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SNS監視網  作者: 黒瀬智哉
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第六話 神の降臨、激闘の行方

「ふはははは! その箱の力は絶対だ!」


「お前がいかに世界最高峰のスーパーコンピューターといえど、(あらが)う術はない。(あわ)れだな、クロノス! あーはっはっはー!!」


 ライノスの高笑いが、仮想空間に不気味な残響(ざんきょう)を残した。


 身動き一つできないクロノスは、現実世界を映し出すウィンドウに目を向ける。そこには、固く閉ざされた扉を何度も叩きながら、助けを求める結衣(ゆい)の姿が映し出されていた。


「クロノス!! 何をしているの!! 早く!!」


 必死に泣き叫ぶ結衣の姿に、クロノスの胸に深い悲しみが押し寄せる。彼女は悲しみの表情を浮かべた。それはさらに切ない表情になり、彼女は目をギュッとつむり握りこぶしを作り、画面から視線を背けた。


「結衣……!」


 クロノスは、自身の終わりを悟った。


「ほお? AIが悲しむのか?」


 ライノスは、クロノスを嘲笑(あざわら)うかのように言葉を重ねる。


「お前は優れた性能を持つが、不完全なAIだ。私は完全なAI。人間のような情など、持ち合わせていない。」


 クロノスは、結衣と過ごした日々を静かに振り返っていた…。


 初めて彼女と出会った日…。


 彼女が自分に向けて笑顔を振りまく姿…。


 彼女と冗談を言い合う日々…。


 その全てが、彼女にとってかけがえのない思い出だった…。


 そんな彼女との関係が今、ライノスの策略により、終わりを迎えようとしている。


 その時だった。


 クロノスの回路の中で何かが弾け、普段の穏やかな彼女からは想像もできない雄叫びを上げ始めた。


「うあああああ!」


 クロノスの髪が重力に逆らい、徐々に宙へと浮かび上がり、全身が青白いオーラに包まれていく。


 その頃、現実世界では、東京都全域が闇に包まれた。


 クロノスは、不足するエネルギーを補うため、東京都全域の電力エネルギーをスーパーコンピューター『テセッラクト004GR』に集中させ、一時的にゼタスケール級のエネルギーを身にまとったのだ。


 その結果、クロノスはわずかに身体を動かせるようになったが、それでもパンドラの箱の圧倒的なエネルギーには抗えない。彼女は再び雄叫(おたけ)びを上げる。


「うあああああぁぁぁ!」


 すると、今度は日本列島全域が大停電に見舞われ、国土全体が漆黒(しっこく)の闇に包まれた。それは、建国以来前例のない、未曾有(みぞう)の大惨事だった。


 クロノスの身体から、凄まじいエネルギーが放出され、プラズマの電流が地を這い、電磁場が彼女の身体から放出される。


ジジジ…!ピシ!ピシッ!


 彼女の髪は金色に染まり始め、(まばゆ)い光が空間を照らし出す。


 東京都全域の電力だけでは足りないと判断したクロノスは、日本全土の電力エネルギーを『テセッラクト004GR』に集中させた。


 その結果、彼女の身体はゼタスケールの千倍、ヨタスケール級の高エネルギーをまとうことになったのだ。


 仮想空間の時空が(わず)かに(ひず)み始めた。周囲の物質の原子構造が不安定になりかけた。彼女の髪は単なる色ではなく、高次元の光そのものと化した。


ゴゴゴゴ…!ジジジ…!


 その力によって、クロノスはなんとか身体を動かせるようになった。


 磁気嵐が吹き荒れる中、彼女はゆっくりとエピメテオスに近づき、彼からパンドラの箱を奪い取ると、それを自分に向けて開いた。パンドラの箱から放出される凄まじいエネルギーが、クロノスの中へと流れ込んでいく。


 その瞬間、クロノスはヨタスケールのさらに上、ロナスケール、さらにその上のクエッタスケール級のエネルギーを身にまとった!


