爆弾発言
自室に2人を通すとアデラインがテーブルにキャンディーの入った瓶を置いた。
「実は呪いを消す方法を調べている時に見つけたんだけど、呪いの影響を受けた人間を元に戻す方法というのがあったのよ」
アデラインは瓶からキャンディーを取り出すと包み紙を開けて私達に見せた。
それは至って普通のキャンディーだ。
「昔、呪いでおかしくなった家族を元に戻したいという依頼を受けて作った物らしいんだけど、レシピが載っていたから作ってみたの」
「じゃあこれで呪いを消せるのね…!」
瞳を輝かせる私にアデラインは苦笑いを浮かべた。
「残念ながら呪い自体を消す効果はないのよ。なぜならこれを食べても再び呪いをかけられたらかかってしまうから」
今一つ意味が分からず首を傾げた。
「つまり今回の場合で言うと、手帳にかかった呪いをルネールが発動している事になるんだけど、ルネールは何故今も正気のままでいるのだと思う」
確かに…。殿下やクリスティアナは明らかに変わっているのに私は私のままだ。
「私がみんなに呪いをかけているから…?」
「その通りよ。つまりこのキャンディーは呪いの影響を受けて変わってしまった人、今回でいうところの王太子殿下やクリスティアナに効果があるの。でも手帳の呪いはルネールと王太子を結婚させるまで続くというものだから…」
「そのキャンディーを食べてもすぐに呪いが発動されて一時しか正気に戻せないということ…?」
アデラインがコクリと頷いた。
「基本呪いをかけた本人が呪いを消したいと望むことはなかっただろうし、こんなに長期的な呪いをかける人間もいなかったかもしれないからこのキャンディーだけで対応出来たんだと思う」
最後の方はさすがのアデラインも申し訳なく思ったのかバツが悪そうな顔をしていた。
「時間稼ぎにしかならないけど無いよりはあった方がいいでしょ」
今日のような呼び出しがあった時には使えるかもしれない。
「ありがとう。貰っておくわ」
私が受け取るとアデラインも少しホッとしたような表情を見せた。
「それにしても今日の王太子殿下の暴走には寒気を感じたのだけど、アデラインはあんな風に愛してもらいたかったの?」
王太子の言動を思い出し再び震えた。
「私、王太子殿下にはあまり興味ないのよね」
この発言には私もクライヴも驚いた。
あんなに熱烈アプローチをかけさせておいて興味ないとか!
「あの設定にしたのはクリスティアの鼻を明かしたかったの。だってあの女、性格悪いじゃない」
「アデライン!言い方!」
クライヴがいるのに何てことを言い出すんだ!?
クライヴを窺うと苦笑いを浮かべていた。
「別に事実だし聞かれても構わないわよ」
クライヴも心配する私に大丈夫だと小さく頷いた。
「いつも自分は頂点にいるんだって顔して、みんなを見下して。何も言えない私やルネールのような人間を集めて自分はお前等とは違って人気があるんだって顔して。クライヴ様がクリスティアナを好きで婚約していないなんて噂があるって言ってたけどあれは絶対嘘よ」
本人目の前にしてその話するの!?
恐る恐るクライヴの顔を窺うとクライヴも初耳だったのか驚いた顔をしていた。
「だって笑わないで有名なクライヴ様が笑うのってルネールといる時くらいだもの」
え??
驚いた顔で隣に座るクライヴを見上げると真っ赤な顔をしたクライヴと目が合った。
どういう事?それって…。
みるみる顔に熱を帯びるのを感じて視線を逸らした。
待って待って待って!
じゃあさっきの告白みたいなのも結婚の申し込みも…。
チラリとクライヴの方に視線を向けると気まずそうにクライヴもこちらを盗み見ていた。
「だから言ったでしょ。お似合いだって。まあ、私も悔しがるクリスティアナが見れたことだし、これからも全力でサポートさせてもらうわ。ということでさっきの続きをお二人でごゆっくりどうぞ」
爆弾発言だけ残して帰らないでよ!!
バタリと扉が閉じられると気まずい沈黙が流れた。
「お…俺もそろそろ帰るよ。婚約者とはいえ未婚女性の部屋に男がいるのも体裁が悪いし…」
「そ…そうですね。外も暗くなってきましたしね」
同時に立ち上がると手が触れた。
王太子やクリスティアナに触れられた時には感じなかった何とも言えない甘い気持ちが胸の中を埋め尽くした。
クライヴも同じ気持ちを感じてくれているのか私の手を優しく握り持ち上げた。
「エイベル伯爵令嬢が言っていた事、間違っていないから」
そういうとそっと私の手に口付けて部屋を出て行った。
これって期待してもいいってこと…だよね?
