七話:妹奪還③
戦法は剣を浴びせながらの一撃離脱。ヒットアンドアウェイの冷徹な計算だ。
ラスティは剣の達人ではない。だが、戦場で無駄なプライドに縛られぬその姿勢は、彼を自由にする。不意を突き、時には正面から肉薄する。可変の戦闘スタイルは、まるで運命を嘲笑うかのような狡猾さだ。
今、彼は敵を一撃で薙ぎ払い、即座に次の標的を切り裂いて離脱する。武人の冷静な呼吸で相手を観察し、次の瞬間、狂戦士の如く猛り狂って斬りかかる。一刀の下、『ロイヤルダークソサエティ』の構成員たちは血と肉の破片となって消し飛んだ。
「何者だ」
「偽善者」
「……そこのゴミ虫を助けに来たのか」
エクスキューショナーの視線がメーテルリンクに突き刺さる。不愉快そうに鼻を鳴らし、彼女は獲物を値踏みする獣の目で睨む。
「だったら残念だったな。お前はここで死ぬ。女を助けることもできない。八つ裂きになって地を這うことになる」
「随分と自信家のようだ。自分の実力を正確に把握できないのは実に不幸だな。相手の能力さえ満足に測れない」
「ほう? 私より強いと? お前が?」
「君は自分が強いと思っているようだが、その考えは改めたほうが身のためだ。子猫が自身を虎だと吠えることほど滑稽なことはないぞ」
「ぶっ殺す」
「身の程を知れ」
エクスキューショナーが騎士甲冑で大地を踏み潰す。重い金属音が響き、殺意が空気を凍らせる。ラスティは魔力を待機状態から解き放ち、戦闘態勢へ移行する。
「魔力変形・聖剣抜刀」
白い片手剣がその手に具現化する。対するエクスキューショナーは、左半身を前に踏み出し、黒い騎士甲冑に包まれた手をほぐすように動かす。右半身を前に出し、冷酷な声を吐き出した。
「―――お前はここで死ね」
瞬間、彼女は地面を滑るように瞬発し、一歩で数メートルの距離を詰める。体重を聖剣に注ぎ込み、左から右へ、両手で半ば、片手で残りを切り払う。
騎士甲冑と肉、鮮血の感触がラスティの手に伝わる。だが、胴体を断ち切る感触はない。筋肉を締め上げ、硬化させた肉体が刃を拒む。
(――初撃必殺とは行かないか)
胸中で吐き捨て、即座に体を横にずらす。振り抜かれる拳を回避し、刃を振るう。斬り割った箇所を再び狙い、引き戻す動きで切り返す。だが、エクスキューショナーは超反応で応じ、人差し指と親指を弾くように動かし、剣の腹を叩いて受け流す。円の動きを加えた掌底が、ノータイムでラスティに叩き込まれる。
反応し、動きを加速させる。弾かれた刃を懐に引き戻し、体をスウェイさせ、短く刻むステップで掌底を回避。側面から頭を叩き割るように刃を振り下ろす。だが、エクスキューショナーはそれを回避する。
「よくやるものだ。これを避けられるのは初めてだ」
「神経使うからね、お互いに」
エクスキューショナーも同様に体を揺らし、軸をずらす。聖剣を回避し、両腕を防御や回避に縛られず、カウンターの打撃へ移行する。
(デカいブレードを使わず、殴るばかり……何か使えない理由があるのか?)
回避、カウンター、ステップ。この三動作が高速でループする。戦闘の基本は、千の牽制と一の本命で生み出される。
初撃で殺せなかった以上、最後の一撃を叩き込む流れを作らねばならない。
「『ロイヤルダークソサエティ』……その処刑人を自称するだけはある。強いな」
「その名前をどこで知った!」
「情報源は秘密さ。万が一に備えてね」
ラスティは踏み込む。相手に向け、体を寄せながら複数の基点を動かし、視線誘導と行動警戒を強制。急加速のスナップから袈裟切りを放つ。エクスキューショナーの動きが一瞬止まり、斬撃が放たれる――だが、肉は硬い。魔法と技術で硬化させた肉体が、攻撃を防ぐ。
「素直に教えればペットとして飼ってやるぞ」
「お断りだ」
斬撃を刻まれながら、カウンターが叩き込まれる。胸骨を砕く痛みがラスティを突き抜ける。痛みを噛み締め、刃の腹を見せ、衝撃が抜けるように掌底を腹に叩き込む。聖剣が砕け、無数の刃がシャワーとなってエクスキューショナーを刻む。
「魔力変形・聖剣破砕弾丸」
「ッ――!! お前!!」
鋭い聖剣の破片は、衝撃を受け流さず罅を利用して突き刺さる。砕けることを前提とした刃の雨。エクスキューショナーは反射的に後退し、腕を大きく動かし、気流を操って破片を弾く。
「魔力変形・聖剣抜刀」
新たな聖剣を抜き、魔力を通して起動状態へ。ステップを踏み、側面を抜け、背後へ回り込む。肩上まで引き上げた刃を、首を斬り落とす勢いで振るう。
刃が首に刺さるが、肉に挟まれ動きが止まる。エクスキューショナーが呼吸を合わせ、掌底を刃に叩き込む。
(このままでは手をやられるか!)
