解らない前世。
「では、この魔法陣の真ん中に立ってみてください。」
いつもの胡散臭い笑みに戻った本宮先生は私達に声をかけた。
「では、僕から行こうか。いいかい、皆んな。」
「ええ、大丈夫よ。」
私が少し緊張した声色で返したからか、それとも初めて私に敬語なしで返されたからなのか分からないが、零也は少し目を見開き嬉しそうに目を細めた。
机の後ろのスペースに本宮先生お手製の魔法陣が敷かれている。
その幻想的な魔法陣の真ん中に零也は立ち、目を瞑った。
「…フィフス、風の道しるべ。汝の前世を暴きたまえ。」
本宮先生は手で独特の印を結び、小さな声で術を唱える。
本宮先生の魔法属性は風。
私の父も風の魔法属性だが、父が使えるのは訓練のみで扱える術までだ。
訓練で取得できる風の魔法はフォースまでだが、本宮先生が扱っている魔法はフィフスだ。
本宮先生が今使っているフィフスの『風の道しるべ』は本宮先生が研究して、作り出した魔法と言える。
自分の思考の沼に浸かっていたが、今は絶賛零也の前世を暴き中。
意識を目の前の零也に戻すと、零也の頭上に読めない他国の文字が浮かんだ。
そして、本宮先生は自然な笑顔になり手元の記録用紙にペンを走らせた。
「零也君は前世も皇子だったみたいですね。約千年前の一国の皇子様ですね。」
本宮先生は零也の記録用紙を書き終え、次に雷駆さんが前へ出た。
「よろしくお願いします…っ!」
勢いよくお辞儀をかまして、零也と同じように魔法陣の真ん中に立って目を瞑った。
なぜだろうか。零也はこの時、少しばかり肩が強張っていた。
だが、雷駆さんは全てを悟ったように肩の力が抜けていた。
雷駆さんの違和感を感じているうちに結果は出揃ったみたいだ。
「ふふ。珊瑚嬢も約千年前を生きていた人で零也君と同じところにいたみたいですね。珊瑚嬢の職業は巫女様だったみたいですよ。」
「そう…ですか。」
雷駆さんは少し微笑んで返事をした。
それは巫女様だったということへの喜びではなく、何かをとても愛しく想うような目で一点を見つめていた。
「なあ、神楽。先に行ってもいいか?」
「ええ。ん〜、葵は前世何だったのかしらね。」
葵は本宮先生に軽く一礼し、魔法陣の真ん中に立った。
先生が術を唱えた直後、葵は目を開いた。
本宮先生は少し目を見開き、懐かしいような、寂しいような微笑みを浮かべた。
「葵君は神楽嬢と同時に発表しましょうか。」
「えっ、わ、わかりました。」
少し動揺した葵だったが、何か意図があるのだろうと意思を汲んで頷いた。
葵の前世と私の前世が関わっている…?
そして、本宮先生は私の前世を知っているということ…?
本宮先生への疑問が、葵への“期待”が私を魔法陣の中に進ませた。
私は本宮先生の魔法陣の真ん中に立ち、目を瞑った。
私の前世。
女性?男性?魔法を使えたのか?使えたとしたら魔法属性は何?
職業は?死因は?家族は?恋人は?葵は?
小さな不安が、私を取り巻く。
瞼の裏に染み付いた暗闇が今は心地よくて、視覚が使えないため聴覚が研ぎ澄まされている。
「フィフス、風の道しるべ。汝の“記憶”を暴きたまえ。」
目の裏に染み付いていた闇が一気に鮮やかな赤色に染まる。
頭の中に存在しないはず、いや、確かに存在していたはずの今の私のものじゃない記憶が流れ込んでくる。
私に優しい目を、葵と同じような目を、深緑の瞳を向けてくれる男の子は誰?
視線の低い私に微笑みながら諭す、この人は誰?
私の手を握って、泣きながら何かを訴えているこの漆黒の髪の男の子は誰?
私に抱きつきながら私をを見上げて太陽のように笑っている桃色の髪の貴女は誰?
白色の髪で結った三つ編みを揺らしながら、私に駆け寄ってくる女の子は誰?
薄い緑色の短髪でどこか幼さが抜けない、男の子は誰?
これはきっと今世のものではなく、前世の私の記憶。
何かに根拠があるわけじゃない。だけれど、私の中にある魂が、魔力が、記憶を受け入れている。
どこか懐かしくて、なぜか愛おしい、そんな色が瞼の裏に広がった。
そして場面は移り変わり、街が燃えている映像が瞼の裏に写った。
前で深緑の瞳の男の子や漆黒の髪の男の子、そして桃色の髪の女の子が戦っている。
敵の総大将まで届いたときに、総大将が爆発を起こす。
その爆発が私に届く前にその深緑の瞳を見開いて、私に何か叫んでいる。
映像しか流れ込まないはずなのに頭の中に響いた。
『逃げろ、ホノ!俺はあとから行くから。』
『ソラーっ!!』
目の前のソラと呼ばれた男の子は、私に哀しく笑いかけて、炎の中に消えていった。
私の前世の名はホノ。
彼、いいえ。“葵”の前世の名はソラ。
一分一秒と大切に過ごした記憶を、醜かった過去を、何よりも愛おしかったあなたたちを失ってしまった私に、今こうして命よりも大切なものが帰ってきた気がした。
ゆっくりと今あるものを確かめるように目を開けると、再び見た世界は
私の宝物を詰め込んだ宝箱のように輝いていた。




