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9話:査察

「……………」


 今日も今日とて、ラスティは執務室で書類の山と格闘する。帝国大臣の椅子に座る彼の前には、まるで意志を持ったかのように積み上がる紙の塔。


 通常の業務だけでも骨が折れるのに、良識派の一人として、ミッドガル帝国の腐敗を抉り出す使命が彼を追い詰める。犯罪組織の撲滅、腐敗派の掃討、治安の向上、革命軍への備え――その全てが、ラスティの肩に重くのしかかる。並の人間ならオーバーワークで潰れる仕事量だが、転生者としての常人離れした体力を持つラスティには、多少の無理は許容範囲。いや、許容せざるを得ないのだ。


「流石に、厳しい」


 数時間の書類との死闘も、ようやくラストスパート。ラスティは菓子を一つ摘み、不足した糖分を補給する。まるで脳みそに燃料を注ぐかのように。


(進捗は順調。腐敗派や犯罪組織が溜め込んでいた資金のお陰で大分事が進めやすい)


 腐敗派や犯罪組織から没収した莫大な資金。それを治安向上、経済政策、軍備増強、そして「慈善活動組織アーキバス」の資金源に流用する。帝国の礎を固める一方で、ラスティの「計画」の裏の資金としても活用している。まるで、腐敗の膿から新たな希望を絞り出す錬金術だ。


(順調とはいっても、果たして革命軍が蜂起してしまう段階までに間に合うかどうか……必要とはいえ、やはり規模が大き過ぎる。この際もう少し完成度は目を瞑って、ガワの完成だけでも優先させるのを検討してみるのもアリだろう)


 ズキリと、酷使した頭が悲鳴を上げる。思考の歯車が軋む音が聞こえるようだ。


(もう少しだが、まぁサインする訳でもない。休憩するとしよう)


 そう思い、菓子をもう一つ摘もうとする。だが、左手が空を切る。視線を皿に移すと、菓子が皿ごと消えている。


 サクサクと軽快な音が耳を刺す。視線を上げると、ソファに陣取ったデュナメスが、執務机の菓子を勝手に摘んで頬張っている。


 ついさっきまで彼女の存在に気づかなかった。書類に没頭していたラスティの隙を突き、コソコソ侵入したのだろう。


「頂いているぜ、ボス」

「デュナメス、私の菓子を勝手に食べないでくれ」

「悪い、こっちも糖分が不足していてね。甘いものが食べたい気分なんだ。それにボスのものは私のものだからな」

「次からは君の分も用意するとしよう」

「ありがとう、ボス」


 ちょっとしたジャイアニズムを堂々と展開する彼女、デュナメス。ダイモス細胞の暴走で死の淵にいたところをラスティに救われ、今はアーキバスの戦闘員として、帝国大臣となった彼を支える。緑の髪を揺らし、獰猛な笑みを浮かべる彼女は、まるで戦場を生き抜く野生の獣だ。


 時計を見れば、昼下がり。菓子を摘みながらとはいえ、空腹が腹を鳴らすのも無理はない。


「時間も時間だ、昼食を取ろうか。店も予約してある」

「あ? もしかしてお店で食べるのか?」

「視察するついでに、庶民の味を楽しもうと思ってね。席もテーブルで予約してあるから、1人増えても問題ない」

「いいね」


 かくして、ラスティとデュナメスは宮殿を抜け出し、城下町の飲食店へ。帝国大臣の素顔が知れ渡れば騒ぎになるのは確実なので、ラスティは軽い変装で帝都市民に紛れる。

 まるで仮面を被った役者のように。

 店内では、ラスティが肉料理の皿を山のように積み上げ、デュナメスがスイーツの皿を城塞のごとく築き上げる。

 ストレスと頭脳労働、鍛錬によるエネルギー消費が、ラスティを大食漢に変えた。デュナメスも負けず劣らず、甘いものへの執着は獣の如し。


「ご馳走様でした」


 ようやく腹が満たされ、ラスティはナイフとフォークを置く。デュナメスはケーキの最後の一片を切り分け、美味そうに頬張る。


(代金は……)


 積み上がった皿と料理の数を思い出し、大雑把に計算する。多めに用意すれば、余りはチップでいいだろう。だが、視界の端に映った一人の男が、ラスティの思考を中断する。


(……………)


