第12話 新人ダンジョン説明会と火術貴族の「焦げた裾」
翌朝のギルドは、いつもと少し違う空気に包まれていた。
受付前の一角に、
「新人ダンジョン説明会」
と書かれた札が立てられている。
その周りに、Fランク木札を下げた冒険者たちが集まっていた。
「人、多いですね……」
ハヤトは思わず周囲を見回した。
年の近そうな少年少女だけでなく、場慣れしていなさそうな中年の男や、明らかに緊張している魔術師風の女性もいる。
「新人パーティ向けの依頼だからね」
リアナが肩をすくめる。
「浅い階層だけど、ダンジョンはダンジョン。
“とりあえず行っとけ”みたいなノリのやつが一番危ないんだけど」
「怖いこと言わないでください……」
ミナは、胸元で小さく手を組んでいた。
「でも、ここを越えないと、いつまでも“森のスライム退治専門”になっちゃいますし」
「それはそれで平和そうですけど」
『平和なうちに、電気の使い道を増やしておくのも悪くないがのう』
『むしろ楽しみじゃわい。罠と電気は相性が良いからの』
そんなやり取りをしていると、前方で手が叩かれた。
「静粛に!」
壇上に立ったのは、ギルドの中堅職員らしき男だ。
背筋の伸びた姿勢と、無駄のない動きが軍人のような印象を与える。
「これより、新人向けダンジョン調査依頼の説明を行う。
よそ見して聞き逃したやつから順番に死ぬと思え」
冒頭から容赦のない言葉だった。
◇
「今回対象となるのは、南方丘陵地帯の“灰石の穴”だ」
職員が、簡易の地図を広げる。
「第一階層は、ほぼ一本道だが、分岐と行き止まりがある。
罠の種類は、落とし穴の疑いが三箇所、毒霧の噂が一箇所」
「“噂”って」
リアナが小声で漏らす。
「確定情報じゃないってことね」
セレスが淡々と補足した。
「ダンジョンは生きているわ。
罠が消えたり増えたりするなんて、珍しくもない」
職員は説明を続ける。
「現時点で確認されている魔物は、小型ゴブリン、岩トカゲ、浮遊スライムの三種。
どれもF〜Eランク相当だが、“数”と“地形”が絡むと状況は一変する」
その言葉に、ハヤトの背筋が自然と伸びた。
昨日、訓練場で距離と効き方を散々試したばかりだ。
その感覚が、ダンジョンではもっとシビアに問われる。
「特に、罠だ」
職員の目が鋭く光る。
「浅層だからといって、罠が甘いわけではない。
落とし穴に嵌まり、毒霧を吸い、そのまま帰ってこなかった新人は腐るほどいる」
ざわ、というざわめきが広がった。
「罠のありそうな場所は、だいたい決まっている。
“曲がり角”“行き止まり手前”“不自然に掃き清められた床”──」
『よいか、ハヤト』
教授の声が、静かに割り込んでくる。
『罠の大半は、“何かが隠れておる”。
隠れておるものは、周りと“違う”』
『お前の静電気は、その“違い”を感じるのに向いておる。
材料が違えば、電気の通り方も違うからの』
『うむ。罠に鉄が使われていればそれだけで反応は変わるし、
床板の下が空洞なら、蓄えられる電荷の“感じ”も違う』
『使えるとも。
“静電センサー”とでも名付けておこうか』
妙に楽しそうな声だった。
◇
説明会が終わると、新人たちは三々五々に散っていった。
「どうだった?」
エリナが、壁際で待っていた四人に歩み寄る。
「怖くなりました?」
「半分くらいは、ですね」
ハヤトは正直に答える。
「でも──罠の話を聞いて、少しだけ“やれることが増えそうだな”って」
「やれること?」
「静電気で、床の“違い”を探れそうで」
ハヤトは、自分の指先を見せた。
「素材の違いとか、下が空洞とか。
そういうの、たぶん少しは分かります」
「ほう」
エリナが目を丸くする。
「それ、うまく使えたらめちゃくちゃ便利な特技じゃない」
「まだ“たぶん”レベルですけど……」
『そこを“実験”で確かめるのが今日の仕事じゃな』
教授の言葉に、ハヤトは苦笑した。
「訓練場、空いてる?」
セレスがエリナに尋ねる。
「罠のイメージトレーニングをしておきたいわ。
特に、静電気の応用を試すなら、人の少ないところで」
「了解。裏の小訓練場なら空いてるわよ。
あとで掃除が必要になるようなことは、ほどほどにね」
「掃除が必要になるようなことって……」
リアナが意味ありげに笑う。
「昨日の水びたし事件のこと、まだ根に持ってる?」
「持ってるわよ。洗濯大変だったんだから」
セレスが睨むと、リアナは舌を出して誤魔化した。
◇
