第14話 多点クーロンと「押される壁」
南門へ続く道を少し外れたところに、小さな丘がある。
そこに、ギルドが管理している簡易訓練場──という名の、ただの空き地があった。
木人が三体。
丸太と藁束。
その周りには、何度も踏み固められた跡が残っている。
「ここなら、多少派手にやっても文句は出ないわ」
セレスがそう言って、荷物を下ろした。
「ダンジョンの狭い通路を想定した“隊列の確認”と──」
「クーロンの“多点押し引き”の練習だね」
リアナがにやりと笑う。
「昨日から教授さんが、“今日が本番じゃ!”ってうるさいんでしょ?」
『うるさくなどない、適切に意欲を示しておるだけじゃ』
『む……』
教授が不満げに唸る気配を無視しつつ、ハヤトは木人たちを見た。
三体。
それぞれ、少しずつ間隔を空けて立っている。
「狭い通路で、敵が三体並んで押し寄せてくる状況を想定する」
セレスが、土の上に簡単な線を引いた。
「この線が“ダンジョンの壁”。
左右の動きは制限される。前後しかない」
「じゃ、基本の隊列は?」
「こうね」
セレスが、指で四つの点を描く。
「一番前にリアナ。
そのすぐ後ろ、半歩下がった位置にハヤト。
後衛に私とミナ」
「……俺、前から二番目なんですね」
「一番前で斬ることはない。
でも、“一番前に近い場所で足止めする役”よ」
セレスは淡々と言った。
「静電気が一番効くのは、“一歩分の距離”。
それを最大限活かせる位置は、ここしかない」
「はい」
『覚悟を決めい、静電気坊主』
◇
「じゃあまず、“一対一”から」
リアナが木人のひとつの前に立つ。
「普通に突っ込んでくる敵を、ハヤトが足止めして、私が斬る。
昨日の延長戦みたいなもんだね」
「了解です」
ハヤトはリアナから一歩後ろの位置に立ち、指先を木人に向けた。
地面に静電気を染み込ませ、木人の足元とリアナの踏み込み先に、見えない糸を張るイメージ。
「行くよ!」
リアナが地面を蹴った。
「静電拘束!」
ぱちん。
木人の足が、一瞬前に出遅れる。
その隙に、リアナの短剣が胴体に深く入った。
木がきしみ、バランスを崩した木人が、がくりと前に倒れる。
「うん、これはもう問題ないね」
リアナが軽く頷く。
「じゃあ、次」
セレスの手のひらに、小さな炎が灯る。
「狭い通路で三体同時に来たとき。
“全員にダメージを与える”必要はないわ。
大事なのは、“前後の押し引き”」
「前後……?」
「そう。
先頭の一体を“前に押す”か、“後ろに引き戻す”か。
真ん中の一体を、“左右の壁に押し付ける”のか」
『ここからが、本題じゃ』
教授の声が、わずかに熱を帯びる。
『クーロンの法則は、一対一だけの話ではない。
複数の電荷があれば、そのすべてが互いに押し引きする』
『そうじゃ。
敵A・敵B・敵C。
その一つひとつと、お前自身、そして床や壁──
全部に、少しずつ力が働く』
「……むずかしそうですね」
『最初から全部考えようとするな。
一つだけ、“分かりやすい動き”を決める。
例えば、“真ん中を横に押したい”とかじゃ』
「真ん中……」
ハヤトは、三体の木人を見た。
距離を少し調整し、真ん中の木人だけ、ほんのわずかに前へ出してもらう。
「この真ん中を、“左右どちらかの壁に押し付ける”イメージでやりましょうか」
「なるほど」
セレスが頷く。
「左右の揺れが大きくなれば、通路の中ではかなり邪魔になるわね。
後衛からの魔法も通しやすくなる」
「やってみます」
ハヤトは、三体の木人の“足”を意識した。
真ん中の木人の底面。
その左右には、他の二体。
(真ん中の足と、左の足に“同じ性質”を。
右の足には“逆の性質”を)
押し引きのイメージを、頭の中で組み立てる。
真ん中と左は、互いに押し合う。
真ん中と右は、互いに引き合う。
指先に魔力を集め、一気に地面へ流し込む。
「──多点静電偏位!」
ぱちぱち、と小さな火花がいくつか弾けた。
真ん中の木人の足が、ぐっと右へ滑る。
右側の木人に肩からぶつかり、そのまま二体まとめてガタガタと揺れた。
「おお!」
リアナが目を輝かせる。
「今の、狙ってやったの?」
「はい。真ん中を右側に押したくて」
「成功ね」
セレスの口元が、わずかに上がる。
「二体のバランスが崩れた瞬間に、前から押し込めば──」
「二体まとめて“狭いところ”に固まる、ってことですね」
ミナが言葉を継ぐ。
「そこを、セレス様の火で焼いたり、リアナさんがまとめて斬ったり」
『そうじゃ。
敵をまとめること自体が、“攻撃の前準備”になる』
『戦場で一番厄介なのは、“勝手に散らばる敵”じゃ。
お前の静電気は、それを“まとめる”方向にも使える』
ハヤトは、三体の木人をじっと見つめた。
押す。
引く。
まとめる。
散らす。
今まで
「足を止める」
しか考えてなかった静電気が、
もっと多様な動きに繋がることが、少しずつ見えてきた。
「じゃあ、その“まとめた状態”を、実際に叩き込むところまでやってみよう」
セレスが、火を灯す。
「リアナ、合図したら一歩で踏み込める距離にいて。
ミナは、私の後ろでいつでも回復できるように」
「了解!」
「分かりました」
四人が位置につく。