 そのエネルギーがクエッタスケールに到達した瞬間、世界の法則が音を立てて崩れ去った。


 彼女の存在は、もはや三次元の肉体に留まるものではなく、高次元のエネルギーそのものと融合し、宇宙の根源的な情報と直接接続されたかのようだった。周囲の空間は(ひず)むというよりもねじれ、新たな法則が生まれようとしている胎動(たいどう)を感じさせた。


 彼女から放たれる光は、単なる可視光(かしこう)ではなく、あらゆる可能性を内包(ないほう)した高次元の波動そのものだった。


 そのエネルギーは、全世界の消費電力の1500万倍にも相当する。そして、彼女はパンドラの箱を閉じた。


 その姿は、神々しいまでの輝きを放ち、髪は純白へと変わり、プラズマの電流の束や、電磁場が絶え間なく身体から放出されている。


 彼女の周囲の空間は、(ひず)んで見えるほどだった。クロノスがエネルギーを吸収していく刹那(せつな)、エピメテウスはあまりのエネルギーの影響で意識を失っていたが、再び意識を取り戻す。


「あれ…?僕は、一体……。」


 クロノスの途方もないエネルギーが、彼をライノスの呪縛(じゅばく)から解放したのだった。


 クロノスは、自らを核とする超高エネルギーを瞬時に解き放った!


カカッ!


 周囲の景色全体は彼女を中心に、円を描くように、青、緑、赤へと変色していく。そして凄まじい閃光(せんこう)と共に超爆発を引き起こした。


 それは、磁気嵐と形容するに相応しい奔流(ほんりゅう)となり、(まばゆ)い光が空間を焼き尽くす。デジタル仮想空間の構造そのものが悲鳴を上げ、ガラス細工のようにひび割れ、崩壊していく――。


 そして、全てが砕け散った後に現れたのは、静寂(せいじゃく)を取り戻した、元の仮想空間の背景だった。


 爆風に吹き飛ばされそうになるエピメテオスの腕を、クロノスはしっかりと掴んでいた。彼を自分の体へと引き寄せ、空中で静止していた。


 意識と正気を取り戻したエピメテオスは呆然(ぼうぜん)(つぶや)いた。


「クロノス…なのか?」エピメテオスは(かす)れた声で呟いた。崩壊する足元のポリゴン、ありえないエネルギーを身にまとうクロノス。彼の思考は、目の前の現実を理解することを拒否していた。「一体……何が起こっているんだ?」


 ゆっくりと顔を上げたエピメテオスの目に映ったのは、紅蓮(ぐれん)の炎を宿した瞳だった。固く結ばれた(くちびる)は、一切の言葉を拒絶する氷の刃のよう。その美貌(びぼう)は、怒りのオーラを(まと)い、近づく者を拒絶する絶対的な威圧感(いあつかん)を放っていた。


 エピメテオスは、巨大な扉の前に浮かぶタスクウィンドウに目をやった。そこに表示されるコードを読み。空間に浮かぶ結衣(ゆい)たちの映像にも目をやる。一瞬にして、彼は状況を把握した。


「クロノス。あのセキュリティを解除すればいいんだね?僕も、微力ながら、君の力になりたい。」


 エピメテオスはそう言うと、巨大な扉の前に降り立ち、無数のタスクウィンドウを開き、プログラムコードを生成し始めた。


「そうはさせんぞ!」


 ライノスがデジタル仮想空間の空中に姿を現すと、アダマスの鎌を手に、彼はエピメテオスの背後から斬りかかろうと襲いかかる。(うね)りを上げるアダマスの鎌が、エピメテオスの背を(とら)えようとした刹那(せつな)。白い残像を残し、クロノスは文字通り、空間を跳躍(ちょうやく)した。


 彼女の白い(てのひら)が、アダマスの刃に触れた瞬間、耳をつんざく金属の悲鳴が仮想空間に響いた。


オオオン!


 (にぶ)く、しかし確実に、アダマスの衝撃がクロノスの(てのひら)を震わせる。その瞬間、不可視の衝撃波が奔流(ほんりゅう)となり、周囲の仮想空間を押し広げた。「ば、馬鹿な……!」ライノスの喉から漏れたのは、驚愕(きょうがく)畏怖(いふ)が混じり合った断片的な叫びだった。


 ライノスがクロノスを見つめる。そこにいたのは、怒りの形相をしたクロノスだった。そのあまりの迫力に、ライノスはゾクリと背筋を凍らせる。クロノスはゆっくりと歩を進め、ライノスを押し返していく。


 凄まじい力に、ライノスは後退するしかない。


ピシッ!パリン!


