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(恋人の)理想と現実の接し方

作者:


「あ~あ、爽くんと話してみたいなぁ……」

「ひな、またそれ?」

 朝、HRが始まる前の教室のベランダで手すりに肘を乗っけて頬杖をついている私に、私と反対側を向き、手すりに寄りかかってあきれ顔をしている私の親友、成瀬愛。

「だって話したことないんだもん」

 がっくりとうな垂れる私。この時間はいつもベランダでおしゃべりをするのが私と愛の日課。それは何故かというと……

「あ、ひな。爽くんいたよ」

 いつの間にか体の向きを変えていた愛が、ある方向を指さす。その先には爽くんとその周りを取り囲むファンの女の子たち。

「相変わらず今朝も女の子に囲まれてるねー」

 そう。ここで愛とおしゃべりしている理由は爽くんを見るため。爽くんとはクラスが違うから、朝から見たら勉強も頑張れる気がするからね。私たちのいるベランダは2階にある。そして、ベランダからは校門と、校舎までの道が少しだけ見えるのだ。だから私は登校してきた爽くんを一目見ようと、少しだけ早めに登校して、毎朝ここにいるのだ。

「だから話せないんだよ」

 私はぼーっと女の子の中の爽くんを見る。爽くんはいつものように爽やかな笑顔で女の子たちの相手をしていた。爽くん、優しいもんね。ファンの女の子たちの前では決して迷惑そうな顔もしないし、追い払うこともしない。彼が女の子に優しいのも人気の理由の一つだ。

「じゃあもし爽くんが一人でいたら話しかけられる?」

 人差し指を立てて、ゆっくり言う愛。

 爽くんは女の子に囲まれてない時はいつも男友達といる。だから一人でいるなんて滅多にないと思うんだけど……もし爽くんが一人でいたら……

「そ、それはそれで緊張して無理っ‼︎」

 想像しただけで恥ずかしくなって両手で顔を覆う私に肩をすくめ、両手を上げる愛。やれやれ、といったポーズだ。そんなのっ恥ずかしくて無理だよっ!

 顔を覆っていた手を外し、再び爽くんに目を向けるとーー……バチッと目が合った気がした。

「え?」

 瞬きをしてよく見てみても、無表情の爽くんはこっちを見ている。

「どうしたの? ひな?」

 私の声に反応した愛が声をかけてきたが、次の瞬間、愛に応えることはできなかった。何故なら爽くんがーー……

「笑いかけてくれた⁉︎」

「え⁉︎ マジ⁉︎ ひな!」

 慌てて愛も爽くんを見る。ありえない。学内でも結構人気のある爽くんが、あの爽くんが私に微笑んでくれたなんて。私はぎこちなく笑顔を返すと、驚きと恥ずかしさのあまり教室に引っ込んだ。

「ちょ、待ってよ。ひな」

 私の後について教室に入る愛。私は自席についた。愛は私の前の人の椅子に腰を下ろす。まだ驚き顔の私は愛に思い切って言った。

「ねぇ、愛。さっき爽くんこっち見てたよね?」

「うん」

「爽くん、私に向かって笑いかけてくれたよね?」

「うん」

 やはり、ゆっくり頷く愛。

「やっぱり!? そうだよね! 私の見間違いとかじゃないよね!?」

 興奮して思わず席を立つ私。クラスメートが私のことを見たが、気に留める余裕はなかった。

「確か……」

 愛の言葉に現実を知らされたようで腰を下ろしてしまう私。もしそれが爽くんが私に微笑みかけてくれてなかったとして……私が一人で笑っていたならば……

「私完全に怪しい人じゃん!」

「いや、誰も見てないから」

 これはよくあるあの、好きなアイドルのライブとかでキャー! あたし今〇〇くんと目が合った! とかいうイタイ現象……本当は目が合っていないのにあったと思い込むあの恐ろしい……。でも、

「それにしても! さっきのが本当だったらすごくない!? すごいよね!」

「……うん」

 あまり喜んでくれない愛。どうしてよ?

