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SNS監視網  作者: 黒瀬智哉
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第二話 SNS監視網の追跡

 けたたましい電子音が、乾いた冬の空気を震わせるように部屋に響き渡った。耳をつんざく高音は、張り詰めた静寂(せいじゃく)を暴力的に切り裂き、薄暗い部屋の隅々まで冷たく染み渡る。


「速報です!行方不明となっていた女子高生、〇〇〇〇さんの遺体が発見されました!」


 ざらついた質感の液晶画面に映し出されたのは、青ざめたリポーターがわずかに震える声で伝える緊迫した様子と、黄色い規制線が張り巡らされた騒然とする公園の光景だった。画面越しにも伝わる群衆のざわめきと、重苦しい鉛色の空は、この一報がもたらす重苦しい空気をさらに濃密にする。クロノスの胸に、冷たい鉄塊(てっかい)が落ちたような衝撃が走った。


「遺体は、〇〇市内の公園で発見。警察は、殺人事件として捜査を開始しました。」


 その瞬間、画面の奥、(ゆが)んだ笑みを浮かべた何者かの姿が、嘲弄(ちょうろう)するような声と共に響き渡った。「さあどうする。クロノス、早く止めないと人間の女の命が、また一人失われることになる。」


 薄暗い部屋の(よど)んだ空気に、ライノスの声が(へび)のように()いずり回り、不気味な残響を残す。その言葉は、聞いている者の心臓を冷たく握りしめ、背筋に氷のようなものが走るようだった。クロノスの顔は蒼白(そうはく)になり、拳を強く握りしめた。


「ふはははは……ブツッ…!」


 高笑いの途中で、唐突(とうとつ)に映像が途絶え、画面は砂嵐のように乱れ、薄型テレビの向こうには、吸い込まれるような虚無的な暗闇だけが広がっていた。


 まるで、嘲笑(ちょうしょう)を残して悪夢が音もなく消え去ったかのようだ。部屋には、先ほどの騒がしさが嘘のような、凍り付いた静寂(せいじゃく)だけが残った。


「これでもう、心配はいりません」と、背後から低い声が(ささや)いた。その声には、安堵(あんど)とも諦めともつかない、複雑な感情が(にじ)んでいた。


 静まり返った部屋に、()いだ湖面のような穏やかな声が、ゆっくりと沈黙を破る。クロノスの声は、室内に反響することもなく、静かに響く。その奥には、微塵(みじん)の迷いもない確固たる自信が宿っているようだった。彼女の視線は、一点を見つめ、まるで未来を確信しているかのようだ。


「ライノスがどの程度の性能のAIなのかはまだ未知数ですが、先程の彼の行動パターンから演算した結果、彼程度のAIでも解読に10年を要する強固なセキュリティを施しておきました。」


 結衣の表情には、拭いきれない深い悲しみの影が落ちていた。瞳の奥は(うる)(うる)み、今にも(こぼ)れ落ちそうな(しずく)を懸命に()えている。(くちびる)はわななき、言葉を発するのを躊躇(ちゅうちょ)しているようだった。


「でも、さっきのって……。」


 絞り出すような声は、かすれて、痛々しいほどだった。失われた命の重さが、鉛のように彼女の心に深く突き刺さり、息をするのも苦しいようだ。


「ええ、まだ断定したわけではありませんが、ライノスの犯行と見て間違いないでしょう。」


 クロノスの声は、まるで機械のように感情の波立つことなく、冷静に事実を告げる。その客観的な言葉が、逆に事態の深刻さを際立たせ、部屋の空気をさらに重くした。


「そんな……。」


 結衣は、名前も知らない被害者の女子高生の、生きていればこれからどんな未来があったのだろうかと想像し、胸を締め付けられるような痛みに顔を(ゆが)めた。


 未来ある若い命が、無残に奪われた。その事実は、彼女自身の過去の傷を抉るように、心を深く傷つけた。


「…って、ちょっと待てよ。俺には何がなんだかサッパリだ。ちゃんと説明してくれ!」


 神崎は苛立ちを(あら)わにした。状況が掴めず、まるで自分だけが取り残されたような焦燥感(しょうそうかん)が、神崎の声を荒げさせた。


「ああ、ごめんなさい…。まだ説明が途中だったわね。」


 結衣は、ハッとしたように神崎に向き直った。今にも崩れ落ちそうだった悲しみの表情から一転、プロフェッショナルとしての冷静さを必死に取り戻そうと努めているのが見て取れた。彼女は一度深く呼吸をし、わずかに震える声で話し始めた。