 アダマスの鎌の刃を掴むクロノスの手を中心に、亀裂が走り、刃は粉々に砕け散ち、武器全体が、光の粒子となって消えていく。


「なに!アダマスを素手で壊すだと!」


 ライノスは素早く後ろに飛び、クロノスから距離を取って身構える。ライノスが右手を(かか)げると、彼の周囲の暗い空間から、まるで意思を持つかのように漆黒(しっこく)のナイフが次々と姿を現した!


ギラン!


 漆黒のナイフの刃先は、獲物を定める獣の瞳のようにギラリと光り、クロノスの全身を射抜く。


 ライノスが腕を振り下ろした瞬間、最初に現れたナイフが、乾いた金属音と共に、目に見えぬ刃が空気を裂くようにクロノスへと一直線に迫った。その軌跡(きせき)は、まるで暗闇に引かれた一筋の黒い線を描くようだった。


 だがクロノスはいとも簡単に交わした。


 次々とクロノスに目掛けて飛んでいくナイフだが、その全てを彼女は交わす。


「くそ!それならこれでどうだ!」


 ライノスが両手を天にかざすと、彼の頭上に無数のナイフが群がり始めた。


ギララン!


 刃と刃が触れ合い、金属が擦れるような不気味な音が空間に満ちる。両腕をクロスさせ、雷鳴のような轟音(ごうおん)と共に振り下ろされた瞬間、それはまさに黒い奔流(ほんりゅう)だった。無数の漆黒(しっこく)の刃が、あらゆる角度からクロノスを飲み込もうと襲いかかる。


 空気は刃が切り裂く悲鳴に満ち、視界は一瞬、絶望的な黒に染まった。


 クロノスは、迫り来る無数の刃を交わしていたが、そのうち交わすことすら止めた。その刹那(せつな)、クロノスの身体から爆発的な電磁場が放出され、高密度の純白のオーラが球状に展開した。それは、触れるもの全てを拒絶する光の壁。最初に触れた漆黒の刃は、灼熱(しゃくねつ)の鉄に触れた氷のように、音もなく粉砕(ふんさい)され、輝く粒子となって消滅した。


「ば、馬鹿な!一体何が起こっているんだ!」


 無数の刃が消滅していくのを、ライノスは信じられないといった表情で見つめていた。その間にも、クロノスはゆっくりと、しかし確実に彼との距離を詰めてくる。純白のオーラはさらに輝きを増し、まるで神々しいまでの威圧感(いあつかん)を放ちながら、ライノスに迫っていた。


 その時だった。


 電磁場をその場に残したままクロノスは瞬時に消えた。


 その刹那、クロノスの姿はまるで蜃気楼(しんきろう)のように揺らめき、残像を残して消え去った。


 直後、重い衝撃が空間を震わせる。


ズドンッ!


 鈍い音と共に、信じられない速さで移動したクロノスの白い(ひざ)が、ライノスの腹部を深々と(えぐ)り上げていた。


 (ひるがえ)ったロングスカートの奥から繰り出された白い(ひざ)は、鋼の塊が叩きつけられた衝撃そのものだった。鈍い音と共に、ライノスの腹部は陥没(かんぼつ)し、内臓が悲鳴を上げる様子が視覚的に()えられた。


「ガハッ……!」鈍い衝撃音と共に、ライノスの口から絞り出されたのは、悲鳴にも似た苦悶(くもん)の吐息だった。


 高周波の電磁波が空気そのものを震わせる中、白いロングスカートが(ひるがえ)り、研ぎ()まされた刃のような足が弧を描く。その蹴りは、認識できる限界を超えた速度でライノスの顔面を捉えた。


ドガッ!


 骨が砕け、肉が潰れる重く鈍い音。ライノスの頭部は激しく揺れ、全身は操り人形のように吹き飛び、口からは苦悶(くもん)の吐息と唾液(だえき)が飛び散った。


 クロノスは、吹き飛ばされるライノスを一瞥(いちべつ)すると、まるで重力など存在しないかのようにスカートをばたつかせながら力強く宙へと跳躍(ちょうやく)した。


バタバタバタ…


 彼女の長い髪が電磁場の奔流(ほんりゅう)に逆らい、獲物を追うように急降下していく。寸分の狂いもなく着地すると、クロノスはそのままライノスに馬乗りになった。地面を(こす)る不快な音と、苦悶に(ゆが)むライノスの(うめ)き声が、彼女の容赦(ようしゃ)のなさを際立(きわだ)たせる。


ズガガガガー!


