第16話 足元の罠と静電の違和感
ダンジョン入口の手前には、すでに何組かの新人パーティが集まっていた。
五人組の重装戦士パーティ。
ローブ姿の魔術師を中心にした小規模パーティ。
どこか余裕のあるEランクパーティも混じっている。
「お、あいつらも来てるじゃん」
リアナが目線で示した先には──
ギルドで一度絡んできた、あのEランク三人組の姿があった。
「今日は絡みに来ないといいんですが……」
「さすがにダンジョン前で喧嘩売るほど馬鹿じゃないでしょ」
ミナが苦笑する。
「命がかかってますし」
「まあ、もし絡んできたら、またちょっとビリッとやってもらえば」
「リアナさん、すぐそれ言う……」
そんな話をしていると、ギルド職員が前に出てきた。
説明会でも前に立っていた、背筋の伸びた男だ。
「静粛に!」
短い一言で、ざわついていた周囲の空気が引き締まる。
「これより、“灰石の穴”新人調査依頼の開始前説明を行う。
各パーティ、代表者を前へ」
「ええ」
セレスが前へ出ていき、他の代表者と一緒に話を聞きに行く。
残された三人は、少し緊張気味にその背中を見守った。
『さて、入口の“空気”を感じてみるかの』
ハヤトは、そっと指先をダンジョン入り口のほうへ向けた。
穴の縁の岩肌に、静電気を薄く触れさせる。
空気中にも、ごくわずかに広げてみる。
街道沿いの風は、乾いた土と草の匂いが混じっている。
ここから吹き出す空気は、湿り気が強く、ひんやりとしているうえに──
どこか、“重い”。
『そうじゃろう』
教授の声が、静かに響く。
『閉じた空間は、外よりも空気が滞りやすい。
湿り気と、岩肌から染み出すわずかな成分。
それが、電気の通り方にも影響する』
『ダンジョンの岩は、“生きておる”ことが多いからのう。
中で魔力や瘴気が循環しておると、電気も妙な流れ方をする』
ハヤトは、指先のビリビリをじっと観察する。
いつもの石壁と違って、微かな“ざわつき”がある。
空気の層が、ところどころで粘るような抵抗を見せる。
『あるじゃろうな。
今はまだ“気持ち悪い”くらいの観察でいい。
何度か出入りするうちに、その“気持ち悪さ”の種類も区別がつく』
◇
「説明終わったわ」
セレスが戻ってきた。
「基本ルールはギルドで聞いたものと同じ。
ただ、細かい撤退条件が追加されてるわ」
「撤退条件?」
「パーティメンバーのうち、一人でも“もう無理だ”と判断したら、
“無理と言った本人の意見を優先して帰還すること”」
「……それ、いいルールですね」
ミナが小さく頷く。
「無理して奥に行って、戻れなくなったら意味ないですし」
「そうね」
セレスは真剣な顔になる。
「ダンジョンで一番怖いのは、“引き返す勇気がなくなること”。
だから、あえてルールにしてある」
「分かりました。
俺も、“ヤバい”って思ったらちゃんと言います」
「よろしい」
セレスがほんの少し笑った。
「それと──」
腰のポーチから、小さな金属製の笛を取り出す。
「これ。緊急退却用の合図笛よ。
一回短く吹いたら“注意”。
二回連続で吹いたら“即時後退”」
「へえ……」
リアナが受け取ろうとして、何気なく手を伸ばした、その瞬間だった。
彼女の腰に巻かれているロープベルトが、ちょうど石の出っ張りに引っかかった。
「ん?」
リアナが一歩前に出ようとした瞬間──
ぐいっ。
「うわっ、ちょっと待──」
腰だけ引き戻される形になり、ロープがぴんと張る。
結び目がずるりと滑り、ロープが高い位置から、がくんと下にずれた。
「きゃっ!?」
腰ロープには、保持用の小袋や水袋がいくつも下がっている。
それらがまとめて落ちかけ、リアナは慌てて前掛けを押さえた。
「お、おちるおちるおちる!」
「リアナ、動かないで!」
ミナが慌てて駆け寄り、ロープと小袋を必死で支える。
ハヤトは反射的に手を伸ばしかけ──
ギリギリのところで止めた。
代わりに、ずれたロープの端を掴み、石の出っ張りから外す。
