表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛・ヒューマンドラマ

浮気男にざまぁする直前にその妹に転生しました

作者: 二角ゆう

お読みいただきありがとうございます!

以前書いたお話がどうしても気に入らないので、主要な登場人物はそのままに、内容はほとんど変えてリベンジ投稿になります。

「レイカだけはいつも俺の味方だろ?」


 タクヤがレイカにそう言ったのは浮気相手と別れた日だった。


 もし時を戻すことが出来たら何か変われたのだろうか。


 レイカもタクヤも男爵家の生まれ。2人は付き合い始めこそ“真実の愛だ”なんて言っては盛り上がっていたが、今ではレイカの心は冷めきっていた。


 2人の両親はレイカとタクヤが付き合い始めた頃と変わっていないと思っている。婚約こそしてはいないが、両家公認であった。


 レイカは愛情溢れる両親に育てられたので、2人の悲しむ顔を見たくないと思い、今まではタクヤの素性を話さず、平然を装い過ごしてきた。


 だがこの前見てしまったのだ。タクヤが浮気相手と抱き合っていた。少し距離があったのでレイカが見たことは気がついていないようだった。


 レイカは見てはいけないものを見てしまったように近くの木の陰に隠れてしまった。その木にもたれかかって脱力すると、タクヤに対して完全に冷めてしまった。


 自分は今までこんな男に何をやっていたのだろう。そう思っていた矢先のことだった。別れた途端、タクヤはレイカに会いに来たのだ。


 それでもタクヤは状況を1人だけ分かっていないようで、レイカが冷めているとは疑わない笑顔を向けて猫なで声を出す。


「レイカだけはいつも俺の味方だろ?」


 もう我慢出来ない。


 怒りを我慢するレイカは目をつぶった。


 ここで盛大に平手打ちをして別れを切り出す。


 そう決心したのだ。


 レイカの身体は怒りで熱くなっていた。いつもなら冷静になだめてくる理性も、積もり積もった怒りには勝てないようで端のほうでひっそりと身を潜めているようだ。


 目を開けると、レイカは怒った顔のまま、タクヤに近づくと、右手を振り上げた――。



 突然、目の前が真っ白になった。



 ■



 私はなぜかタクヤの妹になった。それを確信した時、男爵の元へと急いだ。


 侍女は男爵の執務室へと案内した。侍女が男爵の部屋のドアをノックしている。


 私は部屋へと入ると、男爵が目を大きくしてこちらを見ている。カナは男爵に近づいていく。


「お父さま、今日レイカさんが亡くなったそうですが、ご存じでしょうか?」

「あぁ今、挨拶に行ったばかりだよ、残念でならない。彼女はタクヤにはもったいないくらい良い子だったから、これからもタクヤのそばにいてくれて安心だとばかり思っていたのに⋯⋯」


 男爵はカナの言葉に下の方に目線をずらすと顔を歪めた。私は喉の奥がきゅっと締まるのを感じた。


(あぁ、タクヤのお父さんはまともな方だったのに、どうしてタクヤはあんな風になってしまったんだろう⋯⋯)


「あのお父さま、レイカさんが亡くなったばかりで申し訳ないですが、お兄ちゃんが他の女の人と浮気していたのを知っていますか?」

「えっ浮気だと?」


 私は真剣な顔で男爵に伝えた。


「はい、しかもレイカさんは、その人とお兄ちゃんが一緒にいるところを何度も見かけています。それに対してお兄ちゃんは悪びれる様子もなかったし、これじゃあレイカさんにあんまりだと思って⋯⋯」