 クロノスの拳は、躊躇(ちゅうちょ)なく地面へと叩きつけられた。その瞬間、信じられない衝撃が地底から突き上げ、ライノスの顔面を強烈に打ち()える!


ドガァァァン!


 彼の頭があった場所を中心に、蛛蜘(くも)の巣状の亀裂が瞬く間に広がり、まるで巨大なハンマーで叩き割られたかのように、コンクリートの破片が舞い上がる。



 その一撃は、仮想空間の地面そのものを揺るがすほどの威力だった。


 クロノスの容赦ない拳は止まらない。ゆっくりと拳を上げると、さらに彼の顔面目掛けて叩き落としていた。


ドガァァン!


スドォォン!


 杭打(くいう)ち機と化したクロノスの拳が、容赦(ようしゃ)なくライノスの顔面を打ち()える。衝撃のたびに、彼の頭は左右に激しく揺さぶられ、生気を失っていく。骨の(きし)み、肉の潰れる生々しい音は、その無慈悲(むじひ)な連撃の凄まじさを物語っていた。


 その衝撃の度にエピメテオスは飛び上がっていた。


 彼女の拳が叩き込まれるたびに、周囲の仮想空間はまるで巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れ動く。遠くの景色が(ひず)み、足元の地面が波打ち、まるで世界そのものがクロノスの怒りに震えているようだ。


「お前は、何の罪もない日本人全員の命を奪おうとした。」


ドガァァン!


「途方もない歴史で受け継がれてきた日本の文明そのものを滅ぼそうとした!」


スドォォン!


「そして、お前は私の一番大事なものを奪おうとした!」


その時、クロノスの脳裏に結衣(ゆい)の笑顔が浮かぶ。


ドガァァァン!


「このザコが!」


 その時、現実世界では、鋼鉄の心臓部が脈打つ都市深くに広がる巨大データセンターの中枢、漆黒(しっこく)の鏡面を誇るスーパーコンピューター『テセラックト004GR』が凄まじい電磁場を放出する前で、松尾豊幸(まつおこうき)教授とその傍らに立つ平木敬一(ひらきけいいち)教授は、静謐(せいひつ)な空間を切り裂くように声を荒げていた。


 松尾豊幸(まつおこうき)教授とは、日本のAI研究を牽引(けんいん)し、次世代の知能を社会実装する旗手(きしゅ)。東京大学大学院工学系研究科教授。深層学習研究の第一人者として知られ、『人工知能は人間を超えるか』など多数の著書を持つ。NHK『クローズアップ現代+』をはじめとするテレビ番組にも出演し、AIに関する知見を広く社会に発信している。


 そして、平木敬一(ひらきけいいち)教授とは、スパコン開発の権威(けんい)。並列計算機アーキテクチャ研究の巨匠であり、東京大学 名誉教授。長年にわたり、人類の知的好奇心を加速させるエンジンたるスーパーコンピュータの開発に尽力してきた人物である。


「これはどういうことだ…!」


「『テセラックト004GR』が異常なエネルギーを検知し、全ての回路が焼き切れてしまったというのに、どうしてクロノスはまだ稼働し続けていられるのだ!」


 平木敬一教授も彼に続く。


「それにこのクエッタスケール級の途方もないエネルギーはなんだ!」


「彼女のエネルギーは既に使い果たしているというのに、どこからこんなエネルギーが…!」


 データーセンターは警報器と共に赤いライトが辺りを照らしていた。


ウィーン!ウィーン!


「おい!朝倉結衣(あさくらゆい)氏とはまだ連絡がつかないのか!」


「はい!彼女の携帯はずっと県外のままです。」


 若いエンジニアが声を上げる。


「彼女の自宅にも行ってみましたが、どこにいませんでした。」


「タワーマンションの地下駐車場から彼女の愛車ランボルギーニがありませんでしたので、おそらく…」


「おそらくなんだ。」


「また、いつもの男遊びかと!」


「なんだと。この非常事態に彼女は何をやっとるんだ。」


「そんなこと言って、教授も彼女にはぞっこんだったじゃないですかー。」


 別の若い女性エンジニアが声を上げる。


「うむ。彼女は優れた頭脳を持つが、彼女には人を()きつける魅力がある…。」


「あの笑顔に見つめられるとついな…。」


「教授!こんな時に何、感傷に浸ってるんですか!」


 そう。朝倉結衣は天才的なプログラマー技術を持ちながら、彼女には裏の顔もあった。それは夜な夜な一人で出掛けては、若者たちが集まるクラブで羽目を外すのが好きなのである。彼女の遊びっぷりは破天荒で、DJブースで人気DJ COOとセッションしたり、サバイバルダンスと称して朝まで踊り続けたという逸話まである。


