五兵の知恵(創作民話 19)
昔、五兵という知恵のある猟師がおりました。
この五兵、野で捕らえた鳥や兎を食い、山で拾った鹿のツノを銭に変えて暮らしていました。
ある日、猟をしての帰り。
山の奥深くで、狼と大鹿がにらみ合っている場に行き合わせました。
今しも狼は、大鹿に飛びかからんばかりです。
ですが大鹿も長いツノを低くかまえ、狼を突き返さんとしています。
双方にらみ合ったままで、ともに一歩もその場を動けずにいました。
「待て!」
五兵は二頭の間に分け入りました。
「戦って互いに傷つくのは、なんとも馬鹿らしいではないか。争うことをやめたらどうだ」
すると狼が言います。
「わたしには腹をすかせた幼子がおります。ですからなんとしてでも、この鹿の肉を持ち帰らねばならないのです」
大鹿も言います。
「わたしにも妻と子がおります。今この狼を退治せねば、いつか妻と子がねらわれます」
「だがな。オマエたちが争って、どちらが勝つかは五分と五分だ。それより双方が傷つくことなく、この場をおさめるがいい。しかも互いの言い分をそれぞれ通してな」
五兵はこう説いてから狼に向きました。
「ワシが捕らえた獲物の半分を、しばらくここに置くことにする。それをオマエがとるがいい。すれば、子は腹を満たすであろう」
「しばらくとは?」
「子が育つまでだ」
「そうであれば」
狼がうなずきます。
「これでオマエは傷つかず、子が育つまで肉が手に入ることになった」
続いて……。
五兵は大鹿に向き直りました。
「オマエはワシに、いずれ落とすであろうツノをくれればよい」
「冬の終わりになりますが」
「ああ、そのときでかまわん」
「ならば」
大鹿はうなずきました。
「これでオマエは傷つかず、妻も子も無事でいられることになった」
それから二頭を見て、五兵は話を続けました。
「ワシはしばらく獲物が減るが、いずれ値の高いツノがしかと手に入る。どうだ、だれもが損をしないであろう」
五兵の知恵に、
「いかにも」
「なるほど」
狼と大鹿はともに感心し、山の奥深くに姿を消しました。
鹿のツノが落ちる季節。
五兵は大鹿からツノを手に入れました。
それから町の薬屋に売り、狼にやった獲物の数倍もの銭を手に入れたのでした。