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第12話 新人ダンジョン説明会と火術貴族の「焦げた裾」


 翌朝のギルドは、いつもと少し違う空気に包まれていた。

 受付前の一角に、



「新人ダンジョン説明会」



と書かれた札が立てられている。

 その周りに、Fランク木札を下げた冒険者たちが集まっていた。



「人、多いですね……」



 ハヤトは思わず周囲を見回した。

 年の近そうな少年少女だけでなく、場慣れしていなさそうな中年の男や、明らかに緊張している魔術師風の女性もいる。



「新人パーティ向けの依頼だからね」



 リアナが肩をすくめる。



「浅い階層だけど、ダンジョンはダンジョン。

 “とりあえず行っとけ”みたいなノリのやつが一番危ないんだけど」



「怖いこと言わないでください……」



 ミナは、胸元で小さく手を組んでいた。



「でも、ここを越えないと、いつまでも“森のスライム退治専門”になっちゃいますし」



「それはそれで平和そうですけど」



『平和なうちに、電気の使い道を増やしておくのも悪くないがのう』



『むしろ楽しみじゃわい。罠と電気は相性が良いからの』



 そんなやり取りをしていると、前方で手が叩かれた。



「静粛に!」



 壇上に立ったのは、ギルドの中堅職員らしき男だ。

 背筋の伸びた姿勢と、無駄のない動きが軍人のような印象を与える。



「これより、新人向けダンジョン調査依頼の説明を行う。

 よそ見して聞き逃したやつから順番に死ぬと思え」



 冒頭から容赦のない言葉だった。













「今回対象となるのは、南方丘陵地帯の“灰石の穴”だ」



 職員が、簡易の地図を広げる。



「第一階層は、ほぼ一本道だが、分岐と行き止まりがある。

 罠の種類は、落とし穴の疑いが三箇所、毒霧の噂が一箇所」



「“噂”って」



 リアナが小声で漏らす。



「確定情報じゃないってことね」



 セレスが淡々と補足した。



「ダンジョンは生きているわ。

 罠が消えたり増えたりするなんて、珍しくもない」



 職員は説明を続ける。



「現時点で確認されている魔物は、小型ゴブリン、岩トカゲ、浮遊スライムの三種。

 どれもF〜Eランク相当だが、“数”と“地形”が絡むと状況は一変する」



 その言葉に、ハヤトの背筋が自然と伸びた。

 昨日、訓練場で距離と効き方を散々試したばかりだ。

 その感覚が、ダンジョンではもっとシビアに問われる。



「特に、罠だ」



 職員の目が鋭く光る。



「浅層だからといって、罠が甘いわけではない。

 落とし穴に嵌まり、毒霧を吸い、そのまま帰ってこなかった新人は腐るほどいる」



 ざわ、というざわめきが広がった。



「罠のありそうな場所は、だいたい決まっている。

 “曲がり角”“行き止まり手前”“不自然に掃き清められた床”──」



『よいか、ハヤト』



 教授の声が、静かに割り込んでくる。



『罠の大半は、“何かが隠れておる”。

 隠れておるものは、周りと“違う”』



『お前の静電気は、その“違い”を感じるのに向いておる。

 材料が違えば、電気の通り方も違うからの』



『うむ。罠に鉄が使われていればそれだけで反応は変わるし、

 床板の下が空洞なら、蓄えられる電荷の“感じ”も違う』



『使えるとも。

 “静電センサー”とでも名付けておこうか』



 妙に楽しそうな声だった。













説明会が終わると、新人たちは三々五々に散っていった。



「どうだった?」



 エリナが、壁際で待っていた四人に歩み寄る。



「怖くなりました?」



「半分くらいは、ですね」



 ハヤトは正直に答える。



「でも──罠の話を聞いて、少しだけ“やれることが増えそうだな”って」



「やれること?」



「静電気で、床の“違い”を探れそうで」



 ハヤトは、自分の指先を見せた。



「素材の違いとか、下が空洞とか。

 そういうの、たぶん少しは分かります」



「ほう」



 エリナが目を丸くする。



「それ、うまく使えたらめちゃくちゃ便利な特技じゃない」



「まだ“たぶん”レベルですけど……」



『そこを“実験”で確かめるのが今日の仕事じゃな』



 教授の言葉に、ハヤトは苦笑した。



「訓練場、空いてる?」



 セレスがエリナに尋ねる。



「罠のイメージトレーニングをしておきたいわ。

 特に、静電気の応用を試すなら、人の少ないところで」



「了解。裏の小訓練場なら空いてるわよ。

 あとで掃除が必要になるようなことは、ほどほどにね」



「掃除が必要になるようなことって……」



 リアナが意味ありげに笑う。



「昨日の水びたし事件のこと、まだ根に持ってる?」



「持ってるわよ。洗濯大変だったんだから」