ギルド裏の小訓練場は、いつもの広い訓練場より一回り狭く、
床の一部に古い石板が敷き詰められていた。
「ここ、本格的な魔法訓練用なんですよ」
ミナが説明する。
「地面が焼けても、抉れても、それなりに大丈夫なように」
「なかなか物騒な話ね」
セレスはそう言いつつも、どこか気に入ったように足元を眺めた。
石板の色はまちまちだ。
灰色、黒、赤味のあるもの。
一部はひび割れ、ところどころに金属製の補修プレートが嵌め込まれている。
ハヤトは膝をつき、床に軽く指を触れた。
石。
金属。
ひびの入った部分。
それぞれの“手応え”が微妙に違う。
『よく感じるのじゃ』
教授の声が静かに響く。
『同じ力を流しても、“どれくらい染み込むか”“どれくらい弾かれるか”が違うはずじゃ』
ざらざらとした石は、表面で散る感じ。
金属は、すっと中に流れ込む感じ。
ひびの下が空洞になっている部分は、少しだけ軽い。
目を閉じて指先に集中すると、その差がはっきりしてくる。
「ねえ、ハヤト」
リアナが首を傾げる。
「今、何してるの?」
「床と……おしゃべりしてます」
「こわっ」
「いや、比喩です! 比喩!」
ミナがくすりと笑う。
「でも、“床の違いを感じられる”って、罠探しには本当に心強いですね」
「そうね」
セレスも頷く。
「落とし穴の上だけ、床板の下が空洞になってたりするし。
金属製の罠なら、石と反応が違うだろうし」
「ちょっと試してみようか」
リアナが、訓練場の隅に転がっていた金属板を持ってきた。
「これを床の上に置いて、布で隠して──」
適当な布をかぶせて、段差が分かりにくいようにする。
「目をつぶって歩いて、“ここ怪しい”って分かるかやってみよ?」
「いきなりハードですね……」
「でも、実際のダンジョンのほうがハードだからね?」
リアナの言うとおりだった。
ハヤトは、布をかぶせた部分を見ないように、少し離れたところから目を閉じる。
指先に静電気を集め、足の裏からも薄く広げるイメージ。
一歩ずつ、慎重に前へ進む。
石の反応。
石の反応。
──金属の、ちょっとくすぐったい感じ。
「ここだ」
ハヤトは足を止め、つま先で床を軽く叩いた。
「この辺に、何かあります。金属の……板、かな」
「正解!」
リアナが布をめくる。
布の下から金属板が顔を出した。
「おお……」
「すごいです、ハヤト君」
ミナの目がきらきらしている。
「目を閉じてても分かるなんて」
『まあ、今は“目を閉じている”のが大事なんじゃがな』
『そういうことじゃ。
電気の感覚を研ぎ澄ますには、最初は余計な情報を切るのが早い』
セレスが腕を組んだまま、小さく頷いた。
「罠確認役としては、十分期待できるわね」
「ただ──」
セレスは、ちらりとハヤトの足元に視線を落とした。
「ダンジョンでずっと目をつぶって歩くわけにもいかないから、
視覚と“静電センサー”の両方を同時に使えるように慣れておきなさい」
「同時……」
『二つの情報を、同じ“地図”の上に重ねるイメージじゃな』
◇
「じゃ、罠っぽい状況をもっと増やそう!」
リアナが、やたら楽しそうに手を叩いた。
「金属板を複数置いて、一部だけ“落とし穴想定”でひび割れを作って──」
「ちょっと、勝手に床壊さないでよ」
セレスが眉をひそめる。
「ひび割れは落書きのほうにしてちょうだい。石板の耐久試験じゃないから」
「はいはい」
とはいえ、リアナの発想は悪くなかった。
金属板、空洞、段差。
それらを組み合わせて、“罠っぽい場所”をいくつも作り、
その中から怪しい場所を静電気で探り当てる。
何度か繰り返すうちに、ハヤトの感覚も少しずつ洗練されていった。
「よし。じゃあ次は──」
セレスが、石板の端に立つ。
「火術と組み合わせたときの距離感も見ておきたいわ。
私が安全圏から火を撃つ。
その手前で、あなたが“罠候補を足止め”できるか」
「了解です」
ハヤトは、石板の中央あたりに立った。
セレスが手のひらをかざし、小さな火球を生み出す。
「火力は抑えるわ。焦げる程度──」
その言葉が終わる前に、横から声が飛んだ。
訓練場の入り口から、書類束を抱えた若い書記官が駆け込んでくる。
「あ、そこ危な──」
ミナが制止しようとしたが、時すでに遅し。
書記官の足が、さっきリアナたちが動かした金属板の端に引っかかった。
「わっ」
書類が宙に舞う。
驚いたセレスの腕が、ほんの少しだけずれる。
「──っ!」
