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豹変

「お嬢様…本当によろしいのですね?」


 リタがゴクリと唾を飲みこんだ。


「ええ。構わないわ。思いっきりやって頂戴!!」


 リタは覚悟を決めて私の髪に手をかけた。

 ザクリ…。

 ハラハラと私の前に落ちてきたのは長年付き合ってきたすだれ達だ。

 今は顔の見えない鬱陶しい前髪を綺麗にする儀式の真っ最中。


 昨日の夜会で反省したのだ。

 あの程度の男を退けるのにクライヴの力を使わなければいけなかったことを。

 しかも私が綺麗だと嘘までつかせてしまった。

 せめて婚約中だけでも綺麗になる努力をしよう。

 クライヴが恥をかかなくてもいいように!


 整え終わるとなんだか久しぶりに自分の顔をしっかり見たような気がした。


「私、こんな顔をしていたのね」


 これからはこの顔ともちゃんと向き合うんだ。

 鏡に映る自分に挨拶をしていると、背後でリタがたくさんの化粧道具を携えて不敵に笑う姿が映った。


「お嬢様…こんなものでは終わりませんよ!」


 え゛…!?



 今まで私をいじれなかったリタの鬱憤を全て吐き出されて、疲労困憊気味の私に一通の手紙が届いた。

 差出人を見て目を見張った。

 クリスティアナ…。

 実は毎回恒例の夜会後のお茶会に今回私は呼ばれなかった。

 そりゃそうだ。

 クライヴと婚約関係になっただけでなく、クリスティアナの婚約者の王太子もあの状態では呼ばれるわけがない。

 それなのにこの手紙は…。



 今、私の目の前には二つのティーカップが用意されている。


「あなたとはゆっくり話をしたいと思っていたの」


 優雅にお茶を啜る目の前のクリスティアナに寒気がした。

 怒っているのか?それとも憎んでいるのか?表情が全く読み取れない。

 だが空気はピリピリと肌に突き刺さるようだ。


「クライヴ様とはいつ知り合ったの?」


 表情も声音も変えずに淡々と質問してきた。


「夜会で足を挫いた時に助けて頂いたのがきっかけです…」


 嘘は吐いていない…なのに何この後ろめたくなる気持ちは?


「そう…」


 カチャリとカップをソーサーに置いた音が妙に大きく聞こえてくる。


「では、殿下とはどこで知り合ったの?」


 ドクリと心臓が嫌な音を立てた。

 やましいことは何もない。それは断言できる。

 でも今の私はクリスティアナの婚約者に関心を持たれてしまっているのも事実。


「そ…それは…」


 答えようとするも思うように声が出ない。

 空気が重い。

 なんだか息苦しい…。

 カップに手を添えている私の手にひんやりとした柔らかく上質な肌質の手が重ねられた。


「ねえ。あなたは人の物を盗る泥棒猫の事をどう思う?」


 痛!

 突然感じた手の痛みに視線を落とすとクリスティアナの立てた爪が私の手に食い込んでいた。


「痛い?ねえ、痛いの?でもね、私の心の方がもっと痛いのよ」


 血が垂れ流れてくるほどに爪を食い込ませてきた。


「私はお二人の邪魔をするつもりは…」


 言いかけて執事がクリスティアナに声をかけた。


「オースティン侯爵令息がお越しになっておられます」


 クリスティアナの手が離れたのを確認して手をテーブルの下に隠した。

 ドクドクと傷口が疼いている。


「クライヴ様。今日はどうなさったのですか?」


 クリスティアナは先程までの禍々しさを一切排除した綺麗な笑みでクライヴに微笑みかけた。


「俺の婚約者がこちらに伺っていると聞き迎えにきました」

「少しお話をしていたの。ね、ルネール嬢」


 向けられた笑みに頬が引きつった。

 しかしクライヴに心配はかけたくない。

 「はい」と作り笑いで答えるのがやっとだった。


「それよりもクライヴ様。殿下はどうしてしまったのかしら。私、不安で…」


 俯き加減でクライヴを見つめるクリスティアナを怖いと思う反面さすがだと感心してしまった。


「大丈夫ですよ。殿下はクリスティアナ様を愛しておられますから」


 クライヴから出た『愛』という言葉に胸がズキリと痛んだ。

 そういえばクライヴはクリスティアナを愛しているから婚約しなかったと令嬢達が言っていた。

 そうだ婚約してまで私に協力してくれているのはクリスティアナのためなのだ。

 偽装婚約という言葉が重くのしかかってきた。


「ルネール、帰ろう」


 俯く私の傍に来ていたクライヴが手を差し出した。

 その手を取ろうとしてハッとなった。

 傷を負った手を見せたら余計な心配をかけてしまう。

 私はクライヴの手を取らずにもう片方の手で隠しながら立ち上がった。


「迎えに来て下さりありがとうございます。伯爵家の馬車を待たせていますから一人で帰れます」


 痛む胸の内を隠すように無理矢理笑みを作るとそのままその場をあとにした。



 家に帰るとすぐに手当てをしてもらった。

 傷は深めではあったが縫う程ではなかった。

 心配するリタを退室させると手帳を手に取った。

 これがあるからみんなおかしくなっていくんだ。

 私は手帳を暖炉に放り投げると火を放ちそのまま就寝した。


 翌日。

 暖炉の中を確認すると炭となった薪の上に昨日と変わらない状態の手帳が残されていた。

 この手帳は一体何なの!?

 気味が悪くなりすぐにアデラインに相談しようと玄関を出るとクライヴが立っていた。


「その手…」


 クライヴの視線は包帯をしている手に向けられた。


「こ…これは昨日ちょっと手首を捻ってしまって…。よく捻らすでしょ」


 あはは…と笑って誤魔化しながら手を背に隠すもクライヴは隠した手を持ち上げた。


「クリスティアナがやったんだろ」


 何も言えず押し黙った。

 恐らくクリスティアナもあの手帳に操られているのだ。

 だってあの物語の中では王太子の婚約者は主人公をいじめて断罪されるのだから…。

 クライヴがクリスティアナを好きだとしたら事実を知ったら辛くなるはず。


(伯爵家)の使用人は心配性なので少し大袈裟にしただけで全然大したことないんですよ。それよりも家に何か御用ですか?」


 これ以上手について追及されたら誤魔化せる自信がないと判断し話を逸らした。


「昨日のルネールの様子が気になって会いに来たんだ」

「偽装婚約なのですからクライヴ様が私を気にかける必要はありませんよ」


 クライヴの表情が一瞬曇ったように見えたが、これ以上この人の負担を増やしたくない。

 何とか私とアデラインで解決しないと!


「今から出掛けるのでお話しは後日でもよろしいでしょうか?」


 これで引き下がるだろうと思い隣を通り過ぎようとするとクライヴが私の腕を掴んだ。


「出掛けるなら護衛としてついていくよ」


 クライヴのまさかの申し出に目を丸くした。

 侯爵令息の護衛って…どこの大物だよ!?





読んで頂きありがとうございます。

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