木像の正体
昔。とある古びた宿屋。夜、そこへ泊りにきた二人の男は案内された部屋、畳に腰を下ろすと、ふぅーと満足そうな息を漏らす。
旅行を満喫。酒に料理を楽しんだあと温泉に入り浴衣を着て、すでに夢心地。赤ら顔でしばし談笑し、さてそろそろ寝るかとその前に一人が便所に行くと言い、廊下に出た。
そして十数分後。戻ってきたのだがどこか落ち着かない様子。目ざとく気づいたもう一人が訊ねる。
「おい、どうしたんだ?」
「え、いや、なに、なにが?」
「いや、やけに慌てているじゃないか」
「え、え、そうかな」
「そうだよ。そう言えばちょっと遅かったし何かあったのか?」
「いや、え、その、女、そうだ、女の像があってな」
「は? 女の像?」
「そうそう。木像かな? いやぁ、美しくてな。窓から入る月明かりでうん、それはそれは、へへへ」
「便所に行ったんじゃないのか?」
「いやぁ、その途中さ。階段を下りてぐぐっと進んだ先。その途中にあった部屋の襖が開いててなぁ」
「ああ、そう言えばこの部屋にも虎の木像があるな。きっと好きなんだなこの宿屋の主人が。自分で彫ったのかな? いや、違うか」
「うんうんうん、それに見惚れてなぁ」
「ふうん……よしと」
「ん? どこか行くのか?」
「そりゃ、決まってるだろ。見に行くのさ」
「え、お、そうか」
と、もう一方が立ち上がると、残った方の男はどこかソワソワ。その様子に気づいたもう一方の男は多分、独り占めにしたいんだろうな、と思い笑った。だが数分後。
「おいおい、やってくれたな」
「え、え、なにがだ?」
「美しい女の像どころか正反対。恐ろしい男の像じゃないか」
まるで仁王像みたいだったよ、と戻ってきた男はドスンと腰を下ろし、胡坐をかいた。
「便所の二つ手前の部屋だろ? やってくれたねぇまったく」
「ああ、いや、そうか、んー」
「どうしたんだ?」
「いや、ちょ、ちょっともう一度見てくるよ」
そう言い、一方が部屋を出る。そしてほんの十数秒でまた戻って言った。
「あれは女の像だったよ」
「ええ? しかし、やけに早かったな」
「まあ、確認するだけだったからね。明らかに女の像だったよ」
「そうか……うーん、部屋を間違えたのかもしれない。もう一度よく見て来よう」
と、またもう一方が部屋を出る。そしてまた同じようにすぐに戻って言った。
「おい、やっぱり恐ろしい男の像だったぞ。それも地獄の閻魔様のようだった。まるで生きているみたいで、ギロリと目が合いそうだったんで慌てて戻ってきちまったよ」
「いや、そ、そうか、そうか……」
「まったくどういうつもり……待てよ」
「ど、どうした?」
「人をからかったにしては楽しそうじゃないな。もしお互いの言っていることが正しいとするなら、像が入れ替わっていることになる。つまりこれは……狸か狐の仕業じゃないか?」
「あ、そ、そうだな……」
「うん。多分、狸だな。この辺りの山のやつだろう。我々を化かし、嘲笑っているに違いない。いや僕を、だな。そっちは美しい女ときて、こっちは恐ろしい男だもんな。全く舐められたものだな」
「ああ……しかし、あ、こんなもう宿を出ようか。うん、そうしよう。おちおち寝れやしないだろう? 糞を食わされるかもしれないぞ」
「いやぁ、所詮は獣。見破ったりと勢いよく踏み込んで怒鳴ってやれば、アイツの玉袋は縮み上がって泣いて許しを請うに決まってるさ」
「いやぁ、やめたほうがいいんじゃないか……?」
「なんだ、臆病だな。いいさ、君が来ないなら僕だけで行くよ。詫びに女の像に化かしてやりたいしね」
そう言って、男は廊下に出ていった。
やがて、その場で耳を澄ませていたもう一方が縮み上がるほどの怒号が聴こえた。
「お前か! 俺の娘に悪戯しようとしたやつは!」
そして二人はドタドタと、はだけた浴衣。おなか丸出しで玉を縮こまらせ、宿屋から逃げて行ったのだった。