 男爵の顔は見る見る赤くなっていく。私は怒った顔に変わっていく男爵を見て、他人ながら少し怖く感じた。


「何い? あいつは不貞を働いていただと?」

「⋯⋯はい、調べればすぐに分かることかと」


 男爵は私の大人びた話し方に疑問を感じないほど、肩には力が入り今にも机を壊しそうな気迫だ。


 予想以上の反応だったが、1週間後に開かれた家族会議ではもっと驚かされた。


 困った様子の侍女から部屋へと案内されると、タクヤの両親ともう1人の兄が座っていた。すぐにタクヤもやって来た。


 タクヤは何が起こるのか分からないようで、皆の顔を見比べていた。


 タクヤが椅子までやってくると、男爵はそれを見て立ち上がった。


「タクヤ、お前はレイカさんという女性がいながらも不貞を働いていたな」

「えっ⋯⋯不貞というほどでは――」


 タクヤは口から自然と言葉をこぼし始めたが、それを聞いた男爵は見る見る顔を赤くする。わなわなと少し震え始めた。


「何を言っている? 立派な不貞行為だ! 調べさせたらレイカさんと付き合っている間に何度も別の女性と会っていただろう? 誰と不貞を働いていたかはすでに調べがついている!」


 そう言いながらタクヤの方へ近づいている。タクヤはそれを見て眉をひそめている。


「はぁ、何が悲しくてこんな話をしなければならないんだ⋯⋯。お前は一族の恥だ! ⋯⋯タクヤ、廃嫡か反省か選びなさい」


 男爵の口からいきなり出た“廃嫡”という言葉に私はどきりとした。


「そんな! 反省⋯⋯反省します! チャンスをください!」


 タクヤは縋り付くように男爵に頼み込み始めた。男爵は長く息を吐いた。


「我々の領地にハボスと言うところがある。まだ開拓中だが、そこへ行って揉まれてきなさい。話は通しておくから――」


 ハボスは痩せた土地に岩山のような荒野が続いているところらしい。


 男爵はそれ以上何も言わなかった。男爵は一方的にタクヤにそう伝えると、家族会議は終わった。


 私は胸がすっとしたように感じた。しかし、予想以上の出来事に驚いてしまった。


 部屋へと戻り椅子に座って紙を置くと、ペンを持った。そして真っ白な紙を見つめる。私がタクヤと出会ったのが真っ白だったなら⋯⋯私はペンを勢いよく走らせ始めた。


 ペンを走らせる手は止まらない。新しい紙を手に取る。それは私の中に溜まった全ての気持ちを絞り出すかのようだった。


 カラン


 ペンを置くと、何かを書き終わると封筒に入れて、部屋を出る。


 タクヤの部屋へとやってくると、タクヤの執事が私を部屋へと入れてくれた。私がタクヤを見ると、さすがに青ざめた顔をしている。


「あれっカナ、どうしたんだ? ったく親父もハボスに飛ばすなんて酷いよな。こんなことして親父こそ反省してほしいよ」

「この⋯⋯お兄ちゃん!」


 私は怒りで違う言葉がでそうになるのをぐっと堪える。そしてタクヤへ伝えたいことがあったが、どう説明しようか困っていた。それでも手に持った封筒をタクヤに渡した。


「上手くは説明できないんだけど、死後の世界のレイカさんから手紙が来ました。中は読んでないけど、これを読んで、ちゃんと反省したほうがいいと思う」


 私は家族会議が終わった後、今の気持ちを正直に手紙に書いたのだ。出会ってから今までたくさんのことがあった。


 楽しい思い出ももちろんある。だけれどもこの悲しみはどうにも消えない。さっきの男爵とのやりとりに、私は胸が熱くなってその感情のまま書いてしまったのだ。


 タクヤは何かを考えているのか、眉をひそめてゆっくり手を私の方へ伸ばしてきた。私は封筒を渡すと、なぜか緊張し始めたので急いで部屋へと戻った。


 自分の部屋へと戻った私は、その晩、中々寝付けなかった。その夜中、タクヤとの思い出が頭の中でぐるぐると巡っていた。


 ――――――


 レイカはとある男爵家の誕生日会に呼ばれていた。誕生日会も終わりの方に近づいて落ち着いてきたので、庭園を散歩していると向かいから自分と同い年くらいの男の子が歩いているのが見えた。


