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突然の婚約

 カチャカチャと陶器の置かれる音だけが部屋に響いた。

 俯く私の向いに座り黙って見据えているのは、この家の令息でもあるクライヴだ。

 私はあのままクライヴに連行され連れて来られたのはオースティン侯爵邸の応接室。

 名家の侯爵邸に足を踏み入れられたのは嬉しいが、状況が全く嬉しくない。

 使用人はお茶を用意するとそのまま立ち去って行った。

 行かないでーーーーー!!と心の中の叫びは届かなかった。


「それで…?」


 クライヴの冷めた声に私の肩が跳ねた。

 なんで私がこんなにびくびくしなきゃいけないの?

 私はただ手帳の中身を読んだら現実になっちゃって困っているだけなのに…。

 そうよ!私は被害者なのよ!

 こんな現実望んでいなかったのに呪い(まじない)をかけた手帳を勝手に荷物に入れられて、挙句には略奪愛みたいな状況にされて…!


「私は無実です!!」


 沸々と怒りが沸き起こり、顔を上げた私は思わず強気な態度に出てしまった。

 クライヴもこの反応には驚いたようで目を瞬いた。


「全てはこの手帳にかけられた呪い(まじない)が原因です!!」


 頭がおかしくなったと思われてもいい。

 王太子といつも一緒に行動しているこの人なら、この物語を読めば王太子の心変わりに呪い(まじない)が関わっていると受け入れてくれるかもしれない。

 私は机に叩きつける勢いで手帳を取り出すも着地寸前でそっと置いた。

 侯爵家のテーブルに傷でも付けたら大変だからね。

 直前で冷静になった。


 クライヴは置かれた手帳の中身を確認して瞠目した。

 これで信じてくれただろうか?

 若干の不安を感じながらクライヴの動向を見守っていると、読み終えたクライヴが手帳をテーブルに置いた。


呪い(まじない)と言っていたが、かけたのはエイベル伯爵令嬢か?」


 現場を見られていたとしたら誤魔化しは効かないだろう。

 躊躇いながらコクリと頷いた。


「けれどどんな呪い(まじない)かまでは確認出来ませんでした…」


 クライヴは口元に手を当て何かを考え込みながら呟いた。


「なら直接確認しに行くだけだ」


 こうして明日、クライヴと共にアデラインのいるエイベル伯爵家へ向かうことになったのだった。



 翌日。

 アデラインの元に向かうも面会を断られた…が、さすがというべきかオースティン侯爵家の名でクライヴが強制面会を取り付けたのだ。

 私一人だったら何も出来ずに帰っていたな。


 応接室に現れたアデラインは昨日のことなど知らないといった様子だ。

 しかしクライヴが私達の話を聞いていたと問い詰めると渋々口を開いた。


「私には魔女の血が混ざっているの」


 魔女。

 一時期、未来が視えるとかどんな病でも怪我でも治したという薬を作ったとかで話題になっていた。

 最後には人を惑わしたと火あぶりの刑で処刑されたはず。


「王族が知らないだけで魔女はそこら中で隠れ住んでいるわ。まあ私の場合は昔の領主が魔女に恋をして結婚したから代々魔女の血が受け継がれているだけだけどね」


 私達の心の中を読んだように補足した。


「あの手帳はその魔女が残した遺品なの。手帳自体に呪い(まじない)が施されていて、そこに自分の欲望を書き込めば願いが叶うという。でも知っての通り私には効果がなかったわ」


 にわかに信じがたい話だが、手帳に書き込まれたことは現実で起きてしまっている。


「それで?私は文字を手帳に書き込んだだけなんだけど…捕まえるのかしら?」


 私は隣に座るクライヴを横目で窺った。


「いや…。君にはこの手帳の呪い(まじない)が解けるまで協力してもらう」

「まあ巻き込んだことは申し訳なく思っているし、捕まえないでくれるなら協力させてもらうわ」

「しかし、エイベル伯爵令嬢には効かなくて、ルネールには効いたという理由が少し分かったかもしれない」


 クライヴの突然の名前呼びにドキリと心臓が跳ねた。

 いや。いま重要なのはそこじゃないんだけどね。


「もしかしたら手帳に願いを全て書き終えないと呪い(まじない)は発動しないのかもしれない。つまり、発動している状態で読まないとかからないということだ」


 確かに。アデラインと私の違いはアデラインは物語の作者だから書き終えた後は物語を読み返しておらず、中身を確認しようとした私は完成した物語を読んだ。

 アデラインを見ると彼女も心当たりがあるのか神妙な面持ちになった。


「手帳は物語通りに話を進めようとしているのよね。だったら物語自体を変えてしまえば!」


 良い案とばかりに提案するもアデラインが首を横に振った。


「あの手帳は一度書き込むと修正できないのよ。私も内容を書き直そうとしたけど出来なかったから」

「なら物語通りに進まないよう現実を変えるのよ!」


 これならどうだと身を乗り出して提案するとアデラインも良い案かもしれないと考えだした。


「それなら…あなたが誰かと婚約したらどうかしら?」


 婚約?申込書も届かない私が?


