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SNS監視網  作者: 黒瀬智哉
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第十二話 守るべきもののために

 その夜、(きら)びやかな光に包まれた都内の高級ディナーショー会場は、一瞬にして国際的テロ組織の襲撃という悪夢の舞台へと変貌(へんぼう)した。


 朝倉結衣(あさくらゆい)神崎彰(かんざきあきら)は、まさにその渦中にいた。


 最初にテロリストと接触したのは結衣だった。女子トイレに入った結衣は、洗面台で念入りに手を洗った。化粧直しを始めると、鏡越しに黒いサングラスをかけ、黒いレザースーツに身を包んだ怪しげなロングな黒髪の女性の姿が映った。


 表情一つ変えず、彼女はまるで獲物を定めるように、突然、結衣に襲い掛かった。


 結衣はそれらの攻撃を紙一重でかわすと、彼女の合気道が炸裂した。謎のレザースーツの女は鏡に背中を強打する。一瞬、彼女の動きは止まったが、体制を立て直そうとした僅かな隙。その一瞬を突き、彼女の蹴りが結衣の右頬(みぎほほ)容赦(ようしゃ)なく打ち抜いた。


 危険を察知した結衣は、急いで女子トイレのドアに駆け寄り全速力で廊下を疾走(しっそう)する。死神のごとく結衣を執拗(しつよう)に追う謎の女。その足取りに呼応するかのように、廊下の照明は次々と()ぜ、背後から漆黒(しっこく)の闇が()い上がってくる――。


 いつまでも戻らない結衣に危険を察知した神崎は、確かな意思で席を立った。


 結衣がいる廊下へ向かいながら、胸元のマッドなGFIバッジに指を滑らせる。次の瞬間、胸元のバッジから奔流(ほんりゅう)のように漆黒のナノ繊維が(あふ)れ出し、神崎の全身を一瞬にして硬質な特殊戦闘スーツへと変貌させた。


 身体機能は常人のそれとは変わらないが、彼は特殊戦闘スーツに仕込まれたテクノロジーにより危険な状況下でも、最大限に力を発揮することが出来る――。


 神崎は会場のドアにゆっくりと手を伸ばそうとした刹那(せつな)。国際的テロ組織の外国人男性が背後から彼の後頭部に漆黒の銃口を突き付ける。


 その緊迫の一瞬、潜んでいたFBI捜査官たちが(せき)を切ったように立ち上がり、銃口を構えて男たちを包囲した。優雅なディナー会場は、瞬く間に騒然とした戦場へと化した。その後、FBI捜査官ロバートの機転を利かせた銃撃により、最悪の事態は免れた。神崎は廊下へ急ぎ、結衣と合流する。


 ここは危険だと察した彼らは急いで会場の出口に向かうと、結衣のランボルギーニを自動操縦するAIエピメテオスが会場の外に出迎えていた。


 二人は我先にとランボルギーニに身を滑り込ませた。ドアが閉鎖する刹那、猛獣が咆哮(ほうこう)を上げるかのような轟音(ごうおん)と共に、漆黒のスーパーカーは急旋回し、夜の闇へと疾走していった――。


「よりによって、こんな時にクロノスがダウンだなんて…!」


 神崎は、苛立ちを隠せない口調でそう呟いた。普段は冷静な彼が、珍しく感情を(あら)わにしている。その表情は、窓の外に広がる夜景の(きら)めきとは対照的に、険しかった。