 レイカは思わず立ち止まってその男の子を見ていた。男の子はレイカの視線に少し歩く速さを緩めたが、そのままレイカに近づいてきた。


「君も誕生日会に呼ばれてきたの?」

「そうです」


 そこで2人は挨拶を交わした。


「僕、あんまり同年代の人に会ったことがなくて、今日は君に会えて嬉しいな」

「ふふっ私も⋯⋯」


 その言葉が眩しくて、嬉しくて、レイカの心はあったかくなった。


 それがタクヤとの出会いだった。


 タクヤは自分の気持ちを言葉に出す方だったけど、照れ屋だった。


 その照れている姿も可愛いとレイカは感じていた。


 同じ男爵家に生まれ歳も近いので、会う機会も多かった。


 会う度に熱くなるタクヤの視線にレイカの胸を焦がし始めた。


 会う度に嬉しくなって、タクヤの言葉に一喜一憂していた。


 レイカが笑顔をなれば、タクヤも笑う。


 レイカが眉をひそめれば、心配そうな目を向けた。


 そのタクヤの眼差しには慈しみを感じていた。


 そして2人は付き合い始めたのだ。レイカは照れながら、でもうれしそうにその事を家でも報告した。


 ――――――


 気がついたら朝になっていた。

 私は朝ごはんを食べに行くとタクヤに会った。早々にハボスへ立つと聞いた。


 見送りの時間になった。


 タクヤは見られたくないのか周りを気にしながら私に近づいてきた。


「カナ、昨日くれた手紙なんだけど⋯⋯」


 それを聞いた私の心臓は魚のように跳ねた。


「うっうん」

「⋯⋯俺の手紙は死後の世界⋯⋯レイカに届けられるのか?」


 予想とは反した真剣な顔でタクヤは聞いてくる。


「⋯⋯たぶん渡せると思う」

「ふーん⋯⋯分かった」


 タクヤはそう言うと行ってしまった。


(あの手紙はレイカからのものだって確信したのね)


 タクヤがハボスに経ってから紐で縛られた幾つもの封筒が私の手元に届いた。


 紐をほどいて見てみると5通入っていた。日付が書いてあるので、毎日のように書いているみたいだった。


 私は一番日付の古い封筒をペーパーナイフで封を切った。


 内容は酷いものだった。タクヤの言葉を借りるとこんな感じだった。


 ハボスは何にもない。道は舗装されてなくて馬車は揺れるし、街もほこりだらけ。


 もっと酷いのは、カドマと言うおっさんがハボスで面倒を見てくれるって言ったんだが、最悪だった。


 俺が何か言うと殴ってくるし、食べ物も食えたものじゃない。


『食えねえならお前は食うな』って酷くないか? かったいパンで顎が壊れそう。部屋はホコリだらけで小さいし、『自分で掃除しろ』って何様だよって思う。ベッドは固くて背中が痛くなった――。


 その後もそんな調子が続いている。


 2通目を開ける。


 荷解きは終わっただろうって今日から開墾ってやつを手伝わされるらしい。カドマに大きなスコップを持たされてついていくと、カッチカチの土なのにひび割れているんだ。


『ここからここまで掘れ』って言うんだ。こんな固い土どうやって掘るんだよ。それでもやらないと怒られるから、仕方なくやったけど全然掘れないんだ。喉も乾いたし、お腹も減ったから昨日と同じかったいパンを出されたけどとにかく口に入れた――。


 3通目――


 昨日と同じところを掘らされてる。もう昨日ので全身筋肉痛だってカドマに訴えたよ。


『これだから軟弱なやつは⋯⋯。とにかく掘れ! 少しでも働け!』って一喝してくるんだ。身体がボロボロの相手にいう言葉かって信じられなくなった。


 その後もハボスとカドマへの愚痴は終わらない。


 全部読み終わると返事を書いた。


 私は『そのまま全身でもっと反省しろ』って書いてしまった。


 もしかするとこの手紙を読んで、タクヤが怒って返事は来ないかもしれないと思ったが、投函した。


 ――――――


 レイカは伯爵家で行われる舞踏会に招待されていた。その話をタクヤにするとタクヤも招待されていて、うれしそうにパートナーを申し込んでくれた。


 レイカもタクヤもダンスはあまりやったことがなかったので、舞踏会までそれぞれの家でダンスの家庭教師をつけた。だが、実際に踊ってみるのが大事なので、お互いの家に集まってはダンスの練習をした。