 男の近くには、三人の少女。装いから、帝国の僻地出身と推測される。そして、男の詳細が脳裏に蘇る。ラスティの表情が、凍りつくように変わる。


「デュナメス、どうやら少し仕事が出来たようだ」

「オーライ、ボス」


 ラスティの言葉と気配で、デュナメスも異変を察知。少女のような笑顔から、暗殺者の冷徹な眼光へ一瞬で切り替わる。


「あの男を見張ってほしい。無いと思うが、勘付かれぬように。私は手早く会計を終わせる」

「了解」


 デュナメスは最後のケーキを飲み込み、店の出口へ。ラスティも素早く会計を済ませ、通りへ出る。デュナメスの視線を追い、男を再確認。怪しまれぬよう、他愛ない会話を装いながら、適度な距離で尾行を開始する。


(腐敗派と繋がっている犯罪組織のリーダーと、こんな所で出逢えるとは。僥倖だな)

「ボス、親衛隊は呼ばなくて大丈夫なの?」

「いつしでかすか分からない。それに出動準備は既に発令済みだ」


 デュナメスの問いに、ラスティは右手に握る小さな機械をチラリと見せる。まるで運命を仕掛けるスイッチのように。


「後は、現場を押さえるだけだ」


 尾行を続けて数十分。男と少女三人は、帝都郊外の人気のない店へ入る。ラスティとデュナメスは店には入らず、気配を消し、四人の様子を窺える位置へ移動。


 数分後、店の奥から黒服の男たちが十数人、現れる。犯罪組織と繋がっていると報告されていた三人の男も姿を現し、黒服が少女たちを取り押さえる。


 その瞬間、ラスティとデュナメスは動いた。尾行も情けも不要。帝国の平穏と少女たちの安全のため、ただ殴り込むのみ。


「魔導兵装ゴーレムギア、ラスティ・ヴェスパー、セットアップ」

「ゴーレムギア、デュナメス、変身」


 少女たちを捕らえ、破壊の愉悦に浸ろうとしたその瞬間だった。

 パァン! と扉がブチ破られる轟音。壁に衝突する音が続き、店の全員が驚愕で出入り口を見やる。


「対象を発見、殲滅を開始する」

「外道どもめ。お前らに慈悲なんてくれてやるか」


 蹂躙の幕が上がる。ラスティとデュナメスは一瞬で敵との距離を詰め、接敵。デュナメスは魔力ブレードを展開し、少女を捕らえる黒服の両肩を深く切り刻む。一閃で戦闘不能に叩き込む。


 ラスティは一人の黒服を蹴り飛ばし、数人を巻き込んで吹き飛ばす。その流れで別の男の襟元を鷲掴み、加減なしで投げ飛ばす。悲鳴を上げた黒服は、数人を巻き込み壁に激突。


「ヒッ…!!」


 首謀者たちが逃げようとするが、ラスティは許さない。魔力を属性変形させ、『雷槍穿ち』を放つ。

 雷の槍は首謀者たちの太腿を貫き、筋繊維を破壊。歩行不能に追い込む。

 背後から凶器を手に襲いかかる黒服が現れるが、デュナメスがさらに背後を取り、背中を切り裂く。内臓まで達する壮絶な傷で、ショック死させる。


 制圧完了。少女三人の安全を確保し、敵の戦闘不能を確認。


「デュナメス、3人を頼む」

「おーけー」


 デュナメスが呆然とする少女たちに歩み寄る。


「さて」


 ラスティは首謀者三人の口をテーブルの布で塞ぎ、拘束。なおも這って逃げようとする犯罪組織のリーダーの傷を、正確に踏みつける。


「ギャアアアアアアッ!!?」

「申し訳ないが、逃がすつもりはないんだ」

蹴り飛ばして仰向けにさせ、胸元を踏みつける。

「さて、君には聞きたい事が色々とある。しかし今は場所が悪い。場所を移した後に行うとしよう」

「お前、お前何をやってるのか分かってるのか!? 今すぐ僕らを解放しろ、そうすれば報復の内容も考えてやる!! さもなければお前に生き地獄が待ってるぞ!!」

「ああ、そうか。今は変装しているから気付いていないのか」

ラスティは変装を解く。素顔を見たリーダーの顔が、みるみる青ざめる。

「………な、なんで大臣がここに居るんだよ!!?」

「お前たちみたいなのがいるからだ」


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