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第14話 多点クーロンと「押される壁」



 南門へ続く道を少し外れたところに、小さな丘がある。

 そこに、ギルドが管理している簡易訓練場──という名の、ただの空き地があった。

 木人が三体。

 丸太と藁束。

 その周りには、何度も踏み固められた跡が残っている。



「ここなら、多少派手にやっても文句は出ないわ」



 セレスがそう言って、荷物を下ろした。



「ダンジョンの狭い通路を想定した“隊列の確認”と──」



「クーロンの“多点押し引き”の練習だね」



 リアナがにやりと笑う。



「昨日から教授さんが、“今日が本番じゃ!”ってうるさいんでしょ?」



『うるさくなどない、適切に意欲を示しておるだけじゃ』



『む……』



 教授が不満げに唸る気配を無視しつつ、ハヤトは木人たちを見た。

 三体。

 それぞれ、少しずつ間隔を空けて立っている。



「狭い通路で、敵が三体並んで押し寄せてくる状況を想定する」



 セレスが、土の上に簡単な線を引いた。



「この線が“ダンジョンの壁”。

 左右の動きは制限される。前後しかない」



「じゃ、基本の隊列は?」



「こうね」



 セレスが、指で四つの点を描く。



「一番前にリアナ。

 そのすぐ後ろ、半歩下がった位置にハヤト。

 後衛に私とミナ」



「……俺、前から二番目なんですね」



「一番前で斬ることはない。

 でも、“一番前に近い場所で足止めする役”よ」



 セレスは淡々と言った。



「静電気が一番効くのは、“一歩分の距離”。

 それを最大限活かせる位置は、ここしかない」



「はい」



『覚悟を決めい、静電気坊主』













「じゃあまず、“一対一”から」



 リアナが木人のひとつの前に立つ。



「普通に突っ込んでくる敵を、ハヤトが足止めして、私が斬る。

 昨日の延長戦みたいなもんだね」



「了解です」



 ハヤトはリアナから一歩後ろの位置に立ち、指先を木人に向けた。

 地面に静電気を染み込ませ、木人の足元とリアナの踏み込み先に、見えない糸を張るイメージ。



「行くよ!」



 リアナが地面を蹴った。



静電拘束エレキ・バインド!」



 ぱちん。

 木人の足が、一瞬前に出遅れる。

 その隙に、リアナの短剣が胴体に深く入った。

 木がきしみ、バランスを崩した木人が、がくりと前に倒れる。



「うん、これはもう問題ないね」



 リアナが軽く頷く。



「じゃあ、次」



 セレスの手のひらに、小さな炎が灯る。



「狭い通路で三体同時に来たとき。

 “全員にダメージを与える”必要はないわ。

 大事なのは、“前後の押し引き”」



「前後……?」



「そう。

 先頭の一体を“前に押す”か、“後ろに引き戻す”か。

 真ん中の一体を、“左右の壁に押し付ける”のか」



『ここからが、本題じゃ』



 教授の声が、わずかに熱を帯びる。



『クーロンの法則は、一対一だけの話ではない。

 複数の電荷があれば、そのすべてが互いに押し引きする』



『そうじゃ。

 敵A・敵B・敵C。

 その一つひとつと、お前自身、そして床や壁──

 全部に、少しずつ力が働く』



「……むずかしそうですね」



『最初から全部考えようとするな。

 一つだけ、“分かりやすい動き”を決める。

 例えば、“真ん中を横に押したい”とかじゃ』



「真ん中……」



 ハヤトは、三体の木人を見た。

 距離を少し調整し、真ん中の木人だけ、ほんのわずかに前へ出してもらう。



「この真ん中を、“左右どちらかの壁に押し付ける”イメージでやりましょうか」



「なるほど」



 セレスが頷く。



「左右の揺れが大きくなれば、通路の中ではかなり邪魔になるわね。

 後衛からの魔法も通しやすくなる」



「やってみます」



 ハヤトは、三体の木人の“足”を意識した。

 真ん中の木人の底面。

 その左右には、他の二体。

(真ん中の足と、左の足に“同じ性質”を。

 右の足には“逆の性質”を)