武器を握っていては手を潰されると判断し、迷わず剣を放す。エクスキューショナーの拳が剣に当たり、弾かれるように滑り、ラスティの頭を狙う。頭を倒し、頬の肉を抉られながら回避。だが、次の手刀が首を刈るのは見えている。
(暴力的な強さだ……!!)
(鳥のようにチョロチョロと!)
後退はない。ラスティはさらに接近し、抱き合う距離で頭突きを食らわせ、零距離で掌底を喉に放つ。
だが、エクスキューショナーは体を捻り、力を流し、腕を滑らせて刀身を弾き、指でつかんで投擲。加速した刃が目に突き刺さりそうになり――掌で弾かれ、砕かれる。
バリン、と黒い騎士甲冑の頭部がひび割れる。オッドアイズの少女の素顔が露わに。砕けた欠片が刺さり、目の横から血が流れ、まるで涙のように滴る。
「魔力変形・聖剣抜刀」
ラスティは踏み出す。
エクスキューショナーの内功が備えているのが見える。魔力や魔法の防御は意味をなさない。シールドごと消滅させるか、殴り殺せばいい。彼女はそれを理解し、技術に頼った戦い方を貫く。
呼吸を盗み、気配と基点のミスディレクションで視線を奪う。相手の反応を見抜き、意志で動きを制御。ラスティは彼女の視界から消え、正面向き合いながら見えない状況を作り出す。一歩で三メートルを詰め、右側面へ回り込み、斬撃を滑らせる。
「巨大ブレード、起動」
今まで使われなかった巨大ブレードが駆動し、ラスティの白い騎士鎧を貫き、背を大きく斬り裂く。血が溢れる。
流れるように背後を抜けようとした瞬間、足が踏み潰され、動きが止まる。全身から力を抜き、脱力するが、背中を押し付けられ、零距離から最高速度で加速した背面の一撃が体を横から殴りつける。
足が解放され、体が吹き飛ぶ。空中で回転し、態勢を整え、着地。血混じりの唾を吐き出し、両足で踏みしめ、剣を構え直す。左半身を前に、右手を引いて切っ先を向ける。
背後で爆発音。蒼、オレンジ、緑の騎士鎧――エクシア、デュナメス、キュリオス――が虜囚を檻ごと持ち、逃げていく。
『目標を確保しました。撤退してください』
ヴァーチェからの連絡。
「―――私はエクスキューショナー。次は殺す」
巨大ブレードを片手に掲げた黒騎士は、跳躍し、暗闇に消える。ラスティもメーテルリンクを抱きしめ、即座にその場を去る。
◆
ヴァーチェが今回の事件の報告書を提出する。
「発端となるのはメーテルリンクのダイモス細胞の活性化。そして『ロイヤルダークソサエティ』はダイモス細胞を集めていた。それは虜囚となっていた者達がダイモス細胞に侵食された女性たちであることから確定している」
敵は世界に潜むテロリスト。もはや、これまで以上の覚悟が必要だ。
残る問題は――。
「お兄様……」
「どうした? 寝れないのか」
「はい。まだあの時のことが怖くて」
「そうか。わかった。一緒ベットへ入ろう。そうすれば寝れるだろう」
「はい、お願いお願いします」
メーテルリンクに刻まれた傷。肉体ではない。精神のトラウマが、彼女を一人で眠れなくさせた。
「お兄様……私だけの、お兄様」
彼女の声は、まるで闇に縋る最後の光のように、ラスティの胸を締め付ける。