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黒い手帳

 とても懐かしい夢を見た。

 あれ以来あの男の子には会っていない。

 そのためどこの令息なのかもわからず仕舞いだ。

 彼は今も元気にしているだろうか。

 もう一度寝ようと寝返りをうつと視線の先には呆れ顔の使用人のリタが…。


「お嬢様。今日は夜会の準備で忙しいのですから二度寝は駄目ですよ」


 渋々起き上がったのだった。



 私はルネール・レリア・マルセル。伯爵令嬢である。


「お嬢様…今日も前髪を下ろして行かれるのですか?」


 リタの眉間に皺が寄っている。

 私は所謂、地味系令嬢なのだ。

 結婚を意識し始めた頃に昔よく遊んだ伯爵令息に「結婚の申し込みが欲しいならもっと綺麗になれよ」と言われたショックで前髪を伸ばし、俯いて歩くようになったのだ。

 顔の見えない暗い顔に猫背の私に求婚などあるわけがない。


「前髪はこのままでいいわ。誰も私の顔に興味なんかないし…」


 リタは何か言いたげな顔をしていたが、無駄だと判断したのか指示通りに動いた。



 夜会が始まると私はいつもの所定の位置についた。

 壁の花となりただただ静かに時間が過ぎるのを待つだけだ。

 時折令息がダンスを申し込みに来る時があるが、ほとんど罰ゲームやら面白半分で誘ってきているものばかりだ。

 いつものように息を潜めて立っていると周囲がざわつき始めた。


「王太子殿下よ!」

「今日はクライヴ様もご一緒よ!」

「いつも素敵ね!」


 令嬢達が騒いでいるのは今一番お婿さんにしたい男NO1の話だ。

 王太子は婚約者のクリスティアナ・リオノーラ・セルデン公爵令嬢がいるため令嬢達のターゲットはクライヴ・ギルバート・オースティン侯爵令息一択である。

 婚約者のいない彼は令嬢達の注目の的なのだ。

 前髪のすだれが彼らの眩しさを半減してくれるので眺めるのにはちょうどいい塩梅だ。

 ここぞとばかりにガン見しているとオースティン侯爵令息と目が合った。


「キャー!今、私を見たわよ!」

「私を見たのよ!!」


 うん。気のせいだった。

 自分の勘違いが恥ずかしくなり苦笑い気味で俯いたのだった。



 綺麗なお庭でティータイム。

 話題は昨夜の王太子御一行についてだ。


「昨日の王太子殿下とクリスティアナ様はとても素敵でしたわ!」

「お二人以上にお似合いのカップルは見た事ありませんわ!」


 目の前で優雅にお茶を啜る主催者のクリスティアナに集まった令嬢達は媚び売りの出血大サービス中だ。

 こんな凄い茶会に何故私のような地味女が呼ばれたのかというと…華を引き立たせるための雑草だからだ。

 私の目の前に座る伯爵令嬢アデライン・コリンナ・エイベルも同様の役割で呼ばれており、周りに合わせて相槌を打っている。


「それにしても昨日のクライヴ様はとても素敵でしたわ!」

「年を重ねる毎に色気が増している感じですわよね!」


 キャー!と令嬢達が昨夜の侯爵令息の事を思い出し騒ぎ出した。


「あの若さで王太子殿下の側近に抜擢される実力。惚れ惚れしますわ」


 感嘆の溜息を吐く令嬢達に思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 相手は今、一番の出世頭だ。気持ちは分かる。

 溜息を吐きながらも獲物を追いかける目になってはいるけどね。


「でもどうしてクライヴ様は婚約者を作られないのかしら?」

「毎日のようにたくさんの求婚書が届くという話なのにね」


 そういうあなた方も送っていらっしゃるのでしょ。

 苦笑いのままお茶を啜った。


「聞いた話ではクリスティアナ様に想いを寄せられているとか…」


 それまで静かに話を聞いていたクリスティアナがカップをソーサーに置いた。

 にこやかに令嬢に視線を向けると凛とした声が響いた。


「憶測でものを言ってはいけませんわ。クライヴ様にも失礼ですよ」


 一見叱られたようにみえる会場に、まんざらでもない空気が漂っていた。

 なんの茶番だこれは…。



 自宅に帰るとソファーで一息吐いた。


「今日のお茶会は如何でしたか?」


 荷物を片付けながらリタが声をかけてきた。


「いつも通りだよ」


 そう。いつも通りの茶番劇だ。

 結局クリスティアナを称えるための茶会なのだ。

 華を引き立てられない人間は呼ばれない。


 ソファーでぐったりしているとリタが不思議そうに首を傾げた。


「お荷物の中にこのような物が入っていたのですが…」


 手渡されたのは黒い皮の手帳だった。


「私の物ではないわね」


 受け取りながら持ち主を探るため中を確認した。

 そこには女性の字で文章が綴られていた。


「これ…物語かしら?」


 内容は地味な伯爵令嬢が王太子と結婚して幸せになるという物語だった。

 この伯爵令嬢、まるで私みたいだ。

 こんなことが現実で起こるわけがないと思いつつも、つい感情移入して読み入ってしまったのだった。



 奇跡が起きたのは次の舞踏会の時だった。

 壁の花に疲れた私はバルコニーに出ようとすると先客がいた。

 極力人と接するのを避けたい私は踵を返すと誰かにぶつかった。


「申し訳ありません!」


 顔も確認せず謝罪するとぶつかった人は穏やかな声で返してきた。


「いえ。こちらこそ前を向いて歩いていなかったので…」


 ソロリと相手の顔を確認するため少し顔を上げるとそこに立っていた王太子に驚愕した。

 王太子も私と目が合うと言いかけていた言葉を止めた。

 固まる私に王太子はニコリと微笑み手を差し出してきた。


「もしよろしければぶつかってしまったお詫びに私と踊って頂けませんか?」


 …??

 差し出された手と王太子の顔を交互に見つめた。

 これは…断ってはいけないやつだよね…?

 おずおずと手を取ると王太子と共にホールに歩み出た。


 私と王太子の姿に皆が驚き固まっている。

 そりゃそうだ。私と王太子では不釣り合い過ぎる。

 この時間よ、早く終われ!と念じているとリードしてくれている王太子に声をかけられた。


「とても綺麗な瞳ですね。こんな綺麗な瞳に出会ったのは初めてです」


 何を言い出すんだこの人は!?

 驚きでバランスを崩す私を王太子は引き寄せて耳元で囁いた。


「あなたに恋をしてしまいそうだ」


 その言葉に血の気が引いた。

 このセリフ…。


 踊りが終わると急いで控室に戻った。

 持ち主が分かるかもと荷物の中に入れてきた黒い手帳を開いた。

 そこには王太子との出会いから踊りまで先程経験した全てが書き込まれていた。

 そして最後の一文に震えた。


 『王太子殿下は私を抱き寄せ耳元で囁いた「あなたに恋をしてしまいそうだ」』


 私…この物語の主人公になってしまったの!?

 




読んで頂きありがとうございます。

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