 セレスが睨むと、リアナは舌を出して誤魔化した。













ギルド裏の小訓練場は、いつもの広い訓練場より一回り狭く、

 床の一部に古い石板が敷き詰められていた。



「ここ、本格的な魔法訓練用なんですよ」



 ミナが説明する。



「地面が焼けても、抉れても、それなりに大丈夫なように」



「なかなか物騒な話ね」



 セレスはそう言いつつも、どこか気に入ったように足元を眺めた。

 石板の色はまちまちだ。

 灰色、黒、赤味のあるもの。

 一部はひび割れ、ところどころに金属製の補修プレートが嵌め込まれている。

 ハヤトは膝をつき、床に軽く指を触れた。

 石。

 金属。

 ひびの入った部分。

 それぞれの“手応え”が微妙に違う。



『よく感じるのじゃ』



 教授の声が静かに響く。



『同じ力を流しても、“どれくらい染み込むか”“どれくらい弾かれるか”が違うはずじゃ』



 ざらざらとした石は、表面で散る感じ。

 金属は、すっと中に流れ込む感じ。

 ひびの下が空洞になっている部分は、少しだけ軽い。

 目を閉じて指先に集中すると、その差がはっきりしてくる。



「ねえ、ハヤト」



 リアナが首を傾げる。



「今、何してるの?」



「床と……おしゃべりしてます」



「こわっ」



「いや、比喩です! 比喩!」



 ミナがくすりと笑う。



「でも、“床の違いを感じられる”って、罠探しには本当に心強いですね」



「そうね」



 セレスも頷く。



「落とし穴の上だけ、床板の下が空洞になってたりするし。

 金属製の罠なら、石と反応が違うだろうし」



「ちょっと試してみようか」



 リアナが、訓練場の隅に転がっていた金属板を持ってきた。



「これを床の上に置いて、布で隠して──」



 適当な布をかぶせて、段差が分かりにくいようにする。



「目をつぶって歩いて、“ここ怪しい”って分かるかやってみよ?」



「いきなりハードですね……」



「でも、実際のダンジョンのほうがハードだからね?」



 リアナの言うとおりだった。

 ハヤトは、布をかぶせた部分を見ないように、少し離れたところから目を閉じる。

 指先に静電気を集め、足の裏からも薄く広げるイメージ。

 一歩ずつ、慎重に前へ進む。

 石の反応。

 石の反応。

 ──金属の、ちょっとくすぐったい感じ。



「ここだ」



 ハヤトは足を止め、つま先で床を軽く叩いた。



「この辺に、何かあります。金属の……板、かな」



「正解!」



 リアナが布をめくる。

 布の下から金属板が顔を出した。



「おお……」



「すごいです、ハヤト君」



 ミナの目がきらきらしている。



「目を閉じてても分かるなんて」



『まあ、今は“目を閉じている”のが大事なんじゃがな』



『そういうことじゃ。

 電気の感覚を研ぎ澄ますには、最初は余計な情報を切るのが早い』



 セレスが腕を組んだまま、小さく頷いた。



「罠確認役としては、十分期待できるわね」



「ただ──」



 セレスは、ちらりとハヤトの足元に視線を落とした。



「ダンジョンでずっと目をつぶって歩くわけにもいかないから、

 視覚と“静電センサー”の両方を同時に使えるように慣れておきなさい」



「同時……」



『二つの情報を、同じ“地図”の上に重ねるイメージじゃな』













「じゃ、罠っぽい状況をもっと増やそう!」



 リアナが、やたら楽しそうに手を叩いた。



「金属板を複数置いて、一部だけ“落とし穴想定”でひび割れを作って──」



「ちょっと、勝手に床壊さないでよ」



 セレスが眉をひそめる。



「ひび割れは落書きのほうにしてちょうだい。石板の耐久試験じゃないから」



「はいはい」



 とはいえ、リアナの発想は悪くなかった。

 金属板、空洞、段差。

 それらを組み合わせて、“罠っぽい場所”をいくつも作り、

 その中から怪しい場所を静電気で探り当てる。

 何度か繰り返すうちに、ハヤトの感覚も少しずつ洗練されていった。



「よし。じゃあ次は──」



 セレスが、石板の端に立つ。



「火術と組み合わせたときの距離感も見ておきたいわ。

 私が安全圏から火を撃つ。

 その手前で、あなたが“罠候補を足止め”できるか」



「了解です」



 ハヤトは、石板の中央あたりに立った。

 セレスが手のひらをかざし、小さな火球を生み出す。



「火力は抑えるわ。焦げる程度──」



 その言葉が終わる前に、横から声が飛んだ。

 訓練場の入り口から、書類束を抱えた若い書記官が駆け込んでくる。



「あ、そこ危な──」



 ミナが制止しようとしたが、時すでに遅し。

 書記官の足が、さっきリアナたちが動かした金属板の端に引っかかった。



「わっ」



 書類が宙に舞う。

