再び、手
「いいですか?」
「いいよ~、好きなだけ触って」
「じゃ、じゃあ、遠慮なぐぁ!!」
鈍痛。
感じたことがない鈍痛で、自分が蹴られたことに気が付くまで時間が掛かった。
「俺の女に手ぇ出すんじゃねえ!!」
へ?"俺の女"?それにこの声。
視線を向けると、ゴミを見るような眼差しで男子バレー部の主将がボクを見下ろしている。
え?
女って?
いや、この場にいる女子って言えば先輩しかいない。
え?先輩が"俺の女"?
え?先輩に……彼氏が?
いや、そうだよ。
いない訳ない。
「おい、お前!!こいつに何しようとしてた?えぇ!?」
主将先輩がボクの胸ぐらを掴んで、その腕力で軽々とボクを持ち上げた。
目の前に鬼の形相のイケメンが。やっぱりイケメンは怒ってもイケメンだなぁ。
そっか。恋人がいたんだ。
いない訳がない。
ボクなんかが割り込める余地がないお似合いの恋人がいたんだ。
そうだよ。
ボクはチビでオタク。
ヒエラルキーのド底辺。
でも、彼女は、彼女と主将先輩はヒエラルキーの頂点。
学校のスター。
「ちょっと!!どうしたの!?」
女子生徒が二人現れた。
たぶん、上級生。
「この一年が、後ろからこいつのことを襲おうとしてたんだよ!!」
違っ
「何それ!?最っ低!!変態!!」
「……まさか……今日この娘の様子がおかしかったのってアンタのせい!?」
何のこと?
「そういうことかよ!!このクソ野郎!!」
視界が激しく揺れる。
と、鈍痛。
殴られた。
「時々スマホ見てたけど、お前が呼びつけたのか?なぁ?脅迫でもしてたのか!?ああ!?」
脅迫?
「もういい。もう二度と手ぇ出せねえようにしてやる。おら、立て……立て、ゴラァ!!」
また胸ぐらを掴まれ、無理やり立たされた。
えっと、今何が起きてるんだっけ?
目の前に鬼の形相のイケメン先輩が何か怒鳴ってる。
その後ろで上級生の女子生徒が三人いて、怒った様子でこっちを見てる。
あれ?何でこうなったんだっけ?
ああ、そうだ。
ボクが調子に乗ったせいだ。
痴漢から女子バレー部の憧れの先輩を助けて?ボディーガードになって、なんかさっき心の距離も近くなったような……
あれ?誰か近付いて来る。
スッゴい怒ってる。
「私の"彼氏"から手を放せ!!」
「え?ぶふっ!!」
憧れの先輩が教科書とかが入っているだろう鞄で、男子バレー部の主将の頭を殴った。
運悪く男子バレー部の主将が振り向いた瞬間に鞄が直撃したため、イケメンな顔面に鞄が直撃した形になった。
ボクは男子バレー部の主将の手から放れて、力無く崩れたところに憧れの先輩が駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「せ、先輩……?」
うん、先輩が目の前にいるのはわかるんだけど、なんか急に視界がぼやけて何も見えない。
「ってぇ~……な、なんだよ一体?俺は君を助けようと……」
強烈な一撃から早くも復帰した男子バレー部の主将が理由を問いただそうと近付いて来る。
「誰が"アンタの女"よ!?」
「え?」
「は?」
「い、いや、それは言葉のあやって言うか、そう言えばその痴漢の一年も……」
「痴漢じゃない!!私の……"彼氏"!!」
変な間。
「私、アンタの女になんかならないから!!これ以上私と私の彼氏にその汚い手で触らないで!!」
先輩はボクの殴られた場所を擦ってくれた。
「大丈夫?立てる?」
「ひゃい……」
情けない返事。
ボクはゆっくり立ち上がって、痛む場所を擦った。
「行こ」
先輩がボクの手を握り、一緒に公園から立ち去った。
その後、公園で何が起きたのかボクは知らない。
ーーーーー
何が起きたのか簡単に説明すると、私に触ろうとした彼のことを痴漢だと判断した男子バレー部の主将が殴る蹴るの暴行を加えて、更に何かしようとしたから、私が鞄であの男をぶん殴った。
もっと早く動けたら良かったんだけど……
「……痛む?」
「え?ああ、まあ……痛い……です。ああでも、平気です!!ボクも男ですから!!」
彼は必死に私を安心させようとしている。
でも、握ってない方の手では蹴られたであろう場所を擦っている。
「でも、良かったんですか?」
「何が?」
「いや、彼氏さんにあんなことして……」
「え?彼氏?誰が?」
「え?男子バレー部の……」
ゾッとすることを言われた。
「違う違う!!あんなのと付き合ってなんかないよ。……ああ、俺の女~って言ってたから?違うよ」
「そう……なんですか」
「そうだよ」
その時、スマホにLINEが届いた。
確認すると女子バレー部の連絡用に使われているグループLINEに、怒りに満ちたメッセージが届いていた。
内容は……
「ああ、そういうこと」
この話は長くなりそうだからスルーさせてもらおう。
「あ、あの……」
「ああ、ごめん。何だっけ?あんなのと付き合ってなんかいないって話だっけ?」
「はい……その二人は、カッコいいからお似合いだなぁって……」
「私、彼氏いないから。バレーボール一筋!!それに……」
私は立ち止まって、彼と向き合った。
「他人にどう思われようと私は私が選んだ人と恋人になりたい」
何台もの車が私と彼の横を通りすぎる。
「じゃ、じゃあ……あの場にいた人達に誤解されないようにしないといけないですね」
「え?」
「あの、私の~って言う……」
彼はその後、妙に饒舌でヒエなんちゃらがどうのとか、調子乗ったとか言っていた。
車のエンジン音がうるさくて聞こえなかった訳じゃない。
「それにさっきのポニーテールの話だって変t……」
「ねえ」
「ひゃい!?」
「私、君のことが……好き……だよ」
「君は……私のこと、どう思ってる?」
こんなのズルい。
答えを強要してるみたい。
ーーーーー
夢?
いや、殴られた場所は痛い……ような気がする。
いや、そんなことより、先輩が好き?ボクのことを?
でも、冗談じゃないことは真っ直ぐな視線でわかる。
いや、ちょっと表情に歪みが見える。
恥ずかしいような不安げなような。
握られた手が震えている。
「どう?」
答えを促された。
「えっと、その……」
こういう時、ビシッと言える人ってカッコいいよね。
「ボクも……ボクも先、輩が……す、すす、好き……です…………あ、あの……つ、つき……はぁはぁ……ボクと、付き合って……くださぃ」
何とも自信無さげな告白だった。
「……はい!!」
握っていた手から震えが消えた。
ボクらは手を繋いで歩いた。
ここから駅までだいぶ距離があるけど、今は彼と歩きたい。
先輩と一緒にいたい。
だから、強く握りしめた。
だから、そっと握り返した。
温かくて柔らかい優しい人の手。
大きくて滑らかで大好きな人の手。
お互いの気持ちを伝え合うように
強く
優しく
手を握る。