。

 俺も、“ヤバい”って思ったらちゃんと言います」



「よろしい」



 セレスがほんの少し笑った。



「それと──」



 腰のポーチから、小さな金属製の笛を取り出す。



「これ。緊急退却用の合図笛よ。

 一回短く吹いたら“注意”。

 二回連続で吹いたら“即時後退”」



「へえ……」



 リアナが受け取ろうとして、何気なく手を伸ばした、その瞬間だった。

 彼女の腰に巻かれているロープベルトが、ちょうど石の出っ張りに引っかかった。



「ん?」



 リアナが一歩前に出ようとした瞬間──

 ぐいっ。



「うわっ、ちょっと待──」



 腰だけ引き戻される形になり、ロープがぴんと張る。

 結び目がずるりと滑り、ロープが高い位置から、がくんと下にずれた。



「きゃっ!?」



 腰ロープには、保持用の小袋や水袋がいくつも下がっている。

 それらがまとめて落ちかけ、リアナは慌てて前掛けを押さえた。



「お、おちるおちるおちる!」



「リアナ、動かないで!」



 ミナが慌てて駆け寄り、ロープと小袋を必死で支える。

 ハヤトは反射的に手を伸ばしかけ──

 ギリギリのところで止めた。

 代わりに、ずれたロープの端を掴み、石の出っ張りから外す。



「っと……大丈夫ですか?」



「だ、大丈夫……! あ、ありがと……!」



 リアナは、耳まで真っ赤にしながらロープを結び直した。

 ずれた拍子に、腰まわりの服が少し持ち上がっていたせいで、

 腹部がちらりと見えていたのを、本人も自覚しているらしい。



「もー……ダンジョン入る前から、なんでこういう目に……」



「“引っかかる場所”、確認できてよかったじゃないですか」



 ミナが、困ったように笑った。



「ロープがどこに引っかかりやすいか分かっただけでも、今日は収穫です」



「ポジティブ……」



『ふむ、ロープの引っかかり位置も、電気の“通り道”と同じく要注意じゃの』



『いやいや、真面目な話じゃ。

 何かに引っかかれば、そこが“力の集中する場所”になる』













準備を整えた新人パーティたちは、それぞれ順番にダンジョン入口へ向かっていった。

 ギルド職員が、出入りの時間とパーティ名を記録している。



「次──新人パーティ、《エレキ・ストライド》!」



 呼ばれた。

 リアナが短剣の柄に手を置き、振り返る。



「じゃ、行こっか」



「緊張してます?」



 ミナが、そっとハヤトを見る。



「もちろんしてますけど……」



 ハヤトは苦笑した。



「それ以上に、“やっとここまで来た”って感じです」



『そうじゃろうな』



 教授の声が、静かに響く。



『マッサージ屋でこき使われていた頃から見れば、大きな前進じゃ』



 薄暗い穴の前に立ち、ハヤトは一度深く息を吸い込んだ。

 湿った空気。

 ひんやりした温度。

 岩肌を流れる、目に見えない魔力と、わずかな静電気のざわつき。



「静電センサー、準備OK?」



 リアナがにやりと笑う。



「床の違い、壁の違い、全部頼りにしてるからね」



「任せてください」



 ハヤトは、自分の指先を見つめる。

 スライムを止めた静電拘束エレキ・バインド

 木人をまとめた多点静電偏位《マルチ・《エレキ・シフト》》。

 狭い通路での静電壁押エレキ・ウォールプレス

 そして、罠を探るための、微かな“違和感”。



『ここからは、教科書の通りにはいかん。

 クーロンの法則も、現場に出れば“応用編”じゃ』



 ハヤトは、足を一歩踏み出した。

 その一歩を追うように、仲間たちの足音が続く。

 短剣のリアナ。

 火術のセレス。

 癒やしのミナ。

 静電気のハヤト。

 四つの力が、一つの“回路”として、

 灰色の闇の中へと歩みを進めていった。

