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第27話 【九玉藻子の正体】

「そのようなこじつけで陛下をはばかってはいけませんよ。玄黄げんこうとは天地玄黄という言葉からきています。天は黒(くろ)く、地は黄色という意味です。すなわち──」


 女官は西太后のほうへ向き直り、すっと頭を下げた。


「玄黄とは天地の言いかえだと思いますわ」


 西太后は女官の言葉に興味をひかれた。


「連れていけ!」


 宦官かんがんはうな垂れた首根っこを衛兵にわしづかみにされ、外へと引っ立てられていった。


 西太后はむなしげに頭を左右にふった。


「では、玄黄を作るとはどういうことだ?」


 女官は少し億劫おっくうそうに、手にもっていた扇子で口元を隠しながら、


「先の宦官が申し上げた徐福の話を思い出してくださいませ。徐福は蓬莱山に金丹を探しにいきました。そういう伝説があることはたしかです。『史記』にもその記述がございます。なぜ、徐福は蓬莱山を目指したのでしょうか──」


「なぜじゃ」


 西太后は身を乗り出した。


「蓬莱山こそ、玄黄そのものだからでありますよ。言い伝えによりますと、蓬莱山はどこまでも高くそびえる山であるということ。すなわち、その頂上こそが天地の接合する場所であり、玄黄を作るということは蓬莱山の頂上へいけということを示しているのではと考えられます」


「うむ──」


 西太后はうなった。理屈は通っている。


「では、蓬莱山はどこにあるのじゃ。宦官の言っていた通り、やはり日本のことなのか。もし、日本だとしたら、日本の頂上とはどこじゃ」


「それは……」


 女官は面白そうに目を細めた。


「嘘から出た誠とでも申し上げましょうか。先ほど宦官が言ったように蓬莱山は日本であると考えられます。そして、わたしの推測によれば、頂上とは日本で一番高い場所──すなわち、富士と呼ばれる山の頂上のことかと考えられます」


「その根拠は?」


「まず、日本が昔どのような国であったか考えてみてくださいまし。日本が太古の昔から、この大陸を支配してきた歴代の王朝に朝貢して参りましたことはご存知でございましょう。そのときの貢物の中には信じられないほど多くの金が含まれていたことが文献から読み取れます。そのため、西洋は日本のことを黄金の国ジパングなどと呼ぶようになりました。ジパングとは日本国を我々の言葉で発音するときのジー(日)・ベン(本)・グォ(国)が転じた言葉であります」


 西太后はしきりにうなづいている。


「また、富士山の『富士』は日本の言葉で同じ音の『不死』に置き換えることが可能です。これらのことから金丹と日本のつながり、また富士山と蓬莱山のつながりが連想できます。そうなってくると、かつて徐福が金丹を探すために日本へ渡ったという逸話が、真実めいた話になってきはしませんか」


 言い終わると同時に、女官が扇子を閉じた。にたりと笑う口元があらわになった。


 その様子には気づきもせずに、西太后の目が輝きを放った。


「不死の山か──」


「御意にございます」


 西太后が女官をにらみつける。


「玉藻よ、そなたなら金丹を手に入れることができるか」


 玉藻と呼ばれた女官が物憂げに目を伏せる。


「本当にあれば、手に入れることは可能でしょう」


「そうか、それではすべてを任せた。しかし、どのくらいの時が必要じゃ。あまり長くは待てんぞ」


 女官は物思いにふけるように視線を宙に漂わせた。


「やはり、十年は必要かと存じますわ」


「ふむ──」


 西太后の口元が微妙にゆがんだ。


「まあ、そうであろうよ。そのくらいの時がかからなければ真実味もあるまい。わらわの命が尽きる前に手に入れて欲しいものよ」


 女官は不敬にも、わざとらしくあくびをしている。


「下がって、すぐに手筈を整えよ」


「御意──」


 女官はゆるりとした動きで、太后の間からの退出を始めた。そして、もう少しで出口へ差し掛かろうというときに、西太后に呼び止められた。


 女官の目つきがうるさそうな色を見せた。


「じゃが、そちはいってはいかんぞ、日本へは──。徐福とやらは帰ってこなかったのだろう。そのくらいのこと、わらわも知っておるぞ」


 女官の目が釣りあがった。空間全体が凍りついた。


「わたしに命令をするつもりですか。いつの間に、そんなに偉くなりましたの?」


 西太后はぎょっとした顔色になったが、それでも威厳を保とうとした。


「わかった。でも、一人では行かせん。何か良い考えを出せ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 玉藻は離宮からしりぞいて一度自宅に戻ると、これからのことを考えて、心が踊りだしそうになっていた。


(久しぶりに日本へ戻れる。あの女とは契約しているのだから、こんなことでもない限り動けないからね)


 とはいえ、西太后の宿題をどうにかせねばならない。


 その後、かなりの熟考の末にたどり着いた結論は、幼子を何人か連れていくということであった。この考えを導き出すまでに半日を要した。


 連れていくつもりの幼子たちは、普段はここで一緒に暮らしているのだが、間が悪いとでもいうか、最近のあまりの素行の悪さのために、一時的にある村へ預けてあった。


 そこに行くためには、馬車を用意する必要がある。しかし、馬車で行くとまる一日かかってしまう。すでに日は暮れかかっていた。


(面倒臭い、明日にしよう──)


 行動は明日からということにして、玉藻はとりあえず眠るつもりになったが、がらにもなく気持ちがたかぶっていたためか、寝つけなかった。


 そして、いてもたってもいられなくなって、今行こうという結論に達した。


 その瞬間、擬態が解かれた。玉藻の容姿は、白面金毛九尾はくめんこんもうきゅうびの狐へと変化した。


 そして、その場からすっと姿を消した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 歳月は流れた。


 あれから二十年、ようやく不老不死の金丹の調合に成功したという知らせが、西太后のもとへ昨年の秋に届いた。そして、その効果を調査中であるという報告も続けてあった。


 十年の約束が二十年かかった。しかし、不老不死を手に入れるのは時間の問題のように西太后には思われていた。


 ところが、最後の報告から半年、全く連絡がつかなくなった。


 当然、金丹がどうなったのかもわからず、彼女は焦燥の念にかられていた。なぜなら、自分の命がもうすぐ尽きるということを直感的に悟っていたからである。


 定められし時の訪れが、彼女にはわかっていた。


 彼女は庭園の人工池のほとりにたたずんで、今まさに沈んでいこうとする夕日を、自分の姿と重ね合わせるように眺めていた。


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