手帳の呪いが日増しに強くなっているのか、最近では匿名でバラの棘が多量に入った手紙や腐った食べ物が入った贈り物が届くようになった。
と同時に王太子からも気持ち悪い内容が書かれた手紙や高価な装飾品などの贈り物が届き、部屋の中は色々な物で埋め尽くされた。
だがそんな不安になるような物達に囲まれても今の私は幸せに満ち溢れている。
なぜなら仕事が忙しく中々会えないクライヴから届く手紙に心癒されているからだ。
「またお嬢様はオースティン侯爵令息からの手紙を読んでいらっしゃるのですか?」
「だって今度の夜会で会える日が楽しみだって書いてあるんだもん」
王太子の『君に会いたくて夢にまで出てくるくらいだ』とはわけが違う。
「そのオースティン侯爵令息からお荷物が届いていますよ」
心躍らせながら荷物を開けるとクライヴの瞳の色と同じ色のドレスが入っていた。
自分の持つ色と同じ色の物を身に着けて欲しいって事は…私が自分の物だと周りに誇示したいということ。
瞬く間に顔が赤くなった。
「リタ…私、もっと綺麗になりたい!!」
夜会までにもっと努力しようと決意したのだった。
そして夜会当日、いつものようにクライヴと踊ったあと飲み物を取りに行こうとテーブルに向かうと誰かに力強く背中を押された。
バランスを崩した私はそのまま軽食や飲み物が置いてあるテーブルにぶつかり激しい音を立てて倒れた。
全身、料理や飲み物で汚れ、呆然となるその姿を令嬢達が嘲笑った。
「あら。ごめんなさい。ぶつかってしまったみたいですわ」
明らかに故意であることはわかる。
このドレスはクライヴが私の為に用意してくれた物なのに…。
沸々と怒りが湧き起こってきた。
落ち着くのよ。ここは優雅に堂々と…。
ゆらりと立ち上がり、近くにあったワインの入ったカラフェを手に取り令嬢達に向かってぶっかけた。
そしてクリスティアナを真似て優雅に微笑んだ。
「これでお揃いですわね」
そして呆気にとられる令嬢達に冷笑を浴びせると令嬢達が怯んだ。
「何をやっているんだ!」
野次馬の中から現れたのは王太子とクライヴだった。
クライヴは上着を脱ぐと私の肩にかけてくれた。
「これは…クリスティアナの指示か?」
汚れた私を見た王太子は眉間に皺を寄せた。
もしそうだとしても王太子が出てきたら面倒なことになる!
「違います。少し足を滑らせて倒れただけですから」
『余計な事を言わないでよ』の視線を投げかけると令嬢達はコクコクと頷いた。
これで下がらせてもらおうと挨拶しようとすると王太子が私の手を取った。
「ルネール…君はなんて優しい女性なんだ。それに比べてクリスティアナはルネールに変な物を送りつけたりして…!」
その発言に驚いた。
どうして王太子がそれを知っているの!?
まさか監視されている?
クライヴも同様に感じたのか眉間に皺を寄せた。
「ルネール、安心して。君の事は私が必ず守ってあげるから」
王太子の舐めるような視線に背筋が震えた。
「殿下。それは婚約者である俺の役目ですから。行こう、ルネール」
クライヴに背中を支えられながらその場を離れたのだが、私をずっと見続けている王太子の視線がとても不気味だった。
その帰り、いつものように伯爵低まで送ってくれたクライヴを見送った。
馬車が見えなくなり屋敷に入ろうとして歩いていると突然背後から強い衝撃を感じてそのまま意識を失った。
首の後ろに痛みを感じ、目を覚ますと豪華な天蓋が目に映った。
「ああ、ルネール。目を覚ましたんだね」
耳元で聞こえてくる声に恐怖を感じた。
恐る恐る視線を横に向けると私の髪に口付けながら一緒に寝転がっている王太子が!
「な…何しているんですか!!」
思わず距離を取ろうと動こうとするも首の痛みで思うように動けず。
「痛かったよね。でもこうでもしないと君と一緒になれないと思ったんだ」
一緒にって…まさか…!?
妖しい笑みを浮かべる王太子が私の上に覆いかぶさってきた。
「ルネール。君と結婚するにはもうこうするしかないんだ」
きょ…強行突破ですかーーーーー!?
読んで頂きありがとうございます。