「爽くんはタイプじゃないから分からない。まぁ、でも好きな人に笑いかけてもらえるっていうのはすごいことだよね」

 笑顔を見せてくれる愛。あ、そっか。確か愛は私とは正反対のタイプが好みだと言っていた。ドSで俺様なのがいいだとか。私にはよく分からない。だって好きなのにイジられるなんて嫌じゃない? それに自己チューは嫌い。私の意味もちゃんと聞いて欲しいよって思うんだけど。ちなみに私のタイプは、カッコよくて、優しくて爽やかな王子様タイプ。そりゃイケメンの方が良いに決まってるけど、あんまりイケメン過ぎても私が釣り合わないもんね。それから、頭は中の上くらいあればよくて、そうだなぁ……運動はサッカーかバスケやってたらカッコいいよね。音楽だったらバンド! 中でもギターはすごくいい!

「そうだよね! どうしよう……私すごく嬉しい! 嬉し過ぎて次会った時顔見れないよ」

 笑顔から困った顔になる私に愛は声をあげて笑った。

「まずは話しかけられるようにしなくちゃね」

「でもきっかけがないのに話しかけられないよ。いきなり知らない人に話しかけられたら絶対変な人だと思われる」

 机にだらーっと腕を乗せる。私だっていきなり知らない人に話しかけられたらその人のこと怪しく思うよ。

「そうだねぇ」

 ちょうどその時HRが始まる予鈴が鳴ったので、愛は自席に戻った。

 朝から爽くんを拝めるだけでなく私に向けた笑顔まで拝めるだなんて! この時の私は完全に舞い上がっていた。

 その後、毎朝ベランダから見てたんだけど爽くんと目が合うことなんか一度もなくて、ましてやすれ違うなんてこともなくて、私は爽くんの他の女の子に向けられた笑顔を見て

いるだけの日々が続いた。


「はぁ~あ。やっぱり幻だったのかなぁ」

 放課後、部活に所属せず、特にやることもない私と愛は教室に残っていた。思わずため息をつく。だって全然目が合わないんだもん。

「ひなのわりに夢がないな」

「だって!」

 思わず上がりかけた腰を下ろす私。

「……だって、あれから一度も目が合わないんだよ? だからあれは本当に現実だったのかなって、嘘なんじゃないかって……夢はあるよ」

「?」

「夢見てたんじゃないかって……」

 語尾が小さくなっていく。落ち込んでいる私に何も言ってくれない愛。何か言ってくれたらいいのに。親友なんだからさ。さらに落ち込んできたとき、愛が口を開いた。

「もしかしたらさ、これからバッタリ会っちゃうかもしれないよ? 何かきっかけがあって向こうから話しかけてきてくれたりして」

 愛がやっと励まし? の言葉をかけてくれた。でも爽くんと偶然会って、それも爽くんから話しかけてきてくれる。そんなことなんて、

「ないよ。絶対。そんな漫画みたいなこと」

 そんなことあるわけと本気で思っていた私に愛は「そうか」と言ってバッサリ切り捨ててしまった。少しはあるかもよ? なんて言ってほしかったのに。いや、私だって思ってないのに冷静で現実主義な愛がそんなこと言ってくれるわけないか。私の心、なんか矛盾してるっていうかちょっと面倒くさい。

 爽くんじゃない別のことを久々に考えたせいか自分の中の緊張の糸が切れて急にのどが渇いてきた。きっと元々乾いていたんだろうけど何かに夢中になるとそれまでの自分の状態を忘れるとかいうやつだろう。抱えていたかばんの中を開けてみるが、いつも入れてあるはずのペットボトルがなかった。あ、今日は持ってくるの忘れちゃったんだっけ。いつもなら朝コンビニでその日の気分で毎日飲み物を買うんだけど、今朝は寝坊して寄って買う暇がなかったのだ。しょうがない。椅子をガタンと音を鳴らせて立ち上がる。もちろん財布を忘れずに持つ。すると愛が私の方を見た。

