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些細なこと

触られた。

触られた。

触られた。

触られた。


触られた!!


嫌な感触が手に残ってる。

今まで息を潜めてた"あの感覚"がまた動き出したみたい。

どこか安心できる場所を探して早足で歩いたけど、どこにも私が求める場所が無い。

誰か助けてくれる人でもいい。

誰か!!

ううん、いる。

安心できる人がいる。

ああでも、今日は先に帰るように伝えたんだった。

迎えに来てもらう?

なにバカなこと言ってるんだろう?

声。

そう声だけでも……。

ううん、向こうはたぶん電車の中。電話には出れない。

どうしよう……泣きそう。


「先輩?」


「え?」


目の前に彼が立ってる。


「え?どうして?ううん、どうしたの?」


「ああ、えっと、久しぶりに本屋に行こうって思って……」


彼は確かにこの近くにある書店のビニール袋を持っていた。

けど、その視線に気付くと気まずそうに自分の背後に隠した。


「ええ~、何で隠すの~?」


「いや、その……」


「わかった、エッチな……」


「違います!!」


しどろもどろしない明確な否定だった。

怒っている様子ではない。


「ごめん、冗談……ねえ、今時間ある?」


「えっと、はい……」


「じゃあさ、ちょっと話せないかな?出来れば……二人で話せる静かな場所。お店以外で」


「……えぇぇと…………この先に公園があるんですけど」


「じゃあ、そこで」


「わかりました。こっちです」


彼は先導して歩いてくれた。

心なしか、ちょっと早足で。

到着した公園は小さくて遊具も少ない。

だけど、屋根にあるスペースにテーブルとベンチがあって、話しやすそう。

遊んでいる子供もちょうどいない。


「ボク……飲み物、買ってきますね」


「じゃあ、私の分も」


私が財布から小銭を出そうとすると、彼は慌てて


「あ、今日は、ボクが……」


そう言って公園の入口にある自販機に駆けていった。

彼、なに飲むか聞かないで行っちゃったけど、大丈夫かな?

ううん。

たぶん、彼は無難に麦茶を買ってくる。

戻ってくる彼の手には、やっぱり麦茶。

良かった。


「はい……どうぞ」


「ありがとう。ちょうど麦茶が飲みたかったの」


自販機の中で冷えた麦茶を早足で火照った体に流し込むと、体中に麦茶の冷たさが伝わって、少しだけ落ち着いた。

ううん、カラオケを飛び出した後に比べたらほぼいつも通り。

彼がいたからなのかも。

そう思った瞬間、嫌なことを考えてしまった。

彼に視線を向けると、たぶん私の話を待っているのか自分の鞄の中を漁ったり、さっき書店で買ったであろう本を鞄の中にしまったりしている。


「ねえ」


「はい」


私が声を掛けると作業を中止して、私に向き直った。


「…………あの……さ、お願い……あるんだけど、聞いてくれる?」


「……は、はい」


彼は不安そうに返事をする。


「大丈夫。簡単なお願いだから」


そう。簡単なお願い。

大丈夫じゃないのはひょっとしたら私。


「あのね…………私に、触って」


「え?」


「どうしても確かめなきゃいけないことがあるの。だから、君が私の体で一番触りたいところに触ってほしい」


「え?いや、そんなこと……」


「お願い!!」


思わず叫んじゃった。


「ごめん……でも、お願い。触って。どこに触られても君のこと責めたりしないから……」


こう言うと、いやらしいけど、胸はかなり大きい方だと思う。お尻だって鍛えてるから引き締まってると思うし……いや、何考えてるんだ私……


「本当に……どこでもいいんですか?」


「うん」


「じゃあ、手でいいですか?」


「それはダメ」


「え?」


「言ったでしょ?一番触りたいところって。手じゃないんでしょ?」


彼は気まずそうに視線を外した。

それで幻滅はしないけど、うん、そうだよね。"男子"だもん。


「じゃあ、わかった。私、目を閉じてるから」


瞼を閉じて、触られるのを待った。


「逃げないでね?」


「は、はい……あの、近付いてもいいですか?」


「うん、いいよ」


彼が動いたのがわかった。瞼の裏に移る人影と気配がゆっくり私に近付いて来る。

公園に敷き詰められた砂利の音が私のすぐ隣を通りすぎて、気配や息遣いを背中の方から感じる。


「えっと……じゃあ、触りますよ」


「うん、いいよ」


それから数秒の間があった。

でも、手の気配なのか、何かが近付いてくる感じがして、むず痒くなって捩れそうになる。

まだ触れられていない。

いや、そもそもこんなことする必要があったのか?

さっき、カラオケで男子主将に触られたのが嫌だった。

"あの時"みたいで恐かった。

相手が男子だったから?

じゃあ、彼は?

私のワガママでボディーガードにした彼に触られたら?

こんなのズルい。

身勝手だ。

それに、彼に触れられるのが恐いかどうかわからないままなら、彼との関係も変わらないはず。

じゃあ、今わざわざ触ってもらう必要はないはず。

止めてもらおう。




ううん、それじゃやっぱりダメ。




頭に何かが触れた。


「え?」


驚いて、体を震わせた瞬間"何か"が離れていった。

振り向けば彼の姿。


「あれ?今触った?」


「はい、一応頭?というか、髪に……」


「え?なんで?」


「え?ダメでしたか?」


「いや、そうじゃなくて……もっと他に触りたいところあったんじゃない?」


視線を自分の胸に落とす。


「あの、えっと…………正直に言うと、えっと、他に触りたいところが無いって言ったら嘘になります」


やっぱり……


「でも、一番触りたいところは、その……先輩のポニーテールだったので……」


「え?ポニーテール?」


「ボク、その……えっと……ポニテ萌えなんです」


「え?」


「つ、つまり!!ポニーテール好きなんです!!初めて先輩を見た時からなんて素敵なポニテなんだろうって!!いや、もちろん先輩も素敵ですけど、ポニテがより一層先輩を輝かせてるっていうか!!

まず色艶がいいです!!漫画やアニメでいろんなポニテを見ましたけど、やっぱり黒髪が至高です!!あと変に毛先がウェーブしていないのもいいです!!こめかみの触覚みたいな部分も可愛いです!!

あと髪をまとめている所がベストポジション!!上すぎず下すぎず、シュッとなって、しゅるんと垂れてるのも素敵です!!

なんと言っても、シュシュじゃないのが最高です!!シュシュはぶっちゃけ邪道です。なんで、せっかくシュッと来た所にモサッてするんですか?意味わからないです!!」


かつて、彼がこんなに饒舌に喋ったことはない。

LINEでは素っ気ない感じのテンプレートみたいなメッセージ。

会話はしどろもどろ。

どこか自信も無さげ。


「ンフッ……あはっ!アハハハハ!!何それ~!!」


「あ、すみません、つい……」


「うん、なんかオタクだったよ♪」


「すみません」


「ううん、いいの。じゃあ、もっと触る?」


私は彼は背を向けて、彼が熱く語ったポニーテールを差し出した。


「え?いいんですか~じゃなくて、確かめたいことは?」


「もういいよ」


うん、もういい。

だって、もっと触ってほしいって思ってるんだもん。


「いいですか?」


「いいよ~、好きなだけ触って」


「じゃ、じゃあ、遠慮なぐぁ!!」


濁った彼の声が遠退き、風が横切った。

慌てて振り向くと見上げるほどの長身の男がゴミでも見るような眼差しで彼を見下していた。


「俺の女に手ぇ出すんじゃねえ!!」


男子バレー部の主将だ。

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