「っと……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……! あ、ありがと……!」
リアナは、耳まで真っ赤にしながらロープを結び直した。
ずれた拍子に、腰まわりの服が少し持ち上がっていたせいで、
腹部がちらりと見えていたのを、本人も自覚しているらしい。
「もー……ダンジョン入る前から、なんでこういう目に……」
「“引っかかる場所”、確認できてよかったじゃないですか」
ミナが、困ったように笑った。
「ロープがどこに引っかかりやすいか分かっただけでも、今日は収穫です」
「ポジティブ……」
『ふむ、ロープの引っかかり位置も、電気の“通り道”と同じく要注意じゃの』
『いやいや、真面目な話じゃ。
何かに引っかかれば、そこが“力の集中する場所”になる』
◇
準備を整えた新人パーティたちは、それぞれ順番にダンジョン入口へ向かっていった。
ギルド職員が、出入りの時間とパーティ名を記録している。
「次──新人パーティ、《エレキ・ストライド》!」
呼ばれた。
リアナが短剣の柄に手を置き、振り返る。
「じゃ、行こっか」
「緊張してます?」
ミナが、そっとハヤトを見る。
「もちろんしてますけど……」
ハヤトは苦笑した。
「それ以上に、“やっとここまで来た”って感じです」
『そうじゃろうな』
教授の声が、静かに響く。
『マッサージ屋でこき使われていた頃から見れば、大きな前進じゃ』
薄暗い穴の前に立ち、ハヤトは一度深く息を吸い込んだ。
湿った空気。
ひんやりした温度。
岩肌を流れる、目に見えない魔力と、わずかな静電気のざわつき。
「静電センサー、準備OK?」
リアナがにやりと笑う。
「床の違い、壁の違い、全部頼りにしてるからね」
「任せてください」
ハヤトは、自分の指先を見つめる。
スライムを止めた静電拘束。
木人をまとめた多点静電偏位《マルチ・《エレキ・シフト》》。
狭い通路での静電壁押。
そして、罠を探るための、微かな“違和感”。
『ここからは、教科書の通りにはいかん。
クーロンの法則も、現場に出れば“応用編”じゃ』
ハヤトは、足を一歩踏み出した。
その一歩を追うように、仲間たちの足音が続く。
短剣のリアナ。
火術のセレス。
癒やしのミナ。
静電気のハヤト。
四つの力が、一つの“回路”として、
灰色の闇の中へと歩みを進めていった。
『よく感じておるな』
胸元の本――教授の声が、静かに頭の中に響く。
『外と中では、空気に含まれるものが違う。
湿り気、岩肌の粉、魔力、瘴気……そういうものが、電気の通り方を変える』
ハヤトは、後ろに続く仲間たちを振り返った。
一番前にリアナ、そのすぐ後ろに自分。
さらに後方にセレスとミナ。
狭い通路の都合上、二列にはなれない。
前から順に、一列で進むしかない。
「改めて確認ね」
セレスが、小さな声で言った。
「先頭がリアナ。
そのすぐ後ろで“床と壁を見る”のがハヤト。
後ろから魔法と治癒で支えるのが私とミナ」
「了解」
リアナが短剣の柄に手を添える。
「何かあったら、すぐ下がるよ。
変な床とかあったら、ちゃんと言ってね」
「言います。むしろ、ちょっとでもイヤな感じがしたら止めます」
ハヤトは、自分の靴底を見下ろした。
浅く削られた岩の床。
人と魔物が歩き続けたせいか、中央だけすこし擦り減っている。
そこに、そっと静電気を流し込む。
ぱち、ぱち、とほんの小さな火花が、指先の内側で弾けた。
電気を流すと、返ってくる感覚が違う。
ぎゅっと詰まった重い岩。
細かい隙間の多い軽い岩。
乾いた部分と、湿った部分。
見た目はただのグレーの岩なのに、電気として触れると、まるで違う“顔”をしているように思える。
『よいか、ハヤト』
『今日は、“罠そのもの”を見抜こうとせんでよい。
まずは、“気持ち悪い場所”を見つけるだけでいい』
『電気の通り方が、他の場所と違う。