 レイカはタクヤの手を握るだけで胸がうるさくなり始め、手汗が大丈夫か気になった。


 その距離で目が合うと、一瞬緊張で身体が固くなりステップが遅れてしまう。そこで先生から注意されてしまった。


 休憩時間になると、タクヤはレイカの顔を覗き込んで「僕も目が合うと緊張して固くなっちゃうんだ。だって君とこんな近くで目が合うんだもん。ドキドキしちゃうよ」と照れていた。


 レイカはタクヤともっと一緒にいたいと思う気持ちを日に日に強くさせた。


 ――――――


 それからまたしばらくすると、私の手元には紐で縛られた手紙が届く。


 私は一番古い日付の手紙を探して中を開けた。


 スコップを持つ手は血豆ができてボロボロになっていく。このままだとペンが握れなくなってしまうかもしれない。カドマに訴えたら殴られた。


『仕事も出来ないんだから、文句を言うんじゃねえ! 手の皮が厚くなれば、そのうち楽になる。とにかく手を動かせ』って楽になる気がしないよ。


 俺に任された場所はまだ全然掘り進められていない。何でこんな土地に住もうと思うのか、俺にはさっぱり分からない。


 その後も読み進めていると、ようやく私の返信を読んだみたいだ。


 ”言われなくても、全身で反省してるっつーの”と書いてある。どこまでも憎まれ口だ。


 そのまま手紙を読み進める。


 レイカ知ってるか?

 焼きたてのパンってめちゃくちゃ美味いんだ。いつもかったいパサパサのパンなんだけど、朝食で焼きたてのパンを食べたら人生で一番美味かった。男爵家に帰ったらパン屋を作ってもらおうと父に頼もうと思う。


 それには私も笑ってしまった。


 それからもやりとりは続いた。


 いつしかタクヤの手紙にはカドマと呼び捨てにしていたのが、カドマさんに変わった。


 スコップであんなに愚痴を言ってたのに、筋肉が増えて掘るのが楽になったと書いてある。


 それから最近は採掘場にも行っているそうで、何が出るかはお楽しみのようだ。


 ――――――


 レイカはタクヤとの交際が順調だと思っていた。タクヤは優しかったし、レイカともよく笑っていた。


 たまたま学園の授業が一緒になると、タクヤは女の子の隣に座っていて何か話していたみたいだった。


 授業が終わって、タクヤに「タクヤは人気者なんだね」と言うと、タクヤは嬉しそうだった。


 私はそれが間違いの始まりだったと気がついたのはずいぶん後のことだった。


 それからタクヤは女の子の相談にのっていることをレイカに話した。レイカは隠さずにちゃんと話してくれたタクヤの気持ちが嬉しくて「タクヤは優しいんだね」と笑って返した。


 それから少しして、タクヤは申し訳なさそうな顔でこう言った。


「この前相談を受けていた女の子から抱きしめられたんだ。ごめんね」

「そっか⋯⋯でもちゃんと言ってくれたから、大丈夫だよ」


 強がりだった。


 でもちゃんと言ってくれたから、タクヤに笑顔でそう返した。


 ――――――


 またタクヤから紐で縛られた手紙が届く。


 日付の古い順に並べて封を切り始める。


 レイカ聞いてくれ!

