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悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業  作者: クロウ・タイタス
第一章:幼年期の終わり
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二話:最初の慈善活動

 父親が、まるで歴史の重みを背負うかのように、厳かに口を開く。


「ラスティ。お前も闇を知る年齢になった。明かそう、我が家の闇と繁栄の歴史を」

「それは『麻薬』と『暗殺』と『奴隷』ですか?」

「どこでそのことを!?」

「書斎に置いてある本にすべて載っていました。まずは麻薬の密売で資金を得て、水面下で暗殺者を雇って敵対者を始末する。更に敵対者の領地から攫った人間や亜人種を奴隷として、市場の奴隷交易で売り捌き、安定した収入と労働力を得る……良く考えられている。しかし下種なやり口と言わざる得ません」

「否定するか?我が家を」


 ラスティは首を振る。その仕草は、まるで風に揺れる木の葉のように静かで、しかし確固たる意志を宿していた。


「肯定も否定もしません。私は既に闇の恩恵を預かって成長しました。裕福な家庭、十分な勉学と訓練ができる組織に所属している」

「それもすべて麻薬と暗殺と奴隷によるものだ」

「人を不幸にして得た幸福ならば、この先の人生、それで得たものを返す為に生きるとしましょう」

ラスティの瞳は、父親を真っ直ぐに射抜く。まるでその視線自体が剣であり、闇を切り裂く光であるかのように。

「奴隷で成り上がった悪徳貴族のイメージ改善を目指す慈善活動……という名目での活動なら、救済措置を取る口実にもなるのではないでしょうか。『釣り合い』が取れた落とし所でしょう」

「妹のメーテルリンクはどうするつもりだ?」

「知らぬままが幸せと思います。不幸の責任は、私が背負い、負債を支払います」

「すまない。情けない父親で」


 ラスティは笑う。その笑みは、まるで夜空に瞬く星のように、柔らかく、しかしどこか切ない輝きを放つ。


「仕方がない事です。昔から続いてきたことを急に変えるなんて難しい。それに領民たちを飢えさせるわけにはいかない。お父様も立場と良心の板挟みだったことは想像できます。私は、弱いことを悪いことだとは思いません。真なる悪は、弱者を踏みつけるシステムと、何もしない事にあると考えます」

「お前は、私を許すのか?」

「許す許さないは問題ではありません。お父様は、悪を成して私達を善とあれと育てた。ならばその蒔いた種は幸福を実らすことこそ、本懐と言えましょう」

「お前は賢い。優しい性格をしている。だからこのまま、人に優しくあってくれ、誰かを助けてあげてくれ。涙を流している者達に、安寧を届けてやってほしい。悪徳貴族だと蔑まれても、人を慈しむ心を失わずにいてくれ」


 ラスティは胸に手を当て、膝を折り、まるで騎士が主君に忠誠を誓うように頭を下げる。


「我が命に代えても、その命題。成し遂げましょう」



「すう、ふうう……」


 ラスティは深呼吸を繰り返し、体内で圧縮と爆発を高速に繰り返す『魔力』を、まるで川の流れのように全身に巡らせる。

 それはまるで、血そのものを魔力に変える儀式のようだ。すると、肉体の内部から淡い光が溢れ出し、彼の存在そのものが神秘の輝きを帯びる。


「属性変形・雷槍穿ち」


 指先から迸る雷は、まるで天の怒りを具現化した槍のように前方へ突き進む。


「属性変形・炎舞一閃」


 手元に纏う炎は、刃のように空間を切り裂き、まるで舞踏のステップを刻むように華麗に燃え上がる。


「属性変形・水鳥飛来」


 水の魔力が鳥の形となり、空を舞い、遠くの木々に着弾する。それはまるで詩の一節が具現化したかのような美しさだ。


「属性変形・冷冷気」


 口から吐き出される氷の息吹は、周囲を凍てつかせ、まるで冬の使者が降臨したかのように世界を白く染める。


 自分で編み出した技を繰り出しながら、ラスティは魔力を極限まで細かく制御する。体の一か所に集中させたり、全身に拡散させたり、属性を自在に変換させたり。まるで己の肉体を楽器とし、魔力を旋律として奏でるかのようだ。


「肉体の魔力強化。……ふっ!!」


『魔力』を纏ったまま、ラスティは徒手空拳の構えで闘舞を始める。

 拳と足が唸るたび、空間が震え、木々が砕け、大地が裂ける。まるで彼の動き自体が嵐の化身だ。


「装備の魔力強化」


 闘舞を終えた刹那、腰の剣を抜き、魔力を剣に流し込む。剣舞が始まり、空間と木々、大地が再び切り裂かれる。それはまるで、剣が世界そのものを再定義するかのような光景だ。


