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9)噛みつき魔4

 学食を出た僕たちの頭上にはやはり痛いほどの日差しが降り注ぐ。敷地内にはいくつかの校舎が並んで建っていて、それぞれに番号が振られていた。午後の講義は既に始まっているらしく、外を歩く学生の姿は少ない。

 僕は深呼吸をして生ぬるい空気を胸一杯に吸い込んだ。先ほどはなんだか妙な気分だったが、外の空気を吸うと頭がすっきりした。吸血鬼とこのまま関わっていくことについては正しい行動かどうか分からないが、今回の事件が解決するまでは付き合ってみようと思う。その結果で今後の身の振り方を決めればいい。

 ぼんやりと立ち尽くす僕の隣で、美智はスマホを熱心に眺めている。


「センダーにもこの大学の学生はたくさんいますが、噛みつき魔を見つけるのは難しそうですね」

「美智さんは僕の個人情報を知っていたけど、それと同じようにはいかないの?」

「学生の数が多いので、噛みつき魔と関わりのあるアカウントを見つけ出すことがまず難しいですね。私の友人はアカウントを指定すれば個人情報の特定をしてくれますが、その前段階のことは面倒くさがってなかなかやってくれません。私たちである程度は調べる必要がありますね」

「そう言ってもどうやって」


 たくさんの学生の中から、本人に悟られずに人を探す方法など思いつかない。


「とびきりの美人を探しましょう」

「え?なんだって?」

「吸血鬼は美形が非常に多いんです。厳密には人間に好かれやすい姿をしているということですね」


 花に擬態して集まってきた虫を食べるカマキリのように、食糧である人間がおびき寄せられる姿をしているのか。

 確かに美智はくっきりと整った顔立ちをしていて、六十年前にアイドルをしていたのも頷ける容姿だ。すれ違えば思わず目を奪われる。しかし、僕自身には当てはまらないことに失望を隠しきれない。


「善君は人を安心させるような顔立ちですね。よく道を聞かれたりするのではないですか?人間に好かれるという点では、理にかなっています」


 すかさず飛んできた彼女のフォローには苦笑いで返す。君はお人好しだね、とは良く言われた。実際、名前に恥じぬように善人であろうと努力してきたつもりではあるから、僕の生き方はそれほど間違っていなかったのだろう。


「とにかく、美形を探しましょう。男でも女でも、ぱっと目を引く美人であれば吸血鬼の可能性がありますから」


 僕は半信半疑だったが、それしか手がないのであればやるしかない。

 学生課のある建物はガラス張りで、ちょうど外の見渡せる位置に勉強スペースがあったため、一席借りて向かい合わせに座る。時々通りかかる学生を眺めては、美智が首を横に振るのを確認する。


 三十分ほど経った時、美智はふと思い出したように言った。


「善君と爽太さんはどういった関係なんですか?友達よりは親しそうに見えましたけど」

「兄の孫だよ。兄と言っても、同じ育ての親に育ててもらっただけで血は繋がってないんだけどね。僕らは戦災孤児なんだ」

「ではご両親は第四次世界大戦で?」

「多分ね。実は僕には六歳より前の記憶が残っていないんだ。一人でうろついているところを榎本夫妻が拾ってくれたらしい。彼らは戦災孤児を何人も引き取って育てていて、僕もその一人というわけさ。運が良かった」


 第三次世界大戦で世界は滅びかけ、人口は三分の一にまで減少し、多くの技術が失われて文明が三百年後退したと言われている。その百年後に起きた第四次世界大戦の頃に僕は生まれた。

 榎本夫妻のもとで一緒に育ったのが、二歳年上の仁である。彼とは一番馬が合い、十八になって榎本夫妻の元から巣立った後も本当の兄弟のように支え合って生きてきた。戦後の混乱した世界を生き抜けたのは彼がいたからだ。


「それでは自分が吸血鬼だと気づかないのにも納得ですね。全員が空腹だったあの時代に、ただの空腹か血への欲求なのか区別はつかないでしょう」


 残飯を漁って歩いた日々を思い出す。あの時感じた飢えは、もしかしたら血への欲求だったのかもしれない。少しのきっかけで隣を歩く仁の首に喰らいついていた可能性があるかと思うと、自分が恐ろしくなる。


「いい時代になったよ」


 通り過ぎる学生を眺めて呟いた。若者が怯えることなく、お腹いっぱいに食べられる時代が来たことは喜ばしい。

 それから十五分ほど経って、三限の講義が終わった。校舎からは洪水のように学生たちが溢れ出てきて、僕たちは忙しなく視線を動かして目を引く学生を探した。

 友達と歓談しながら歩く学生たちは、僕の目から見れば全員が輝かしく視線を奪われた。諦め半分で外を眺める僕とは対照的に、美智は真剣な眼差しでしっかりと観察していた。


「いました」


 彼女が指を差す校門のそばに、男女二人組の学生が立ち止まって笑い合っていた。二人で一つの日傘に入っており、日陰の中でもくっきりとした目鼻立ちが見て取れ、すらりと長い手足はモデルのようだ。美男美女のカップルに、他の学生の視線も自然と彼らに集まっていた。

 美智はスマホで何枚か写真を撮り、それから僕の耳に口を寄せた。


「今日の任務は完了です。これにて解散としましょう。私は写真をもとに彼らのことを調べてみます。何か分かったらまた連絡しますね」


 言いたいことだけ言って、彼女はあっという間に立ち去ってしまった。後を追いかけようとも思ったが、人混みに紛れていく彼女を見て無理だと悟る。

 もう少しだけ、楽しそうな若者たちを眺めていたい気持ちがあったのかもしれない。僕には学友とどうでもいいことを議論したり、朝まで飲み明かした経験はないけれど、彼らを眺めていることで自分が過ごしたかった青春の記憶を埋められる気がした。

 

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