『よく感じておるな』



 胸元の本――教授の声が、静かに頭の中に響く。



『外と中では、空気に含まれるものが違う。

 湿り気、岩肌の粉、魔力、瘴気……そういうものが、電気の通り方を変える』



 ハヤトは、後ろに続く仲間たちを振り返った。

 一番前にリアナ、そのすぐ後ろに自分。

 さらに後方にセレスとミナ。

 狭い通路の都合上、二列にはなれない。

 前から順に、一列で進むしかない。



「改めて確認ね」



 セレスが、小さな声で言った。



「先頭がリアナ。

 そのすぐ後ろで“床と壁を見る”のがハヤト。

 後ろから魔法と治癒で支えるのが私とミナ」



「了解」



 リアナが短剣の柄に手を添える。



「何かあったら、すぐ下がるよ。

 変な床とかあったら、ちゃんと言ってね」



「言います。むしろ、ちょっとでもイヤな感じがしたら止めます」



 ハヤトは、自分の靴底を見下ろした。

 浅く削られた岩の床。

 人と魔物が歩き続けたせいか、中央だけすこし擦り減っている。

 そこに、そっと静電気を流し込む。

 ぱち、ぱち、とほんの小さな火花が、指先の内側で弾けた。

 電気を流すと、返ってくる感覚が違う。

 ぎゅっと詰まった重い岩。

 細かい隙間の多い軽い岩。

 乾いた部分と、湿った部分。

 見た目はただのグレーの岩なのに、電気として触れると、まるで違う“顔”をしているように思える。



『よいか、ハヤト』



『今日は、“罠そのもの”を見抜こうとせんでよい。

 まずは、“気持ち悪い場所”を見つけるだけでいい』



『電気の通り方が、他の場所と違う。

 床の下が軽い。

どこかだけ、やたらとベタつく感覚がある──そういうところじゃ』



「ハヤト?」



 前を行くリアナが、振り返りもせずに声をかけてくる。



「大丈夫? 立ち止まってると、追突しちゃうよ」



「すみません。試運転してました」



 ハヤトは足を一歩踏み出した。

 自分の足首から、じわ、と静電気を床に広げるイメージ。

 足裏から、薄い膜を通じて周囲を撫でるように。



「しばらくは、ゆっくり行きましょう」



 ミナが、後ろからそっと言った。



「最初の階層ですし、“急がない”ことが大事だと思います」



「その通りね」



 セレスも頷く。



「ダンジョンは逃げないわ。

 急ぐのは、撤退を決めたときだけでいい」













灰色の岩壁は、しばらくの間、単調に続いた。

 通路は人二人が並べるかどうかの幅。

 天井は少し低く、背の高い人間なら頭を下げて歩く必要がある。

 ハヤトは、足裏に妙な感覚が走るのを感じて、思わず足を止めた。



「どうした?」



「ちょっと待ってください」



 ささやき声で答え、床に意識を集中させる。

 さっきまでと同じように静電気を流す。

 しかし、ここだけは、返ってくる感触が違った。

 さっきまでの床は、ぎゅっと詰まった重い岩。

 ここは――

 同じ力を流しているのに、床の向こう側に“抜けていく”ような、妙な軽さがある。



「ここ、なんか変です」



 ハヤトは、前を行くリアナの靴のかかとあたりを指差した。



「床の下が……ほかより軽い感じがします」



「軽い?」



 リアナは一歩下がり、しゃがみ込んで床を見た。



「見た感じは、他とあんまり変わんないけど」



「ハヤト君、ちょっと横にずれて、違う場所と比べてみてくれない?」



 セレスが言う。



「“変じゃない場所”との違いを、ちゃんと覚えておきなさい」



「はい」



 ハヤトは半歩横に移動し、同じように静電気を流し込んだ。

(こっちは、重い岩。

 ぎっしり詰まってる感じ)

 また元の場所に戻る。

 同じように電気を流す。

(こっちは……軽い。

 同じ力を流しても、“ふわ”っと抜けていく)

