第13話 装備と導体と、ミナの「うっかり背中」
翌日、街の大通りは、朝から活気に満ちていた。
武具屋、道具屋、防具工房。
新人冒険者向けの安価な装備から、熟練者御用達の高級品まで、迷うほど並んでいる。
「まずは服と防具ね」
セレスが、きびきびと歩き出す。
「ダンジョンに入る以上、最低限の防御力は整えておきたいわ。
特に──」
ちら、とセレスの視線がハヤトに向く。
「静電気を扱うあなたは、“電気が通りやすいもの/通りにくいもの”を理解しておく必要がある」
「教授にも同じこと言われました……」
『当然じゃ』
ハヤトの胸元の本から、じいさん声が響く。
『電気は、通りやすい道を選ぶ。
通りにくいものに囲まれていれば、お前だけ安全に、相手だけ痺れさせられる』
「じゃ、そのへんも見ながら装備選ぼうか」
リアナが笑う。
「“静電気特化の地味装備”ってなんか響きがいいよね」
「地味って最初から言わないでください」
◇
最初に入ったのは、革防具と軽装に強い店だった。
店の奥には、胸当てやアームガード、ブーツが所狭しと並んでいる。
店主の大柄な男が、じろっとこちらを見た。
「新人か?」
「はい。《エレキ・ストライド》ってパーティです」
リアナが胸を張る。
「ダンジョン行きなんで、軽くて動きやすいのと、こいつ用にちょっと特殊なのが欲しくて」
「こいつ?」
店主の視線が、ハヤトに向く。
「特殊魔力、静電気です」
「静電気ねえ……」
店主は顎髭を撫で、適当に棚から革の手袋を一つ抜き出した。
「ほれ、こいつ嵌めてみな」
「は、はい」
ハヤトは手袋をはめ、指先にそっと静電気を集める。
革越しに、微かなビリビリが自分のほうにだけ返ってくる感じ。
「どうだ」
「……直接のときと違って、かなり弱いです。
ビリビリはしますけど、“押し引き”の感覚がぼやけるというか」
『革は、そこそこ絶縁するからのう。
細かい制御には向かんが、“自分を守る”には悪くない』
「じゃあこれは、常用じゃなく“強い電撃を撃つときの保護用”ですかね」
「判断早いな」
店主がニヤリと笑う。
「だったら、手のひらだけ薄くして、甲側を厚く補強するタイプもあるぞ。
細かい感覚が欲しいなら、指先だけ素手で使えるもののほうがいい」
「それ、いいですね」
セレスが頷く。
「指先は制御用、手の甲から腕は保護用。
“電気が通る道”を身体の中でも選べるようにしておきなさい」
『やはり話が早いのう、この娘』
『失礼な』
◇
あれこれ試した結果──
・革+布の重ね着で、身体をある程度絶縁
・金属部品は最小限、どうしても必要な部分にだけ
という、“静電気を扱う前提”の装備構成になった。
「見た目は本当に地味ですね……」
「でも、ハヤト君には似合ってますよ」
ミナが柔らかく笑う。
「“仕事する人”って感じがします」
「それ褒めてます?」
「もちろんです」
『見た目が地味でも、電気が通る“中身”が変わるからのう』
◇
「次は、ミナね」
セレスが振り向く。
「あなたのローブ、防御力が心許ないわ。
布は電気的には扱いやすいけれど、刃物には弱い」
「ですね。治癒が間に合わないこともありますし」
ミナは自分の修道服を見下ろした。
「肩と胸元だけでも、軽く補強したほうがいいかも」
「じゃあ、こっち来なさい」
店主が、ローブ用の補強具が並ぶ棚へ案内する。
布の下に仕込む薄い革、簡易胸当て、肩パッド。
どれも“ゴツすぎず、でも何もないよりずっとマシ”という絶妙なラインだ。
「……これどうでしょう」
ミナが、女性用の軽い胸当てを手に取る。
布ローブの下に着るタイプで、外見にはほとんど響かない。
ただ、着脱にはそれなりに時間がかかりそうだ。
「試着してみな」
「は、はい」
ミナは頬を少し赤くしながら、更衣用の小さな仕切りスペースへ入っていった。
布一枚で仕切られた簡易スペース。
中から、もこもこと布の擦れる音が聞こえてくる。
「ハヤト、お前はそっち向いてろよ」
「向いてます!」
リアナに言われるまでもなく、ハヤトは店の壁のほうを向いていた。
教授の声も、さすがに今は黙っている。
……はずなのだが、
『布の厚みが増えると、電気の通り方もだな──』
『おお、すまん』
中から、ミナの小さな声が聞こえた。