「愛、のど乾いたから飲み物買ってくるね」

「いってらっしゃい」

 開きっぱなしのドアから教室の外へ出る。クーラーの効いた教室とは違って、本格的な暑さが近づいてきたこの初夏の季節、廊下は少し暑い。少し歩くとバスケ部のバッシュの音がする。体育館の外の自販機まではもう少し。何を買おうかな。今日は爽やかなのがいいな。あそこの自販機、炭酸とかあったっけ?そんなことを考えていると自販機の前まで来たので商品を見てみる。あ、サイダーがあった。120円。財布の中を探すが20円がないので200円を取り出し、機械に飲み込ませるとボタンを押した。ゴトンと音を立てて出てきたサイダーを取り出し、続いて出てきたおつりを取っていると手が滑って小銭がチャリーンと音を立ててあちこちに散らばった。

「あーもう」

 仕方なしにしゃがんで小銭を拾う。あっちにもこっちにもある。すると私じゃない別の誰かの手が伸びてきた。え? その手は小銭をいくつか拾うと私に差し出してくれた。後ろに人がいたのに気づかなかった。

「大丈夫? はい」

 驚いてその声の主を見てみると……

「そ、爽くん!?」

 え、えぇぇええ!! 嘘でしょ!? なんで爽くんがここにいるの! さっきよりもさらに驚いた。だって私の目の前にいる人は私の好きな爽くんで、毎朝見てる人で、この前目が合った人。しかも今はバスケ着姿。お、落ち着け自分。と言いたいところだけど、これが落ち着いてなんていられるわけがない。でも小銭はしっかりもらう。

「あ、ありがとう」

 緊張で少し声が小さくなっちゃったけどちゃんと聞こえてたかな。確認のために爽くんの顔を見るとものすごく驚いた顔をしてた。なんで?

「俺の名前、知ってるの?」

「あ、うん。学校中で有名だよ?」

 なんだ。そんなこと? キョトンとした顔で返すと「そうなのか」と返された。な、なにか話さなきゃ。えっとえっと……

「今、休憩中?」

 爽くんが立ち上がったので、私も立ち上がる。無難な話題を選んだ。

「うん。練習終わったとこ」

 おつりを財布の中に入れる。私ったら後ろに爽くんが並んでたことだけじゃなくバスケ部独特の音がやんだことにも気づかなかったなんて。

「大会近いの?」

 勇気を出して聞いてみた。これで大会なかったらちょっと恥ずかしい。

「うん。三日後にあるんだ」

「そうなんだ。私はなにもできないけどいつも応援してるから。頑張ってって言うことくらいしか」

 申し訳ないなと思って言ったら爽くんが笑ってくれた。私に向かって。嬉しい!

「その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」

「あ、飲み物買いに来たんだよね! ごめん。これあげる」

 そういえば爽くんが後ろに並んでいたことを思い出した。

「え?」

 驚き顔を見せる爽くん。なんで? って顔してる。

「おつり拾ってくれたお礼。それに休憩も短いでしょ? 早くこれ飲んでリフレッシュしてもらいたくて。ちょうど炭酸だし、だめ?」

 迷惑だったかな。一瞬だけどギュッと目をつぶった。怖かったから。これでも爽くんと話すの緊張してる。初めて好きな人と話したけど私頑張ったよね?さっき買ったサイダーを思い切って差し出す。

「ありがとう」

 爽くんはニコッと笑って受け取ってくれた! やっぱり優しいなー。さらに惚れてしまう。

「そうだ。名前は?」

「名前?あ、私、爽くんと同じ学年の新咲ひな。よ、よろしくね?」

 よろしくしてくれるかな……? 仲良くなりたいな。笑顔見れたのもきっかけだと思って。

「うん、よろしく」

 爽くんは私のよろしくに笑顔で応じてくれた。嬉しい!

「じゃあ、そろそろ試合始まりそうだから行くね」

 そっか、今休憩中だったもんね。会えただけでも嬉しいよ。

「じゃあ、これ、ありがと」

 私があげたサイダーを高く掲げて笑顔で走り去っていく姿を見送る。少しでも私のことを意識してくれたらいいなと思いながら。

 私の片思いはまだまだこれからです。

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