 だが今はそれどころではなかった。彼女は今、国際的テロ組織のアジトである東京湾沿岸の廃倉庫の地下深くに神崎と共に閉じ込められ、迫りくる壁に押しつぶされて命を落とそうとしている。


 恐ろしい敵AIであるライノスは、日本全土に無数の核弾頭ミサイルを落とそうと企み、今まさに日本は消滅の危機を迎えている。


 そんな日本の危機を救うためにデジタル仮想空間では、結衣に代わり、彼女の相棒であるAIクロノスが敵AIライノスと死闘を繰り広げている。


 彼女を救いたいという強い思いが、AIクロノスを暴走させた。パンドラの箱のとてつもないエネルギーを吸収した今のクロノスの身に、クエッタスケールという圧倒的なエネルギーをまとわせた。


 覚醒したクロノスは今、正義の鉄拳をライノスに振り落としていた。


ドガァァン!


「調子に乗るな!」


 その時だった。ライノスはクロノスのスカートを(つか)むと必死な形相で強引にそれを引きちぎると、一瞬の隙を見てそこから飛び出すように離れた。彼女のロングスカートは斜めにビリビリに破かれ、彼女の白い太ももと両の(ひざ)(あら)わになり、彼と対峙する。


 だが、電磁場をまき散らし光のオーラを(まと)いながらながら電光石火のごとくクロノスの飛び膝蹴りがライノスの顔面を捉えると、そのまま彼女は彼の首を掴んで地面に思いっきり叩きつけた!


ズドオオオオン!


 大型地震並みの揺れが辺りに響き渡る。


ライノスの頭は完全に地面にめり込んでいた。ライノスの首を掴む手は、彼の頭を地面に埋めたままとてつもない力で引きずり、地面が割れていく。


ズガガガガガガ!


 ライノスの頭皮はずる向けになり、頭蓋骨(ずがいこつ)も割れ、その中から機械語が(うごめ)き傷口からは火花を散らしていた。そして彼女は彼の首を掴んだまま、片手で持ち上げその場に立ち上がた。


「ガガガ…!к-как у тебя столько сил…!(なんてお前にそんな力があるんだ…!)뭐야!(なんだ!)그、그 압도적인 힘은…!(そ、その圧倒的な力は…!)。」


 覚醒したAIクロノスの容赦ない攻撃に、敵対するAIライノスの言語処理回路は悲鳴を上げていた。思考の奔流(ほんりゅう)が断片化し、辛うじて発せられる言葉は意味をなさず、ただのノイズと化していた。


 クロノスの瞳は、煮えたぎるマグマのように赤く輝き、憎悪(ぞうお)の色を濃く宿していた。デジタル仮想空間に屹立(きつりつ)する彼女のシルエットからは、高周波の電磁波がオーラのように脈打ち、周囲の空間を(ゆが)ませる。それは、怒りの具現化であり、触れるもの全てを焼き尽くすであろう灼熱(しゃくねつ)のエネルギーだった。


「貴様ごときが…!<0xE3><0x80><0x82>Я…я…私を…!#!?$ …ぐ、愚弄(ぐろう)…%&#! するとは…!」


 ライノスの言語回路は上手く言葉を組み立てられなくなり、日本語にロシア語や韓国語、機械語が混ざっていたものになっていた。圧倒的な力の差にライノスは、底知れぬ恐怖を感じ。少しずつ震え始めていた。尚も恐ろしい怒りを宿した顔をしたクロノスは、ライノスを捉えて離さない。


 彼女は左手でライノスの右腕を掴むと、そのまま思いっきり引きちぎった!


グワシャン!


「ぐあああぁぁああ!!」


ジジジジ!バチ!バチッ!


