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物語の主人公

 夢を見た。

 小さい頃、一度だけ遊んだ男の子が素敵な男性になって私を迎えに来てくれる…。


 目を覚ますと見慣れた天井が見えた。

 なんだか体が重い…。

 体が鉛のように重く手足が思うように動かない。

 状況が分からずぼんやりと天井を見上げていると陶器が割れる音が聞こえゆっくりと顔を動かした。


「お…お嬢様!?」


 そこには涙ぐむリタの姿が。

 何事かとバタバタと数人の足音と共に両親も顔を出した。


「ルネール…」


 みんな涙ぐみながら私に近付いてくる。


「良かった!目覚めてくれて本当に良かった!!」


 号泣するみんなを見ていてただ事ではないのは理解した。

 聞きたいことが山ほどあるのに声が出ない私に父が説明してくれた。


「驚かないで聞くんだよ。ルネールはセルデン公爵令嬢に刺された後、一度心臓が止まったんだ」


 あまりの衝撃的な発言に目を見開いた。


「だけどエイベル伯爵令嬢が持っていた薬で息を吹き返したんだが、ずっと目覚めなくてね…。半年以上も眠り続けていたんだ」


 半年も?

 どおりで体が動かないわけだ。


「まだ目覚めてすぐだしゆっくり体調を戻して行こう」


 父に頭を撫でられて私は再び眠りについた。



 それから三ヶ月が経ち、ようやく少し体が動かせられるようになってきた。

 まだまだ不安定だが立って数歩だが掴まり歩くまでは出来るようになった。

 これも寝たきりの時にマッサージやリハビリをしてくれていた家族やリタのお陰だ。



 今日は天気がいいからと気分転換に抱っこで庭に出してもらえた。


「お嬢様。お茶を用意してきますね」


 私が椅子に座ったのを確認するとリタは屋敷に戻って行った。

 心地よい風が吹いており平和を感じた。


 あの後みんながどうなったのか全く教えてもらえず自分で探ろうとした。

 その中で得た情報はアデラインが私を助けるために魔女の力を使い投獄されたということ。

 そして聴取でアデラインが今回の騒動は全て自分が引き起こしたことだと自供したのだ。

 それによって行われた裁判では王室を混乱に陥れたとして火あぶりの刑との声も上がったが、クライヴが呪い(まじない)の解決に尽力を尽くした事、私の命を救った事、本人が後悔し反省している事などをあげ、最終的には修道女となり生涯を神に捧げるということで罪が軽減された。


 そんなアデラインの修道女行き当日、アデラインから手紙が届いていた。


 『親愛なるルネール

 私のせいであなたを巻き込んでしまったこと本当に申し訳なく思っているわ。

 でも私はあの手帳に物語を書いたことを後悔はしていない。

 だってあれがあったから私はあなたと友達になれたのだから。

 あなたは巻き込まれた側なのにも関わらず、恨むわけでも憎むわけでもなく普通に接してくれた。

 罵られるのを覚悟していたのに。本当にお人好しね。

 でもそんなあなただから魔女の力を使ってでも助けたいと思ったの。』


 魔女の力を使うということは捕らえられ火あぶりの刑になる覚悟を決めたということと同義だ。

 アデラインは命をかけて私を救ってくれた。

 まあ巻き込まれた私も命を懸けたけど…それでも咄嗟の命懸けと決断しての命懸けでは恐怖心は格段に変わってくる。


 『追伸

 修道女になったら子供達が笑顔になれるような絵本を書こうと思うの。

 だからクライヴ様との子供が産まれたら買って読み聞かせてあげてね。』


 宣伝も忘れないところはさすがである。

 だけど、残念ながら自分の子供に読み聞かせる願いは叶えられそうにない。

 私は右の腹部をさすった。


 食事が摂れるようになり動くことも出来るようになった頃、私は気付いてしまったのだ。

 自分の右腹部に刺し傷があることを。

 そう、私は傷物令嬢になってしまったのだ。

 父にそのことを話すと父も知っておりクライヴのためにも婚約を解消した方がいいと言われた。

 こんなことになるなら好きにならなければよかったと嘆き悲しんだが、最終的にはクライヴのためにも早く他の女性を探した方がよいだろうと婚約破棄に同意したのだ。

 手紙も届かないところをみると本当に婚約は解消されたのだろう。


 …ってもう落ち込まないって決めたんでしょ!

 気分を切り替えてリハビリの続きをしようとテーブルに手をかけて立ち上がろうとしてバランスを崩した。

 倒れる!と思い目を瞑るも柔らかい何かに包まれた。

 そこから漂ってきたのは私の心を揺さぶる香水の香りだった。


「ルネ」


 ずっと聞きたかった声が耳に響き、自然と涙が溢れてきた。


「会いに来るのが遅くなってごめん」


 私は彼の胸に顔を埋めながら小さく首を横に振った。

 最後にもう一度会えただけで十分だ。


「婚約破棄の件、お父様から聞きました。今日、こうして会えただけでもう十分です。これからは新しい婚約者の方と…」

「俺は婚約破棄に同意していないよ」


 同意…していない?

 意味が分からず顔を上げると真剣な眼差しに見つめられた。


「でも…私はもうクライヴ様には相応しくありませんから…」


 クライヴの顔を見られずに俯くとクライヴは呆れたように溜息を吐いた。


「やっと掴まえた初恋の人を傷が出来たくらいで手放したりしないよ」


 初恋ってまさかクライヴは子供の頃から私の事を…!?

 クライヴはポケットから一枚のハンカチを取り出し私に手渡した。


「俺はずっとこのハンカチに励まされてここまで成長できたんだ」


 広げるとあまりの衝撃に持っている手が震えた。

 下手糞か!!

 もっと励ましてくれる物がたくさんあったでしょ!!

 小さい頃の刺繍とはいえ、あまりの出来の悪さに処分しようとこっそりしまおうとするもクライヴに取り上げられた。


「確か『逞しくてカッコ良くて抱っこしてくれるパパみたいな人』と結婚したいんだったよね」


 よく覚えてたね…。

 私の反応におかしそうに笑うクライヴを睨んだ。


「今では変な虫を追い払うことも出来るようになったし」


 それは幼馴染の令息の事を言ってます?


「貴族の令息の中では一番求婚申込書が届くし」


 お婿さんにしたい男NO.1ですからね。


「それにルネも抱っこ出来るようにもなったしね」


 そういうと私を抱き上げて大事な物を扱うようにそっと椅子に座らせてくれた。


「だから約束通りルネを迎えに来たよ」


 私の前に跪き手をとりながら優しく微笑むクライヴに鼻の奥がツンと熱くなり目の前が潤んだ。


「そういえばあの返事をまだ聞いていなかったね」


 あの返事?首を傾げるとクライヴは付け足した。


「ルネは俺と結婚するのは嫌?」


 そのセリフ…。

 思い出すのは馬車で求婚された時に言われたことだ。

 あの時は呪い(まじない)の件があったし断ろうと思っていたが…。


「俺はルネ自身の素直な気持ちが聞きたい」


 そんなこと言われたら…。


「…私は…したいです…。クライヴ様と結婚したい!」


 次の瞬間クライヴに唇を奪われた。


「ルネ。結婚しよう」

「…はい!」


 もう一度今度はゆっくりと口付けを交わしたのだった。


 手帳に書かれた物語は主人公の死により終わりをむかえたが、私の物語はこれからも続いて行く。





本編はこれで終了となります。

あと二話クライヴ視点を投稿しこの作品は完結となります。


読んで頂きありがとうございます。

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