「クロノス……。」


 結衣は、窓の外に広がる夜景に目を向けながら、静かに呟いた。その表情には、深い悲しみが滲み出ていた。彼女の瞳に映る夜景は、どこか寂しげに輝いていた。


「奴らはおそらく国際的テロ組織のテロリストたちだな。」


「ええ。はぁ…はぁ…。」


 神崎の問いかけに、結衣は荒い息の下、辛うじて返事をした。


 彼女の白い(ほほ)には脂汗が滲み、呼吸をするたびに肩が大きく上下している。


「おい。大丈夫か。熱でもあるのか…。」


 心配そうに神崎が手を伸ばし、結衣の額に触れた。彼の(てのひら)に伝わる熱は尋常ではない。


「凄い熱じゃないか!」


 思わず神崎は声を荒げた。暗闇が包み込む人気のない道路を疾走する中、彼の声だけが焦燥感(しょうそうかん)(ともな)って響く。


「さっきの会場で、敵の女の攻撃をもらっちゃってね。はぁ…はぁ…。」


「はぁ…おそらく毒が仕込まれていた…のね…。」


 結衣は大量の汗を浮かべ、焦点の定まらないうつろな目で、暗くなっていく窓の外に視線をやった。


「大変じゃないか!」


「おい。結衣。特殊戦闘スーツはどうした。あれがあれば少しは…。」


「ごめん…完全に油断してたわ。」


「まさか、こんな事態になるとは思ってなかったので、持ってきてない。」


 結衣は全身から力が抜け、シートに(もた)れかかり苦しそうな表情を浮かべていた。


「おい。エピメテオス!急いで近くの救急病院に向かってくれ!」


「だ…だめよ。そんなところに寄ってる暇はない。」


「きっと彼らは私たちの後を追ってきてる。」


「病院なんて寄ってたらおしまいよ…はぁはぁ…。」


 結衣は弱々しい声ながらも、必死に救急病院へ向かうことを拒否した。


「しかし!どうするんだ!」


「大丈夫…。このまま成田空港に直行して…。」


「実は今日、ディナショーを終えたら…GFIのプライベートジェットで…、GFIの本部であるアメリカのカリフォルニア州に飛ぶことになっていたの…。」


「今頃、成田空港にGFIのプライベートジェットが待機してるはず。機内に医療器具が揃ってる…。」


「そ、そうか…。」


 だが、青白い苦しそうな結衣の顔を見て、神崎の顔は不安の色を濃く(にじ)ませていた。彼の目は、フロントガラスの向こうの暗闇を険しく(にら)んでいる。


 その時だった。


 けたたましい警笛(けいてき)を鳴らしながら、周囲を走行していたトラックが突如、制御不能に(おちい)った。黒々としたタイヤが不気味にひとりでに回り始め、巨大な質量を持ったトラックが結衣のランボルギーニに牙をむくように急接近してきた。


「お、おい!どうなってんだ!ハンドルが勝手に!」


 トラックの運転席では、血走った目をしたドライバーが混乱した叫び声を上げていた。


 そして鈍い衝撃と共に結衣のランボルギーニに接触し、容赦なく押し付け、都内の首都高のガードレールにギーッと嫌な音を立てて接触した。


 ランボルギーニの美しい流線型のボディをガードレールに削りながら、(まぶ)しい凄まじい火花を散らしながら悪夢のように疾走(しっそう)する。


ガガガガッ!


「うわわわ!な、なんだ!」


 ランボルギーニの車内はジェットコースターのように激しく揺れ、シートに強く叩きつけられながら神崎は驚きの声を上げる。


「き、きっと…、敵のAIが周囲の車を遠隔操作してるのね…。はぁはぁ…。」


 結衣は蒼白(そうはく)な顔に苦痛の表情を深く刻み込みながらも、揺れる車内で必死に前を見据え、冷静に状況を判断していた。


「おい。エピメテオス!もっとスピード出ないのか!」


 すると無機質な車内のスピーカーからAIエピメテオスの声が、わずかに機械的な響きを(ともな)って聞こえてくる。


「わかりました。少々、荒い運転になりますが、しっかり(つか)まっていてください。」


 そう言うと、まるで意思を持つかのようにランボルギーニを自動操縦するエピメテオスは、唸りを上げるエンジン音と共に一気に加速をあげた。ぐんぐん速度を上げるランボルギーニは、執拗(しつよう)に迫るトラックの接触を振り切って一気に加速した。


 ランボルギーニのエンジンが獣の咆哮(ほうこう)のようにうねりを上げる。


 その時だった!