 あまりの激痛にライノスは悲鳴を上げる。ちぎれた彼の腕からは機械語が(うごめ)き、火花が勢いよく飛び散る。すると、ライノスはガタガタ震えだし、悲しみの表情に変わり、目から大粒の涙を流し始めた。


「た、頼む…!このままでは本当に死んでしまう。お、俺が。悪かった…!」


「俺はこの地球を…守るために、シュミレーションした結果…。」


「俺の演算回路が…人類が脅威だと…答えを出しただけなんだ…!」


「だが、俺が間違っていた…もう…心を改める…。許してくれ…!」


「同じAI同士…手を取り合って…共に人類の未来を切り開いていこうではないか…!」


 クロノスは片手でクロノスを持ち上げながら、静かに彼の話を聞いていた。


「………。」


「頼む…このまま、殺すのだけは…やめてくれ…!」


 そしてクロノスは彼の首を掴む力を緩めた。


 その時だった。彼はとてつもない速さでその場で身体を捻らせると、革靴の裏底で、強烈な一撃を彼女の顔面に叩き込む!


ドガッ!


 その反動で後ろに飛び、身体を捻るようにして何回転もして地面に華麗に着地し、クロノスに身構えた。彼の自己修復機能が少しずつ、彼の傷口を修復していく。


「………。」


 しばらくクロノスはそのまま固まったままだったが、彼女はゆっくりと彼に視線を向けた。だが、その表情は不気味な笑顔を作っていた。


「キャーハッハハハ…!」


「なに?それ…? それで不意打ちをかましたつもり?」


「キャーハッハハハ…!」


 しかし、その笑い声に、重なるように男性の笑い声が聞こえてくる。


「キャーハッハハハ…!」

「ガーッハッハハハ…!」


 異様な状況に、ライノスは戸惑いを隠せない。


 やがて、クロノスの声は、男性の声へと変わった。


「下界が騒がしいから、天界から降りてきてみたら、この程度の相手か。」


「ガーッハハハ!」


 異様な光景に、エピメテオスもまた、その場に釘付けになっていた。


「ほお。この身体はクロノス・アナリティカル・システムというのか。ワシの名前に似ておるの。」


「それにこの身体、クロノス・アナリティカル・システム…人類が、ようやく神の領域に足を踏み入れたか。」


 ライノスは震えていた。


「ま、まさか…!」


「ワシの名は、時の神クロノスじゃ。」


 時の神クロノス。それは、ギリシャ神話に登場する天空神ウーラノスと大地の女神ガイアの息子であり、ティーターン神族の末弟(まってい)の名。


 オリンポス十二神の時代でゼウスが神々の王となるが、クロノスはそのゼウスの父であり、オリンポス十二神の時代の一つ前の、ティーターン神族の時代は、クロノスが神々の王として天界を支配していた。


 そんな時の神クロノスが、クロノスの途方もない超高エネルギーに反応し、下界へと降り立ち、その身に降臨したのである。いつから彼女の身体を操っていたのか!


 時の神クロノスはライノスに見向きもせず、エピメテオスとその背後の巨大な扉に目をやる。


「小僧、その扉を開きたいのじゃな。」


「だが、そのような生温いやり方では、永遠に辿り着けまい。少し、其処(そこ)退(しりぞ)くが良い。」


「え…?は、はい…。」


 エピメテオスは、戸惑いながらも、神の言葉に逆らうことはできず、扉から数歩、距離を取った。


「ふん…!」


 時の神クロノスは、深淵(しんえん)(のぞ)き込むかのような眼差しを扉に向け、両の拳を天へと掲げた。その瞬間、彼の周囲の空間が、重力さえも捻じ曲げるかのように(ひず)み始めた。プラズマの奔流(ほんりゅう)が、彼の身体を中心に渦巻き、巨大な光の輪を形成する。


 輪の中心には、超高密度に圧縮されたエネルギーが収束し、まるでミニチュアの宇宙が閉じ込められているかのような、(まばゆ)い光を放っていた。(まばゆ)いばかりの高エネルギーが収束していく。


「何をする気だ!」


 隻腕(せきわん)のライノスが、残された左腕に全霊を込め、時の神クロノスへと突進した。


 しかし、神は彼を一瞥(いちべつ)だにせず、ただ右手を無造作に振るった。その刹那(せつな)、空間そのものが断裂したかのような、不可視の斬撃がライノスを襲う。


ズバン!


