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第12話 【覚醒する三四郎】

 宮内の語りをさえぎるように、三四郎が「あっ」と声をあげた。


 その刹那、世界が反転した。上野の洋食屋のときと同じように、三四郎と悠里以外、誰も動かなくなった。


「あなた、お空とつながっている感覚があるでしょう」


隠していた秘密を見抜かれたときのような、ばつの悪さがあった。


「いつからなの?」


 悠里の目が赤く輝いている。


「悠里お嬢様が、お庭で見えない何かで松の枝を切っていたあの日。自然の摂理から逸脱しているとしか思えない、あの曲芸みたいなことは、どんな仕組みで成り立っているのだろう、と実は真剣に考えていたのです。すると、直感──いや、天啓とでもいうのでしょうか。いきなり、プラトンが『国家』で述べている『洞窟の比喩』の話が、脳裏に浮かんだのです」


「洞窟の比喩かぁ──」


悠里は幾度かうなづいた。


「なるほど、あなたはそのとき、お空とつながったということなのね。それにしても、わたしのあれだけのことで、よく思いついたわね」


「いいえ、思いついた──というよりも、勝手に頭に思い浮かんだという感じにちかいです。わたしは何も考えていません」


「あなたがまわりと同じように動けなくなるのではなく、あなたの思うままに動くことができている理由、自分では理解している?」


 三四郎は首を横に振った。


「それは、あなたがお空とつながって、無意識のうちに、ここが仮想現実であることを見破ってしまっているということね。要するに、あなたはプラトンが言っているところのイデアを感じ取れるようになってしまっているということ」


「ここが仮想現実?? それは、どういうことです」


 三四郎には、お嬢様が何を言っているのか理解できなかった。そもそも、十四歳の少女にこのような思考力があるという現実が、理解の範疇を超えてしまっている。


「悠里お嬢様──あなたは、いったい何者なのですか。あなたが話してくれた身の上が、仮に本当のことだとして、たとえ千年以上生きていたとしても、このような思考にたどり着けるとは到底思えません」


 そう言って、悠里の反応を探るために、しばらく黙っていたのだが、それよりも、いつまで経っても何も起きない、この空間の違和感に三四郎はようやく気づいた。


「悠里お嬢様、今回はいつまで経っても、誰も襲ってきませんね」


 ふふっと、悠里が笑った。


「ええ、敵が作ったこの空間の中で、さらにあなたがその敵をも止めてしまっているということよ。先程、叫び声をあげたでしょう。あれは、世界が反転することに気づいたということよね。そのとき、見えない敵に対して、来てほしくないという気持ちを抱いた。あなたは、お空とつながっていることに気づいていて、さらに、まだ無意識ではあるけれど、ある程度イデアに干渉できるみたいだから、こういうことが起きたみたいね」


 悠里がこの部屋の入口を指さした。


「その先を見てくるといいわ。きっと、面白い光景を見ることができるから」


 三四郎は言われたとおり、部屋の入り口まで行き、そこからその先を見た。すると、無数の僵尸キョンシーが、あちこちで固まっていた。


 驚きのあまり、三四郎が動けないでいると、悠里がそばまでやってきて、


「この前と同じ、これを仕掛けてきたのは清国の道士だと思うけれど──」


 と言いながら部屋を出ていき、何か短い言葉を発しながら、無数の僵尸をひとつずつ燃やしていく。


 ゆっくりと時間をかけて、すべての処理を終えると、あたりの様子をしばらくうかがった後、三四郎に視線を移した。


「道士はもうこの辺りにはいないみたいね。僵尸の動きが止まった時点で、状況を察して逃げたのね。そして、どこかに隠れて、この状態がとけるのをひたすら待っているといった感じかしら」


「まだ、よく理解できていないのですが、この状態はわたしが作っているということでしょうか」


「そうね。正確には、清国の道士が作った状態に、あなたが上書きしたということだけれど、あなたがどうにかしない限り、永遠にこのままね」


 三四郎はしばらく絶句していたが、ようやく現時点での結論に達した。


「どうすれば、もとに戻せるのですか」


「さあ、それは──。たぶんだけれど、お空につながった感覚で、もとに戻るよう念じればいいんじゃないかしら。お空へのつながり方は人それぞれだから、そこはもう、あなた次第だと思いますよ」


「お空へのつながり方──」


「あなたが、どのようなことができるかは、わたしにもよくわからないけれど、あなたも、この力が使える人だということ。言っておくけれど、世の中には、いろいろな特殊能力を使える人や化物がいるけれど──お空とつながっているからこそ、それができている──ということに気づいている人は、ほとんどいないわ」


 悠里はそう言いながら、もといた場所に座った。


「さあ、あなたも座って。そして、もとに戻して」


 言われるがまま三四郎は座り、この状態がもとに戻るよう念じた。悠里の言うところの、お空につながっている感覚を持ちながら。


 世界が動き始める。


「どうした、小川君──」


 宮内が怪訝な顔で三四郎を見ている。


「いえ、すみません。何でもありません。続けてください」


 悠里は何事もなかったように、すまして座っている。


 宮内が再び語り始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 昨年の春に、職の口利きをしてもらうために宗像家を訪れて以来、彼とは会っていなかった。風の噂に、外交官試験に合格してロンドンに赴任したということは聞いていた。だから、こんなところにいるとは想像すらしていない。


 東京にいたとしても、こんな偶然はまずありえないのに、まさか異国の地で出会うなどという考えは、微塵も頭の中になかったのだ。それでも、外交官だからという先入観が、もしかしたら宗像本人かもしれないという思いに結びついた。


 男は怪訝そうな目をむいて宮内をぎろりと見た。一瞬、動揺の色がその男の剛胆な顔に浮かんだが、男は快活に笑って手を差し出した。


「これはこれは──。驚いたよ。まさかこんなところで会うなんて奇遇じゃないか」


「やはり、宗像さんでしたか」


 宮内も手を差し伸べた。宗像は痛いくらいに手をぎゅっと握りしめてきた。全体的に四角を思わせる風体に、肌が浅黒く焼けている様子がますます精悍な印象を与えていた。


「新聞社の仕事で来てるのかい?」


「ええ、特派されましてね」


「それは、とんだ災難だったな」


「はあ?」


 宮内は宗像の言葉をいぶかしく思い、どのように返答すればよいか迷った。というのも、この退屈な心持ちを見透かされたように感じたからだ。


「ところで、宗像さんはなぜ北京なんかに? ロンドンに赴任されたんじゃなかったんですか」


 一瞬、宗像の表情が引き締まったように見えた。

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