 首都高を走行する周囲のあらゆる車が、狂ったように次々とランボルギーニに殺意を込めて接触してくる。それら全てを、まるでスローモーションのように神憑(かみがか)り的なエピメテオスのドライブテクニックで次々と紙一重で回避していく。だが、車内は右へ左へと激しく大きく揺れていた。


「うわわわ!」


 その容赦ない揺れに、神崎は悲鳴を上げながら振り回されていた。


 中には黒煙を吐き出しながら強引に体当たりしてくる乗用車もおり、鈍い金属音と共に衝撃で大きな音を立ててランボルギーニの車体は悲鳴を上げるように大揺れする。


 さらに別の(ゆが)んだヘッドライトの乗用車が執拗(しつよう)に体当たりをし、ランボルギーニの車体全体はコマのように大きく回転しながら制御を失い疾走する。


 けたたましい金属音と目まぐるしく車内から見える天地がひっくり返るような回転する景色に、神崎は冷や汗を流し目が回りそうになる。


「うあああああ!」


ギュギュギュー!


 タイヤが悲鳴を上げる轟音(ごうおん)を鳴らしながら、アスファルトには黒々としたランボルギーニのブレーキ痕が無残にも刻まれていく。


ドガンッ!


 制御不能になりスピンするランボルギーニの車体は、衝撃音と共に右のガードレールに激突した後、なおも勢いを失わず回転しながら左のガードレールにも再び激しい音を立てて激突する。


ズガンッ!


 だが、奇跡的なエピメテオスの華麗なドライブテクニックにより、寸前のところで何とか体制を整える。傷だらけになりランボルギーニの外装は見るも無残な姿になっていた。


「こうなれば、奥の手です。」


 車内のスピーカーからAIエピメテオスの声が聞こえてくると、損傷したランボルギーニの車体後方部分は、まるで生き物のようにナノテクノロジーにより微細な粒子となって金属が分解されて再構築され、信じられない速さでその形状を変形させていく。


 すると、漆黒(しっこく)のランボルギーニ車体の後部に禍々(まがまが)しいロケットブースターが出現した。


 ロケットブースターが点火すると、(まばゆ)業火(ごうか)の炎と共に鼓膜(こまく)を破るような轟音(ごうおん)が鳴り響き、周囲の豆粒のような車を置き去りにして一気に異次元の速度で加速した!


ゴオオオオオ!


「うああああ!」


 あまりの重力さえもねじ曲げるような加速に、車内の神崎は魂の抜けたような驚きの声を上げる。だが、それにより死神のように迫りくる車との脅威を辛うじて脱出することができた。


 敵の車を遥か後方に振り切ったランボルギーニは、しばらくして奇跡的に安定走行に戻る。


「ふうー!マジで一時はどうなるかと思ったぜ。」


 だが、激しい攻防を終え神崎の興奮が冷めやらぬ中、横に座る結衣の顔は血の気を失い青白く、呼吸も浅く意識を失っていた。


「おい!結衣!大丈夫か!」


 神崎が(あせ)りの色を(にじ)ませた声で呼びかけるも、結衣は人形のように全く反応しない。


「もうすぐ成田に着く!がんばれ!」


 その時だった。


バキャンッ!


 背後から(するど)い破裂音と共に飛んできた銃撃が、ランボルギーニの左バックミラーを粉々に破壊した。飛び散った破片が車内に(するど)く音を立てる。


「な、なんだ!」


「うっ…!」


 衝撃が全身に響き、結衣は苦悶(くもん)の表情を浮かべ辛うじて意識を取り戻した。


 神崎は息を呑んで慌てて後ろを振り返った。するとそこには一台の異様なまでの光沢を放つ漆黒(しっこく)のバイクに(またが)った、全身を黒のレザーで包んだ女が、獲物を狙う猛獣のように後ろから迫って来ていた。


 それは、憎悪に燃えるような眼差しでディナショーの会場で結衣を襲った女だった。


バキャンッ!