 今日はカドマさんから初めて褒められたんだ。俺に任れていた土地をようやく掘り返したんだ。


『タクヤ、やったじゃねえか』って頭をしくしゃくしゃにされたよ。俺は両手を上げて喜んだのに、『まずは1回目だな』って付け加えるんだ。


 俺は目を丸くしたら、『これから2回目を始めるぞ』ってどん底に突き落とすんだ。それでもここは俺に任されたところだからやるしかないな。


 手紙を読み進めると、今度は採掘の話が出てきた。


 採掘場ではツルハシって道具を使うんだ。スコップは下に力を入れてたけど、ツルハシは壁に向かって打ち付けるから身体の使い方が全然違う。


 久しぶりにまた筋肉痛になった。


『ここにも希望が詰まっているんだ。どんどん掘るぞ』ってカドマさんが言うから、何か見つかるまでどんどん掘ろうと思う。


 この土地は本当に無いものが多いからな、俺も少しでもこの土地の良いところを見つけてやりたいんだ。


 しかも私の近況も聞いてきた。

 私は元気ですと書きたかったが、死後の世界と言うことになっているので、“元気です”は駄目かなと思い直し『まぁまぁです』と返した。


 ――――――


 レイカとタクヤが過ごす時間は日に日に減っていく。


 タクヤの態度もだんだんと変わっていくのが感じ取れるようになった。いつもは学園の授業の合間や終わった後も会って話していた。それが断られていく。


「悪いけど今日は帰るな」

「忙しいのかな? 大丈夫よ」

(最近会えないな⋯⋯何かあったのかな?)


「用事があるんだ」

「また用事? 私は大丈夫よ。次は私とも会ってね」

(会いたいのにな⋯⋯)


「週末も忙しいな」

「来週も駄目なの? ⋯⋯うん、大丈夫」

(私見ちゃったの。あなたが会っている人は誰なの?)


「来週も忙しい」

「いつなら会えるの?」

(何で、あっちのほうがいいの?)


「こっちから連絡するよ」

「⋯⋯分かった⋯⋯大丈夫⋯⋯」

(苦しい⋯⋯なんで私じゃ駄目なの?)


「⋯⋯⋯⋯」

(もう私のことは、どうでもいいのね⋯⋯)


 ――――――


 タクヤが家に帰ってきた。

 細くて白かった身体が筋肉でがっしりとして少し小麦色になっていた。


「あっお兄ちゃん、おかえり。ハボスはどうだった?」

「カナ、実は採掘場があったんだがガーネットが出たんだ。カナはガーネット好きだったっけ?」

「うん、好きだよ」


 タクヤはそれを聞いて、手紙と小さな小包2つを受け取った。


 周りを確認した後、タクヤはこっそり告げた。


「1つはカナの分。それから⋯⋯死後の世界に物は送れるんだろうか?」

「分かんないけどやってみる」


「ありがとう。俺は父さんに報告してくるわ」


 私は部屋へと帰り、椅子に座ると小包を開けた。


 ころりと少し箱の中で転がる。

 中を見ると“ガーネット”のネックレスが入っている。


 手紙の封を切る。


 レイカ聞いてくれ!

 ついに採掘場から宝石が出たぞ!