まず、木人三体がこちらへじりじりと“進む”ように、職員がロープで引く。
狭い通路を想定したラインの中で、前後に揺れながら近づいてくる。
「ハヤト」
セレスの声が飛ぶ。
「合図したら、“右にまとめて”」
「分かりました」
静電気を地面へ。
木人の足へ。
さっきと同じように、真ん中と左、右との関係を設定する。
「今!」
「多点静電偏位!」
ぱちぱち、と火花。
真ん中の木人の足が右に滑り、右の木人とぶつかる。
その瞬間──
「踏み込む!」
リアナが地面を蹴った。
まとめて揺れた二体の“隙間”をすり抜け、先頭の一体──左側の木人の懐へ飛び込む。
「はっ!」
短剣が一閃。
木人の“首”にあたる部分が斜めにえぐられ、頭部がぐらりと傾く。
その後ろでは、二体がまだバランスを崩している。
「《フレア・ランス》!」
セレスの火球が伸びるような形になって、二体の胴体を貫いた。
藁が燃え上がり、黒い煙が立ち上る。
前衛一体は斬り伏せられ、後衛二体は炎の中でもがいている。
「ミナ!」
「《ヴァイン・シールド》!」
ミナの祈りに応じて、薄い緑の膜が前衛二人の前に展開される。
炎の熱を和らげ、飛び散る木片から守る簡易防御。
短い時間の中で──
“まとめる”“踏み込む”“焼く”“守る”が、綺麗に流れた。
成功だった。
◇
「……悪くない」
セレスが、息を吐いた。
「今の一連の流れ、ダンジョンの狭い通路でもそのまま使えるわ」
「楽しかった!」
リアナが笑う。
「敵が“うわー”って固まったところに突っ込むの、なんか癖になりそう」
「リアナさん、それ中毒になったら危なくないですか……」
ミナが苦笑する。
ハヤトは、じんじんする指先を見つめていた。
さっきの多点静電偏位。
力の大きさはそこまで大きくない。
それでも──“タイミング”と“方向”さえ合えば、敵の位置関係を大きく変えられる。
『今の感覚は、よく覚えておくのじゃ』
『クーロンの押し引きは、ただの“止める力”じゃない。
“配置を変える力”じゃ』
『そうじゃ。
敵と味方の位置関係を、電気で少しだけずらす。
それができれば、“勝ちやすい形”を作れる』
ハヤトは、地面に描かれた足跡と、さっき燃えた藁の跡を見比べた。
ほんの数歩の違い。
でも、その違いが戦況を大きく変えている。
「ねえ、セレス様」
リアナが、木人の残骸を蹴りながら言った。
「今の動き、名前つけない?」
「名前?」
「ほら、《エレキ・ストライド》としての“基本形の一つ”って感じでさ。
“静電壁なんとか”みたいな」
「静電壁……」
セレスは少し考え、ハヤトに視線を向けた。
「どう? 何か案ある?」
「えっ、俺ですか」
「電気の専門家でしょ?」
『そうじゃ、名前は大事じゃぞ。
“こういう技だ”と認識できると、使い方が安定する』
ハヤトは、さっきの光景を頭の中で巻き戻した。
狭い通路。
三体の敵。
真ん中を横にずらし、二体を押し付けて“壁”を作る。
「……“静電壁押”とか、どうでしょう」
「エレキ・ウォールプレス」
リアナが、口の中で転がすように繰り返す。
「なんか強そう!」
「押し潰す、というイメージも悪くないわね」
セレスも頷いた。
「じゃあ、今の連携パターンは、《エレキ・ウォールプレス》として記録しておきましょうか」
「はい!」
ミナが、持っていた小さなメモ帳にさらさらと書き込む。
「“ダンジョン狭所用連携・その一:静電壁押”……っと」
「ちゃんと書いてくれてる……」
『よいのう、こうして“技”として残るのは』
『最初からそうじゃろうに』
教授との掛け合いに、思わず笑いそうになる。
◇
「さて」
セレスが空を見上げた。
太陽は、ちょうど頭上から少し傾き始めたところ。
今日中にできる訓練は、あと一つか二つだろう。
「“まとめる”形はできた。
「押し返す?」
「ダンジョンの途中で、“これは無理”と判断したとき。
狭い通路を後退するときに、敵を少しでも後ろへ押し戻せれば──」
「安全に下がれる、ってことですね」
ミナが頷く。
「そのときこそ、ハヤト君の“押し引き”が活きると思います」
『そうじゃ』
教授の声が、静かに熱を帯びる。
『前へ押すだけが電気ではない。
“距離を稼ぐために押す”、という使い方もある』
『それもまた、戦い方の一つじゃ』
ハヤトは、小さく深呼吸をした。
足止め。
まとめる。
押し返す。
最弱と笑われた静電気が、
少しずつ、
「戦術」
と呼べる形になっていく。
期待と、不安と、わくわくと。
それら全部がごちゃ混ぜになった感情を胸に抱きながら、ハヤトはもう一度指先に電気を集めた。
うん、その認識でOKだよ。
本そのもの
ハヤト以外の人には
「物理的に見えない&触れない」
本。
机の上に置いてあっても、他人からは
「そこには何もない」
ように見える。
完全に
「頭の中で響く系の声」
で、口パクもなし。
だから、周りから見るとハヤトが突然黙り込んだり、心の中で誰かと会話してるだけに見える。
例外とかバレ方の余地
他人からは
タイミングよく電気の使い方が変わる
くらいで、
「なんか裏に誰かいる?」
と“勘づく”ことはあっても、
直接教授の姿・声を感知することはできない。