発射された火球は、狙っていた石板中央ではなく、足元のほうへ逸れた。
ぼふっ。
「きゃっ!?」
火の球が弾けた先には、セレスのローブの裾があった。
焦げた布の焦げ臭い匂いが立ち上る。
「ちょ、ちょっと!?」
セレスが慌てて裾を払う。
火はすぐに消えたが、ローブの裾の一部が見事に焦げ落ちていた。
その下から、白い脚があらわになる。
膝上まで、すらりと伸びたラインが丸見えだ。
「……っ!」
ハヤトは思わず目をそらした。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ! 火力は抑えてたし、皮膚までは来てないから!」
セレスは必死に冷静を装いながら、焦げた裾を片手で押さえる。
ただ、膝上から覗く生足までは隠しきれていない。
書記官の顔が真っ赤になった。
「す、すみませんセレス様っ! ぼ、僕のせいで──その、脚が、その……!」
「脚とか言うな!」
セレスが一喝する。耳まで真っ赤だ。
「ミナ、ちょっと! 予備の布か何か!」
「は、はい!」
ミナが慌てて荷物袋から大きめの布を引っ張り出し、セレスの腰に巻きつける。
リアナは、爆笑を必死でこらえている顔だった。
「く、くっ……セレス様、すっごい綺麗な脚……」
「リアナ、殺すわよ」
「感想言っただけなのに!?」
『ふむ……これが“火術貴族の焦げた裾”か』
『しかし、火の制御ミスと距離の影響まで同時に見られるとは、なかなか有意義な事故じゃったな』
セレスはため息をひとつ吐き、布をきゅっと結び直した。
「……とにかく」
必死に平静を取り戻そうとしている。
「今のは、私のミスと、余計な乱入のせい。
でも、“乱入”“不意の揺れ”があるのも、実戦では当たり前よ」
セレスは、自分の焦げた裾をちらりと見下ろし、かすかに顔をしかめる。
「距離と角度をきっちり管理しておかないと、こういう“事故”で済まないこともある」
「……気をつけます」
書記官が土下座しそうな勢いで頭を下げ、慌てて訓練場から退散していった。
リアナはまだ笑いを引きずりつつも、真面目な顔に戻る。
「でも、今ので分かったよね。
こういう“乱れた一歩”が入ってくる可能性も、隊列の設計に入れとかないと」
「ハヤト君の足止めも、ちゃんと“味方には効かない距離”で考えないとですね」
ミナが真剣な顔で言う。
「リアナさんやセレス様が滑ったり転んだりしたときに、追い打ちになっちゃったら大変です」
『その通りじゃ』
教授の声が静かに響く。
『敵だけでなく、味方との“距離管理”もまた大事。
近すぎれば巻き込む。遠すぎれば効かない』
『そういう場所こそ、静電気の押し引きが活きるがのう。
同時に、誤魔化しも利かん』
ハヤトは、自分の掌を見つめた。
足元の罠を探る静電センサー。
敵の足を止めるエレキ・バインド。
踏み込みをずらすエレキ・リペル。
どれも、“距離”と“状況”次第で、仲間にとっての“救い”にも“脅威”にもなり得る。
「……もっと正確に、やれるようにならないと」
思わず、独り言が漏れた。
「やれるようになるわよ」
セレスが、さっきまでの事故を引きずらない声で言う。
「少なくとも、あなたは
『クーロンの法則』
を知っている。
ただ“ビリビリさせるだけ”の雷術士より、よほど賢く電気を扱えるはず」
「……ありがとうございます」
「その代わり」
セレスは、ぐっとハヤトに指を突きつけた。
「今度から、私の裾が焦げそうになったら、静電気で火を弾き飛ばすくらいのこと、やってもらうわよ」
「えっ、それできますかね!?」
『やれんこともないのう』
『炎の周りに帯電した空気の層を作って押し返せばよい。
そのためには、次の章へ進む前にもう少し“流れ”の話をせねばな』
リアナが、にやりと笑う。
「いいじゃん。
《エレキ・ストライド》の“静電気タンクトップ担当”として、セレス様の裾くらい守ってあげなよ」
「誰がタンクトップ担当よ!」
セレスのツッコミが飛ぶ。
笑いと、少しのヒリヒリした緊張と。
それでも、四人の視線は、同じ方向を向いていた。
南方丘陵地帯の“灰石の穴”。
罠と魔物が待つ、最初のダンジョン。
その入口に立つまでに、できる準備はすべてやる。
静電センサーも、距離の感覚も、乱入や事故もひっくるめて。
ハヤトは指先に小さく電気を集め、床の石板をもう一度撫でた。
そのわずかな違和感のひとつひとつが、これからの命を守る手がかりになると信じて。