 比べれば、違いは歴然だった。



「やっぱり、ここだけ変です」



「じゃあ……」



 リアナは、足元の小さな石を拾った。



「投げてみよっか」



 床の上に、ぽい、と放る。

 最初の一瞬は、普通にコツコツと転がった。

 だが、床の中央あたりに差し掛かった瞬間――

 バキンッ。

 鋭い音とともに、床が抜けた。



「わっ」



 細い板らしきものが一枚、下に落ちていく。

 その下は真っ暗で、どれくらい深いのか見えない。

 石が、一瞬遅れてカラン、と硬い音を立てた。



「……落とし穴か」



 セレスが、冷静に言う。



「ギルドが印を付けていた場所とは、ちょっと違うわね」



 通路の壁をよく見ると、少し手前の位置に、薄くチョークで×印が付いていた。



「落とし穴の“想定位置”は、たぶんそこだったんでしょうね」



 ミナが×印に触れながら言う。



「でも、実際に抜けたのは、もう半歩あと」



「ふーん……」



 リアナが、落ちた板の跡を覗き込む。



「ギルドの人も“一回落ちた場所”は印つけるけど、

 罠が増えたり、位置がずれたりしても、全部は追い切れないってことだね」



「だからこそ、ハヤトの“静電センサー”が必要なのよ」



 セレスが、さらりと言った。



「“静電センサー”?」



「昨日からそう呼んでたでしょ」



 リアナが振り返る。



「床の違いとか、罠っぽい場所を感じる力。

 静電気で見るセンサー、略して静電センサー。いいでしょ?」



「略してないですよね、それ」



「よくない? 語感はいいし」



『儂は嫌いではないぞ』



『分かりやすい名前は、認識を固める。

 “静電センサー”と自分で思えば、感度も上がるというものじゃ』



『半分は本当で、半分は気持ちの問題じゃな』



 ハヤトは苦笑した。



「……じゃあ、そういうことで」



 少し照れながらも、口に出してみる。



「静電センサー……です。

 床と壁の“変な場所”を見つける役、頑張ります」



「頼りにしてるよ」



 リアナが、にっと笑う。



「こういうの、一回踏み抜いたら命取りだからね」



「はい」



 ハヤトは、抜け落ちた床を慎重に迂回するように、通路の端を歩いた。

 足裏に集中しながら、一歩ずつ。

 “重い岩”と“軽い岩”の違いを、頭と体に刻み込んでいく。













それからしばらくの間は、大きな罠も魔物も現れなかった。

 ただひたすら、薄暗い通路が続く。

 ときどき、壁に刻まれた古い傷跡や、誰かが残したチョークの矢印が見える。

 



「→出口」



「×危険」



「←スライム多数」



など、走り書きの文字が、かすれて残っていた。



「こっちの矢印、ちょっと古いですね」



 ミナが、指先でそっとなぞる。



「チョークの粉がもう削れてきてる」



「そうね。二、三ヶ月前くらいかしら」



 セレスが目を細めた。



「情報としては、もうあまり当てにはならないわ。

 魔物も罠も、何度か潜れば様子が変わる」



「じゃあ、これからは私たちが“新しい印”を残していく番ですね」



 ミナが、小さなチョークを取り出す。



「危険な場所、曲がり角、行き止まり。

 分かる範囲で、簡単な目印を」



「任せてください」



 ハヤトは、前方を見ながら静電気を薄く広げた。

 床。

 壁。

 天井。

 足裏から床へ、指先から壁へ。

 見えない糸を伸ばして触れていく。

 重い岩。

 少し軽い岩。

 ちょっと湿った壁。

 手応えの違う場所だけ、頭の中で印をつけていく。



『そうじゃ』



 教授が囁く。



『最初から、罠の“種類”まで見抜こうとするな。

 今はただ、“ここは歩きたくない”“ここは歩きやすい”を覚えるだけで十分じゃ』



『地味じゃが、確実じゃ』



 前方で、リアナが足を止めた。



「どう?」



「今のところ、“絶対無理”って場所はないです」



 ハヤトは答えた。



「ただ……さっきの落とし穴の手前と同じくらい、少し“軽い場所”が、この先にいくつかあります」



「いくつか、か」



 リアナが短剣の柄を軽く回す。



「全部が全部、罠とは限らないけど……体重をかけるのは避けたほうがよさそうだね」



「そうですね。なるべく端を歩いたほうがいいと思います」



「ミナ、そういう場所の近くには、“警告印”をつけておいて」



「分かりました」



 ミナは、チョークで壁に小さく△印を描いた。

 ▲――危険の可能性あり。

 ×――実際に何かあった場所。

 →――進行方向。

 簡単なルールを決めて、少しずつ、自分たち用の“地図”を刻んでいく。













数十分ほど進んだところで、通路はゆるやかな右カーブになっていた。



「……」



 そこで、ハヤトの足裏が、また妙な違和感を拾った。

 さっきの落とし穴ほどではない。

 でも、周囲と比べると、明らかに“下が薄い”。



「リアナさん。ここもやっぱり、変です」



「よし、じゃあ確認しよっか」



 リアナは、床の少し手前に石を落とした。

 コツ、コツ、と転がり――

 今度は、何も起きなかった。



「……抜けないね」



「でも、軽いんですよね?」



「はい。さっきほど露骨じゃないですけど」



『ふむ。

 単なる空洞かもしれんし、まだ“罠として完成していない”場所かもしれんな』



『ダンジョンも、人間も、造りかけというものがあるのじゃ』



 セレスがしゃがみ込み、床に耳を当てた。



「……下から水の音がするわね」



「水?」



「滴る音。たぶん、地下水の流れ」



 セレスは軽く立ち上がる。



「今は落ちなくても、何年か先には“落とし穴”になっているかもしれないわ」



「じゃあ、“今はセーフ、将来アウト”な場所ですね」



 ミナが苦笑しながら、壁に△印を描いた。



「私たちが戻ってきたとき、また違うかもしれません」



「うん」



 ハヤトは、その床を避けて通路の端を歩いた。

 さっきの落とし穴と、今の“将来危険そうな場所”の違い。

 自分の中で、少しずつ分類されていく。

 “絶対ダメ”な軽さ。

 “嫌な予感のする”軽さ。

 “たぶん大丈夫だけど警戒したい”軽さ。



『それでよい』



 教授が、満足そうに言う。



『世界を、“安全/危険”の二択でしか見ないのは、愚か者のやり方じゃ。

 “危険の度合い”を細かく感じ取れる者ほど、生き残る』



『いつもカッコいいわ!』



 ふっと笑いそうになるのを、ハヤトは飲み込んだ。













さらに進むと、通路の壁に、新しいチョークの印が見えてきた。

 ×と、矢印。そして、横に小さく文字。

 