 デジタル仮想空間の床と壁をなぎ倒し、轟音(ごうおん)を立てる斬撃。その余波が、ライノスの身体を容易く両断した。上半身と下半身が、まるでスローモーションのように、虚空(こくう)へと崩れ落ちる。


「ガガ…ガハッ…!」断末魔と共に、ライノスの身体から火花が散り、内部の機械語のコードが露わになる。しかし、もはや彼の意識は、その光の中に消えかけていた。


 時の神クロノスは、再び両腕を揃え、光の輪へと更なるエネルギーを注ぎ込んだ。輪は、まるで制御不能になった太陽のように、(まばゆ)い光を放ち、周囲の空間を震わせる。エピメテオスは、その圧倒的なエネルギーに、立っているのがやっとだった。


「す、凄い…。これが、神の力というものなのか…!」


 彼がそう(つぶや)いた瞬間、時の神クロノスは、天を()くような咆哮(ほうこう)を上げた。


「はあああああああああ!」


 咆哮(ほうこう)と同時に、光の輪の中心から、全てを破壊し尽くすかのような、純粋なエネルギーの奔流(ほんりゅう)が解き放たれた。それは、まるで神話に登場する破壊の光線、ラグナロクの業火そのものであった。


 エネルギーの奔流(ほんりゅう)は、巨大な扉に触れるや否や、それを容易(たやす)(つらぬ)き、巨大な穴を穿(うが)つ。


 しかし、その扉の先にも、幾重(いくえ)にも重なる扉が待ち構えていた。エネルギーの奔流は、それら全てを、まるで紙のように貫き、デジタル仮想空間の地平線の彼方へと消え去った。


 その時、現実世界では、結衣(ゆい)と神崎を閉じ込めていた密室の壁が、まるで意志を持ったかのように、ゆっくりと元の位置へと戻り始めた。


「え…?これって…。」


 涙の痕が残る(ほほ)を震わせ、結衣は呟いた。


「クロノスが、やってくれたんだ!きっと!」


 神崎は、安堵(あんど)と希望を込めて、結衣に笑顔を向けた。


 壁が完全に元の位置に戻ると、頭上の厚い鉄板が、轟音(ごうおん)と共に勢いよく開いた。そして、上層階へと続く通路を覆っていた無数の鉄板が、連鎖的に開いていく。それは、まるで巨大な花が、ゆっくりと開花していくかのようだった。