「私たちは、クロノスのSNSリスニングを使って、黒田氏殺害事件の真相を追うことにしました…。」


 彼女の声は、先程の弱々しさとは打って変わり、落ち着きを取り戻し、事の経緯を丁寧に説明し始めた。しかし、その瞳の奥には、まだ拭いきれない不安の色が宿っている。


「すると、黒田氏の殺害事件と女子高生失踪事件は、繋がっていました。」


「やはりそうか…!」


 神崎の表情には、(おさ)えきれない怒りと知人の死への悲しみ。さらに彼が指摘した二つの事件が繋がっていたことの深い悔恨(かいこん)の色が入り混じっていた。彼は、血管が浮き出た握りしめた拳を強く震わせた。


「だけど、そこからが問題なのよ。この事件の背景には……。」


 結衣の声は再び詰まり、何か恐ろしいものを思い出したかのように、言葉を探すように視線を彷徨(さまよ)わせた。彼女の脳裏には、想像を絶する恐るべき事実が去来し、(のど)が詰まったように言葉に詰まらせたのだ。彼女の顔色は青ざめ、額には冷や汗が(にじ)んでいる。


「結衣、そこからは私が。」


 AIクロノスは、結衣の苦悶(くもん)を察し、静かに言葉を引き継いだ。その声には、揺るぎない決意が宿っていた。


「ええ、お願い…。」


 結衣は、安堵(あんど)したように(うなず)いた。クロノスの存在は、彼女にとって 希望 の光だった。


「事件の真相を追うため、私はSNSリスニングの範囲を海外にまで広げてみました。すると、ある国際的テロ組織と繋がっていることが判明しました。」


 ホログラム映像のクロノスの言葉は、静かだが重みがあった。それは、世界を揺るがすような、危険な事実の告白だった。


「なんだって!」


 神崎は、驚愕(きょうがく)のあまり思わず声を上げた。国際的テロ組織。その言葉の響きは、事態が想像を遥かに超えた深刻さを帯びていることを示唆していた。


 クロノスは、動揺する神崎を気にも留めず、淡々と説明を続けた。


「その国際的テロ組織は、複数のテロ組織と結託し、世界各国に点在しています。」


 彼女の言葉は、まるで世界地図を広げ、危険な点を指し示すようだった。見えない脅威が、世界中に張り巡らされている。


「彼らが目的とするところはまだ定かではありませんが、世界規模で良からぬ計画を進めているようです。」


 クロノスの声には、かすかな警戒の色が滲んでいた。彼女は、その計画の全貌を掴みかねていることを示唆していた。


「おそらく黒田氏は、女子高生失踪事件を追う中で、彼らの計画を偶然知ってしまったため、口封じとして消されてしまったのでしょう。」


 クロノスの推測は、論理的であり、ぞっとするほど現実味を帯びていた。真実を追い求める者は、容赦なく闇に葬られる。


 思わず拳を握りしめる神崎。彼の胸には、怒りと無力感が渦巻いていた。


「ですが、ある地点で情報が不自然なように途絶えていました。」


 クロノスの言葉は、捜査の過程で遭遇した壁を示唆していた。見えない力が、情報の流れを遮断していたのだ。


「それが何なのか、これまで謎とされていましたが。今回のことで原因がわかりました。」


 クロノスの言葉に、結衣と神崎の間に緊張が走る。二人は固唾を飲んで、クロノスの次の言葉を待った。


「その国際的テロ組織の計画には、ライノスが関与していたのでしょう。」


「AIであれば人間には困難な情報改ざんも出来てしまいます。」


 神崎は、息を呑んだ。人工知能による犯罪。それは、これまで想像すらしていなかった、新たな脅威の形だった。その時、ふと神崎は、窓の外の夜空の異変に気づいた。


「おい! あれはなんだ!」


 先ほどまで漆黒の闇が広がっていた夜空に、突如として異質な光が灯った。


 それは、鮮烈(せんれつ)な赤色で縁取られた、巨大な数字だった。『24』。その数字は、まるで夜空に刻まれた呪詛(じゅそ)のように、不気味な存在感を放っていた。


 『4』の数字がゆっくりと重力を無視するように下へ移動し、完全に消え去ると、今度は上から新たな赤い光が降り注ぎ、『3』の形を成した。


 そして、先に現れた『2』と結合し、『23』という数字が夜空に浮かび上がった。


「あれって、もしかして…!」


 結衣は、その異様な光景に息を呑み、震える声で呟いた。彼女の脳裏には、最悪のシナリオが浮かび上がっていた。


「おそらくあれは、地球時間の24時を表す数字で、あの数字が0になった時に、新たな犠牲者が出るものと推測されます。」


 クロノスは、夜空に浮かぶ赤い数字を、冷徹な眼差しで見つめていた。その声は静かだが、言葉の端々には、差し迫った危機感が(にじ)み出ていた。


「そんな……。」