 レイカが好きだったガーネットが出たんだ。他の宝石も出る可能性が高いみたいだから、皆で掘り進めようって話しているんだ。


 その文面からは喜びが伝わってくる、それを読んだ私の口元は大きく緩む。


「タクヤは私がガーネットを好きな事覚えててくれたんだ」


 手紙はもう一つある。


 封を切って中を見る。







 それはレイカに宛てた長い、長い、謝罪だった。






 何枚に渡り自分の愚かな行いとレイカを傷つけたこと、そしてそのことについて後悔していることが、書かれてある。


 ――――


 そのきっかけは、ガーネットを見つけた時、タクヤは一度家に報告に帰ろうと思い荷造りをしていると、ある封筒が目に入った。


 それは死後の世界のレイカから初めて貰った手紙だった。


 それを開けて読んでみる。


 そこにはレイカの心の叫びが書かれていた。それは自分したことには思い当たることはあったが、それに対してレイカがどんな思いだったのかがか書かれてあった。


 自分はなぜこれを受け取った時にちゃんと読まなかったのだろう。

 壁に頭を打ち付けて反省をする。


 タクヤは何度も、何度も読み返す。


 俺はなんてことをしていたんだろう⋯⋯。

 地面に突っ伏して見えないレイカに謝罪する。


 レイカが強がっていることも知らずに、自分の良いように解釈していた。


 ――――


 レイカはその手紙に書かれているタクヤの文字を目で追っていた。


 レイカが心の叫びを吐露した初めての手紙の内容に寄り添うように、それはまるで対話しているかのように見える。


 レイカはあの手紙をタクヤが何度も読んでくれたのだと確信した。私の心に気がついてくれたんだ。


 タクヤの手紙がレイカの心に反芻する。


 何も無いハボスで色んなことを見つけたように、俺はちゃんとレイカと向き合ってレイカと色んなことを見つけておけばよかった。


(私もあなたともっと色んな事を見つけたかったわ)


 俺がスコップを持つ手にある血豆をいつまでも気にしているように、君が大丈夫と言っても大丈夫じゃないことをちゃんと気がついて寄り添えば良かった。


(私がちゃんと大丈夫じゃないって言えば、何か伝わったのかしら)


 俺が掘っても掘っても、なかなか掘ることが出来ない土地でも、飽きらめないで掘り続けていた。

 君とも根気よく正面からぶつかればよかった。君がいつも俺のそばで味方でいてくれたように、俺もいつまでもそばで味方になれば良かったんだ。


 私はこの時、ずっと引っかかっていた“味方”と言う言葉が、彼の中では“愛してくれる存在”と言う事だとようやく分かった。


(私も諦めずにぶつかれば何か変わったのかしら)