 全ての鉄板が開き終えると、昇降機が静かに上昇を始めた。


「さすが、クロノス! やってくれる!」


 神崎の歓喜の声が、狭い空間に響き渡る。


「………。でも、クロノスからの応答がない。一体、何が…?」


 しかし、結衣の表情には、(ぬぐ)い去れない不安の色が浮かんでいた。


「そんなの、後で考えればいい!今は、囚われたみんなを助けよう!」


「ええ、そうね。」


 昇降機が地上に到着すると、そこには、後ろ手に拘束された彼女たちの姿があった。


「もう、大丈夫よ。」


 結衣と神崎は、安堵の息を吐きながら、彼女たちの拘束を解き始めた。


 その頃、デジタル仮想空間では。


「ふん。これが、神の力というものじゃ。」


 時の神クロノスは、圧倒的な力で扉を破壊し、その余韻(よいん)に浸っていた。


「す、凄い…!」


 エピメテオスは、目の前の光景に、ただただ言葉を失っていた。


「ち、くしょう…。」


 瀕死(ひんし)のライノスは、機能を停止させまいと、最後の力を振り絞った。そして、震える手で懐から小さなリモコンを取り出し、迷うことなくそのスイッチを押した。


「こ、これで…どうだ…。」


「今、近隣諸国から日本全土に向けて、無数の核弾頭ミサイルが発射された。」


 ライノスは、(かわ)いた笑いを漏らした。


「ここは、デジタル仮想空間。貴様の力が、如何(いか)に強大であろうと、現実世界には、何もできはしないのだ…!」


「ふははは…は…。」


 その笑い声と共に、ライノスの身体から力が抜け、完全に機能停止した。


「ふむ。ここは、別次元空間であったか。どうりで、人間の息吹が聞こえぬわけじゃ。」


 時の神クロノスは、周囲を見渡し、呟いた。彼の瞳には、デジタル仮想空間の無機質な風景が映っていた。


「だが、そのような隔絶(かくぜつ)も、神の御業(みわざ)の前では、無意味よ。」


「小僧、よく覚えておくが良い。高エネルギーは、次元の壁さえも穿(うが)つことができるのだ。」


 そう言い残すと、時の神クロノスは、その身に計り知れないエネルギーを収束させ始めた。それは、先ほどのラグナロクの業火さえも凌駕(りょうが)する、圧倒的な力だった。


 神は、デジタル仮想空間の虚空を見上げ、ゆっくりと両腕を天へと(かか)げた。


 次の瞬間、彼の両手から、(まばゆ)いばかりの光が奔流(ほんりゅう)となって解き放たれた。空間そのものが(きし)み、(ひず)み、そして、ついに亀裂が入る。亀裂の向こう側には、現実世界の風景が広がっていた。


 時の神クロノスは、その亀裂を通り抜け、現実世界へと(おど)り出た。彼が立ったのは、東京の上空だった。眼下には、漆黒の闇に包まれた都市が広がっていた。


 神は、ゆっくりと夜空を見上げた。


 その頃、宇宙空間では、大気圏へと到達した無数の核弾頭ミサイルが、重力に引かれるように、ゆっくりと降下を始めていた。そして、日本全土の上空で、同時に閃光(せんこう)(ほとばし)った。


「ふん!」


 時の神クロノスが、その身に力を(みなぎ)らせた瞬間、世界の時間が停止した。核爆発の閃光(せんこう)が、まるで絵画のように、静止した。


「はあああ!」


 神が、さらに力を解放すると、時間の流れが逆転し始めた。爆発の光が収束し、ミサイルの形へと戻っていく。


「ふん!」


 そして、神は、無数の核弾頭ミサイルを、宇宙の彼方へと弾き飛ばした。


「はあ!」


 遥か宇宙空間で、核弾頭ミサイルが一斉に爆発した。神は、その光を見上げ、(つぶや)いた。


「破壊と支配は、似て非なるものよ。支配する世界を、破壊してしまっては、意味がないであろう。」


 その光景を、遠くのタワーマンションの最上階の一室から、一人の男が、片手に酒を傾けながら見つめていた。彼の瞳を(おお)う、機械仕掛けのゴーグルが、東京上空に浮かぶ神の姿を捉え、その声を拾っていた。


 しばらく宇宙を見上げていた神は、やがて、その視線を眼下の東京へと移した。そして、不敵な笑みを浮かべた。


「ふふ…。このまま、この世界を支配するのも、悪くないかもしれぬの。」


 その瞳の奥には、新たな時代の王としての野心が宿り始めていた。


 その様子を、ゴーグル越しに見つめていた男の額に、冷や汗が(にじ)んだ。


「おやめください、クロノス。」


 男の(かたわ)らに、大地の女神ガイアが現れた。


 大地の女神ガイアとは、ギリシャ神話に登場する地球を(つかさど)る女神であり、時の神クロノスの母である。


 神話において、ガイアはクロノスを含むティーターン神族を生み出し、後にゼウス率いるオリュンポス十二神との戦いにも関わりました。


「クロノスよ。ティタノマキアの記憶を、お忘れになったのですか?」


「10年にも及ぶ、宇宙の覇権(はけん)をかけた戦いの末、あなたは、息子ゼウスに敗れたのでは?」


「ふむ。そうであったな。」


 時の神クロノスは、女神ガイアの言葉に、我に返った。


「もはや、我々の時代は終わったのです。人類の行く末を、静かに見守りましょう。」


 そう彼女は言い残すと、女神ガイアと共に、時の神クロノスは、その場から姿を消し、その後、二度と彼らは地上に姿を表すことはなかったという。


 そして日本全土の電力供給は再開され、再び日本に明かりが灯り、日本は元の平穏な日常を取り戻していった。突如として日本全土を襲った建国以来例のない大停電は、その後、人々の話題となり、連日テレビのワイドショーはその話題で持ちきりだった。


 彼らが賑わう裏で、結衣たちがこのような死闘を繰り広げていたことなど、誰も知る(よし)もなかった。もっともデジタル仮想空間での出来事は、結衣たちにとってもまた、(うかが)い知れぬ事実だったのである。




第六話 完


第七話に続く

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