床の下が軽い。
どこかだけ、やたらとベタつく感覚がある──そういうところじゃ』
「ハヤト?」
前を行くリアナが、振り返りもせずに声をかけてくる。
「大丈夫? 立ち止まってると、追突しちゃうよ」
「すみません。試運転してました」
ハヤトは足を一歩踏み出した。
自分の足首から、じわ、と静電気を床に広げるイメージ。
足裏から、薄い膜を通じて周囲を撫でるように。
「しばらくは、ゆっくり行きましょう」
ミナが、後ろからそっと言った。
「最初の階層ですし、“急がない”ことが大事だと思います」
「その通りね」
セレスも頷く。
「ダンジョンは逃げないわ。
急ぐのは、撤退を決めたときだけでいい」
◇
灰色の岩壁は、しばらくの間、単調に続いた。
通路は人二人が並べるかどうかの幅。
天井は少し低く、背の高い人間なら頭を下げて歩く必要がある。
ハヤトは、足裏に妙な感覚が走るのを感じて、思わず足を止めた。
「どうした?」
「ちょっと待ってください」
ささやき声で答え、床に意識を集中させる。
さっきまでと同じように静電気を流す。
しかし、ここだけは、返ってくる感触が違った。
さっきまでの床は、ぎゅっと詰まった重い岩。
ここは――
同じ力を流しているのに、床の向こう側に“抜けていく”ような、妙な軽さがある。
「ここ、なんか変です」
ハヤトは、前を行くリアナの靴のかかとあたりを指差した。
「床の下が……ほかより軽い感じがします」
「軽い?」
リアナは一歩下がり、しゃがみ込んで床を見た。
「見た感じは、他とあんまり変わんないけど」
「ハヤト君、ちょっと横にずれて、違う場所と比べてみてくれない?」
セレスが言う。
「“変じゃない場所”との違いを、ちゃんと覚えておきなさい」
「はい」
ハヤトは半歩横に移動し、同じように静電気を流し込んだ。
(こっちは、重い岩。
ぎっしり詰まってる感じ)
また元の場所に戻る。
同じように電気を流す。
(こっちは……軽い。
同じ力を流しても、“ふわ”っと抜けていく)
比べれば、違いは歴然だった。
「やっぱり、ここだけ変です」
「じゃあ……」
リアナは、足元の小さな石を拾った。
「投げてみよっか」
床の上に、ぽい、と放る。
最初の一瞬は、普通にコツコツと転がった。
だが、床の中央あたりに差し掛かった瞬間――
バキンッ。
鋭い音とともに、床が抜けた。
「わっ」
細い板らしきものが一枚、下に落ちていく。
その下は真っ暗で、どれくらい深いのか見えない。
石が、一瞬遅れてカラン、と硬い音を立てた。
「……落とし穴か」
セレスが、冷静に言う。
「ギルドが印を付けていた場所とは、ちょっと違うわね」
通路の壁をよく見ると、少し手前の位置に、薄くチョークで×印が付いていた。
「落とし穴の“想定位置”は、たぶんそこだったんでしょうね」
ミナが×印に触れながら言う。
「でも、実際に抜けたのは、もう半歩あと」
「ふーん……」
リアナが、落ちた板の跡を覗き込む。
「ギルドの人も“一回落ちた場所”は印つけるけど、
罠が増えたり、位置がずれたりしても、全部は追い切れないってことだね」
「だからこそ、ハヤトの“静電センサー”が必要なのよ」
セレスが、さらりと言った。
「“静電センサー”?」
「昨日からそう呼んでたでしょ」
リアナが振り返る。
「床の違いとか、罠っぽい場所を感じる力。
静電気で見るセンサー、略して静電センサー。いいでしょ?」
「略してないですよね、それ」
「よくない? 語感はいいし」
『儂は嫌いではないぞ』
『分かりやすい名前は、認識を固める。
“静電センサー”と自分で思えば、感度も上がるというものじゃ』
『半分は本当で、半分は気持ちの問題じゃな』
ハヤトは苦笑した。
「……じゃあ、そういうことで」
少し照れながらも、口に出してみる。
「静電センサー……です。
床と壁の“変な場所”を見つける役、頑張ります」
「頼りにしてるよ」
リアナが、にっと笑う。
