表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隻腕令嬢と黒獅子  作者: 耿之介
2/4

02.ことの始まり

 その日、エイルーンは友人であるルピネット伯爵令嬢の元を訪ねるために馬車に揺られ、日も沈みかけていた頃に宿のある街へと到着していた。

 馬車で丸一日かからないほどの距離のため、侍女を2人と護衛を2人という最小限の人数での旅。2・3ヶ月に1度はあることで、街の人々も隣の領地からの訪問者に気付いても騒ぐことはなく笑顔で歓迎していた。


「思ったよりも早く着いたね。私はマダム・ミラーの店に行ってくるから……トーマスとジャック、街の中での護衛は大丈夫」

「お嬢様、毎回言ってますがそうはいきませんって」

「俺たちにちゃんと仕事させて下さい」


 お嬢様が手を出す前に危険からお守りするのが俺たちの仕事なんですから、と念を押されてエイルーンが渋々といった様子で折れる。これもいつもの事で、見慣れたやりとりに侍女2人がクスクスと楽しそうに笑う。

 主が馬車を降りた事で騎士もそれぞれ馬から降りる。まずは宿に馬を預けて、それからマダムの店に食事に行くのが毎回お決まりの流れだった。しかし、今回はその流れが喧騒と共に乱れていく。


「街道に黒竜が現れたらしいぞ!!」


 荒げた声が街の入り口に響く。その悲鳴にも似た声は周りに伝播し、穏やかな夕暮れの街並みは一気に人々の混乱の影によって忙しないものへと変わっていった。

 黒竜というのはその名の通り黒い鱗に覆われた竜のことだ。竜は普段隣国との国境にある竜の巣と呼ばれる険しい山脈に生息しているが、角が綺麗に生え終わると繁殖のために餌を求めて人里へと姿を現すことがある。その繁殖期の竜はとても凶暴で攻撃的であり、王国騎士団が2部隊は編成を組まねば対処出来ないほどであった。その対処というのも、討伐ではなく撃退がやっとのこと。竜は角が生え終わるまでの数年は巣で静かに成長を待つ生態らしく、その角さえ折ってしまえば鎮まりすぐに飛び去っていく習性を利用してのものだった。


「まさか黒竜が!この街の自衛団には荷が重すぎる……被害が出てもおかしくない……お嬢様は侍女と共に安全な宿へと向かい下さい!」

「侯爵領へ引き返したいところですが、今はやり過ごすか騎士団の到着を待つほかないでしょう」


 さあ早く、とトーマスが催促するためにエイルーンの顔を見る。そしてヒクリと口元を引き攣らせた。反射で自身が装備していた剣を手で押さえようとしたが、鞭の様にしなる細い腕が素早くそれを掻っ攫う。


「いけません、お嬢様!」

「今のは中々良い反射神経だったね?トーマス、クロエとミーシャを頼みました」

「お嬢様!?」


 ニコッと口角を上げると同時にトーマスから手綱を奪い、慣れた手つきで馬に跨るエイルーン。その素早い動きに侍女達が手を伸ばすが、手遅れだと察した騎士は各々の役割を果たすべく動き出す。


「誰かが向かって時間を稼がなければ、どれだけの被害が出ることか!ジャック、もしもの時は自衛団か兵士の指揮を!」

「お嬢様ッお待ち下さい!」

「行ってはダメです!怪我では済みません!」

「待ちません!」


 強く手綱をひき、剣を片手に街を飛び出していった主を騎士が追いかける。あっという間の出来事に従者と侍女はその場で震えて崩れ落ちるしかなかった。







 街道は動物たちや魔獣たちの興奮した鳴き声が騒がしくあちらこちらから漏れ出ていた。遠くの方から響く木々がなぎ倒される音に、巨大な生き物がいることは間違いないのだとエイルーンは眉間に皺を寄せる。


「(思ったよりも街から近いな……すでに関所から兵士達が出向いているかもしれない)」


 片角さえ折ることができればいいが、黒竜の体躯は15メートルを優に超えるとされている。巨大な翼と長い尾を持ち、まず弱点である頭まで近づくことが難しい。それに加えて特徴ともいえる黒い鱗は鋼の様に硬く火にも強いという竜のお手本のような種であった。

 馬を走らせるうちに、街道横の森から強く獣の気配を感じるようになっていた。これは錯乱状態の魔獣が飛び出して来てもおかしくないと手綱を片手で持ち直し剣に手を添えた時。