「えっと……紐が、ちょっときつ……」
結び紐を調整しているらしい。
「きゃっ!?」
乾いた音と、ミナの短い悲鳴。
「ミナさん!?」
「大丈夫か?」
三人が慌てて振り向くと、ちょうど仕切り布の端がするりと外れかけていた。
慌ててセレスが手を伸ばし、布をつかんで引き上げる。
「ちょっと店主!」
「悪い悪い、あの仕切り、最近紐が緩んでてな……」
店主が頭をかく。
布はぎりぎりのところで踏みとどまり、完全には落ちていない。
それでも、一瞬だけ──
結びかけの胸当てと、その下の白い肌が、横からちらりと見えた。
背中側だけ、肩甲骨あたりまで。
ローブ越しでは分からなかった、ミナの細い背筋。
「……っ」
ハヤトは、咄嗟に視線を逸らした。
「ご、ごめんなさい!」
布の向こうから、ミナの慌てた声。
「今の、見えましたよね……?」
「見てないです!」
「一瞬だけ背中は見えた!」
リアナが、変な正直さで即答する。
「でも、胸とかは見えてないからセーフ!」
「リアナさん、その基準やめてください!」
セレスが布をしっかり押さえながら、ため息をついた。
「とにかく、ミナ。
紐がしっかり結べるまで、私が外側から持ってるから、急いで」
「は、はい……」
中で、もぞもぞと布と革の音がする。
やがて、
「……できました」
控えめな声がして、ミナが再び姿を現した。
ローブの上からは、ほとんど違いが分からない。
よく見ると、胸元と肩周りがほんの少しだけ厚くなっている程度だ。
「ど、どうでしょう」
「うん。見た目変わらないのに、ちゃんと守ってくれそう」
リアナが感心する。
「動きにくくない?」
「大丈夫です。むしろ、姿勢がしゃきっとする感じで」
ミナは、どこか照れくさそうに笑った。
『今の“背中”の感覚、覚えておくとよいぞ』
『いや、電気が通りやすい“生身”と、布・革一枚挟んだときの違いは──』
ハヤトは、再び壁の木目を真剣に数え始めた。
◇
装備を一通り整えたあと、道具屋でも簡単なアイテムを揃えた。
・ロープ
・小型ランタン
・予備の水袋と乾燥肉
支出は痛いが、ダンジョンに入る以上、ケチるところではない。
「で、ハヤト君」
店を出たところで、セレスが横に並んだ。
「電気が通りやすいもの、通りにくいもの。
今日の買い物で、どれくらい分かった?」
「えっと……」
ハヤトは、自分の装備と仲間たちの装備を見回した。
「金属は、一番“すっと入る”感じがします。
革はそこそこ、布は薄ければ通るけど、重ねると弱くなる。
濡れてると、どれも通りやすくなって……」
『その通りじゃ』
教授が満足そうに頷く気配を送ってくる。
『導体と絶縁体。
世界を“電気の通り道”として見られるようになれば、お前の武器はもう一段階増える』
「ダンジョンの石壁も、場所によって違いそうですね」
ハヤトは小さく息を吸った。
「湿った場所のほうが、電気は走りやすい。
逆に、乾いた土と布の上だと、あんまり広がらない──とか」
「そういうのを全部、“頭と感覚の両方で”覚えておきなさい」
セレスが言う。
「私の火が、どの材質でどう燃え広がるかと同じ。
あなたの電気が、どこでどう走るか」
「はい」
ミナが、ローブの裾をそっと握りしめた。
「私の治癒も……届く場所と届きにくい場所があります。
だから、ちゃんと“届きやすい場所”にみんながいてくれると嬉しいです」
「任せなさいよ」
リアナが胸を叩く。
「《エレキ・ストライド》の一歩は、みんなで合わせる一歩だからね」
ハヤトは、自分の指先を見つめた。
導体と絶縁。
金属と革と布。
生身と、守るべき距離。
ミナの背中が、一瞬のハプニングでちらりと見えたとき。
そこが、どれだけ無防備だったか。それを補うために胸当てを選んだこと。
それもまた、
「電気の通り道」
を考える視点のひとつだった。
『よいか、ハヤト』
教授の声が、静かに響く。
『電気は、目に見えん。
じゃが、“通り道”を正しく選べば、その見えん力で仲間を守り、敵だけを打てる』
ハヤトは、胸の内で強く頷いた。
静電気しかない最弱魔力。
それでも、導体と絶縁を味方につければ──
ダンジョンの中でも、きっと戦える。
そう信じて、ハヤトは新しい手袋をぎゅっと握りしめた。