 押し引きのイメージを、頭の中で組み立てる。

 真ん中と左は、互いに押し合う。

 真ん中と右は、互いに引き合う。

 指先に魔力を集め、一気に地面へ流し込む。



「──多点静電偏位マルチ・エレキ・シフト!」



 ぱちぱち、と小さな火花がいくつか弾けた。

 真ん中の木人の足が、ぐっと右へ滑る。

 右側の木人に肩からぶつかり、そのまま二体まとめてガタガタと揺れた。



「おお!」



 リアナが目を輝かせる。



「今の、狙ってやったの?」



「はい。真ん中を右側に押したくて」



「成功ね」



 セレスの口元が、わずかに上がる。



「二体のバランスが崩れた瞬間に、前から押し込めば──」



「二体まとめて“狭いところ”に固まる、ってことですね」



 ミナが言葉を継ぐ。



「そこを、セレス様の火で焼いたり、リアナさんがまとめて斬ったり」



『そうじゃ。

 敵をまとめること自体が、“攻撃の前準備”になる』



『戦場で一番厄介なのは、“勝手に散らばる敵”じゃ。

 お前の静電気は、それを“まとめる”方向にも使える』



 ハヤトは、三体の木人をじっと見つめた。

 押す。

 引く。

 まとめる。

 散らす。

 今まで



「足を止める」



しか考えてなかった静電気が、

 もっと多様な動きに繋がることが、少しずつ見えてきた。



「じゃあ、その“まとめた状態”を、実際に叩き込むところまでやってみよう」



 セレスが、火を灯す。



「リアナ、合図したら一歩で踏み込める距離にいて。

 ミナは、私の後ろでいつでも回復できるように」



「了解!」



「分かりました」



 四人が位置につく。

 まず、木人三体がこちらへじりじりと“進む”ように、職員がロープで引く。

 狭い通路を想定したラインの中で、前後に揺れながら近づいてくる。



「ハヤト」



 セレスの声が飛ぶ。



「合図したら、“右にまとめて”」



「分かりました」



 静電気を地面へ。

 木人の足へ。

 さっきと同じように、真ん中と左、右との関係を設定する。



「今!」



多点静電偏位マルチ・エレキ・シフト!」



 ぱちぱち、と火花。

 真ん中の木人の足が右に滑り、右の木人とぶつかる。

 その瞬間──



「踏み込む!」



 リアナが地面を蹴った。

 まとめて揺れた二体の“隙間”をすり抜け、先頭の一体──左側の木人の懐へ飛び込む。



「はっ!」



 短剣が一閃。

 木人の“首”にあたる部分が斜めにえぐられ、頭部がぐらりと傾く。

 その後ろでは、二体がまだバランスを崩している。



「《フレア・ランス》!」



 セレスの火球が伸びるような形になって、二体の胴体を貫いた。

 藁が燃え上がり、黒い煙が立ち上る。

 前衛一体は斬り伏せられ、後衛二体は炎の中でもがいている。



「ミナ!」



「《ヴァイン・シールド》!」



 ミナの祈りに応じて、薄い緑の膜が前衛二人の前に展開される。

 炎の熱を和らげ、飛び散る木片から守る簡易防御。

 短い時間の中で──

 “まとめる”“踏み込む”“焼く”“守る”が、綺麗に流れた。

 成功だった。













「……悪くない」



 セレスが、息を吐いた。



「今の一連の流れ、ダンジョンの狭い通路でもそのまま使えるわ」



「楽しかった!」



 リアナが笑う。



「敵が“うわー”って固まったところに突っ込むの、なんか癖になりそう」



「リアナさん、それ中毒になったら危なくないですか……」



 ミナが苦笑する。

 ハヤトは、じんじんする指先を見つめていた。

 さっきの多点静電偏位マルチ・エレキ・シフト

 力の大きさはそこまで大きくない。

 それでも──“タイミング”と“方向”さえ合えば、敵の位置関係を大きく変えられる。



