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隻腕令嬢と黒獅子  作者: 耿之介
3/4

03.七十五日もあれば噂は広がる

「お、おい!黒竜が!」

「黒竜が飛び去っていくぞ!」

「あ、あああっ……」


 歓喜の声に紛れ、騎士は震える足で主に駆け寄る。蒼白を通り越して真っ青な顔色に気が付いたエイルーンは地面に落ちた角を拾って心配は無用だと笑顔を向けた。しかし、それがトドメとなったらしい。お世辞にも人相がいいとは言えない顔がくしゃりと歪み、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めたのだ。


「お嬢様!!あ、ああ……ああ!なんてことだ……!」


 その悲痛な声に一人また一人と状況に気が付き、慌てた様子で女性の元へと集まっていく。


「私は大丈夫。被害がこれだけで済んでよかった」

「何をおっしゃっているのです!?くっ……乱暴で申し訳ありませんが、今はこれでどうにか」


 剣を支えるためのベルトで強く腕を締め付けられ、さすがのエイルーンも一瞬だけ顔をしかめる。きつくしすぎじゃないかと言おうにも、一回り以上離れた男性がいまだに泣きながら強く結び固めているのを見ると言葉は喉から出てくることはなかった。悲痛な顔が少しでも和らげばいいと無事な腕で頭を撫でればまた顔がくしゃくしゃになるのだから困ったものだと肩をすくめる。


「この腕ひとつで、この後襲われていたかもしれない幾人もの命が救えたのはジャックだって分かるでしょう?私はこの怪我を誇りに思うよ」

「うっ……うう……俺は、自分が不甲斐ないです……下手に参戦すればお嬢様の足を引っ張ると、後衛に回ってしまった自分が……」


 下唇を噛み締めて視線を逸らす男と未だにポツリぽつりと血を滴らせて宥める女性。その異質な組み合わせに兵士達はどう声をかけたらいいものかと顔を見合わせるが、誰かがぽつりと呟いた。


「あれって、キンゼル侯爵家のご令嬢じゃ……」


 その言葉にエイルーンはパッと顔を上げる。

 馬車での移動とはいえ両手で数えられないぐらい同じ関所を利用している以上、十数人の兵士の誰も隣の領地の侯爵令嬢を知らないというのは無理がある話だった。それがこの地域では見かけない青髪で、黒竜を退ける剣の腕を持った()()()なのだから噂と相まって推測に拍車をかける。


「私のことは旅の者ということにしておいてはくれませんか」

「で、ではやはり……」

「どこぞの貴族令嬢がよその領地で竜に襲われ怪我をした……なんて噂、誰の得にもならないでしょう?ルピネット伯爵に迷惑はかけたくないのです。それにあそこの行商もどこで誰に難癖をつけられるか分かりませんし……」


 そう、横転したままの馬車をみて少しの疑問が湧く。翼を打ち付けるだけで巨木をへし折る威力をもった黒竜に襲われたというのに、何故あれは凹んだだけで済んでいるんだろうか。遠目だが木製のように見える。それなら屋根は剥がれ扉も砕けていそうなものなのに。

 目を凝らすと薄っすらとだが魔力の残滓が見れとれた。防御魔法をかけていた……?行商がそんな高等な魔法を?出発する前にかけておくとなると長時間維持するためにも相当高度な魔術式が必要で、貴族でもそう簡単には出せない費用が必要になるはず。しかし馬車はお世辞にも上等なものとは言えない。


「あの、馬車の中の人は……?」

「中に乗っていた男性二人は気を失っていますが無事ですよ。外傷も特に見当たりません」

「そうですか。それならよかった」


 死人が出ていないことに素直に心から安堵した。自分の腕一つでこの結果なら奇跡とも言える、と。どうして馬車の被害があんなに少ないのだろうかと疑問は残るがこれ以上長居するわけにはいかないと、エイルーンは兵士の中でも比較的年長の者に向き合う。


「私どもは話が大きくなることを望みません。どうか黒竜の撃退は皆さんの手柄になさってください」

「し、しかし!その腕が何よりの証拠ではありませんか!」

「もちろん父上には話をします。……でも私は、リリンに……ルピネット伯爵令嬢に悲しんで欲しくないのです」


 困り笑いを浮かべて、どうか、と懇願されては兵士達に却下する権利などなく。騎士を連れて街へと引き返す後ろ姿を彼らはただ見送るしかできなかった。







 ――とはいえ。

 とはいえ、現場にいた全員が黙秘を貫けるわけもなく。安否を心配する家族に話した者、酒場で武勇伝のように語った者、ここだけの話と女を釣るためのネタにした者……たった数名が語った「キンゼル侯爵令嬢の大立ち回り」は庶民から商人へ、商人から貴族へとそう日が開かないうちに広がっていくことになった。


 街に置いてきた侍女と騎士を回収して領地へと戻ったエイルーンはそれはそれは泣かれた。褒められ、怒られたもした上に重ねて泣かれた。主に泣いたのは母と姉、褒めたのは祖父と兄、怒ったのは父と祖母。騎士や侍女らは悲しむ者が大半だったが、一部は行動を共にしていたのに守れなかったジャックを責めたて、それをエイルーンがなだめるというゴタゴタもあった。


