3)僕らは同胞3
「やば。善君どうしよう。オレ、あんまり深く考えてなかったかも」
「とりあえず謝って、許してもらおう」
僕は爽太の手からスマホを奪い取り、操作を教えてもらいながら返事を打ち込む。
「申し訳ありません。脅すつもりはございませんでした。ただ、過去にあなたとよく似た人物がいると気が付きましたので、その件についてお話を聞いてみたいと思った次第です。失礼は重々承知ですが、直接お会いできたらと存じます。ご検討よろしくお願いします」
焦りのあまり、読み返すこともせず返事を送信した。こんなメッセージにまともに取り合う人間がいるとは思えなかったが、数分後に返って来たのは待ち合わせの場所と時間、日付を決めるためのメッセージだった。
何度かやりとりをして二週間後の夜七時、横濱駅から徒歩五分の場所にあるファミレスで待ち合わせることを決めた。お会いできるのを楽しみにしております、と締め括り、僕はようやく息をつく。
「こんな感じで成功するとはね」
思わず笑みのこぼれた僕に対して、爽太の表情は硬い。脅しの件を後悔しているのかと問いかけると、彼は小さく首を横に振った。
「実はさ、もう一つ善君に言いたいことがあったんだよね」
「深刻なことなのかい?」
「そうじゃないんだけど。オレの勝手な予想というか、想像というかさ、まぁとにかく突拍子もない話なんだよ」
ごにょごにょと要領を得ない話し方は爽太らしくない。急かさず続く言葉を待っていると、彼は絶対に笑わないでよ、と釘を刺した上で話し出した。
「善君は吸血鬼なんじゃないかって思うんだよ」
僕が笑っていないことを確認してから、彼は続ける。
「八十年くらい前に、無差別殺人事件があったの知ってる?被害者は二十人で、見つかった遺体には血が一滴もなかったっていう事件」
「知ってるよ。子供の頃だったけど、吸血鬼殺人事件とか言われて大騒ぎだった。捕まった時、犯人は遺体の血を啜っている最中だったとか聞いたけど」
本当か嘘かは知らないが、口元を真っ赤に染めた犯人が「腹が減ってしょうがない」と叫んでいたというのは有名な話だ。
「その犯人は死刑になったんだけど、裁判で自分は吸血鬼で、血を飲まないと腹が満たされないから仕方なかったって供述したらしい。それでさ、ここからが本題なんだけど、犯人は戸籍上は百二十歳だったみたいなんだよね。でも当時の写真だとどう見ても二十代にしか見えない」
僕と同じだ。そんな昔の事件のことは忘れていたが、確かにそんな報道がされていた記憶がある。
心臓が妙な跳ね方をしたが、冷静を装って口を開いた。
「なんとなく覚えてるよ。もしかして本物の吸血鬼なんじゃないかって噂になってた。それで、専門の機関で詳しく調べるとか報道されて、あれ、それからどうなったんだったかな」
大きな事件だったからニュースでも連日取り上げられていた。しかし、その結末がどうだったかは記憶にない。
考え込む僕を見て、爽太は大きく頷いた。
「そうなんだよ。それから急に情報がなくなって、犯人が本当は何者だったのか、ただの人間だったのかそれとも吸血鬼だったのかは明らかにされてないんだよね。気になって調べてみたんだけど、分かったのは死刑宣告から二週間後に獄中死してるってことだけ。死因は不明だってさ」
「獄中死?なんか不自然だね」
僕の反応に、爽太は満足したらしい。目をきらきらと輝かせながら自分の鞄をあさり、分厚いファイルを僕に差し出して来た。
「実はこの他にも似た事件がたくさん起きていてね、これは全部吸血事件の新聞の記事なんだ」
ぺらぺらと中身をめくってみれば、確かにコピーした新聞の記事が几帳面に綴じられている。傷害事件や殺人事件、未遂事件もあったが、いずれも血に関係する事件だった。首元に突然噛みつかれて血を吸われただの、血抜きの遺体が発見されただの、吸血鬼の仕業だと言われれば信じてしまいそうになる。
「ここにある事件の八割が、迷宮入りもしくは犯人の死亡でカタがついてるんだ。どう?何か大きな陰謀を感じない?」
「つまり、吸血鬼は存在するし、そのことは隠されているってことかい?」
「善君にして鋭いね。まあ全部オレの想像なんだけどね」
僕はなんとなく新聞のコピーをめくり、はたと手を止める。
「爽太は僕が吸血鬼じゃないかって言ったけど、僕は今まで誰かの血を飲んだことなんてないよ。まさか根拠は、最初の事件の犯人が戸籍上の年齢より若かったってことだけかい?」
彼は小さく舌を出して頷く。到底信じられないことだ。血を飲みたいと思ったことなんて一度もない。自分が吸血鬼で、人間ではないなんて考えたこともない。だが、もし自分と同じで歳を取らない人間がいるのならば。また心臓が跳ねる。落ち着かない気分だ。
「善君が吸血鬼かどうかは正直分からないけど、会う約束したオニヒメはそうかもしれないよ。名前もそれっぽいし、動画見てるとなんとなく犬歯も尖ってる気がするし」
「僕はまだ半分くらいしか信じてないけど、もしそうなら秘密を知ってるとか送ったのは悪手なんじゃない?口止めされるかも」
新聞を見る限り、穏便な方法での口止めは期待できない。会うのをやめるべきだと思った。それでも僕の口は勝手に言葉を紡いでいた。
「僕はどうして歳を取れないのか知りたい。少しでも可能性があるのなら、彼女に話を聞いてみたい。一緒に戦略を練ってくれないか」
自分の口から積極的な言葉が出たことが意外で、思わず口を手で覆った。
ずっと一人きりで変わらぬ姿のまま生きていかなくてはならないと思っていた。同胞がいるのだと知れたら、それだけでも大きな支えになると、動くなら今だと鼓動が強く己を鼓舞した。
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