第11話 パーティ名とリアナの「すべった一歩」
昼下がりのギルドは、いつもより少しだけ静かだった。
受付前の喧噪が一段落した隙を狙って、ハヤトたちはカウンターに並んでいる。
「はい、それじゃあ──パーティ登録ね!」
エリナが、楽しそうに書類を机に広げた。
「メンバーは、短剣使いリアナ、火術士セレス、治癒術士ミナ、特殊静電気ハヤト。
問題なし。で──」
カリカリとペンを走らせたあと、エリナがにやっと笑う。
「ここに“パーティ名”を書いてくださーい」
「来たか」
リアナが身を乗り出す。
「パーティ名! こういうのはノリが大事なんだよ!」
「ノリで決めるのやめてくださいね?」
ミナが苦笑した。
「でも、確かに決めなきゃいけないですね。
毎回“リアナたちのパーティ”って呼ばれるのも、ちょっと」
「別に“セレス隊”でもいいけど?」
「やめて。その呼び方だと面倒ごと全部私に来そうだわ」
セレスは即座に却下した。
「……じゃあ、“山猫突撃隊”とかどう?」
「今のところ山猫要素、リアナさんしかないですよね?」
『ふむ、“静電気マッサージ隊”はどうじゃ』
ハヤトは心の中で全力否定した。
エリナが頬杖をつきながら、面白そうに眺めている。
「ハヤト君は何か案ないの?」
「え、俺ですか?」
「“静電気坊や”の再就職先なんだから、少しくらい主張してもいいでしょ」
「再就職って言い方やめてください……」
とはいえ、何も考えていなかったわけではない。
リアナの一歩。
セレスの火。
ミナの癒やし。
そして、自分の静電気。
昨日、リアナに言われた言葉が、頭から離れなかった。
──あんたの静電気、私にとって“最強の一歩”になるから。
「あの……」
ハヤトは、おずおずと口を開いた。
「“エレキ・ストライド”ってどうでしょう」
「エレキ……?」
リアナが首をかしげる。
「静電気の“エレキ”と、ストライド──“一歩”って意味の言葉で。
俺の静電気で、みんなの一歩を強くする、みたいな……」
言いながら、自分でちょっと気恥ずかしくなる。
「ダサかったらごめんなさい」
「……いや」
先に口を開いたのはセレスだった。
「悪くないわ」
「本当ですか?」
「意味が分かりやすいし、長ったらしくもない。
静電気だけじゃなく、“一歩”ってところに皆を含めてるのもいい」
「私も好きです」
ミナが微笑む。
「リアナさん、昨日“最強の一歩”って言ってましたし」
「あー……そうね」
リアナは頭の後ろで手を組み、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「じゃあもう、それでいいんじゃない? “エレキ・ストライド”」
「決まりだね」
エリナが、満足そうにペンを走らせる。
「パーティ名──《エレキ・ストライド》。
今日から、ギルド公認の正式パーティでーす」
カウンターの向こうで、ぱちぱちと控えめな拍手が起こった。
近くの席にいた先輩冒険者たちが、冷やかし半分に手を叩いている。
「新人か、がんばれよー」
「名前負けすんなよ、“エレキ”!」
からかわれながらも、ハヤトの胸は妙に高鳴っていた。
木札とは別の、“もうひとつの証”。
パーティの名前。
そこに、自分の静電気がちゃんと含まれている。
『よかったのう、“マッサージ隊”にならんで』
◇
「せっかくだし、連携の確認もしとこうか」
オズの提案で、裏手の訓練場を借りることになった。
木人と藁人形が並ぶいつもの場所。
今日は、ギルド職員が数人、観察役として周囲に立っている。
「新人パーティ《エレキ・ストライド》、連携確認訓練を開始する」
オズが、淡々と告げた。
「シナリオは──正面から突っ込んでくる魔物一体。それを四人でどう捌くか。
まずは“理想形”を見せてみろ」
「了解」
セレスが一歩前に出る。
「基本は、私が中距離から削る。
リアナが一歩踏み込んで仕留める。
ミナが後ろから支援。
ハヤトは──」
「足止めと、踏み込み調整ですね」
ハヤトは頷き、指先にそっと静電気を集める。
訓練用の木人が、一体だけ中央に引き出された。
ギルド職員が簡単な魔法をかけると、関節がぎこちなく動き出す。
「動く標的のほうが“本番”に近いだろう」
「ありがたいんだかありがたくないんだか……」
リアナが短剣を抜く。
「じゃ、行こうか。《エレキ・ストライド》一回目の連携だよ」
◇
「前進」
セレスの号令で、四人が同時に動き出した。
セレスが、手のひらに小さな火球を灯す。
リアナは、地面を蹴って斜めに回り込む。
ミナは、一定の距離を保ちながら祈りの言葉を紡ぐ。
ハヤトは──全員の“距離”を見る。
火球が飛び、木人の肩をかすめる。
藁が焦げ、動きが一瞬鈍った。
「リアナ!」
「はいよ!」
リアナが踏み込む。
その瞬間、ハヤトは地面へ静電気を染み込ませた。
リアナの一歩と、木人の“前足”の位置。
そこを繋ぐように、見えない糸を張る。
「静電拘束!」
ぱちん、と乾いた音。
木人の足が、ほんの一瞬だけ前に出遅れる。
わずか半歩。そのズレが、決定的だった。
「──っと」
リアナの短剣が、木人の脇腹に深く食い込む。
藁が舞い、木の軋む音が響く。
「ミナ!」
「はい、《ブレス・ブースト》!」
ミナの祈りが届き、リアナの体がふわっと軽くなる。
続く二撃目が、スムーズに木人の膝関節を叩き折った。
崩れ落ちる木人。
そこへ、セレスの火球が追い打ちをかける。
「《フレア・ショット》!」
倒れた木人の胴体に火が走り、藁が一気に燃え上がった。
短い沈黙。
観察していたギルド職員が、感心したように頷く。
「今の動き、悪くないな」
「特に……」
オズが口を開きかけた、そのとき。
「ハヤト君、次はこっちの人形で試してみましょうか」
ミナが、別の木人のほうへ歩いていった。
「今度は、“軽く痺れるだけ”の静電気で、動きを鈍らせる感じで」
「分かりました」
ハヤトが指先に魔力を集めた、その瞬間だった。
訓練場の端に置かれていた水桶の影から、別の職員が顔を出した。
「あ、悪い。さっき掃除用の水、ここに置きっぱなしで──」
「え、ちょっと待っ──」
バシャァッ。
足元に滑る水が広がるのと、リアナが勢いよく踏み込んでくるのは、ほとんど同時だった。
「リアナさん、そこ水──!」
「え、うわっ!」
ツルッ。
漫画みたいな音が、頭の中で鳴った。
リアナの足が滑り、勢いそのままハヤトのほうへ突っ込んでくる。
「ちょ、ちょっと待っ──」
避けきれない。
ドンッ!