「なるほど…。それは良い案かもしれないな」


 だから誰と婚約するって言うんですか?

 呟くクライヴの方に顔を向けると真意の読めない目に見つめられた。


「ルネール。俺と婚約しよう」


 雷が脳天に直撃したのは言うまでもない。



 この男は本気なのか?

 アデラインの家からの帰り道、侯爵家の馬車で送ってもらっている私は目の前に座る男の顔を窺った。

 相手はお婿さんにしたい男NO1だぞ?

 地味女の私が釣り合うわけがない!


「あの…婚約ってするかもしれないって噂を流すだけですよね?」


 まさか本当に婚約するとは思えずクライヴの顔を恐る恐る窺った。


「本当に婚約した方がいいだろう」

「で…でも…相手は…私…ですよ?」


 クライヴは意味が分からないと首を傾げた。


「ルネールが嫌なら強要はできないけど…」


 いや!嫌なのは私じゃなくてあなたでしょ!


「オースティン侯爵令息は…」

「クライヴでいいよ。婚約するのにおかしいでしょ」


 本気…なの?


「ク…クライヴ様は今まで婚約話を断り続けたと聞いているのですが…その…演技とはいえ婚約するというのは不本意なのではないですか?」


 一瞬クライヴの眉間に皺が寄った。


「…俺の心配はいらないよ。それよりも殿下を正気に戻す方が優先だ」


 そう言われてしまってはこれ以上何も言えない。

 家に到着するまで無言で向き合ったのだった。



 父が慌てて私の部屋にやって来たのはその翌日のことだった。

 仕事早いな。

 初めての婚約申込書の手紙を眺めた。

 隣では父のテンションが最高潮に達している。

 それはそうだ。だって天下のオースティン侯爵家からの申し込みだよ。

 家族としてはこれ以上ない縁組だ。でも…。

 この婚約は一時のものなのでご期待には添えられませんよ。

 喜ぶ父に罪悪感だけが残った。



 婚約の挨拶のためオースティン侯爵邸を訪れていた。


「早速だけど今度行われる夜会は俺がエスコートするから」


 王太子を牽制するための婚約だし、異論はない。

 コクリと頷いた。


「あと衣装はお揃いにした方が効果的だと思うから、俺がプレゼントするよ」


 これに関しては飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。


「プ…プレゼントとかとんでもないです!」


 簡単にプレゼントとか言ってくれちゃっているけど、ドレス一着いくらすると思っているんだ!?

 偽装婚約に無駄なお金を遣うな!


「婚約者との初めての夜会なんだ。ドレスの一着くらいプレゼントしないと男が廃るよ」


 なるほど…。体面の問題ですね。

 それなら仕方ないかな。

 渋々了承するとクライヴがふわりと笑った。

 これは偽装婚約なのよ。笑顔に惑わされてどうするの。

 ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるため紅茶を口に含んだ。



 届いたドレスはシックだがとても煌びやかで着こなせる気が全くしなかった。

 しかもドレスだけだと思っていたら装飾品までしっかりと揃えてきた。

 これだけ用意されたら覚悟を決めるしかない!

 せめてクライヴが恥をかかないようにはしなければ!


「リタ…今日はこのドレスに合うような髪型にして頂戴」


 髪を梳いていたリタの手が止まった。

 鏡越しに見るリタの目が面白いくらい見開かれていた。


「そうなりますと前髪も…」


 多分これを機にすだれ状態の前髪も何とかしたいと思っているのだろう。


「ええ…。リタの思うようにいじって頂戴」


 リタは顔が崩れるほど喜びを爆発させた。


「お嬢様!このリタにお任せ下さい!必ずや本日の主役にしてみせます!!」


 なんか気合入り過ぎて怖いな…。



 準備が整ったところで父が私の部屋に転がり込んできた。

 クライヴが到着したのかと思ったが口をパクパクとさせる父に異変を感じて玄関ホールに向かうとそこにいたのは…。


 妖しい笑みを浮かべた王太子の姿だった。

 




読んで頂きありがとうございます。

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