「こういうの、一回踏み抜いたら命取りだからね」
「はい」
ハヤトは、抜け落ちた床を慎重に迂回するように、通路の端を歩いた。
足裏に集中しながら、一歩ずつ。
“重い岩”と“軽い岩”の違いを、頭と体に刻み込んでいく。
◇
それからしばらくの間は、大きな罠も魔物も現れなかった。
ただひたすら、薄暗い通路が続く。
ときどき、壁に刻まれた古い傷跡や、誰かが残したチョークの矢印が見える。
「→出口」
「×危険」
「←スライム多数」
など、走り書きの文字が、かすれて残っていた。
「こっちの矢印、ちょっと古いですね」
ミナが、指先でそっとなぞる。
「チョークの粉がもう削れてきてる」
「そうね。二、三ヶ月前くらいかしら」
セレスが目を細めた。
「情報としては、もうあまり当てにはならないわ。
魔物も罠も、何度か潜れば様子が変わる」
「じゃあ、これからは私たちが“新しい印”を残していく番ですね」
ミナが、小さなチョークを取り出す。
「危険な場所、曲がり角、行き止まり。
分かる範囲で、簡単な目印を」
「任せてください」
ハヤトは、前方を見ながら静電気を薄く広げた。
床。
壁。
天井。
足裏から床へ、指先から壁へ。
見えない糸を伸ばして触れていく。
重い岩。
少し軽い岩。
ちょっと湿った壁。
手応えの違う場所だけ、頭の中で印をつけていく。
『そうじゃ』
教授が囁く。
『最初から、罠の“種類”まで見抜こうとするな。
今はただ、“ここは歩きたくない”“ここは歩きやすい”を覚えるだけで十分じゃ』
『地味じゃが、確実じゃ』
前方で、リアナが足を止めた。
「どう?」
「今のところ、“絶対無理”って場所はないです」
ハヤトは答えた。
「ただ……さっきの落とし穴の手前と同じくらい、少し“軽い場所”が、この先にいくつかあります」
「いくつか、か」
リアナが短剣の柄を軽く回す。
「全部が全部、罠とは限らないけど……体重をかけるのは避けたほうがよさそうだね」
「そうですね。なるべく端を歩いたほうがいいと思います」
「ミナ、そういう場所の近くには、“警告印”をつけておいて」
「分かりました」
ミナは、チョークで壁に小さく△印を描いた。
▲――危険の可能性あり。
×――実際に何かあった場所。
→――進行方向。
簡単なルールを決めて、少しずつ、自分たち用の“地図”を刻んでいく。
◇
数十分ほど進んだところで、通路はゆるやかな右カーブになっていた。
「……」
そこで、ハヤトの足裏が、また妙な違和感を拾った。
さっきの落とし穴ほどではない。
でも、周囲と比べると、明らかに“下が薄い”。
「リアナさん。ここもやっぱり、変です」
「よし、じゃあ確認しよっか」
リアナは、床の少し手前に石を落とした。
コツ、コツ、と転がり――
今度は、何も起きなかった。
「……抜けないね」
「でも、軽いんですよね?」
「はい。さっきほど露骨じゃないですけど」
『ふむ。
単なる空洞かもしれんし、まだ“罠として完成していない”場所かもしれんな』
『ダンジョンも、人間も、造りかけというものがあるのじゃ』
セレスがしゃがみ込み、床に耳を当てた。
「……下から水の音がするわね」
「水?」
「滴る音。たぶん、地下水の流れ」
セレスは軽く立ち上がる。
「今は落ちなくても、何年か先には“落とし穴”になっているかもしれないわ」
「じゃあ、“今はセーフ、将来アウト”な場所ですね」
ミナが苦笑しながら、壁に△印を描いた。
「私たちが戻ってきたとき、また違うかもしれません」
「うん」
ハヤトは、その床を避けて通路の端を歩いた。
さっきの落とし穴と、今の“将来危険そうな場所”の違い。
自分の中で、少しずつ分類されていく。
“絶対ダメ”な軽さ。
“嫌な予感のする”軽さ。
“たぶん大丈夫だけど警戒したい”軽さ。
『それでよい』
教授が、満足そうに言う。
『世界を、“安全/危険”の二択でしか見ないのは、愚か者のやり方じゃ。
“危険の度合い”を細かく感じ取れる者ほど、生き残る』