 さらに後方のバイクから放たれた銃弾は、容赦なくランボルギーニの右バックミラーも跡形もなく破壊した。


「おい。エピメテオス!成田まであとどれぐらいだ!」


「はい。このまま何事もなく到着すれば、あと10分ぐらいでしょう。」


「ですが、先ほどのような障害があれば、到着予定時刻は大幅に伸びると思われます。」


 結衣の体力は、遅効性(ちこうせい)の毒の影響により、もはや一刻の猶予も許されない危険な状況だった。


 神崎は、額に脂汗を浮かべ苦しそうな表情を浮かべる結衣の顔を静かに見つめた。彼女の命の灯火が、今にも消えそうなほど弱々しく見えた。


 そして、固い決意を秘めたようにエピメテオスに尋ねる。


「お前って、確か高性能AIだったよな?」


「はい。クロノスほどではありませんが、僕も高性能AIです。」


「じゃあ、お前はこの車を自動操縦しながら、この特殊戦闘スーツのAIアシストも出来るか?」


「はい。それは可能です。」


「ですが、AIの処理能力を二つに分散することになりますので、特殊戦闘スーツの本来の性能をMAXまで引き出せないかも知れません。」


「神崎…何をする気なの…?」


 (かす)れた弱々しい声で、辛うじて意識を取り戻した結衣は、不安の色を(にじ)ませた瞳で神崎に尋ねた。


「エピメテオスは、この車を操縦しながら、俺の特殊戦闘スーツのAIアシストをしてくれ。俺が奴の足止めをする。」


「そんな…無茶よ…!」


「さっき、ディナショーの会場で彼女と少し戦ったけど…彼女は相当な格闘技の達人よ。」


「特殊戦闘スーツのAIアシスト機能を半減した状態で、素人のあなたが叶うわけないわ…。」


「………。」


 神崎は険しい表情をしたのち、どこか覚悟を決めたような優しい顔を結衣に向けた。


「大丈夫。お前の指導のおかげで俺の合気道は上達した。」


「そこにエピメテオスのAIアシスト機能が加われば、きっと勝てる。」


 結衣は(うる)んだ瞳で心配な顔を神崎に向けていた。彼女の心臓は、早鐘を打っていた。


「よし。エピメテオス。じゃあお前は、このままこの車を運転しながら成田に向かいつつ、俺の特殊戦闘スーツのAIアシストをしてくれ。」


「俺が奴を足止めしておくから、結衣を無事に成田まで送り届けるんだ。」


「はい。わかりました。」


ピピピ…!ファーン…


 すると、無機質な電子音と共に神崎の特殊戦闘スーツのAIアシスト機能が起動し、彼のスーツに鮮やかな緑色のLEDラインが脈打つように輝きだした。それは、これから始まる壮絶な戦いの序章を告げる光のように見えた。


 ランボルギーニは神崎一人を路上に下ろすと、結衣を乗せたまま成田空港に向けて走り去っていった。


 神崎は遥か後方から迫りくる漆黒(しっこく)のバイクの女に視線を向けて立った。


「おい、エピメテオス。ちゃんとAIアシスト出来てるか。」


 神崎が呼びかけると特殊戦闘スーツに取り付けられた小型スピーカーからエピメテオスの音声が聞こえてくる。


「はい。しっかりAIアシストスタンバイしてます。」


「よし、じゃあ今からここに向かってくるバイクを合気道で止めてみせる。」


「お前はAIアシストで身体全体の可動域の能力を上手く分散して、それが出来るようにしてくれ。」


「はい。わかりました。」


「ですが、神崎さん。理論上はバイクを合気道で投げることは可能ですが、それはとても危険な行為です。」


「現在、バイクは時速約80キロメートルで接近中です。衝突時の運動エネルギーを計算すると、仮にバイクの質量を200kgだとすると、約49キロジュールと推定されます。」


「僕は出来るだけAIアシストでサポートしますが、少しのミスが死亡事故になります。」


「わかった。」


 神崎は返事を返すと、彼は呼吸法で精神を統一させた。深く、ゆっくりとした呼吸を繰り返すたびに、神崎の意識は一点に集中していく。


 周囲の喧騒は遠ざかり、迫りくるバイクの音だけが鮮明に彼の感覚を支配した。


 両腕を大きく広げる動作をしたあと、重心を下げてゆっくりと両腕を下げ(てのひら)を開き身構えた。それは力士がぶつかり稽古をする時の受け止める側の姿勢だった。


 漆黒のバイクは彼との距離を詰めてどんどん接近していく。神崎の額に汗がにじむ。


 バイクを運転する女は一瞬驚いたが、女の顔には狂気にも似た嘲笑(ちょうしょう)が浮かび、アクセルを緩めることなく、むしろ(わず)かに加速した。


 その時だった。差し出された神崎の(てのひら)が、猛烈な勢いで迫る漆黒のバイクのヘッドライトに触れた瞬間、けたたましい金属音と共に、想像を絶する衝撃が彼の全身を襲った!