リアナの体が、ハヤトの胸元に思いきり飛び込んできた。
「ぐえっ」
二人まとめて、ぬれた地面に派手に転がる。
冷たい水が跳ね、服がしっとりと濡れる。
「いったたた……ごめん!」
リアナが慌てて体を起こそうとするが──
「あ、ちょっ、リアナさん、鎧ずれて──」
滑った拍子に、リアナの軽鎧の留め具が一つ外れていたらしい。
胸元の革がずり落ち、下に着ている薄いシャツが、跳ねた水でぴたりと肌に張り付いている。
「……っ」
視界の端で、それが一瞬だけ目に入った。
すぐさま、ハヤトは顔を背ける。
「ご、ごめんなさいっ!」
「なんでハヤトが謝るのよ!? 悪いのは私で──って、ちょ、見ないで!」
「見てないです!」
「今絶対ちょっと見たでしょ!?」
「見てないですってば!」
リアナは慌てて鎧を押さえ、背中を丸めたまま立ち上がる。
耳まで真っ赤になっている。
訓練場の端で、何人かの職員が
「おお……」
と微妙な声を漏らした。
「……水、どかしておけと言っただろうが」
オズが額を押さえる。
「す、すみません主任……」
水桶の主らしき職員が平謝りだ。
セレスが、ため息混じりにハンカチを差し出した。
「ほら、リアナ。濡れたところ、さっさと拭きなさい。風邪引くわよ」
「うぅ……ありがと……」
ミナは苦笑しながら、そっと木の陰に視線をそらす。
「ハヤト君、大丈夫ですか? どこか打ちました?」
「あ、はい、大丈夫です。僕のほうは……」
膝と肘に少し擦り傷ができているが、痛みは大したことない。
むしろ、心臓のほうが落ち着かない。
『ふむ……これが“お色気ハプニング”というやつか』
『いや、観察は大事での──』
心の中で教授を必死に黙らせながら、ハヤトは必死に視線を地面に固定した。
◇
ひとしきり騒ぎが収まったあと。
「……まあ、事故は事故として」
オズは咳払いをひとつして、無理やり空気を切り替えた。
「連携そのものは悪くなかった。
特に、“一歩分の距離での足止め”は、十分に実戦レベルだ」
「ありがとうございます」
ハヤトは、まだ少し熱い顔のまま頭を下げた。
「ただし──」
オズの視線が、リアナの足元に向かう。
「足元を取られたときのリカバリも、今後の課題だな」
「うっ……」
リアナが肩をすくめる。
「“最強の一歩”も、滑ったらただのコケかけなんだよなぁ……」
「でも、あの勢いでハヤト君にぶつかって、二人とも軽傷で済んだのは、むしろすごいですよ?」
ミナがフォローする。
「衝撃が分散したんだと思います」
「それフォローになってるのかな……?」
リアナは頭をかきながら、ちらりとハヤトを見る。
「その……さっきは悪かったね。いろいろ」
「いえ、こちらこそ。避けられなくて」
「避けられてたら避けられてたで、それはそれでムカつきそうだけど」
ぶつぶつ言いながらも、リアナの表情はいつもの調子に戻りつつあった。
『まあ、ああいう“予定外”の一歩も、いつか役に立つことがあるかもしれん』
『電気と違って、人間の動きは綺麗な式では表せんということじゃよ』
教授の言葉に、ハヤトはふっと笑ってしまった。
◇
その日の訓練を終え、ギルドに戻る途中。
「でもさ」
リアナが、不意に隣で口を開いた。
「さっきの“理想形”、ちょっと気持ちよかったよね」
「理想形?」
「ハヤトの足止めから、私の一歩、セレスの追撃、ミナのフォロー。
あれが全部、いい感じに噛み合ったとき」
リアナは、空に向かって拳を突き上げる。
「なんか、“あ、これ、ウチらの形だ”って感じした」
「……俺も、そう思いました」
ハヤトは指先を見つめる。
静電気しか持っていない自分の力が、
誰かの一歩を支え、誰かの魔術と繋がり、誰かの治癒と重なって──
『回路になり始めておる』
教授の声が、少しだけ柔らかい。
『お前の電気は、もはやマッサージだけの力ではない。
“エレキ・ストライド”という名の下で流れ始めた』
パーティ名。
連携の感覚。
そして、ちょっとしたハプニング込みの、訓練初日。
全部ひっくるめて、ハヤトにとっては忘れがたい一日になった。