「竜の前に飛び出して腕を失った令嬢なんて聞いたことがないわ!これじゃあお嫁になんてッ」

「ルーン!どうして無茶をしたの!!貴女は確かに戦える子よ……でも!自ら危険に向かう必要はなかったじゃない……」

「元々、剣を振るい馬にまたがる令嬢を欲しがる物好きなんていなかったじゃありませんか。それに被害がでなかったんですから、間違ったことをしたとは思っていません」


 泣き崩れる母と姉を前にしてあまりにも凛として物をいうものだから、様子を眺めていた祖父が大笑いしその反応に祖母が怒るというひと悶着があり。


「ルーンよ、その腕の傷は誇っていいぞ」

「本当に自慢の妹だよ。ちゃんとお前に恥ずかしくない嫁ぎ先、俺が必ず見つけてやるからな!」

「ふふ……お祖父様ならそう言ってくれると思ってました。あとお兄様、私はずっと家でいいです」


 よくやったと自慢気に背中を叩く祖父ににっこりと笑いかけ、お前を哀れな傷物令嬢にはしないと息巻く兄を落ち着かせるなんてやりとりもあり。


「お前の剣の才は認めている。だからこそ教えられるだけのことは教えもした。だが、向こう見ずな行動をするような騎士に育てた覚えはない!腕だけですんだから良かったものの、命がいくつあっても足りないことをしたのだぞ!」

「勇敢なことも今回は褒められたものじゃありません……!一体どれだけの人間が悲しむと思っているのですか!」

「心配をおかけしたことはお詫びいたします。ですが、肉体強化という魔法を持って生まれた身としてやるべきことをしただけだと思っていますので」


 呆れと安堵と行き場のない怒りを露わにして腰掛ける父と祖母に悔いはないと笑って腕がなく結ばれた袖を撫でて見せ、怒りを通り越して泣かせてしまうという器用なことまでしでかしたエイルーンはただただ愛されているなと心を温かくしていた。




 そうして黒竜の襲撃事件が起こった十日後のことだった。


「エイルーン嬢に義手をお持ちいたしました」


 ルピネット伯爵と三女であるリリンが光り輝く義手を持参してキンゼル侯爵邸を訪れたのだ。

 迎え出たエイルーンを見てリリンは泣き崩れ、ルピネット伯爵は膝をつくという小さな騒動があり、どうにか応接室へと移動したのちにテーブルへ置かれた木箱の中をみてエイルーンは顔を輝かせた。そこにあったのは小さな魔法石が埋め込まられた白銀の美しい細身の義手。曇りなく輝く表面からは想像できないほどに軽やかなそれが、エルフと呼ばれる王国領西に位置する森に住まう人々の手で作られたものであることは明白だった。


精霊銀鉱(アクアマイト)で作られた義手です。女性の腕につけても負担のない軽さですが、鋼をしのぐ強度があるとのこと。錆びることも曇ることもなく、磨けばガラスのように煌めく代物だという話でした」

「そんな高価なものいただけません!エルフ達が扱う鉱石ではないですか……それにこの魔法石、とても強い力が込められています。プレゼントとしていただくには、あまりにも――」

「ルーン!貴女の腕のおかげでどれだけの人が黒竜の危機から救われたと思っているの!?」

「リリン、言い方に気をつけなさい。……エイルーン嬢、この魔法石は持ち主と義手とを繋ぐ役目を果たすとのことでした。まずはつけてみていただけませんか」


 さあ、と真っ直ぐな視線で差し出されては断れず。まだ治り切っていない傷口を晒すわけにもいかず侍女に簡易的な目隠しを作ってもらい、汚れないようにおそるおそる義手をつける。あっ、と小さくエイルーンは息をのんだ。吸いつくように腕を包んだ義手が金属とは思えないほどに軽かったのもそうだが。


「すごいですね!本当に、意のままに動きます……!自分の手のようです」


 温度や質感といった触感こそ分からないものの、指先関節一つまで細かく自由に動かせる作りこみはあまりにも見事だった。どういう魔法が込められているのかは分からないが、これだけの代物そういくつもあるものではないだろうと目を細める。


「それは我がルピネット家の誠意だとお納めください。貴女は、それだけのことをして下さったのです」

「……ですが……これほどの……」


 ルピネット家が決して懐寒い貴族でないことは重々に理解していたものの、それでもはい分かりましたと受け取るにはあまりにも高価な代物にエイルーンの顔に影が落ちる。その姿をルピネット伯爵は微笑ましそうに見つめ、隣に座る三女の肩を抱いてみせた。


「今後もリリンが負い目なく貴女とお茶ができるよう、どうかよろしくお願いいたします」


 これでどうだと伯爵がにやりと笑ってみせる。それをみて彼女は降参だと手をあげた。


「ははっ……参りました。ありがとうございます、ルピネット伯爵」


 その返事にようやく大事な友人の顔が明るくなったのをみて、エイルーンもつられるように顔を輝かせる。良かったと胸をなでおろしたのは伯爵だけでなく、隻腕を憂いていたキンゼル家全体が新たな腕を好ましく思っていた。

 

 こうして、世にも珍しい義手の令嬢が誕生したのであった。



貴重なブクマ、本当にありがとうございます!

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