「ここ危険」



「左側通るな」



「左側通るな、か」



 リアナが小声で読み上げる。



「ギルド職員じゃなくて、先行した冒険者の印っぽいね」



「新しめですね」



 ミナが指で触れると、チョークの粉がまだ少し指に付いた。



「数日前くらい……でしょうか」



「ハヤト」



 セレスが促す。



「あなたの静電センサーでは、どう感じる?」



「試してみます」



 ハヤトは、通路の左側と右側を、それぞれ足裏で探った。

 軽い。

 さっきの“将来危険そうな場所”よりも、さらに下が空洞っぽい。

 しかも、電気を流すと、どこか“ねっとり”とした抵抗がある。

 重い岩。

 ただ、ところどころに金属っぽい“硬い筋”が走っている。



『よく気づいたな』



(左は、“落ちそう”な軽さですけど、

 右は、“何か埋まってる”感じです)



『左は、明らかに落とし穴じゃろうな。

 右は、金属製の罠の可能性もある』



『あるいは、壁から槍が飛び出す仕掛けとかの一部かもしれん』



 ハヤトは、ごくりと唾を飲み込んだ。



「どう?」



「左は、たぶん落とし穴です。

 右は……何か金属っぽいものが埋まってます。罠かもしれません」



「じゃあ、“通るなら真ん中”だね」



 リアナが、慎重に足場を選びながら、細いラインを歩いた。

 左でも右でもなく、その間。

 ハヤトも同じように、真ん中をなぞるように歩く。

 床の軽さ。

 金属の筋。

 その両方を避けるように、静電センサーで“通り道”をなぞっていく。

 数歩進んで、ようやく、通路は危険地帯を抜けた。



「ふぅ……」



 リアナが小さく息を吐く。



「こういうの、一人だったら絶対踏んでる自信あるわ」



「それを自慢げに言わないでください」



 ミナが、安堵混じりに笑った。



「でも、ハヤト君の力がなかったら、私たちも同じだったと思います」



「そうね」



 セレスも頷く。



「ギルド印だけを頼りにしていたら、“左に罠がある”とだけ思って右を踏んでいたかもしれない」



「……」



 ハヤトは、自分の足元を見つめた。

 自分の静電気は、今まで“最弱魔力”だと笑われてきた。

 マッサージと、ちょっとした悪戯くらいにしか使えない力だと。

 でも今――

 このダンジョンの中では、その“ビリビリ”が、仲間の命を守っている。



『分かったじゃろう』



 教授の声が、少しだけ柔らかい。



『力そのものの強さだけが、価値ではない。

 どれだけ“情報”を引き出せるか。

 どれだけ“状況”を変えられるか』



 ハヤトは、胸の奥で強く頷いた。

 静電センサー。

 自分の力に、初めて付いた“名前”。

 それはもう、ただの“静電気”ではなかった。

 仲間を罠から遠ざけ、通るべき道を示すための――

 このパーティだけの“第六感”だ。



「よし」



 ハヤトは、指先に小さく電気を集めた。



「まだ入口近くですし、気を抜かずに行きましょう。

 変な場所があったら、全部覚えて帰ります」



「その意気だね、静電センサー担当」



 リアナが笑う。



「《エレキ・ストライド》の一歩は、あんたの感覚にかかってるんだから」



「プレッシャーのかけ方がすごいですよ、リアナさん」



 ミナが苦笑する中、セレスが小さく頷いた。



「でも、間違ってはいないわ」



「……がんばります」



 ハヤトは、足裏の感覚をもう一度研ぎ澄ませた。

 クーロンの法則で知った、押し引きの感覚。

 導体と絶縁の違い。

 尖ったところに集まりやすい電気の性質。

 それら全部を総動員して、

 《エレキ・ストライド》の“最初の一歩”を、静かに進めていく。

 まだ、この先でゴブリンたちと初めて本格的な戦闘をすることも――

 自分の静電気が、味方の足まで痺れさせてしまうことも――

 このときのハヤトは、まだ知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