「はッ!」


 読み通りに狼型の魔獣が飛び出してきたが、その牙はエイルーンに届くことなく騎士の剣によって阻まれた。一切減速することなく放たれた一閃に彼女は満足そうに小さく頷く。


「音も大きくなってきた。被害がでてなければいいけど」

「喧騒も聞こえますから、兵士が応戦しているのは間違いないで――」


 ――しょう。そうジャックは言葉を切ったのだろう。しかしその声は空気を震わせる咆哮によってかき消された。怯んだ馬が大きく前足を上げるが、エイルーンはゆっくりと落ち着いた手つきでそのたてがみを撫でる。逃げ出したいと言わんばかりに足踏みをする馬の様子はあっという間に元の状態へと戻っていた。これが強者の風格か、なんて騎士は思う。




 そうして黒い塊を目にした時、エイルーンが視界の端にとらえたのは横転した馬車と何人かの倒れた兵士たちの姿だった。馬車の質を見るに行商だろうが、扉から屋根にかけて大きく凹みこそしているものの破壊された様子はないので中の人は無事であってほしいと顔をしかめる。兵士たちにしても、見るからに即死らしいものが居ないのは幸いだった。

 初めて見る黒竜は、文献でみるよりもずっと刺々しく攻撃的な見た目をしていた。興奮しているからか黄色い瞳は光を放っているかのように輝き、地面を滑るように突進し兵士たちを蹴散らそうとしている。


「ジャック、私の身分は何があっても必ず内緒に」

「そもそもお嬢様を止められなかった時点で俺の命が危ういんですが」

「生きてたらちゃんとかばってあげるから」

「物騒な!」


 馬を降りて剣を片手に駆けていくエイルーンが薄い光を纏う。それは肉体の強化魔法であり、火を生む・物を軽く浮かせる程度の魔法が一般的なこの国においてとても稀有な能力だった。なにより、彼女が幼くして剣を握るようになったきっかけとも言える。

 翼を閉じて尾を揺らめかせる黒竜を前に、兵士たちは震える手で剣を握りしめる。角さえ、とは思うが突進も噛みつきもまともに受ければ体が千切れてしまうであろう威力を有しているのは周りのなぎ倒された巨木を見れば一目瞭然だった。


「ヒッ……!」


 大きく口を開けて威嚇する黒竜が、兵士の一人に狙いを定めた時。

 勢いづけるために広げられた翼が重い一撃によってバランスを崩した。鈍い金属音を立てて弾かれた剣に、とびかかった主は勢いを殺すように後ろへ退く。


「閃光弾を持っている者はいませんか!?」

「な、なんだアンタ!?」


 長い青髪をなびかせて剣を構える女性に周囲は大きくざわめく。そのざわめきを物ともせず、黒竜を見据えたままエイルーンは半歩前に出た。その小さな動きに呼応する様に黒竜は咆哮を上げて細い体に真っ直ぐと凄まじい勢いでとびかかる。危ない、と誰かが叫んだ。しかし、動きを読んでいたように横へと飛び退き、さらに振るわれる太い尾をも身を屈めて躱す姿に誰もが目を奪われる。


「怪鳥用の閃光弾はないのか!?」

「あっ……こ、ここに!ここに1つあります!」

「あの方が少しずつ黒竜を開けた場所へ移動させている!今のうちに数名は倒れた兵士と馬車の安全確保を!弓に長けた者は私とともに援護に回るのだ!」


 突然の指揮にも関わらず動けたのは、女が一人で黒竜を相手取っているという現実が夢うつつのようで緊張が抜けたからか。

 バタバタと人が動き出したのを見て、エイルーンは攻撃を避けるだけではなく自分に敵視が向くよう鱗の間を刃でかすめる。飛び掛かってくるのを左右に避け、大ぶりな攻撃に対しては一撃を入れて広い場所へと飛び退く……それを数度繰り返すことで黒竜は確実に誘導されていた。


「ジャック、合図は頼みました!」

「はっ!」


 人の頭上ほどの高さで体躯をうねらせ翼を打ち付ける動きに、これはさせてはダメだとエイルーンは距離をとる。翼を大きく広げられては影ができて目くらましが通用しなくなってしまう。それよりは、先ほどのように翼を閉じて突進してきてもらうほうが助かるのだ。

 逃げるように見せるため、一瞬だけ背を向ける。黒竜はその隙を見逃さず、地面に降りて大きな爪で土埃を立てた。


「放て!」


 声に呼応するようにしっかりと瞬きをする。同時に、風を切る音と、高い鳴き声による振動を感じた。前を見据えれば、目くらましは成功したようで間違いなく目を開けさせるために放たれた数本の矢と仕事を終えた閃光弾が地に落ちており、眩さからたたらを踏む黒竜が煩わしそうに首を振っている。

 その隙をエイルーンは逃さなかった。だが、強く力を込めた剣の気配に竜は目が見えないまま食らいつく。


「お嬢様!!!!」


 血が舞った。

 そして、そこまで大きくはない落下音が響く。続けて、ひどくけたたましい咆哮が辺りを揺らした。


レイギ○ナ想像していただけると助かります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