 私は手紙を読んでペンを握った。






 でも、1文字も書けなかった。



 ただ紙が涙で濡れただけだった。




 報告から戻ってきたタクヤに出くわすと、どこかへ出掛けるようだ。


 行き先を聞くと、私もついていくことにした。


 馬車の中でこれからのことを聞いた。父は許したそうで、ハボスへ行くのは終わりだと言ったそうだ。


「俺はまたすぐにハボスに戻るんだ。これからはこの家と行き来するよ」

「なんで? もう終わったんじゃないの?」

「まだ終わってないよ。あの場所はこれから始まるんだ。兄貴がいるから跡継ぎの心配はないからな。今、自分に出来る事をやってみたいんだ」


 タクヤの笑顔は輝いていた。それでも笑顔を引っ込めると目を伏せがちにしている。


 この場所はレイカの家へと向かっている。


 しかし少し手前で止まった。私は顔を上げてタクヤに聞いた。


「レイカさんの家に行くんじゃないの?」

「⋯⋯これは俺個人の謝罪なんだ。それに向こうも俺が来たら困るだろう?」


 私はタクヤが心から謝罪をしてくれているんだろうなと思った。タクヤの態度からも申し訳なく思っているのが感じとれる。


 そして私は一通の封筒をタクヤに手渡す。


 タクヤはそれを受け取ると、中を見た。


 私が渡した手紙は、涙でよれただけの真っ白な手紙。


 目を見開いてしばらく眺めている。


「⋯⋯黙祷してもいいか?」

「ねえ、1つだけ聞いても良い? レイカさんはその⋯⋯味方だったの?」

「⋯⋯レイカは⋯⋯俺を愛してくれたんだと思う。⋯⋯俺もようやく大切な存在だったんだなって気がついたんだ⋯⋯。今は⋯⋯俺もレイカを愛している」


 タクヤの口からは飾りのない言葉が紡ぎ出された。


 そしてタクヤは目を閉じて黙祷を始めた。


 私は黙祷を続けるタクヤを見ている。


 その間に私の心の中には色んな思いが混ざり合う。


 見たことがないほど変わったタクヤを見て、目から溢れた涙が頬を伝う。


 思わず下を向いて目を閉じる。


 もし私があの時違う言葉を言っていたら変わったのだろうか


 私が何かをしたら未来は変わっていたのだろうか


 私がタクヤの隣を歩き続ける未来はあったのだろうか



 ■



 目を開けたると、()()()は、右手を振り上げた。


 そこで止まってしまった。


 この振り上げた手を思い切りぶつけて自分の気持ちを伝えるべきなのか。


 宙に上げた手はゆっくりと下へと下がっていく。


 レイカはタクヤの方を見た。タクヤは目を見開いていた。


「レイカ⋯⋯」


 タクヤは無意識にこちらをに向かって近づいてくる。すると深々と頭を下げた。


「俺はなんてひどいことをしていたんだろう⋯⋯レイカを傷つけて本当にすまなかった⋯⋯」

「もしかして⋯⋯記憶があるの?」


 レイカは頭を下げたままのタクヤにそう問いかける。


「君は死後の世界から帰ってきてくれたのか?」


 そう言いながらタクヤは顔を上げる。その目には涙が浮かんでいる。


「⋯⋯えぇ、そうよ。私ね、全然大丈夫じゃなかったの。すごく怒っていたの」


 ちゃんと伝えないといけないとレイカは思って無理矢理言葉に出してみる。


 喉はきゅっと締まって、変な声になってしまったが気にしない。


「ああ、全部聞かせてくれないか?」

「時間がかかるかもしれないわよ?」


「君と過ごすより大事な時間はないんだ」


 レイカは下を向いて「あのね⋯⋯」と話を始めた。


 タクヤは静かにレイカの話を聞いてくれた。その後レイカはタクヤににっこりと微笑んだ。


 レイカはその後もっと関係が変わるものだと思っていたが、何も起こらない。痺れを切らしてタクヤに聞いてみると「実はハボスに言って開拓したいんだ⋯⋯でも何も無いところだし君は連れていけないから」と躊躇していた。


「私も行くわ。私はあなたのそばにいたいの」


 レイカは元気よく答えた。タクヤの目は揺らいだ。


「あのさ⋯⋯それって結婚してもいいってことかな?」

「⋯⋯プロポーズしてくれるの?」


 レイカが顔を赤くしてそう聞くと、タクヤは泣きそうな顔をしてレイカを強く抱きしめた。それを見て、抱きしめられている感覚が伝わってレイカも泣きそうになった。


「レイカ、大好きだ。結婚して下さい」

「タクヤ、私も大好きよ」


 それから巡るましく日々が過ぎていった。


 タクヤはすぐに両家に挨拶しに行った。そしてタクヤの父に「ハボスに言って開拓を手伝いたい」と申し出た時は目を丸くしていた。その隣でレイカも「私も付いていきたいんです」と伝えると、タクヤの父は顔を背けて目を潤ませた。


 ハボスに着くとタクヤは初めて来たとは思えないほど、テキパキとレイカに説明した。


 それからカドマさんにも会った。スキンヘッドで口の上に髭を蓄えていた。少し怖そうな面持ちだがタクヤが「カドマさん、これから頑張ってついて行くので俺に色々と教えてください」と頭を勢いよく下げると「男爵様の息子だからどんなひよっこが来るのかと思ったら、なかなか見込みがありそうだな」と気に入った様子だった。


 前にタクヤからもらった手紙はもちろん手元にはないが、手紙に書いてあった通り、かったいパンも出てきたし、背中の痛くなるベッドだった。それを見てレイカとタクヤは笑い合った。


 タクヤはスコップで血豆を作ったが、クタクタになって帰ってきたタクヤの手に軟膏を塗った。


 作れる日はパンも作った。その日はもちろん焼きたてパンを出す。レイカが焼きたてパンを持ってくると、タクヤは子どものように喜んだ。


 月日が経ってガーネットが発掘された頃、レイカとタクヤの息子が生まれた。


 息子が走り回る歳になるとタクヤは小さなスコップを渡して地面に枝で小さな四角を書いた。そして「ここは任せたぞ」と掘るように伝えた。かちかちで全然掘れなかったが、息子はやらない日もあったが、何とか地道に掘っていた。