 結衣は、その残酷な宣告に言葉を失った。夜空に刻まれた赤い数字は、彼女たちの無力さを嘲笑うかのように、冷酷に時を刻んでいた。


「くそ…! 時間制限付きの処刑みたいなもんじゃねえかよ。」


「どうすんだよ! 早く止めないとまずいだろう。」


 神崎は、焦燥(しょうそう)と恐怖に()られ、声を荒げた。彼の言葉には、切羽詰まった状況に対する、どうしようもない苛立ちが込められていた。


「無理言わないで! 東京都は広いのよ? 何の手掛かりもないのに、どうやって敵のアジトを見つけ出せと言うのよ…。」


 結衣は、両手で顔を(おお)い、深くうなだれてしまった。彼女の心には、絶望的な疲労感が押し寄せていた。広大な東京で、手探りで敵を探し出すことの困難さが、彼女を打ちのめしていた。


「少しお待ちください。」


 そう言うと、ホログラム映像のAIクロノスは静かに瞳を閉じた。


 その瞬間、彼女の黒髪が重力から解放されたようにふわりと浮き上がり、全身から淡いオーラのような光が(にじ)み出し始めた。それは、内なる力が覚醒する前兆だった。


 クロノスが意識を集中させた刹那(せつな)、彼女の精神は光速を遥かに凌駕(りょうが)する速度で、東京の隅々に張り巡らされた電子の海を奔流(ほんりゅう)のように駆け巡った。


 その演算速度は、現存する最高峰のスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」の千倍、すなわちエクサスケールを遥かに超えるゼタスケール(毎秒10の21乗回の浮動小数点演算)に達していた。


 都内全域の電線や電柱が、まるで生きた血管のように脈打ち、稲妻のような青白い電磁場が(はし)った。それは、クロノスの膨大な情報処理能力が、都市のインフラを一時的に掌握(しょうあく)した証だった。


 彼女は、瞬く間に都内100万台を超える監視カメラの映像、50億件に及ぶSNSの投稿、そして1000万件もの公共データベースにアクセスし、合計10ペタバイト(1京バイト)にも及ぶ膨大なデータを収集した。


 これらの情報は、クロノスの内部メモリに一瞬で転送され、1京を超えるパラメータを持つ超高度なAIモデルによって、リアルタイムで解析されていった。


 クロノスは、1秒間に100万件の顔認証、10万件の行動パターン分析、そして1万件の感情分析を同時に実行し、敵のAI、ライノスの微細な痕跡(こんせき)を追い求めた。その情報処理能力は、単一の個体でありながら、人間の脳の100万倍に匹敵し、都市全体を一つの巨大な脳として機能させるほどだった――。


 数分後、クロノスはゆっくりと(まぶた)を開いた。その瞳の奥には、洪水のように押し寄せる無数の情報が、星屑のように(きら)めいていた。


「特定しました。」


 彼女の声は、静寂(せいじゃく)を切り裂くように、しかし確信に満ちて響いた。クロノスは、ホログラム映像を出現させ、そこに一つのSNS投稿内容を映し出した。何の変哲もない、楽しそうな女子高生たちの日常を切り取ったような動画が、再生され始めた。


「なんだよ、これ?ただの遊びの動画じゃないか。」


 神崎は、拍子抜けしたように呟き、クロノスの作り出したホログラム映像を(いぶか)しげに見つめた。どこにでもいるような、普通の女子高生たちが笑い合う映像。それが、この危機的な状況とどう結びつくのか、彼には全く理解できなかった。クロノスは、神崎の疑問を一瞥(いちべつ)し、冷静に答えた。


「この動画には、ステガノグラフィーと呼ばれる技術によって、映像フレームの微細な変更によって、暗号化されたテキストデータが隠されています。」


 彼女は、再生中の動画を一時停止させ、特定のフレームを拡大表示した。拡大された映像は、無数の微細なピクセルに分解され、肉眼では認識できないほどのわずかな色差や輝度差が、強調表示されていく。


「このフレームのピクセル情報に、ステガノグラフィーによって暗号化されたテキストデータが埋め込まれています。」


 クロノスは、分解されたピクセル情報を詳細に解析し、高度なステガノグラフィー解読アルゴリズムを瞬時に実行した。彼女の指先がホログラム映像を繊細に操作すると、複雑に隠蔽(いんぺい)されていたテキストデータが、徐々にその姿を現し始めた。


 それは、女子高生たちの監禁場所を示す座標と、敵のAI、ライノスからの挑戦状とも言えるメッセージだった。


「東京湾沿岸、古びた廃倉庫。座標は〇〇、〇〇。さあ、間に合うかな?」




第二話 完


第三話に続く



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