第9話:騎士の誇りと、父の影
俺は、仲間たちに守られながら、体勢を立て直した。
そして、自らの過ちを、認めた。
「…悪い、みんな! 俺、間違ってた!」
俺は、叫んだ。
「イグニス! 敵の動きを予測しろ! 俺が、みんなを導く!」
《――ようやくキレがでてきたか、三流マスター》
イグニスの皮肉を、今は心地よく聞き流す。
俺は、もはや一人で突っ込まない。
俺は、《魂の燭光》の探知能力と、イグニスの解析能力を組み合わせ、司令塔に徹する。
「ジン、右だ! 次の攻撃は、お前の死角に来る!」
「おう!」
「シズク、足元を凍らせてくれ! 奴は、3秒後に、そこを通過する!」
「言われるまでもなく!」
「ゴウキ、俺を…いや、全員を守ってくれ! 最大の攻撃が来るぞ!」
「うん!」
仲間たちは、俺の指示を信じ、ゴーストの猛攻を、命がけで凌ぎきる。
しかし、ジリ貧であることに、変わりはない。
B級ゴーストの魂の質量は、あまりに重い。
仲間たちの消耗が、激しい。
「くそっ…! 俺の声だけじゃ、ダメだ…!」
俺たちが、再び絶望の淵に立たされた、その時。
静かだが、しかし、凛とした声が、戦場に響いた。
「――みんな、私の歌に合わせて!」
カオルだった。
彼女は、戦いの後方で、静かに目を閉じ、その唇から、澄み切った旋律を、紡ぎ始めていた。
それは、ただの歌ではない。
風の波形に乗せられた、魂を調律する、鎮魂歌。
その歌声が、俺たちの魂に触れた瞬間。
不思議なことが起きた。
ジンの荒ぶる雷が、その精度を増し、
シズクの冷たい氷が、その強度を増し、
ゴウキの重い土が、その硬度を増していく。
俺たちの、バラバラだった魂の波形が、カオルの歌によって、一つの完璧な和音へと、調律されていくのだ。
「すげえ…! カオルの歌が、俺たちの力を…!」
ジンが、驚愕の声を上げる。
《…なるほど。調律師か。面白い才能だ》
イグニスの解析が、その現象の正体を、俺にだけ教える。
そうだ。
俺は、一人じゃない。
ジンがいる。シズクがいる。ゴウキがいる。
そして、カオルがいる。
俺は、再び、ゴーストの魂と向き合った。
今度は、もう、弾き返されない。
俺の背中には、仲間がいる。
その揺るぎない事実こそが、ゴーストの孤独の壁を打ち破る、唯一無二の鍵だったのだ。
カオルの歌が、俺たちの魂を一つにする。 その完璧に調律された絆の盾を前に、初めて、『裏切られた騎士』のゴーストの動きが、ほんのわずかに鈍った。
激しい戦闘が、ゴーストの魂を揺さぶっている。 今しかない。
俺は、再び、ゴーストの魂の深海へと、意識をダイブさせた。
荒れ狂う絶望の嵐。 だが、今度は、もう一人じゃない。
俺の背中には、仲間がいる。
その事実が、俺の魂を錨のように支え、嵐の中を、突き進ませる。
そして、ゴーストが、仲間を庇うゴウキの不動の盾に、最大の一撃を叩き込んだ、まさにその瞬間。
ゴーストの魂が、大きく揺らぎ、その嵐に、ほんの一瞬だけ、亀裂が走った。
その亀裂の奥から、俺は、確かに「――守りたかった…」という、か細い声を聞いた。
絶望の嵐の中心で、今も燃え続けている、本当の願いの灯火。
『魂の残響』。
《…来たぞ、マスター!》
イグニスの声が響く。
《それが、『魂の残響』だ! 逃すな!》
俺は、その一瞬の光に、自らの魂の全てを、同調させる。
そして、ゴーストの本当の願いを、世界に代弁する。
「お前は、壊したいんじゃない。守りたいんだろ!」
その共感こそが、魂の扉を開く、唯一の鍵。
俺は、最後の儀式を執行する。
「――《魂の燭光》!」
俺の力が、ゴーストの存在を《証明》する。
その孤独な魂に、『魂の輪郭』を与える。
「今だあああっ!」
俺の叫びを合図に、仲間たちの、最後の一撃が放たれた。
それは、もはや攻撃ではない。苦しみから解放するための、介錯だった。
ジンの雷が、シズクの氷が、ゴウキの土が、実体化したゴーストの、その核を、完璧な連携で貫く。
「Gu…A…a…!」 ゴーストの、断末魔の叫び。
しかし、俺の魂にだけは、それが感謝の言葉として、確かに聞こえた。 光となって消えていくゴーストは、最後に絶望の表情ではなく、ほんのわずかに安らかな表情を浮かべていた。
そして、その感謝の光が、一枚の『ソウル・カード』へと結晶化し、俺の『ソウルデッキ』に、自動的に登録されるウィンドウが、視界の隅に表示された。
《カードNo.002:裏切られた騎士(R)》
《継承スキル:No.502:絶対守護領域》
《パラメータ補正:DEFENSE +10》
しかし、俺は、その報酬に喜んでいる暇はなかった。
ゴーストが遺した、最後の記憶が、俺の脳内に、鮮烈な映像となって、流れ込んできていたからだ。
(傷ついた、この騎士に、優しく手を差し伸べる、誰かの後ろ姿)
(その背中は、俺が、決して忘れるはずのない…)
(――父さんだ…!)
(そして、父さんは、この騎士に、何かを託していた)
(『歯車の街で、待つ』と…)
戦いの後、俺たちは焚き火を囲んでいた。
救い出した下級生の少女は、駆けつけたアカデミーの教官が無事に保護してくれた。
俺は、仲間たちに、全てを話した。
自分が、一人で無謀な戦いを挑み、そして失敗したことを。
仲間たちがいなければ、自分は死んでいた、ということを。
「…悪い。俺、間違ってた」
俺の正直な告白。
ジンは、ニヤリと笑って、俺の背中を、思いっきり叩いた。
「バーカ! やっと気づいたかよ、このお人好しが!」
「…ですが、そのお人好しに、私たちが救われたのも、事実ですわ」
シズクが、静かに付け加える。
俺は、手に入れた二枚のカードを見つめ、改めて誓った。
力に使われるんじゃない。俺が、この心たちと共に、戦うんだ、と。
そして、俺は、仲間たちに顔を上げた。
「みんな、聞いてくれ」
俺は、ゴーストの記憶の中で見た父の伝言を告げた。
「行こう。『錆びれた歯車の街』へ。そこに、父さんの答えがあるはずだ」
仲間と共に、父の謎を追う。その新しい旅立ちへの、確かな決意が、俺たちの心に灯った瞬間だった。