 その頃になると娘も加わった。そのうち何処から手に入れたのか分からないが、上にレバーがついていてそれをくるくると時計回りに回すと、下のスクリューが回って土を掘りやすい道具を使って掘っていた。


 その後、息子がもう一人増えた。言葉を話し始めたので、自分の名前を教えたが「ジョシュア」なのに「領主」としか聞こえない。何とも頼もしい次男だ。


 息子が学園に入ると「騎士になりたい」と言っていた。レイカとタクヤは笑顔を向けた。タクヤは「やりたいことは何でもやってみなさい」と言いながら息子の肩を叩いた。毎朝木刀を持って稽古をしている。


 ある時、娘が学園に通い始めると「私の友だちが1月生まれでガーネットを欲しいって言うの」と言ってきたので詳しく聞いてみた。


 するとなんと公爵令嬢だったようでハボスにある質の良い大きいガーネットをありったけ送った。1月の誕生石はガーネットなのだ。


 それから少しすると今度は王室から宝石の問合せがきた。ちょうど発掘されたばかりの珍しいオレンジ色をしたガーネットを送ったことをきっかけにハボスは国中から注目されるようになった。


 すると騎士になりたいと言っていた長男は王都で騎士の訓練生に声がかかったのだ。


 ちなみに次男はお金勘定が好きなようで、本当に次期ハボス領主になってくれるかもしれない。


 レイカとタクヤは「仲睦まじい領主様」と呼ばれている。


 ある晴れた心地の良い日にタクヤは家の外のベンチに座っていた。レイカはタクヤを見つけるとその後ろ姿が動かないので、寝ているのかと思った。


 少し距離を取りながら顔が見えるところまで移動すると手には紙を持っていた。それをタクヤはじっと見ているようだった。


 くしゃくしゃに歪んだ紙。何も書かれていない真っ白な紙だ。


 レイカはしばらくその紙を見ていたが、ようやく何か気がついた。


 でもおかしい。あの人生に関わる物は1つも持ってこれなかったのだ。


(私が気に入ったあのガーネットのネックレスも持ってこれなかったのに⋯⋯本当にあの時の紙なのかしら?)


 そう訝しんでいると、タクヤがこちらを向いた。レイカは一歩下がる。


「あっごめん。寝ているのかと思ったの。⋯⋯それって⋯⋯手紙?」


 タクヤはそれを聞いて少し気まずそうな顔をした。


「実はあの時ポケットに入っているのを見つけてね⋯⋯戒めにずっと持っていたんだ。内緒にしててごめんね」


 レイカはそれを聞いてタクヤに近づくと横に座った。


「いいの⋯⋯まさかあの時の手紙があるとは思わなかったから、驚いただけよ」


 レイカはそう言うとタクヤの方を下から覗いた。


「それはもういらないんじゃない? 一緒に破いちゃわない?」


 タクヤは目を丸くしたが、その後レイカを慈しむような目に変わった。


 私たちが戻ってきたあの日から、タクヤは一切の怪しい行動はなく、何でもレイカに話してくれた。レイカも自分の気持ちは隠さずにありのまま伝えるようになった。


 レイカは涙で濡れたあの手紙はとっくに必要のないものだと思った。


「破いちゃおうか」

「ええ」


 びりびりと紙の破れる音が辺りに響く。


 それは紙吹雪になって穏やかな風と共に舞っていった。


(おしまい)

最後までお読みいただきありがとうございました!


誤字脱字がありましたらご連絡お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 元の鞘におさまるお話、賛否ありますが、私はそれぞれの事情と人間性によると考えます。  独善的思考や悪習慣、嗜虐癖などを改めない人物と復縁する話は感心しませんが、タクヤのように苦労を重ねて芯から改心し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