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4)僕らは同胞4

 からん、と溶けた氷の鳴らす音が僕を正面の少女に集中させる。

 目の前に座るオニヒメは、僕が同胞であると告げると明らかに目の色を変えた。

 危なくなったらオレが警察呼ぶから、とスマホの通話は爽太と繋げたままになっている。彼は向かいのカフェでこれまでの会話を聞いているはずだ。この二週間で予想して来た問答通りには進まないことも多かったが、なんとか吸血鬼の話まで持ち込めた。


「それが真実かはさておいて、とても興味深いお話ですね」


 彼女の口調はゆったりとしていて余裕がある。僕の切り札は、彼女を動揺させるには弱すぎたようだ。


「もし私が吸血鬼だったら、善人太郎さんは何を聞きたいんですか?」

「正直、僕は何も知らないんだ。今まで普通の人間として生きてきたから。一番知りたいのは、僕の残りの寿命があとどれくらいあるのか、かな」


 本当のことだ。僕はあとどれくらい、ひとりの時間を生きなければならないのか。八年前に兄が死んだ時、随分小さくなってしまった身体に酷く狼狽したのを覚えている。最後に触れた頬は硬く冷たく、自分の若々しいままの手に失望した。少し前まで遥か下にあった爽太の目線は、いつの間にか僕より少し上にある。きっとまた僕は置いていかれるのだ。

 僕の言葉に、オニヒメは目を細めた。彼女は食べ終わったパフェを隅に追いやりながら、ゆったりと口を開く。


「意外な質問ですね。吸血鬼と言うのだから、食糧の入手方法を聞かれるかと思いました。もしや安定した供給源をお持ちなんですか?」


 もし彼女が本物の吸血鬼ならば、下手な嘘はすぐに見破られるだろう。それが僕と爽太で出した結論だった。嘘をついて警戒されれば、何も情報を分けてもらえないかもしれない。


「僕は今まで一度も血を飲んだことがないんだ。だから、その、人間の血の入手方法なんて知らない」

「血を飲まない吸血鬼なんているんですかね。果たしてそれは吸血鬼と言えるのか。そもそもどうして、あなたは自分が吸血鬼であると断言できるのですか?ぜひその根拠をお聞かせ願いたいところですね」


 からかわれているのだろうか。彼女は吸血鬼でもなんでもなく、妙なことを言い出した男をその気にさせて楽しんでいるだけではないのか。吸血鬼という言葉を出した時、明らかに彼女の雰囲気が変わったように感じたが、僕の直感はいつだって当てにならない。

 しかし可能性がある限り、引き下がるべきではないだろう。


「八十年くらい前に、吸血鬼殺人事件と呼ばれた事件があったのを知っているかい?」


 爽太に教えてもらった内容をそのまま伝える。根拠と言うにはあまりにも内容が薄い。それを真剣に伝えることは恥ずかしくさえあったが、他には根拠も何も持たないのだから仕方がない。

 話を聞き終わったオニヒメは、喉の奥で笑いを堪えているようだったが、やがて抑えきれなくなった笑い声が漏れ出した。彼女はしばらく口元に手を当てて肩を震わせていたが、ようやく抑え込み、唇だけは笑みを浮かべたままに言った。


「なんて面白い人なんでしょう。たったそれだけの理由で、私の秘密を知っていると脅し、自分も吸血鬼の仲間だと自信たっぷりに宣言したというわけですか。それで知りたいことが吸血鬼の寿命?」


 再び彼女は笑い声を漏らす。大真面目な顔をして話した僕が馬鹿みたいだ。少しでも期待して胸を高鳴らせた自分に腹が立つ。


「くだらない話をしてしまったようだね。脅して呼び出すような真似をして悪かったと思ってる」


 落胆を隠せないままに伝票を取る。どうやって信用してもらうか作戦を練ったこの二週間は無駄だったようだ。彼女はただ、妙なメッセージを送ってきた男を面白がっていただけなのだろう。


「あら、どこに行かれるのですか?」

「帰るよ。貴重な時間をありがとう」


 立ち上がった僕の腕をオニヒメの白い手がつかむ。少女らしからぬ強い力は僕を席に戻すのに充分だった。


「少しからかいすぎました。私はあなたのことがとても気に入ったんです。もうふざけないので話をしましょう。いいでしょう、榎本善さん?」

「僕の本名を」

「仲良しの水沢爽太さんもお呼びして構いませんよ。どうせ近くで聞いているのでしょう?」


 先程までただの少女だったオニヒメが、急に恐ろしいものに見えた。舌が強張ってうまく言葉が紡げない。


「君は、何者なんだ」


 ようやく発した声は裏返っていた。


「あら、あなたが言ったんじゃないですか。お前は吸血鬼だと」


 笑みを浮かべた彼女の犬歯はやはり尖っていて、僕はうかつに吸血鬼と関わったことを悔やんだ。


お読みいただきありがとうございます!

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