1)僕らは同胞1
からんころん、とリンゴジュースに浮かんだ氷が涼しげな音を立てた。グラスの表面を撫でるように結露が滑り落ちていく。テーブルに小さな水たまりができるのを横目で見つつ、僕は向かい側に座る少女に注意を向けた。十代の後半とみられる彼女は、注文したパフェのアイスを長いスプーンで掬い取りながら、上目遣いで僕を見つめる。
「それで、私の秘密を知っているとおっしゃいましたね。詳細をお聞かせ願えますか、善人太郎さん?」
彼女は手元のスマートフォンを操作し、僕に液晶画面を向けてくる。そこには「センダー」というSNS上で僕が彼女に送ったダイレクトメッセージのやり取りが表示されていた。
僕は「善人太郎」というユーザーネームで「お前の秘密を知っている」というメッセージと共にいくつかの画像を彼女に送り付けている。彼女はすぐに直接会おうとメッセージを返し、その結果、僕たちはこの混んだファミレスにいる。
「君はセンダーの有名人だろう。見た目からしてまだ十代くらいのはず。だけど君は、六十年前にアイドルとして、三十年前に動画配信者として有名になったことがあるよね。その証拠画像はメッセージで送ったから見たと思うけど。
いずれの画像も髪型やメイクの多少の違いはあれど、目の前に座る少女と同一人物に見える。彼女はスマホの画面上で画像を拡大したり縮小したりしているが、その表情に焦りや怒りは見て取れず、秘密を突き付けられた人物のそれには見えない。見当違いの指摘かもしれないと不安を覚えるが、僕には後に引けない理由がある。
「他人の空似でしょう。こんな昔の人、私は知りませんよ」
彼女は鼻先で笑い、再びパフェに向き合う。
「本当に知らないのかな。それなら、僕のメッセージを無視することもできたはずだ。こうして話を聞いてくれるのは、何か心当たりがあるからじゃないのかい?」
乾いた口で言葉を紡ぐ。リンゴジュースを口に含んだが、氷が溶けて薄まって、ほとんど味がしなかった。
「私は、数十年前の画像を私の『秘密』として送りつけてきた意図が分からなかったので興味を持っただけです。だって、現実的に考えて何十年も若い姿のままでいる人間が存在するわけがないでしょう。それなのに画像を私本人だと決めつけるのは、あなたのほうに何か心当たりがあるからじゃないのですか?」
質問を返され、僕は再びジュースを口に含む。少女の大きな瞳が僕をとらえて逃がさない。その視線は、何かを探るかのように真っすぐで気圧される。僕には大した手札も、それを補うだけの話術もない。
だが覚悟は決めた。僕はこれを言いたくて彼女に会うことにしたのだ。
「君は、吸血鬼なんだろう?」
僕の言葉に、彼女は初めて大きな笑みを浮かべた。艶のある唇から覗く犬歯は普通より少しだけ尖っているように見えた。
「ねえ、それが本当だったら、あなたは殺されちゃうかもって思いませんでしたか?」
肯定ととらえていいのだろうか。僕は冷たい汗がこめかみを流れるのを感じた。
「こんなに人目の多い場所では難しいだろう。それに僕は、君を脅そうとしてこんな真似をしているわけではないよ。もし君が吸血鬼で、年も取らずに何十年も生きているのなら、教えてほしいことがあるんだ」
極力冷静を装って言った。彼女のスプーンを持つ手は完全に動きを止めており、こちらに興味を持っていることがうかがえる。あともうひと押しだ。
僕が唯一持つ切り札。使うなら今だ。
「実は僕も同胞なんだ」
彼女の瞳がきらりと輝く。
もう後戻りはできない。これで合ってるよな、と僕はポケットのスマホを握りしめた。
始まりました。
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