第14話 【推理する悠里お嬢様】
吉田義堂は、在りし日の探求心が次第によみがえってくるのを感じていた。そして、虞美人に関して知っている事柄を可能な限り思い出そうと努めた。
頭の中で整理がついた後、義堂は講義でも聞かせるかのごとく語り始めた。
「虞美人といえば名前は有名だが、実際には数多くある文献にもほとんど登場することがない。実在するのかさえ危うい絶世の美女のことだね。秦の始皇帝が死に、その後の覇権を争った項羽と劉邦の話はよく小話としてとりあげられているのは君も知っているだろう。そして、その話は半ば伝説化しているくらい日本人の間にも流布している。
虞美人は項羽の寵姫として『四面楚歌』の一節にほんの少しだけ顔を出すだけだから、彼女の素性は憶測の域を出ない。虞氏の娘だとか、下の名前が虞なのだとか様々な説が存在している」
一同は感心したようにうなづいて聞いている。
「『美人』というのは女官の官職として実在しているのだが、虞が存命の時代にはそのような官職はなかったとされている。そこで、その文字が示す通り『美しい人』という意味を表していたと考えるのが妥当な線だとわしは思っている。
ただ、その美人度が現在の日本国の基準に当てはまるかといえば、それは一概にそうだといえるものではないだろうがね」
「なるほど!」
三四郎は思わず声をあげてしまった。
「たしかに、唐の美人絵に描かれている女性は正月の福笑いに描かれているお多福にしか見えません。美人度の基準の違いですか──」
変なところに感心を示している三四郎の様子など無視して、義堂は話を続ける。
「また、ある歴史家の研究によると、虞美人の性別が本当に女だったのかと疑う説まである」
「えっ?」
と三四郎が素直に反応している。
「司馬遷が『史書』をまとめていたときに、そのことにいきづまったという話もある。虞という人物はたしかに『四面楚歌』の一節に登場はするのだが、実際のところ、その性別は資料から判別することはできない。
けれども、そこに登場する虞という人物が女でなくては話が面白くならないということで、結局、虞は司馬遷によって女にされてしまったという話もあるくらいだ」
誰にも悟られなかったが、悠里の表情がにわかに歪んだ。
虞美人が男だったなら、かの英雄である項羽は男色だったのかと想像したのだ。
たしかに日本の戦国時代の武将には男色家が多かった。ありえない話ではないと考えつつ、『英雄 色を好む』の色は異性とは限らないということを再認識させられた形になった。
義堂はどんどん話を続ける。
「項羽が詠んだとされている『垓下歌』という漢詩を知っているかね。なかなか趣のあるいい歌なんだがね」
重々しくゆっくりとその漢詩を義堂は吟じ始めた。
力抜山兮氣蓋世 (力は山を抜き 気は世をおほう)
時不利兮騅不逝 (時 利あらず 騅ゆかず)
騅不逝兮可奈何 (騅のゆかざるを いかにせん)
虞兮虞兮奈若何 (虞や虞や なんじをいかにせん)
※現代語訳
私の力は山をも引き抜き、気力は天下をも覆うほどであった。
けれども、時勢の利はもう私たちにはなく、馬は進もうとしない。
馬が進もうとしないのをどうすることができようか、いやどうすることもできない。
虞よ虞よ、お前をどうすればよいのか、いやどうしようもない。
「これは虞が登場する『四面楚歌』での有名な場面で、項羽がたかぶりつつ詠嘆する歌なんだが、たしかに、これだけでは果たして虞が男なのか女なのかということはわからない。
けれども、この歌を読めば誰もが虞は女だろうと推測するはずじゃないか。それが叙情というもんだ。このくらいの趣向は感じるだろう?」
誰も何の反応も示さなかった。
義堂は少し拍子抜けした表情になった。
「まあ、虞の性別の問題は別にして、虞美人が不老不死の象徴として民間伝承の中心的役割を演じている話は初耳だ。わたしの知っている限りでは、日本にはこの種の伝承は輸入されてきてはいないと思う。
もしかすると、この伝承はその村か周辺地域だけの民間伝承なのかもしれんな。
虞美人にまつわる後日譚から想像してみると、虞美人が民間伝承で何らかの役割を果たす要素を持った可能性は否定できないし、現に虞美人が埋葬された墓のそばに紫色の花が咲いたことから、その花が虞美人草と呼ばれるようになり、話に尾ひれがつけられていったのだろう」
(紫色の花──。そういうことか──)
悠里は、清国の道士による自分への襲撃には、西太后が関与しているのだと確信した。
(あの女は、たしか不老不死を追い求めていた……。しかし、なぜ、わたしを狙ってくる。ああ、高辻小路悠里がわたしであることを知りえていないからか──)
悠里は、雪の降った翌日に、上野公園で遭遇した死体が虞美人草を握っていたことを思い出していた。そのときは、虞美人草が引き金となって、一年前の理不尽な出来事を思い返して怒りに震えていた。
鴻野の妹が毒を飲んで自死した件。男女の三角関係に敗れた末の出来事だったと聞かされている。
(しかし、それは本当に自死だったのか。この三角関係の一人は、この吉田義堂の娘だったはず。では、もう一角の男は誰なのだ)
鴻野の妹の通夜のとき、床の間に紫色の花弁をもった虞美人草の掛け軸がかけられていた。すでに象徴として、紫色の花は一年前に登場している。
もう一角の男に依頼された宮内が、義堂の娘に婚約破棄の話をしたという。その話を聞いて、宗像がもう一角の男を説き伏せ翻意させた。そして、鴻野の妹が自害して果てた。
(すでに、この時点で西太后がからんでいるのかもしれない。そして、これは単純な三角関係のもつれによる出来事ではないのかもしれない)
我ながら、話が飛躍しすぎていると思った。
(これは、わたしが都合よく話をつなげているだけだ)
義堂の講義は続いている。
「また、ある説では虞美人が首を剣でかき切って自害して果てたとき、そこから流れ出た血を吸って生まれたのが虞美人草だともいわれている。
生前、舞踊にすぐれていた虞美人を象徴してか、虞美人草の前で楚歌を謡うと、歌にあわせて花が踊り出すという言い伝えも何かの書物で読んだことがある──」
義堂は腕を組んだまま、しばらく黙り込んだ。
悠里を除いた皆が、その様子をまんじりともせず見つめている。
「そうか、そういうことか!」
義堂は手を打ち鳴らした。
「虞美人の再生の象徴が虞美人草だから、それが本末転倒して虞美人が再生を──。つまり不老不死を象徴するようになったとも考えられるわけだ」
「はあ……」
義堂の唐突な展開に、宮内はついていくことができなくなっていた。
宮内が聞きたいことは虞美人のことではなくて、これから自分が語ろうとしている不思議な習俗のことであった。けれども、彼は義堂の機嫌を損ねないためにも、努めてその気持ちを表情に出さないようにしていた。
「どうした? はやく話を続けなさい」
「はい、先生。しかし、よくご存知ですね。さすがです」
「とってつけたように持ち上げなくてよろしい。早く、見てきた習俗とやらの話をしておくれ」
宮内は少し気分を害した。しかし、昨年のこともあったので静かに彼の言葉を受け入れた。
そして、この話の核心部分を語り始めた。
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