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八話:新時代の幕開け

 ミッドガル帝国は、既に末期疾患に侵されていた。まるで自らを食い潰す癌のように、内部から腐敗が進行し、システムそのものが崩壊の淵に立っている。


 ラスティの生まれは帝都。ヴェスパー家は、王国の官僚として機能する、一般市民より一歩抜きん出たエリート層。平たく言えば、裕福な一族だ。


 金銭も教育も、不足なく与えられたラスティは、父の後を継ぐべく幼少から政治の勉強を強いられた。


 だが、彼には転生者としての異質な視点があった。スポンジのように知識を吸収し、常人を超える頭の回転と要領の良さで、帝国の歪みを早くから嗅ぎ取っていた。


 父の言葉によれば、「スポンジのようにあらゆる知識を吸い取っていった」。その言葉は、ラスティの異常な学習能力を端的に表している。だが、それは同時に、帝国の病巣を直視する呪いでもあった。


 幼い頃から、ラスティは帝国の違和感に気づいていた。貧富の格差が広がり、地方は重税で喘ぎ、臣民と異民族の間に横たわる差別、周辺国――いや、異民族との果てしない紛争。


 そして、帝国内に根を張る腐敗の構造。それらは、子供の目にも明らかだった。このままでは、帝国は滅びる。


 だが、父の地位は官僚の中でも低く、相談したところで帝国を動かす力はない。子供の意見が政策に反映されるはずもない。ラスティはそれを理解していた。


 父は「妥協」を選んだ。自分と家族の平穏を優先し、帝国が自分の代で持ちこたえればそれでいいと割り切った。余計な問題に首を突っ込まず、リスクを避ける。それが、平穏を求める者の論理だ。


 だが、ラスティの心は、その選択を拒絶した。

 ノブレス・オブリージュ。

 高貴さは義務を強いる。言葉の厳密な意味はさておき、国を導く者には相応の覚悟と責任が求められる。父は、その覚悟を持たなかった。


 ラスティは決意した。父と同じく政治の世界に身を投じる。だが、父の地位で満足せず、帝国の大臣の座を掴み、腐りきったこの国を少しでも正しい方向へ導く。


 その道がどれほど苛烈であるかは、想像に難くない。腐敗と正面から対峙すれば、腐敗はラスティを排除すべく牙を剥く。


 いつか暗殺され、都合の良い駒に取って代わられるだろう。大臣の座に就けたとしても、帝国全体の病巣を根治する試練が待ち受ける。詳細は未知だが、その困難さは計り知れない。


「これで、最後か」


 帝都の宮殿、その一室。帝国大臣の執務室で、ラスティは今日の書類の山を処理し終える。最後の書類を精査し、署名を重ね、紙の束に置く。長時間の座業で凝った体をほぐすべく立ち上がり、軽く体を動かしながら、窓から帝都を見下ろす。


(こうして見る限りでは、とても平和なんだが)


 だが、その実態は正反対だ。帝都の裏では、犯罪組織が麻薬と人間を売りさばき、利益を貪る。その金が政治の腐敗を育み、腐敗が帝国を蝕む。悪循環の連鎖。


 先代皇帝と皇妃の崩御後、幼い皇帝が即位した。ラスティは腐敗派の官僚を蹴落とし、次期大臣の座を掴んだ。


 だが、権力の頂点に立ち、帝国の内情を詳細に知るにつれ、腐敗の根深さを思い知る。先代皇帝は腐敗に有効な手を打てなかった。いや、先代大臣が腐敗の一部を隠蔽していたのだ。


 自分たちに都合の良い腐敗は温存し、都合の悪い腐敗だけを粛清するリスクマネジメント。先代皇帝には、腐敗が取り除かれたと錯覚させ、裏で私腹を肥やしていた。

 先代大臣が急病で倒れなければ、腐敗派を排除し、この座に就くことはできなかっただろう。だが、腐敗派は今なお帝国に深く根を張り、巨大な権力を握る。油断すれば、ラスティでさえ喰われる。


(良識派、腐敗派、革命軍、慈善活動組織アーキバス、フロイト将軍、イグアス将軍)


 それでも、ラスティはここまで辿り着いた。帝国を少しでも正しい方向へ導けるか、革命に倒れるか、腐敗に飲み込まれるか。一歩間違えれば、誰もが不幸に墜ちる。だが、逃げることは許されない。


 投げ出すことは許されない。一人でも多くの不幸な運命を変えるため、一人でも多くの命を救うため、ラスティは戦い続ける。


「デイ・アフター・デイ」


毎日、毎日、繰り返される闘争。来る日も来る日も、終わらない。

「されど、着実な一歩を」


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