 驚いたセレスの腕が、ほんの少しだけずれる。



「──っ!」



 発射された火球は、狙っていた石板中央ではなく、足元のほうへ逸れた。

 ぼふっ。



「きゃっ!?」



 火の球が弾けた先には、セレスのローブの裾があった。

 焦げた布の焦げ臭い匂いが立ち上る。



「ちょ、ちょっと!?」



 セレスが慌てて裾を払う。

 火はすぐに消えたが、ローブの裾の一部が見事に焦げ落ちていた。

 その下から、白い脚があらわになる。

 膝上まで、すらりと伸びたラインが丸見えだ。



「……っ!」



 ハヤトは思わず目をそらした。



「大丈夫ですか!?」



「大丈夫よ! 火力は抑えてたし、皮膚までは来てないから!」



 セレスは必死に冷静を装いながら、焦げた裾を片手で押さえる。

 ただ、膝上から覗く生足までは隠しきれていない。

 書記官の顔が真っ赤になった。



「す、すみませんセレス様っ! ぼ、僕のせいで──その、脚が、その……!」



「脚とか言うな!」



 セレスが一喝する。耳まで真っ赤だ。



「ミナ、ちょっと! 予備の布か何か!」



「は、はい!」



 ミナが慌てて荷物袋から大きめの布を引っ張り出し、セレスの腰に巻きつける。

 リアナは、爆笑を必死でこらえている顔だった。



「く、くっ……セレス様、すっごい綺麗な脚……」



「リアナ、殺すわよ」



「感想言っただけなのに!?」



『ふむ……これが“火術貴族の焦げた裾”か』



『しかし、火の制御ミスと距離の影響まで同時に見られるとは、なかなか有意義な事故じゃったな』



 セレスはため息をひとつ吐き、布をきゅっと結び直した。



「……とにかく」



 必死に平静を取り戻そうとしている。



「今のは、私のミスと、余計な乱入のせい。

 でも、“乱入”“不意の揺れ”があるのも、実戦では当たり前よ」



 セレスは、自分の焦げた裾をちらりと見下ろし、かすかに顔をしかめる。



「距離と角度をきっちり管理しておかないと、こういう“事故”で済まないこともある」



「……気をつけます」



 書記官が土下座しそうな勢いで頭を下げ、慌てて訓練場から退散していった。

 リアナはまだ笑いを引きずりつつも、真面目な顔に戻る。



「でも、今ので分かったよね。

 こういう“乱れた一歩”が入ってくる可能性も、隊列の設計に入れとかないと」



「ハヤト君の足止めも、ちゃんと“味方には効かない距離”で考えないとですね」



 ミナが真剣な顔で言う。



「リアナさんやセレス様が滑ったり転んだりしたときに、追い打ちになっちゃったら大変です」



『その通りじゃ』



 教授の声が静かに響く。



『敵だけでなく、味方との“距離管理”もまた大事。

 近すぎれば巻き込む。遠すぎれば効かない』



『そういう場所こそ、静電気の押し引きが活きるがのう。

 同時に、誤魔化しも利かん』



 ハヤトは、自分の掌を見つめた。

 足元の罠を探る静電センサー。

 敵の足を止めるエレキ・バインド。

 踏み込みをずらすエレキ・リペル。

 どれも、“距離”と“状況”次第で、仲間にとっての“救い”にも“脅威”にもなり得る。



「……もっと正確に、やれるようにならないと」



 思わず、独り言が漏れた。



「やれるようになるわよ」



 セレスが、さっきまでの事故を引きずらない声で言う。



「少なくとも、あなたは

『クーロンの法則』

を知っている。

 ただ“ビリビリさせるだけ”の雷術士より、よほど賢く電気を扱えるはず」



「……ありがとうございます」



「その代わり」



 セレスは、ぐっとハヤトに指を突きつけた。



「今度から、私の裾が焦げそうになったら、静電気で火を弾き飛ばすくらいのこと、やってもらうわよ」



「えっ、それできますかね!?」



『やれんこともないのう』



『炎の周りに帯電した空気の層を作って押し返せばよい。

 そのためには、次の章へ進む前にもう少し“流れ”の話をせねばな』



 リアナが、にやりと笑う。



「いいじゃん。

 《エレキ・ストライド》の“静電気タンクトップ担当”として、セレス様の裾くらい守ってあげなよ」



「誰がタンクトップ担当よ!」



 セレスのツッコミが飛ぶ。

 笑いと、少しのヒリヒリした緊張と。

 それでも、四人の視線は、同じ方向を向いていた。



 南方丘陵地帯の“灰石の穴”。

 罠と魔物が待つ、最初のダンジョン。


 その入口に立つまでに、できる準備はすべてやる。

 静電センサーも、距離の感覚も、乱入や事故もひっくるめて。


 ハヤトは指先に小さく電気を集め、床の石板をもう一度撫でた。

 そのわずかな違和感のひとつひとつが、これからの命を守る手がかりになると信じて。

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