「魔力変形・空間指定・時戻し」


 ボロボロに荒れ果てた大地が、まるで時間が巻き戻るように元の姿を取り戻す。炎の属性変形、肉体や武器の強化、さらには限定的な時空操作。ラスティの魔力は、まるで神話の領域に足を踏み入れつつある。


 この異世界に生まれて十年。ラスティは十歳になった。だが、生活は変わらず、ヴェスパー家の長男として誇れる存在、妹メーテルリンクを支える者となるべく、自己研鑽に励む日々だ。最近は『慈善活動』なる名目で、新たな一歩を踏み出し始めている。


「魔導兵装の準備もできているし……良い調子だ」


 『魔力』は体内ではスムーズに流れるが、剣のような物体に伝えるとなると話は別だ。

 ロスが生じる。

 例えば、鉄の剣に魔力を100流しても、実際に伝わるのは10程度。9割が無駄になる。ミスリルの剣でも、100流して50伝われば高級品だ。それほど、物体への魔力伝達は難しい。だが、よく練られた魔力なら、木や布でも鉄を切り裂くことは可能だ――ただし、消耗は半端ない。


 そこでラスティが着目したのは、ゴーレムだ。

ゴーレムは岩と土でできているが、人の形をして動く。

 剣に比べ、魔力の伝達効率が圧倒的に高い。だが、ただの土では効率が悪い。その秘密は、ゴーレムのコア――心臓にある。知的生命体以外に魔力を伝達しやすい性質を持つこのコアを、ラスティは利用した。

 コアを加工し、胸に装着すれば、硬質かつヒロイックなパワードスーツに変身。武器にもコアを通すことで、ロスなく魔力を伝達できる。これぞ、ラスティの開発した『魔導兵装ゴーレムギア』だ。あとは、実戦でその力を証明するのみ。


「お兄様、おはようございます。朝が早いですね」

「おはよう、メーテルリンク。今起きたところか。随分と寝坊助さんだ。母上に怒られるぞ」

「それは怖いですね。でも時間通りですよ? お兄様が早すぎるのです」

「私は寝るのが不得意だからな、どうしても目が覚めてしまう」

「ふふっ、だからといって手加減して差し上げませんよ?」

「兄の威厳があるからね。負けないさ」


 ラスティが魔力制御の鍛錬法を教えたことで、メーテルリンクの腕はさらに磨かれている。今日も制限状態での手合わせは、決着がつかぬまま続く。


「う、うう……二人とも俺より強いとか父の、ヴェスパー家の主の威厳が……」

「まぁまぁ……子はいずれ、親を超えるものじゃない」

「早過ぎなんですけどっ!?」

「貴方が情けないのよ。悔しかったら政治は任せて剣の腕も磨きなさい」


 木刀が弾き飛ばされ、ラスティはメーテルリンクを押し倒し、首に木刀を押し当てる。黒い魔力の腕――【魔力変形・腕】――がメーテルリンクをガチガチに締め付け、彼女は苦しげに呻く。


「私の勝ちだ」

「降参します」


 ラスティは立ち上がり、彼女から退くと手を差し出す。メーテルリンクは泥だらけの手で触れるのを一瞬躊躇するが、好意に甘えてその手を取る。ラスティに引き上げられ、立ち上がった彼女は、互いに剣を納め、一礼する。


「ありがとうございます」

「ありがとうございました」

「それじゃ、今日もお願いして良いですか?」

「構わないよ」


 手合わせを終え、風呂で汗を流した後、フロアで待っていたメーテルリンクが髪を梳かしてほしいと頼んでくる。


 きっかけは、彼女の髪が跳ねていたのをラスティが手で整えたこと。今では櫛を使い、妹の髪を整えるのが日課だ。コミュニケーションの一環として、ラスティはこれを心地よい時間と感じている。


