成就への執念
「ああ、私のルネール。とても綺麗だよ」
恍惚な笑みを浮かべる王太子に背筋が震えた。
「あの…王太子殿下がなぜ我が家に…?」
婚約者のクリスティアナはどうしたよ!?
「今日はクライヴが参加出来ないと思って私が代わりに迎えに来たんだ」
一歩ずつ私に歩み寄る王太子に対し後退った。
「クライヴは今日、残業になってしまってね。ルネールが一人で参加するのは見ていて忍びないと思って来てあげたよ」
それならむしろ一人の方が良かったです!
王太子は横に少し垂らした私の髪を手に取ると口付けた。
何してくれてんですか、この人は!!!!!
「クリスティアナ様も御一人になってしまいますよ!!」
すぐに髪を王太子から引き離した。
「彼女は大丈夫だよ。一緒に参加する相手は山ほどいるから」
丘にもならない私で申し訳ないですね。
「殿下。私はクライヴ様の婚約者です。王太子殿下とはいえ、他の殿方と参加することはできかねます」
すると突然王太子の目が据わり始めた。
「クライヴの奴。私に内緒でルネールと婚約なんかしやがって…。ルネールは私のものだと言っておいたのに…」
ブツブツ何か呟いているが…内容が怖い!!
「ルネール。心配しなくてもいいよ。必ず私がなんとかするから」
そっちの方が心配ですから!!
お願いですから何もしないで下さい!!
私の頭がパニックで眩暈を起こしそうになったところで玄関の扉が勢いよく開いた。
「殿下!ルネールから離れて下さい!」
息を切らして現れた人物を見て安堵した。
「クライヴ…仕事を放り投げてきたのか?」
凄む王太子の前にクライヴは堂々と立ちふさがった。
「仕事は全て片付けました」
王太子がギリッと歯を噛みしめた。
不穏な空気が漂う中、王太子は私に振り返ると優しく笑いかけた。
「ルネール。もう少しだけ待っていてね」
待ちたくないです!
小刻みに首を振るも王太子には伝わらず、クライヴを睨みつけて去って行った。
「遅くなってごめん。大丈夫だった」
「来て頂けて良かったです」
私では王太子に対抗出来ない。
つくづくクライヴの存在を有難く感じたのだった。
夜会会場に到着すると全員の視線が私達…ではなく私に集中した。
きっとなんでこんな地味な女が婚約者!?とか思われているんだろうな…。
「ルネール…。今日はあまり俺から離れないようにね」
そうか…。王太子がどこで強行してくるか分からない以上、クライヴから離れるのは危険だよね。
「分かりました。今日はよろしくお願いします」
見上げると微笑むクライヴが目に入り…眩し!!
思わず視線を逸らしてしまった。
今日はすだれが無いんだった!
クライヴと一曲踊り終えるとアデラインが声をかけてきた。
「お二人さん。とてもお似合いよ」
茶化すようなアデラインを睨んだ。
「俺は少し挨拶回りをしてくるから、何かあったら呼ぶんだよ。エイベル伯爵令嬢、ルネールをお願いします」
「お任せください。あなたの大事な婚約者は私が責任を持って守りますから」
ノリの軽いアデラインに苦笑いを残しクライヴは去って行った。
きっと私がアデラインと話が出来るよう気を遣ってくれたのだろう。
「なによ、いい感じじゃないの」
腕で小突いてくるアデラインに溜息を吐いた。
他人事だと思って…。
「もう…ここに来るまで大変だったんだから…」
アデラインに王太子との攻防を聞かせた。
「凄いわね…。絶対成就させるという意志を感じるわ」
そんな分析いりません。
「おそらくあなたが婚約した事で呪いもなりふり構わなくなった感じね」
「それって物語とは違う内容で動くようになったって事!?」
「たぶん根本的な部分は変わらないけど、成就させるために道を変えようとはしているのかもしれない」
「じゃあどんな手を使っても結婚させようとしているって事!?」
「終着点は結婚だからそうなるわね」
怖!呪い怖!
「いっそう先に結婚しちゃったら?」
…誰と?
首を傾げる私にアデラインは飄々と言い切った。
「オースティン侯爵令息と」
いやいやいやいや…!!
それは絶対ダメだよ!
「この婚約だって申し訳ないのに、これ以上巻き込めないよ!」
「そうかな?オースティン侯爵令息は喜びそうだけど?」
何言ってんのこの子は!
「喜ぶわけないでしょうが!」
「えー?私、オースティン侯爵令息はルネールのこと好きだと思うんだけど?」
「どこを見てそう思うのよ」
「う~ん…勘?」
一番当てにならないやつキター。
アデラインの根拠のない発言にこめかみを揉んでいると一人の令息が声をかけてきた。
「お前、ルネールだろ?」
その声に嫌な記憶が蘇った。
この男、私が地味女になった原因の…。
「へえ。綺麗になったな。今のお前なら求婚してやってもいいぞ」
不躾に手を差し出してきた。
ダンスに誘おうとしているのか?
私の事を散々馬鹿にしていたくせに婚約出来なくて困っているから私でもいいやってところでしょ。
地味女にだって意地があるんだ!
私は令息と向き合うとにっこりと笑いかけた。
「せっかくのお誘いですけど、あなたの今日のパートナーの方に申し訳ありませんし、踊りでしたらもっと相応しい方をお誘いなさった方がよろしいかと…」
私に求婚してくるくらいだし、どうせパートナーなんかいないんだろ。
それにこの凄く綺麗なドレスとお前の安っぽい衣装じゃ釣り合わねえんだよ!の意味である。
「はあ?ルネールのくせに生意気だな。この俺が求婚してやってもいいって言ってるのに…」
「ルネール。待たせたね」
突然肩に逞しい腕が回されて現れたのはクライヴだった。
「彼は誰かな?俺はルネールの婚約者のクライヴ・ギルバート・オースティンです」
さすがにクライヴの事は知っているのか令息は私の顔とクライヴの顔を交互に見た。
言いたい事は分かるよ。
私も未だに信じられないから…。
「俺のルネールがお世話になっているようだね」
「い…いえ!お世話だなんてとんでもないです!!」
最後の方は緊張のし過ぎで声が裏返っていた。
「ルネールは綺麗だから俺の知らないところで求婚を受けていないか心配になるよ」
口は笑っているのに目が笑っていないクライヴに見つめられて令息は逃げるように立ち去って行った。
それにしても綺麗は言い過ぎだよ。
苦笑いのままクライヴを見上げると心配そうな眼差しに見つめられ思わず視線を逸らした。
「肝心な時に傍にいてあげられなくてごめん」
「こちらこそお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。それにしてもよろしかったのですか?あまり大体的に婚約者だと名乗られない方が…」
物語が解決したら婚約を破棄するのにこれ以上広まるとクライヴの名誉に傷がついてしまう。
「もしかして迷惑だった?」
「いえ。私は嬉しかったですけど…」
顔を上げると嬉しそうに微笑むクライヴが。
「それなら名乗って良かった」
笑顔を向けてくるクライヴに胸が高鳴った。
「やっぱりお似合いだと思うんだよね」
呟くアデラインに向けられた私達の目は…お前はもっと役に立てよ、である。
読んで頂きありがとうございます。