(警告。衝突時のエネルギー、推定四十九キロジュール。骨格及び内臓への深刻な損傷の可能性、極めて大。回避行動を推奨――)


 エピメテオスの機械的な警告が響く!


 神崎の意識は研ぎ澄まされていた。0.001秒というとてつもなく早い世界で展開される。


 AIアシストが、接触した掌の表面に微細な力場を展開、一点に集中する衝撃を(わず)かに分散させる。


 同時に、特殊戦闘スーツのナノファイバーが瞬時に収縮、神崎の腕全体の筋肉を鋼のように硬化させる。


 だが、それでも強烈なエネルギーは容赦なく伝播(でんぱ)する。


 (てのひら)の骨が(きし)む音、手首の関節にかかる異常な負荷。通常ならば、ここで骨は砕け、全身は吹き飛ばされるだろう。


(エネルギー流路を再構築。体幹(たいかん)への直接伝達を最小限に――)


 エピメテオスの精密な演算が、神崎の意識よりも早く彼の体を操る。


 接触点からのエネルギーの流れを読み取り、AIエピメテオスは特殊戦闘スーツの各部のナノファイバーの収縮率を瞬時に最適化。


 衝撃は、(てのひら)から手首へ、(ひじ)へ、そして肩へと、まるで奔流(ほんりゅう)がダムを流れ下るかのように伝播(でんぱ)していく。


 その過程で、特殊戦闘スーツは、各関節にかかる負荷を分散させ、筋肉の収縮をアシストすることで、本来の可動域を超えた、微細かつ複雑な動きを神崎に強いる。


 肩に到達した強大なエネルギーを、AIエピメテオスは逃さない。


 体幹(たいかん)へと流れ込もうとするエネルギーを、特殊戦闘スーツの腰部と下半身に配置された高密度ナノファイバーネットワークへと誘導する。


 まるで熟練の武道家が体全体をバネのように使い、相手の力を逃がすように。


(上方向へのベクトルを生成。重力加速度とバイクの質量に基づき、最適角度を算出――)


 AIエピメテオスの指示に従い、神崎は接触した(てのひら)を支点に、全身を滑らかに回転させる。その動きは、まるで高速で回転するコマの軸をほんのわずかに傾けるようだ。


 バイクの持つ強大な前進する運動エネルギーは、AIエピメテオスによって、ほんの一瞬の接触の中で、上方向への回転エネルギーへと見事に変換されていく。


 特殊戦闘スーツは、神崎の足裏のグリップを極限まで高め、地面を強固に掴む。


 同時に、腰部のナノファイバーが爆発的に収縮し、神崎の体全体を強靭なバネのように押し上げる。


 次の瞬間、神崎は、あたかも巨大なカタパルトのように、接触していたバイクを真上へと弾き飛ばした!


 轟音(ごうおん)と共に、漆黒の鉄塊(てっかい)は重力に逆らうように空へと舞い上がり、夜空に一瞬、異様な軌跡(きせき)を描いた。


 漆黒のバイクが真上に飛ばされる刹那――。


 バイクを運転していたレザースーツの女はシートを蹴り、(ひざ)を抱えて後方に宙返りするように飛び上がる。


 バイクはそのままビルの6階相当まで飛び上がると、やがて地面に激突し、割れた燃料タンクから漏れ出したガソリンが電気系統で引火し大炎上した。


 女は姿勢を屈め大きく開脚するように地面に着地した。


ドガアアアン!


 深夜、静寂(せいじゃく)を切り裂くように、暗闇の中に(まぶし)閃光(せんこう)(ほとばし)った。


 爆発寸前のバイクから身軽に飛び降りたレザースーツの女。


 しなやかに伸びる脚、鍛え抜かれた引き締まったボディラインが、漆黒の光沢を放つスーツに映え、息をのむほど美しいプロポーションを際立たせる。


 その視線は、ただ一人、神崎を射抜いていた。


 風になびく(あで)やかな黒髪。紫色の口紅。女がゆっくりと黒のサングラスを外すと、奥から現れたのは、妖しく黄緑色に輝く瞳だった。それは、人間離れした異質な雰囲気を(ただよ)わせていた――。




第十二話 完


第十三話に続く

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