2)僕らは同胞2
水沢爽太が僕のアパートを訪ねて来たのは、二週間前のことだった。彼は部屋に上がるなり、スマホに映る少女の写真を見せつけてきた。
「へえ、彼女かい?可愛いね」
名前に違わぬ爽やかな好青年である爽太は、僕の軽口に小さく笑いながら否定した。
「違うよ。たまたま見つけた画像なんだけど、今見せたのは最近流行ってるセンダーの有名人のオニヒメ。そしてこっちが、三十年前の人気動画配信者みっちょす」
爽太が端末画面をスワイプすると、先ほどと似た少女がゲームをプレイする動画が流れ出す。
僕が黙ったままでいると、爽太は再び画面をスワイプする。
「最後にこれが六十年前のアイドル、有栖川ミチルの写真」
画質が粗い写真だったが、先の画像の少女とそっくりだ。金色の癖っ毛に縁取られた小さな顔は陶器のように白く、大きなアーモンド型の瞳が印象的である。
「三人ともそっくりだと思わない?」
彼は鼻の穴を膨らませて得意げであるが、僕には彼の意図が分からない。
「三人は親子とかそういうこと?」
「違うよ。善君は鈍いなぁ。この人、善君と同じで歳を取らない人間なんじゃないかなと思ったんだよ。親子にしたって似過ぎてると思うし」
爽太は僕のことを善君と呼ぶ。それは彼が小さい頃からずっと変わらない。すでに他界した兄の孫である彼が今も僕のことをそう呼んでくれるのはとても嬉しい。
「歳を取らない人間なんているのかな。この女の子がそうとは思えないけどな」
「善君がそれ言う?自分は九十四歳で老ける気配ないのに、どうして他にも同じような人がいるって思えないの」
爽太の言葉に僕はただ唸る。
自分が歳を取らないのではないかと気がついたのは、三十代も半ばを過ぎた頃だった。元々年齢の割に若々しいとは言われていたが、さすがに若すぎると不審な目を向けられるようになった。当時勤めていた会社の同僚たちは年齢とともに身体の不調を訴え、顔にもシワやシミが現れ、年相応の見た目になっていた。ところが僕は、二十代の頃と全く変わらぬ姿形あったのだから当然だろう。それは若作りというには無理があり、僕にも理由が分からないのだからうまく誤魔化すこともできなかった。
四十歳を超えた頃に仕事を辞め、それからはふらふらと一箇所にとどまることなく暮らしてきた。兄の仁がいなくなった今、バイト先の同僚と爽太だけが話し相手である。
「でも九十四年間生きてきて、僕と同じような人間に出会ったことはないよ。仲間がいるなら、当然会ってみたいとは思うけどさ」
「なら、メッセージ送ってみるよ。ちょっとスマホ貸して。善君のアカウント作ってこの人に会えないか聞いてみるから」
差し出された爽太の右手にスマホを渡す。
機械に疎い僕に代わって、爽太にはさまざまな設定をやってもらっている。そのため彼は僕のスマホのパスワードや設定などありとあらゆることを把握しているのだ。
「よくわからないんだけど、赤の他人から会いたいと連絡があって、本当に会ってくれる人なんているのかい?それにその子は有名人なんだろ?僕だったら絶対に会わないけど」
「それは工夫次第だよ。まあ任せろって」
手慣れた様子で画面をタップする彼には自信がありそうだ。口を出さずに待つこと数分、爽太からスマホが返ってくる。
「この善人太郎っていうのが善君のアカウントね。今送ったメッセージがこれ」
「なんだかダサい名前だなあ。それに胡散臭いよ」
「いい加減な名前の方がそれっぽいんだよ」
「ちょっと待って。こんなメッセージ送ったの?こんなの脅しじゃないか!だめだめ、怖がらせたらかわいそうだ。取り消しとかできないのこれ?」
先ほど見せられた画像三枚と、「お前の秘密を知っている」というメッセージが合わせて送られていた。心当たりがなくても不快になるメッセージだろう。
色んな所をタップしてみるが、よく分からない設定の画面が表示されただけだった。
「こういうメッセージじゃないと興味持ってもらえないよ」
「爽太、早く取り消して。お前はそういうことする人間じゃないと思ってたよ。僕のためを思ってくれたのかもしれないけどこんなのは間違いだ」
納得いかない様子の爽太にスマホを押し付ける。彼は渋々受け取って何か操作しようとしたが、その指はぴたりと止まる。
「返事来ちゃった」
想像よりずっと早い返信に、爽太も驚いているようだった。彼の隣から画面を覗き込んだ僕は小さくうめいた。
「メッセージありがとうございます。これは脅しと捉えてよろしいですか?そうであれば、然るべき措置をとらせていただきます」
爽太は、眉を八の字に下げた困り顔を僕に向けた。きっと爽太も同じ顔の僕を見たことだろう。
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