『今の感覚は、よく覚えておくのじゃ』



『クーロンの押し引きは、ただの“止める力”じゃない。

 “配置を変える力”じゃ』



『そうじゃ。

 敵と味方の位置関係を、電気で少しだけずらす。

 それができれば、“勝ちやすい形”を作れる』



 ハヤトは、地面に描かれた足跡と、さっき燃えた藁の跡を見比べた。

 ほんの数歩の違い。

 でも、その違いが戦況を大きく変えている。



「ねえ、セレス様」



 リアナが、木人の残骸を蹴りながら言った。



「今の動き、名前つけない?」



「名前?」



「ほら、《エレキ・ストライド》としての“基本形の一つ”って感じでさ。

 “静電壁なんとか”みたいな」



「静電壁……」



 セレスは少し考え、ハヤトに視線を向けた。



「どう? 何か案ある?」



「えっ、俺ですか」



「電気の専門家でしょ?」



『そうじゃ、名前は大事じゃぞ。

 “こういう技だ”と認識できると、使い方が安定する』



 ハヤトは、さっきの光景を頭の中で巻き戻した。

 狭い通路。

 三体の敵。

 真ん中を横にずらし、二体を押し付けて“壁”を作る。



「……“静電壁押エレキ・ウォールプレス”とか、どうでしょう」



「エレキ・ウォールプレス」



 リアナが、口の中で転がすように繰り返す。



「なんか強そう!」



「押し潰す、というイメージも悪くないわね」



 セレスも頷いた。



「じゃあ、今の連携パターンは、《エレキ・ウォールプレス》として記録しておきましょうか」



「はい!」



 ミナが、持っていた小さなメモ帳にさらさらと書き込む。



「“ダンジョン狭所用連携・その一:静電壁押エレキ・ウォールプレス”……っと」



「ちゃんと書いてくれてる……」



『よいのう、こうして“技”として残るのは』



『最初からそうじゃろうに』



 教授との掛け合いに、思わず笑いそうになる。













「さて」



 セレスが空を見上げた。

 太陽は、ちょうど頭上から少し傾き始めたところ。

 今日中にできる訓練は、あと一つか二つだろう。



「“まとめる”形はできた。

「押し返す?」



「ダンジョンの途中で、“これは無理”と判断したとき。

 狭い通路を後退するときに、敵を少しでも後ろへ押し戻せれば──」



「安全に下がれる、ってことですね」



 ミナが頷く。



「そのときこそ、ハヤト君の“押し引き”が活きると思います」



『そうじゃ』



 教授の声が、静かに熱を帯びる。



『前へ押すだけが電気ではない。

 “距離を稼ぐために押す”、という使い方もある』



『それもまた、戦い方の一つじゃ』



 ハヤトは、小さく深呼吸をした。

 足止め。

 まとめる。

 押し返す。

 最弱と笑われた静電気が、

 少しずつ、



「戦術」



と呼べる形になっていく。

 期待と、不安と、わくわくと。

 それら全部がごちゃ混ぜになった感情を胸に抱きながら、ハヤトはもう一度指先に電気を集めた。

うん、その認識でOKだよ。

本そのもの

ハヤト以外の人には



「物理的に見えない&触れない」



本。

机の上に置いてあっても、他人からは



「そこには何もない」



ように見える。

完全に



「頭の中で響く系の声」



で、口パクもなし。

だから、周りから見るとハヤトが突然黙り込んだり、心の中で誰かと会話してるだけに見える。

例外とかバレ方の余地

他人からは

タイミングよく電気の使い方が変わる

くらいで、



「なんか裏に誰かいる?」



と“勘づく”ことはあっても、

直接教授の姿・声を感知することはできない。


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