『いつもカッコいいわ!』
ふっと笑いそうになるのを、ハヤトは飲み込んだ。
◇
さらに進むと、通路の壁に、新しいチョークの印が見えてきた。
×と、矢印。そして、横に小さく文字。
「ここ危険」
「左側通るな」
「左側通るな、か」
リアナが小声で読み上げる。
「ギルド職員じゃなくて、先行した冒険者の印っぽいね」
「新しめですね」
ミナが指で触れると、チョークの粉がまだ少し指に付いた。
「数日前くらい……でしょうか」
「ハヤト」
セレスが促す。
「あなたの静電センサーでは、どう感じる?」
「試してみます」
ハヤトは、通路の左側と右側を、それぞれ足裏で探った。
軽い。
さっきの“将来危険そうな場所”よりも、さらに下が空洞っぽい。
しかも、電気を流すと、どこか“ねっとり”とした抵抗がある。
重い岩。
ただ、ところどころに金属っぽい“硬い筋”が走っている。
『よく気づいたな』
(左は、“落ちそう”な軽さですけど、
右は、“何か埋まってる”感じです)
『左は、明らかに落とし穴じゃろうな。
右は、金属製の罠の可能性もある』
『あるいは、壁から槍が飛び出す仕掛けとかの一部かもしれん』
ハヤトは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「どう?」
「左は、たぶん落とし穴です。
右は……何か金属っぽいものが埋まってます。罠かもしれません」
「じゃあ、“通るなら真ん中”だね」
リアナが、慎重に足場を選びながら、細いラインを歩いた。
左でも右でもなく、その間。
ハヤトも同じように、真ん中をなぞるように歩く。
床の軽さ。
金属の筋。
その両方を避けるように、静電センサーで“通り道”をなぞっていく。
数歩進んで、ようやく、通路は危険地帯を抜けた。
「ふぅ……」
リアナが小さく息を吐く。
「こういうの、一人だったら絶対踏んでる自信あるわ」
「それを自慢げに言わないでください」
ミナが、安堵混じりに笑った。
「でも、ハヤト君の力がなかったら、私たちも同じだったと思います」
「そうね」
セレスも頷く。
「ギルド印だけを頼りにしていたら、“左に罠がある”とだけ思って右を踏んでいたかもしれない」
「……」
ハヤトは、自分の足元を見つめた。
自分の静電気は、今まで“最弱魔力”だと笑われてきた。
マッサージと、ちょっとした悪戯くらいにしか使えない力だと。
でも今――
このダンジョンの中では、その“ビリビリ”が、仲間の命を守っている。
『分かったじゃろう』
教授の声が、少しだけ柔らかい。
『力そのものの強さだけが、価値ではない。
どれだけ“情報”を引き出せるか。
どれだけ“状況”を変えられるか』
ハヤトは、胸の奥で強く頷いた。
静電センサー。
自分の力に、初めて付いた“名前”。
それはもう、ただの“静電気”ではなかった。
仲間を罠から遠ざけ、通るべき道を示すための――
このパーティだけの“第六感”だ。
「よし」
ハヤトは、指先に小さく電気を集めた。
「まだ入口近くですし、気を抜かずに行きましょう。
変な場所があったら、全部覚えて帰ります」
「その意気だね、静電センサー担当」
リアナが笑う。
「《エレキ・ストライド》の一歩は、あんたの感覚にかかってるんだから」
「プレッシャーのかけ方がすごいですよ、リアナさん」
ミナが苦笑する中、セレスが小さく頷いた。
「でも、間違ってはいないわ」
「……がんばります」
ハヤトは、足裏の感覚をもう一度研ぎ澄ませた。
クーロンの法則で知った、押し引きの感覚。
導体と絶縁の違い。
尖ったところに集まりやすい電気の性質。
それら全部を総動員して、
《エレキ・ストライド》の“最初の一歩”を、静かに進めていく。
まだ、この先でゴブリンたちと初めて本格的な戦闘をすることも――
自分の静電気が、味方の足まで痺れさせてしまうことも――
このときのハヤトは、まだ知らなかった。