「ん……ふふ、どんどん上手くなっていきますね。おにいさま。流石です」


 心地良さげに微笑むメーテルリンクを見ると、ラスティの心も温まる。


「それはこちらとしても嬉しい限りだ。我が愛しの妹の喜ぶ顔が見れるのは言葉にできない喜びが胸に湧き上がる」

「いずれは恋人にもこれをやってあげるようになるんですよね……そう簡単にはお兄様はあげたりしないですけど! 私が見込んだ女性しか駄目です!」


 一人で盛り上がるメーテルリンク。その決意に、ラスティは苦笑する。


「気が早いな。どちらかといえばメーテルリンクの方に悪い虫が寄ってきそうで落ち着かない」

「いいえ、私よりお兄様です。それに早すぎる事なんてないです。このままだと絶対、ラスティは将来、多くの女性にモテるようになってしまいます」

「それは男冥利に尽きることこの上ないな。私を好きになって、駄目になった、なんて事を女性達に味わせるわけには行かない。これからも自己研鑽は怠らないようにしないと」

「これ以上格好良くなったら、家族の一線を越えてしまいそうです」

「大丈夫さ。メーテルリンクとなら夜をともにしても泣かせる結末には至らない」

「〜〜〜〜!! もうお兄様!!」


 振り返り、抱きついてきたメーテルリンクに、ラスティも抱き締め返し、苦笑する。兄妹の絆は、まるで揺るぎない城壁のように強固だ。


 今回の任務は、ヴェスパー家領内を根城とする犯罪者集団の排除だ。違法な奴隷取引を行い、ヴェスパーを含む貴族たちの頭痛の種となっている連中。


 規模は大きくないが、魔法戦士を配備し、統制の取れた組織活動を行う。明らかに他の貴族からの嫌がらせも兼ねている。悪徳貴族の名をさらに貶めるか、利用するのが目的だろう。


 『慈善活動』の名の下、犯罪者集団の排除は必須だ。さもなくば、彼らの支配下で幸福を増やす目的は潰える。これは試金石。恵まれた環境にいる自覚と、ノブレス・オブリージュを実行する覚悟があるなら、この程度の依頼は朝飯前のはずだ。

 実力で示す。それがラスティの意図だ。



 深夜、廃村に灯りが揺れる。商隊を襲撃し、成果を上げた盗賊団が宴に興じている。ラスティは白の礼服を纏い、闇の中を歩く。その姿は、まるで月光を纏った亡魂のように異様に映る。


「心を殺して完遂しろ、己の使命を」


 ゴーレムギアの防具と剣を装備し、ラスティは遠くから盗賊たちの様子を窺う。初めての殺人に、気持ちを引き締める。


「魔導兵装ゴーレムギア、セットアップ」


 刹那、『魔力』を練り上げ、体からバトルスーツ、剣へと伝導させる。背中から金色の光が溢れ、ラスティは閃光の如く盗賊団の宴会場に突入する。


「んだぁ? テメェは!?」


盗賊の一人が叫ぶ。ラスティは剣と共に答える。


「偽善者」


 剣閃が乱舞し、盗賊たちは断末魔の叫びを上げながら切り刻まれる。肉と血が飛び散り、塵となって消える。油断しきった彼らは、碌な抵抗もできず瞬く間に全滅した。


「命失われた者に魂の救済を」


 魔導兵装を解除し、白い十字架を立てる。商隊の死体を埋葬し、馬車の荷台を拠点まで運ぼうとした時、荷台がガタリと動いた。中には、檻に閉じ込められたエルフの少女。


「君は……奴隷か」


 首輪、手枷、足枷、猿轡まで施された徹底ぶり。金色の髪とエルフの耳。売り払う算段だったのだろう。


「ひどい傷だ……虐待でもされていたのか……まずは傷を治そう」


少女に触れようとすると、彼女は激しく抵抗する。


「暴れないでくれ、君の傷を治したいだけなんだ」


 少女の腕をつかみ、魔力を流す。


「魔力変形・治療」


 じゅじゅじゅ、と音を立て、傷が消える。少女の抵抗も収まった。


「傷は治した。枷を解く」


 小さな剣で鉄の檻を壊していく。


「貴方は……何者なの?」

「ヴェスパー家長男のラスティだ。今は慈善活動組織『アーキバス』の一員としてここに来ている。といっても一人だけだがね」

「助けてくれて、ありがとう」

「君だけでも助けられて良かった。まずは家につれて帰って、家族を探してもらおうか」

「いないわ」

「いない?」

「みんな殺された」

「……そう、か。なら、君はどうしたい? ある程度の融通はきけるはずだ」

「……住む場所も、名前も、記憶も、お金も、全部ない」

「なら、私が雇おう。完全週休二日制、6時間に1時間の休憩、高水準の宿泊施設と設備、1時間2000ギル、残業なし」

「?????」

クエスチョンマークを浮かべる少女に、ラスティは安心させるように微笑む。

「大丈夫。君の安全を保証する。慈善活動組織『アーキバス』とヴェスパー家の名にかけて」


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